第2話 招かれざる客もやってきた
お茶で喉を潤し、ホッと一息ついたのか少女に周囲を見回すゆとりが出た様子です。
「随分と大きな館に住んでいるのね。
こんなところに、貴族の館があるとは知らなかったわ。
余り人気を感じないのですけど、ここには何人ぐらいいるのかしら?」
知る訳ありません、私はこの人の言うところの貴族ではありませんから。
「昨年母を亡くしてから、ここに住む人は私一人です。
私は母が残してくれたこの館とハーブ畑を守って生活しています。
私はシャルロッテ、ロッテと呼んでください。
ようこそ、私の楽園に。」
私が自己紹介をすると彼女は名乗っていないことに気が付いたようです。
「ごめんなさい、私、名乗ってもいませんでしたね。
私はカロリーネ、カロリーネ・フォン・アルトブルクです。
余人がないときは、リーナと呼んでくださって結構です。
私、つい先日、湖畔の町シューネフルトの領主になったばかりですの。」
私は一瞬耳を疑いました、リーナははっきり言いました、アルトブルクと。
アルトブルク、クラーシュバルツ王国の王都の名にして、国を統べる王家の家名。
王族以外が名乗るのは許されない家名です。
「リーナは王族でしたの。
シューネフルトの町は男爵領と聞いていましたけど、王族の直轄地でしたのね。」
「ええ、王族といっても妾腹ですけど。
王位継承権は一応ありますけど、ご覧の通り貴族としての作法もロクに習っていないのです。
王宮内で色々とあって、この町にやってきたの。」
妾腹といえど仮にも王位継承権を持つ者が礼儀作法すら習っていないなどと言うことがあるのでしょうか。
私は疑問を感じながらも、よそ様の家庭の事情を聞く趣味もないのでスルーすることにしました。
王宮内の色々と言うものを聞かされても困ります。
私はさりげなく話題を変える事にしました。
「私は行ったことはありませんが、シューネフルトはきれいな町なのでしょう。
とても古くからある町で、漆喰が塗られた白壁の建物が整然と立ち並ぶと聞いていますが。」
「ええ、こじんまりしていてとても美しい町ですね。
それに、湖もきれいだし、周囲の森もとてもきれいだわ。
私、王都にいたときは離宮の外に出たことがありませんでしたの。
王都から馬車で一週間も揺られたのには腰もお尻も痛くて辟易としたけど…。
でも、初めて見る外の景色に心が躍りましたわ。
こうやって自由に出歩けるようにもなりましたし、この町に来て良かったですわ。」
私の振った話題に喰い付き気味のリーナは急に饒舌になりました。
王城の外に出られたのがよほど嬉しかったみたいですね。
しかし、一つ気になることがあります。
幾ら男爵の爵位を得てシューネフルトの領主になったとは言え、王位継承権を有する王女には変わりがありません。
自由に外を出歩けるなどと言うことがあり得るのでしょうか。
この辺りだって山賊がいるのです。
あんなにも毒殺に注意しないといけない姫を一人で外に出すのは如何なものでしょうか。
「リーナは一人で鷹狩りに出てきたの?
シューネフルトの町からは結構離れているわよね。」
「一人じゃないですよ、ヴィントがいるもの。
お父様がくださった隼なの、とっても賢いのよ。
この子が私のリッター(騎士)ですの。」
今のはジョークでしょうか?だとしたら、ここは笑いで返す場面ですが……。
ただ、たった今、それを笑いで返せる状況ではなくなったようです。
森の外に剥き身の剣をもった柄の悪い男達が六人、誰かを探すように森の様子を窺っています。
剣を持った屈強の男六人に一羽の隼で太刀打ちできる訳がありせん。
もちろん、ここにいる間は安全ですが……。
「ゴメン、リーナ。私が聞きたいのはそういう気の利いた返答ではなく。
護衛の騎士や近習を伴わなかったのかってことなのだけど。」
「今朝、執政官のアルノーに鷹狩りに行きたいと言ったら。
この辺りは賊など居ないから安全だといって、狩場の地図を渡されたの。」
あからさまに怪しいと思うのは私だけでしょうか?
執政官ともあろう者が領主が一人で出かけようとするのを止めるのならばともかく、一人で出かけることを勧めるなどありえないと思いますが。
ましては、リーナは年若い女の子です。色々な意味で危ないと思います。
「リーナ、あなた、随分と毒を気にしているようだけど。命を狙われる覚えでもあるの?」
「いえ、それが全くないのだけど。
先日、食事に毒が混入されていて、毒見の侍女が酷い目にあったの。
それから、怖くなってしまって、毒見をしてない食べ物は口に出来なくなってしまって。」
王都の離宮に住んでいたときから必ず毒見は付いたようですが、今まで飲食物に毒が混入されていたことは無かったそうです。
リーナは王族といっても妾腹で、しかも女性であるため王位継承権は最下位だそうです。
加えて、母親は農村の出身の平民で、リーナを推す有力な閨閥がある訳でもないのです。
宮廷内にリーナを政敵として邪魔者とする者は居ないとのことです。
「リーナ、執政官のアルノーって方は信頼できる方なの?」
「うーん、まだ良くわからないかな。会って一週間も経っていないのですもの。
でも、アカデミーを優秀な成績で卒業されて宮廷に出仕されたと聞いています。
名門貴族の三男で、非常に若くしてシューネフルトの執政官に抜擢された方らしいですよ。」
リーナが王都を出るに当たって、行き先の候補はいくつかあったらしいのです。
昨年の監査結果などから、シューネフェルトが一番問題なく治めることが出来そうだとして、リーナの領地になったそうです。
アルノーという人物、宮廷内ではそれなりに信頼されているみたいですね。
とりあえず、横領とか汚職を隠すためにリーナを亡き者にするということは無いのですか。
監査結果が正しいとすれば……。
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では、森の外をうろついている柄の悪い人達は単なる山賊ですか。
どちらにしろ、リーナが帰りがけに襲われたら寝覚めが悪いです。
ここに招いて少しお話しでも聞きましょうか。
おイタをするのであれば、すこしお灸を据えてあげないとなりませんしね。
私が山賊と思わしき輩を森に招きいれ、しばらくリーナとお茶飲み話をしていると……。
「おっ、道に迷ったかと思ったら、こんなところに屋敷があるじゃないか。
こいつは都合がいいぜ、何か金目のモノでも頂いていこうか。」
そんな都合のいい話をしながら、ボサボサの髪に無精ひげのむさい男が六人、剥き身の剣をぶら下げて現われました。
「あら、私の館に何の用かしら。そんな物騒なモノをぶら下げて。」
私が男達に声を掛けると、こちらに気付いた男の一人が声を上げました。
「お頭!さっき見失ったブロンドの別嬪な娘、こんな所にいやしたぜ。」
「これは、好都合だ。目的の女を手に入れて、金目のモノも踏んだくれば一石二鳥じゃねえか。」
何を都合の良いことを言っているのでしょうか、自分達が負けるとは思わないのでしょうか。
「なんだもう一人の娘は、黒髪に、黒っぽい目をして、お伽話にでてくる魔女みたいじゃないか。
あんな、不吉な姿じゃ女衒も買い取っちゃくれねぇぜ。」
余計なお世話です、母親譲りの自慢の黒髪を貶すなんて許せませんよ。
「勝手に人の館の敷地に入り込んでおいて、ずいぶんなことを言ってくれますね。」
「おおっと、そいつは悪かったな。
俺達ゃ、そっちのブロンドの娘に用があるんだ。
痛い目にあいたくなければ、大人しくそっちの娘を渡しな。
それと、せっかく来てやったんだ、少し小遣い銭でも恵んでもらおうか。
そうすれば、おまえは見逃してやる、おまえみたいな不吉な女は誰も抱かんだろうからな。」
「ロッテ……。」
柄の悪い男たちの言葉に、私を見詰めるリーナは言葉に詰まります。
その目は、「渡さないよね。」と私に訴えかけています。
ほら、リーナが怯えてしまったではないですか。
「大丈夫よ、あなたは渡さないから安心して。
ちょっと待っていてね、この礼儀知らずな男共にきついお仕置きをするから。」
私はリーナを安心させるように微笑むと、男達の前に立ちはだかったのです。
さて、お仕置きの時間です。
お読み頂き有り難うございます。




