第23話 用事はサッサと済ませます
ズーリックに着いた日の翌朝、私は窓辺から差し込む朝日に目を覚ましました。
やはり、二日間の馬車の旅の疲れが溜まっていたのでしょう、朝までぐっすりでした。
私たちが滞在している部屋に設けられたダイニングルームで遅い朝食をとっていると。
「それで、ロッテ、今日の予定はどうなっているの?」
向かいの席でティーカップを片手にリーナが尋ねてきました。
「今日は早速、ここまで来た目的を済ませてしまおうと思って。
昨日ホテルに着いたとき、コンシェルジュに訪問の約束を取り付ける手紙を届けてもらったの。
今日の十時にアポを取り付けたわ。
このホテルのすぐ近くなので、出かけるのは九時半過ぎでいいわね。」
「そうですか。その間、私はどうしょうかしら。」
「せっかくですから、後学のため一緒に来ませんか?
シューネフルトには無い、珍しいタイプの商人ですよ。」
「商人ですか?帝国の貴族名簿の書き換えですよね?
役場とかではないのですか?」
「ええ、商人です。ただし、その辺の役人や公証人よりよっぽど信頼できるのです。
なんと言っても、その商人の最大の武器は『信用』なのですから。」
「はあ?」
「まあ、ついて来てください。」
こうして私は、貴族名簿の書き換え手続きにリーナを連れて行くことにしました。
**********
約束の十時の二十分ほど前、私たちはゆっくりとホテルを出で馬車で目的地に向かいました。
ええ、三軒隣でした、はっきり言って歩いた方が早いです。
馬車の準備をしている間に着いてしまいます。
でも、馬車を使うようにホテルのコンシェルジュから助言を受けていたのです。
これから向かう目的地は、馬車で乗り付けられるお客さんしか相手にしていないそうです。
おかしいですね、私の母は馬車なんか使っていませんでした。
いつも箒に乗って行っていたのですが…
そういうしきたりであれば仕方がないので、リーナの馬車で乗り付けたのです。
大きな石造りの四階建ての建物の正面入り口前にある馬車寄せに馬車を止めると、ドアボーイが寄って来てました。
そして、馬車の扉を開くと、馬車から降りやすいように手を貸してくれます。
至れり尽くせりですね。
「うわぁ…、立派な建物ですね…。」
「ええ、ここがクラーシュバルツ王国最大の両替商、クレディ・ズーリックの本店よ。」
クレディ・ズーリック、大陸各地の主要都市に支店を置き、両替に限らずお金にまつわることなら幅広く手がける商人です。
実際、両替の仕事などその一部に過ぎず、両替商というのは正確ではありませんが、他に言い表す言葉がありません。
ドアボーイに案内されて、ロビーに通されるとシルバーグレイの髪が印象的な初老の紳士が穏やかな表情で出迎えてくれました。
「ようこそ、クレディ・ズーリックへ。当代のアルムハイム伯様でございますね。
私、アルムハイム伯担当のヨーゼフと申します。よろしくお願いします。」
「はじめまして。私は、シャルロッテ・フォン・アルムハイムです。
よろしくお願いします。
同行人が居るのですがよろしいですか。
こちらは、カロリーネ・フォン・アルトブルク、私の友人ですの。
旅に不慣れな私をここまで連れてきてくださったの。」
慇懃な態度で迎えてくれたヨーゼフさんに、私はリーナの同席をお願いしました。
ここに限らず、この国の両替商は顧客の秘密を絶対に他者に漏らさないことが売り物です。
そのため、部外者が立ち入ることを好ましく思っていないのです。
「ええ、もちろんですよ。
ようこそおいでくださいました、カロリーネ王女殿下。
私共には王族の方に対して閉ざす扉はございませんよ。」
そうでしょうとも、顧客情報は漏らさないので一言も言いませんが、王室も重要な顧客でしょうから。
やはり、しっかりしていますね。リーナの名前を聞いてすぐに王女だと分かりました。
***********
ヨーゼフさんの案内で通された応接室も非常にシックで高級感のある部屋でした。
「それで、今日は帝国の貴族名簿の書き換えにお越しになられたとのこと。
ご母堂はお亡くなりになったのですね、まだお若かったのに。
誠に残念です。」
「ええ、昨年事故で。
帝国貴族名鑑を見ておりまして、今年中に手続きをしないといけないことに気付いてお邪魔したのです。」
「はい、承知いたしました。
その前に、規則ですので申し訳ございませんが、シャルロッテ様のご本人確認をさせていただきます。
この紙にサインをお願いします。事前に、ご母堂から提出されているあなた様の自筆のサインと照合しますので。」
こういったことをきちんとすることで、信用が保たれているのでしょう。
自分にもしものことがあったときのためにと、母が私を相続人と定めた届出書を数年前にここに提出してあります。
その届出書には、本人確認のために私がサインを入れてあるのです。
私がサインを入れた照合用の紙をもって一度退出したヨーゼフさんは、すぐに戻ってきました。
「本人確認にご協力いただき有り難うございました。
あなた様がシャルロッテ・フォン・アルムハイム様ご本人と確認させていただきました。
本日より当商会がお預かりしていますアルムハイム家の資産は、シャルロッテ様の名義に変更させていただきます。
それと、こちらがご用命の帝国に対する貴族名簿変更届けでございます。
必要事項の記入をお願いします。」
ヨーゼフさんがそう言って差し出したのはたった一枚の紙でした。
記入事項は、国名、爵位、当主の名前、変更事項、それだけ……。
たったそれだけのために、二日もかけてズーリックまでやってきたのです。
数日、ゆっくりと観光でもしないとやっていられません。
ヨーゼフさんは、私が記入した届け用紙を確認すると。
「はい、結構です、間違いはございませんね。確かに変更届を受理いたしました。
それで、本日は他にご用件はございませんか。」
「実は、先日帝国からこのようなものを頂戴しまして、処理をお願いします。」
私は、先日帝国から送られて来た一枚の証書をヨーゼフさんの前に差し出しました。
「これこれは、爵位を継いだ途端にご活躍されたようですね。
これは、当代の『アルムの魔女』の護りも期待できそうですな。
で、これはいかが致します。お持ち帰りになりますか?」
私の意向を確認するのは規則なのでしょうか、ヨーゼフさんは分かりきったことを尋ねてきました。
持ち帰れる訳ないでしょう、ソブリン金貨一万枚なんて…。
「いえ、いつも通り、こちらにお預けしますので。管理をお願いします。
両替せずにソブリン金貨のままで預かっていただけますか。」
セルベチア軍を撃退したときに提出した報告書、先日やっと裏付けが取れたということで褒賞が出たのです。
先日、帝国との連絡係を兼ねる行商人のハンスさんが届けてくれました。
ソブリン金貨一万枚分の為替証書を。
数日前にリーナに他に用があるのかと尋ねられたときに答えた別件とはこのことです。
行商人のハンスさん、実は帝国と我が家の間の連絡係であり、同時に我が家に付けられた猫の鈴なのです。
帝国は聖教を国教としていますから、やはり魔女の一族である我が家を完全に放置という訳にはいかないようです。
それで、ハンスさんが監視役として月に一回程度訪れるのです、我が家が必要としている物資を持って。
私達は何もやましいことはしていないので、むしろその役目があるので僻地まで行商をしてくれると感謝しているくらいです。
「かしこまりました。ではソブリン金貨一万枚確かにお預かりいたしました。」
ヨーゼフさんは、恭しく頭を下げると一旦退室し、ソブリン金貨1万枚分の預り書を私に手渡してくれました。
さてと、これで用件は一通り済みました。あとは…
お読み頂き有り難うございます。




