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最後の魔女は目立たず、ひっそりと暮らしたい  作者: アイイロモンペ
第2章 リーナと一緒に旅に出ます
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第29話 聖堂の前で祈りを捧げていた人

 翌朝、目を覚ますと私に抱きついてアリィシャちゃんがスヤスヤと寝息を立てていました。

 一人寝が寂しかったのでしょうか、いつの間にか私のベッドに潜り込んだようです。


「おかあさん……。」


 アリィシャちゃんの呟きのような寝言が聞こえると、私を抱きしめる力が少し強まりました。

 母親の夢でもみているのでしょうか。

 まだ小さな子供です、両親に置き去りにされて酷く辛い思いをしているのでしょう。


 いつもなら起床する時間ですが、良く寝入っているアリィシャちゃんを起こすのが忍びないので、私も二度寝することにします。

 私はアリィシャちゃんを抱きつかせたままで、再び微睡みに包まれました。


「ロッテ、起きて!もう、朝食の準備は整っていますよ!

 早く朝食をとって、市街地巡りに行きましょう。」


 リーナの声がしました。

 ちょっと二度寝をと思ったら、すっかり寝過ごしたようです。

 

 リーナに起こされて少し遅めの朝食をとっていると、リーナが言いました。


「ロッテ、今日は川の対岸、大聖堂の方へ行って見ましょう。」


 今日はアリィシャちゃんを保護したために中断してしまった市街地巡りの続きです。

 この町はズーリック湖から流れ出す川の両岸に広がっています。

 リーナはまだ行っていない対岸を巡ろうと提案してきたのです。

 もちろん、私に異存はありません。



     ***********



 ホテルを出て昨日と同じ聖人教会の方角へ歩きます。聖人教会を越えてしばらく歩くと川に架かる幅の広い石造りの橋の袂に行き当たります。

 その橋を渡ると荘厳な大聖堂がある対岸の街区です。


 橋をわたり坂道を登って少し歩くと二つの塔を持つ大きな石造りの建物が見えてきました。

 聖教の大聖堂です、なんか威圧的でイヤです。

 そう考えるのは、きっと私が聖教に弾圧されてきた側の人間だからでしょうね。


 現にリーナは大聖堂を見て感動しているようです。

 信者の信仰心を煽るのには、こういった荘厳な建物は効果的なようです。

 神の威光を感じさせられるのでしょう。

 

 私が大聖堂を眺めていると聖堂に入らずに聖堂前広場で熱心に祈りを捧げている人が目に付きました。

 聖堂に祈りを捧げるのにお金は取られなかったと記憶しています。

 まあ、それなりの浄財を納めるのが普通でしょうが、無理強いはしていないはずです。


「熱心に祈りを捧げているようですが、礼拝堂の中で祈りを捧げた方がよろしいのではないですか?」


 少し気になったので私はその方に尋ねてみました。

 すると、その方は顔を上げて言いました。


「ここは、アタイらみたいな淫売女は入れてくれないのさ。

 不浄な女は聖なる場所に立ち入るなって言われて締め出されたのさ。

 でもよ、アタイは娼館を追い出されて金も持っていねえ。

 客から病気をもらっちまって、こうなっちまったら街で客を引くことも出来ねえ。

 どうやって生きて行けと言うんだ、神様に祈るくらいしか出来ないだろう。」


 そう嘆いた女性は、私とあまり変わらない年に見えました。

 その女性がはだけて見せた背中には、刺青のように背中一面に花が散っていました。

 赤い梅の花びらのような……。


「そう、それは大変でしたね。では、私がその病気を治して差し上げましょう。」


「貴族のお嬢様に何が出来ると言うんだ。

 この病気をもらっちまったらもう治らねえって言われたんだ。

 せいぜい、数年しか生きられないって。

 だから、神様の奇跡に縋ろうとこうして祈っているんだ。

 気休めを言うくらいなら、パンの一つでも買う金を恵んでおくれ。」


「では、私が奇跡を起こして差し上げましょう。」


 大聖堂前の広場は疎らに人がいます、ここで精霊を実体化させる訳には行きません。

 私は頭の中でアクアちゃんにお願いしました。彼女の病を癒すようにと。


(ごめんなさい、ロッテちゃん。私にはその病は治せません。

 その人の体には目に見えない小さな病気の素がはびこっています。

 それを消し去らないことには、いくら癒しを施しても完治はしないのです。

 シャインちゃんの光の術であれば、病気の素を消し去れると思います。)


 アクアちゃんの助言に従い、シャインちゃんにお願いすると…。


(ええ、私なら出来ましてよ。すぐにその病魔を消し去ってみせましょう。)


 シャインちゃんは頼もしい言葉を口にするとすぐさま術を行使してくれました。

 目の前の女性をキラキラとした光が包み込みます。

 聖堂のイメージにピッタリな神々しい金色の光です。


(じゃあ、病気で弱った体に私が癒しを施しておきますね。)


 アクアちゃんの声が頭に伝わりました、どうやら手助けしてもらえたようです。



「いかがですか?

 神様ではないですが、奇跡を起こしてみました。」


 私の言葉に女性は上腕部から肩口を見て言いました。


「信じられない、赤いシミが消えている。

 お、おい、これは本当に治ったのかい。」


「ええ、あなたが患っていた病気はちゃんと治りました。

 もう、死の恐怖に怯える必要はありませんよ。」


 私の言葉に女性は涙を零しながら口調を丁寧にして言いました。


「有り難うございます。

 もう、この町の道端でのたれ死ぬのだと諦めていました。

 奇跡を施してくださったことに感謝いたします。

 よかった、これでまたお客がとれる。」


 おい、チョッと待て。いえ、少しお待ちください。

 あまりに予想外な言葉が出たので、言葉遣いが乱れてしまいました。


「少々お尋ねしますが、あなたは娼館を追い出されたのですよね。

 その時点であなたは死んだものと看做されて、借金や年季が残っていても帳消しになっているはずです。

 娼館主も娼婦が病気で年季を全うできないことも見越して、法外な利息を取っているはずなので。

 ですから、何も娼館に帰る必要はないし、お客を取る必要もありませんよ。

 お客を取っていれば、また病気をもらうかもしれません。

 そのとき、また私に巡り会えるとは限らないのですよ。

 せっかく、病気が治ったのですし、年季からも解放されたのです。

 何か他の仕事をしたらいかがですか?」


 私の言葉を聞いていた女性が言いました。


「アタイは十二の時に娼館に売られて、それからずっとお客をとって暮らしてきたんだ。

 他に仕事といっても、何が出来ると言うんだい。

 それとも、お貴族様が何か仕事を世話してくださるとでも言いますか。

 娼館に戻らなければ、出来るのは精々酒場の酌婦さ。

 それこそ最底辺の娼婦じゃないかい。それなら、娼館の方が手当てが良い分ましというもんだ。」

 

 これが、この国の現実です。

 昨日、リーナ達に説明しましたが、読み書き計算が全く出来ない農村の子供たち。

 男は傭兵になると教えましたが、女性についてはリーナたちには刺激が強すぎると思い言えませんでした。


 農村であぶれた女の子の受け皿で最も多いのは、娼館の娼婦や酒場の酌婦、要するに春をひさぐ仕事です。

 誤解しないでください。最も多いというのはあぶれた子の中でという意味で、そんなに多い訳ではありません。


 農村で生まれた女の子の最も多い職は、同じ村、もしくは隣村のお嫁さんです。

 自然の摂理で子供は男女半々です、たいがいの娘は嫁として村の働き手となり、次代の母となるのです。

 

 不幸にして嫁に行く先が見付からなかったり、両親に借金があったりするとこういったことになるのです。


 私と目の前の女性の会話を聞いていたリーナは一言も発しませんでした。

 流石に自分が雇い入れるという無責任なことは言わないようです。

 その代わりに、顔を青くして小刻みに震えています。


「そう、ごめんなさないね、おせっかいなことを言って。

 私がとやかく言えることではありませんでしたわね。

 それでは、これからは病気をもらわないように、よくお客を選んでくださいね。」


「わかった。

 せっかく生き長らえたんだ。これからはよくお客を選ぶことにする。

 本当に有り難う。」


 そう言って女性は足早に去っていきました。


「リーナ、ショックだったと思うけど、これがこの国の現実なのです。

 昨日、アリィシャが言ったように、この国では読み書き計算が出来るだけで仕事が見つかります。

 反面、そうでないと中々良い仕事が見つからないのです。

 その仕事にあぶれた人達の受け皿が、傭兵であり、娼婦なのです。」


「ロッテ、私は今まで市井のことを全然知らなかったのですね。

 この町に来て、私の領地よりもとても豊かで凄いなと感心していたのです。

 でも、その豊かさの陰に、彼女たちのような人々がいるとは気が付きませんでした。

 私はこれからどうすれば良いのでしょうか。どうすれば彼女のような人達を救えるのでしょうか。」


「それは私にもわからないわ。

 私だって書物から知識を得ただけの引き篭りですもの。

 ただね、潰しの利く子供を育てるのは読み書き計算を教えるのが手っ取り早いわね。

 それから、働く場所を提供することかしら、地元に人をたくさん使う施設があれば傭兵や娼婦になる必要もないわ。

 アルビオンには何百も何千も人を雇っている工場があるそうよ。本当に一度行ってみましょう。」


「そう、私もよく考えてみるね。」


 リーナは沈んだ表情で一言だけ言いました。

 やはり、彼女には刺激が強すぎたようです。



お読み頂き有り難うございます。

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