第25話 ノラの精霊に袖を引かれました
さて、ズーリック滞在二日目、その日ものんびり起きた私達は市内見物に出かけました。
今日は街並みをじっくり見られるように徒歩で行くことにしたのです。
もちろん、テレーゼさんとヘレーナさんも一緒です。
「この目抜き通りは道幅二十ヤードくらいありますね。
凄いですね、最初から馬車を通すことを考えて馬車が通る道と人が歩く道を分けてあります。
これなら事故を心配することなく安心して歩けますね。」
ホテルに面した目抜き通りを見て、リーナが感心しています。
今更ですが、一昨日も、昨日も馬車で移動したため街路には目が向いて無かったようです。
この町の目抜き通りは道幅が広くそれを四つのに区切ってあります。
広く区切られた真ん中二つを馬車が通り、その両脇にやや狭く区切られた二つを人が歩くように出来ているのです。
道全体がきれいな石畳となっていますが、人が歩く部分の方が一段高くなっており馬車が乗り上げないように工夫されています。
「この目抜き通りは町を城壁で囲う際に作り直されたようですね。
両脇の建物も軒先や建物の高さが揃っていて街並みがとてもきれいです。」
「建物も立派な石造りで、この町が栄えているのがよくわかりますね。」
私が整然とした街並みを褒めるとリーナが相槌を入れました。
リーナの治めるシューネフルトの町は殆んどが木造建物です。
森が豊かなこの国では木造の建物が主流です、建設費が嵩む石造りの建物は教会とか王侯貴族の館などに見られる程度なのです。
そんな石造りの建物が並ぶ光景にリーナは圧倒され、この町の豊かさを実感しているようです。
しばらく、目抜き通りを歩いてから少し脇道に逸れると大きな時計が目を引く聖教の教会が見えてきました。
「とても大きな時計ですね。私の町にある時計台の時計も大きいですがこちらも負けていないです。」
古くから栄える街区の中に建てられた聖人教会です。
大きな時計がシンボルで、街の人々に時間を告げるなくてはならない存在になっています。
聖堂の重厚な扉から礼拝堂に入ると、リーナは敬虔な聖教徒のようで祭壇に熱心な祈りを捧げています。
聖教徒ではない私はその間、礼拝堂の中を眺めていました。
薄暗い礼拝堂に差し込めるのはステンドグラス越しの日の光だけ。
祀っている聖人でしょうか、細かなガラスで描かれた色あざやかな肖像が日の光を受けて神々しく光ります。
中々凝っていますね、聖教はこうやって人の信仰心を高めていくのですか。
教会は聖教が建てるものですが、その建設費は少なからず町に住む人々の寄付に依存しています。
立派な教会がある町はそれだけ豊かであることの証明のようなものです。
ズーリックの町には聖人教会の他に二つも立派な教会があります。
それだけでも、いかにがこの町が栄えているかを窺い知ることが出来ます。
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リーナの祈りが済んだので、聖人教会を後にして街並みの見物に戻りました。
そして、この町の発祥の地といわれる小高い丘の麓に来たときです。
私の袖口を引く者がいます。…精霊です。
どうやら風の精霊のようですが、見たこともない民族衣装のような服をまとっています。
しきりに私の袖を引きます、ついて来いと言っているようです。
私は精霊に導かれるように進路を変えました。
「ロッテ、急に進む方向を変えて、どうかしましたか?」
急に進む方向を変えた私に、リーナが不思議そうな表情で尋ねてきました。
「ええ、今私の袖を精霊が引っ張っているのです。どうやら、付いて来て欲しいようなのですが。」
「まあ、精霊ちゃんがそこにいるのですか?残念ですわ、私には見えませんの?」
「はい、どうやらノラの精霊らしくて顕在化出来ないようなのです。
私も、ここにいる精霊が何かを訴えていることは分かるのですが話ができなくて困っています。」
不思議なことに精霊は人と契約しなくては実態を持つことが出来ないようなのです。
そして、精霊と契約できるのは、契約していない状態で精霊を視認出来る者だけなのです。
精霊と相性の良い人しか契約できないと言われている所以です。
精霊に袖を引かれて低い丘を登っていきます。
この丘からズーリックの町は始まったといわれており、丘といっても非常に低いもので十分もかからず登りきりました。
この丘の上は何もない広場でズーリックの街並み、特にズーリック湖から流れ出す川の対岸の街並みが大変良く見渡せます。
そして、丘の上の広場の片隅に小さな子供が一人、膝を抱えて蹲っていました。
「こんなところに一人でどうかしたの?」
「お父さん、お母さん、一座のみんなにおいてかれちゃった……。」
私が尋ねるとその子は顔を上げて力なく答えました。
どうやら、歳の頃は五、六歳の女の子のようです。
少女は私とお揃いの黒髪に茶色い瞳で、私は親しみを覚えました。
ただ一点、少女はこの国では珍しい褐色の肌をしていました。
「一座と言っていますし、この少女は『流浪の民』の娘のようですね。」
少女の様子を窺っていたテレーゼさんが言いました。
流浪の民、はるか東方からやって来た人達で、大陸を転々として歌舞音曲を披露したり、占いをしながら生活をしている人達です。
「どうしておいてかれちゃったの?
うっかり一座のもとを離れている時に出発されたのなら、あなたがいないことに気付いて探しに来てくれるのではないの?」
私が少女に尋ねると…。
「私が悪魔憑きだから、不吉な娘だから要らないって。追い出されたの……。」
こんな小さな子を悪魔憑き呼ばわりして、追い出すとはなんと言う人達でしょう。
私は、ゆっくりと時間をかけて少女から事情を聞きだしました。
五、六歳の子供の言葉です、言いたいことを理解するのに大分時間がかかりました。
でも、おおよそのことは理解できました。
そもそもの原因は、さっきまで私の袖を引っ張っていた精霊にありました。
この少女は、日頃から小人が飛んでいると言って、周りの大人から変な子供だと思われていたようです。
人前でそんな事を言ってはいけないと、何度も両親から注意を受けていたみたいですね。
この少女はもう少し成長したら、踊りと歌を披露する予定で練習を積んでいたそうです。
この手の一座にありがちな、失敗したら体罰で体に教え込む大変厳しい練習だったようです。
数日前、何度も同じところで失敗するので、親方が癇癪を起こして少女を殴ろうとした時のこと。
突然巻き起こった突風が親方を吹き飛ばしたようなのです。
ええ、今少女に寄り添っている精霊の仕業です。
どうやら、この精霊は少女を親方の暴力から守りたかったようです。
それ以来、少女は周りから避けられるようになり、両親からも気味悪がられたようです。
眠るときも一人、天幕の外に出されたそうです。
そして、今朝、少女が目覚めると周囲は何もなく、一座は立ち去った後だったそうです。
この少女だけが精霊を見ることが出来る、それが不幸な結果を招いたようです。
この少女に正しい精霊の知識を教え、精霊との付き合い方を教えないといけません。
そうしないと、不幸な将来が目に見えています、聖教の悪魔祓いに消されてしまうでしょう。
「ねえ、あなた、何というお名前?」
「わたし?わたしはアリィシャ。」
「そう、アリィシャちゃんね。私はロッテ。
あなたが小人と呼んでいるのは、こういう子達よね。」
私は目の前に契約精霊六人を呼び出しました。
「うわ!小人さんがいっぱいいる!
わたしのところにも小人さんがいるのに、みんな嘘吐きって言うの。」
「そう、辛かったわね。
でもね、アリィシャちゃんが小人さんって呼んでいるものは普通の人には見えないの。
だからね、小人さんと一緒にいるためには気をつけないといけないことがあるの。
アリィシャちゃん、私の所にいらっしゃい。
わたしが小人さんとの付き合い方を教えてあげるわ。」
「お姉ちゃんは、私のこと悪魔憑きって言って虐めない?」
「虐める訳ないでしょう。その小人さんは悪魔なんかじゃないわ。
精霊といってとっても清らかな存在なのよ。」
「お姉ちゃんの所に行って邪魔じゃない?」
「ええ、私もお母さんを亡くして一人ぼっちなの。
アリィシャが大きくなるまで、うちにいてくれれば私も寂しくなくて良いわ。」
「本当に?」
「ええ、本当よ。」
「じゃあ行く!」
こうして、私は自分と同じ能力を持つ少女アリィシャを保護することになりました。
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