第104話【閑話】また楽しい日々が戻って来そうです
それから数日後、待ちに待ったロッテが引っ越してくる日がやって来ました。
大きなトランクを抱えた侍女を一人連れてロッテは館の扉を潜りました。
私が出迎えに出るとロッテは気さくに挨拶を返してくれます。
すると、連れていた侍女がロッテに問い掛けました。
「この精霊さんが、お嬢様の言ってらしたステラさんですか。
アルムハイムの館にいるブラウニー達に比べて随分と社交的なのですね。」
聞き捨てのならない話でした。
侍女の口ぶりでは、今住んでいる家にもブラウニーがいるようです。
他のブラウニーをもう何十年も見かけていない私は思わず聞いてしまいました。
「うん、なに?
ロッテが今住んでいる処にも、私のご同輩がいるの?」
ロッテから返ってきた言葉は信じられないものでした。
「私の住んでいる館には数え切れないほどのブラウニーが住んでいるの。
ただ、ステラちゃんと違ってみんなシャイで、人と話すことがないのよ。」
数え切れないほどって…。
数え切れないほどのブラウニーが住み着いた家なんて聞いたことがありません。
そう、精霊を見ることができる人がたくさんいた昔ですら。
いったい、ロッテはどんなところに住んでいるというのでしょう。
謎は深まるばかりです。
ロッテが連れてきたカーラと名乗る侍女は素の精霊を見る能力はないようです。
ですが、実体化した私を気味が悪いと思う様子もなく、家の手入れをしていることに感謝の気持ちを表してくれました。
今までこの館に仕えたメイドと違い精霊のことを良く理解しているようです。
リビングルームのソファーに腰を落ち着けるやいなや、ロッテは声を掛けました。宙に向かって…。
「みんな、出ていらっしゃい!」
いったい何事かと疑問に思ったのは束の間の事でした。
目の前に、なんと八人もの同輩が現れたのです。
私は驚きの声を上げ、そこで言葉を詰まらせました。
何十年か振りに目にした同胞達に感無量で言葉が出てこなかったのです。
生意気そうな火の精霊、淑女然とした水の精霊と光の精霊、庶民的な雰囲気の大地の精霊、いたずらっ子のような落ち着きのない風の精霊と植物の精霊、なんか眠たげな水の精霊、なんと普通は人に懐かない季節の精霊までいます。しかも、冬将軍って言っているし…。
たくさんの精霊に囲まれてロッテは楽しそうにしています。
しかし、この少女はいったい何者なんでしょう。
大昔ですら、これだけの数の精霊に好かれた人間は見たことがありませんでした。
思わず私はロッテが何者なのかを尋ねたのです。
すると、ロッテから返ってきた言葉は…。
「改めて、自己紹介するわね。
私はシャルロッテ・フォン・アルムハイム。
アルム山脈の麓に住む魔法使いで、昔から精霊と共にあった一族の末裔なの。
昔、私の先祖が住んでいた地は精霊がたくさん住んでいたらしいわ。」
懐かしい言葉が二つもありました。
『魔法使い』と『精霊と共にある一族』、何百年も前には割と見かけたのに、最近はとんと見かけませんね。
昔はこの島にも精霊を信仰する人達が多く住んでいて、精霊と共にコミュニティを作っていたものです。
その中でも殊の外精霊に好かれる一族がおり、そのような一族を『精霊と共にある一族』と呼んでいました。
この島以外にも、そんな一族がいたのですね。
そんな精霊を信仰する人達も、大陸から伝わった聖教が広まるにつれ少なくなってきました。
特にこの二百年位前から聖教徒による『魔女狩り』が盛んに行われるようになるとコミュニティは崩壊しました。
『精霊と共にある一族』は姿を消し、精霊もとんと見かけなくなりました。
『精霊と共にある一族』も精霊に対する信仰を捨ててしまったのかと思っていましたが、ロッテの一族のように聖教徒からの迫害を逃れて隠れ住んでいた人達もいたのですね。
もしかしたら、この島にも何処か人里離れたところに未だに精霊と共に暮らしている人々がいるのかも知れません。
『魔法使い』だってそうです。
むしろ、『魔女』そのものとして『魔法使い』は真っ先に『魔女狩り』の対象になっていました。
昔は箒に乗って飛んでいた姿をちょくちょく見かけたのに、この館に移ってきてからは一度も見かけた覚えがありません。
もう『魔法使い』の存在などすっかり忘れていました。
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私が久しぶりに邂逅した同胞たちに喜んでいるとロッテがすまなそうに言いました。
「ステラちゃん、言ってなかったけど、私達はここに引っ越して来る訳ではないの。」
私はロッテの言葉が理解できませんでした。
この館を買ったというのは、ここに住むという事ではないのですか。
私がそのことを尋ねると、ロッテは本当に申し訳なさそうな表情で説明してくれました。
この館は別荘のようなもので、普段は今まで通りアルムハイムに住むのだと。
冬場は雪の多いアルムハイムを逃れてこの館で過ごすつもりだと言っています。
これから、ずっと精霊のことをよく理解しているロッテやその契約精霊のみんなと楽しく過ごせると思ったのにガッカリです。
ロッテの話ではアルムハイムと言うのは凄く遠いとの事です。
冬場以外は殆ど来ることは出来ないでしょう、これからも年の半分以上は一人ぼっちのようです。
私が気落ちしたのに気付いたのでしょう、ロッテが慰めるように話しかけてきました。
その中に、ちょくちょく顔をみせるというのがあったのです。
私は気休めを言うのは止めて欲しいという気持ちも込めて尋ねたのです。
「ちょくちょくですか?
ロッテは住んでいるところはすごく遠い所じゃないのですか?」
すると返ってきた答えがこれです。
「ええ、凄く遠いの。
だからこそ、家が一つ欲しかったの、誰にも見られる心配のない家が。」
訳が分かりません……。
私はロッテの言わんとすることが理解できなくて首を傾げてしまいました。
すると、ロッテは続けるようにこう言ったのです。
「ちょっと待っていてね。
アルムハイムの家に戻って友達を連れて来るから。
その子達も精霊と契約しているの。
契約精霊も一緒に連れてくるわ。
ステラちゃんはみんなとおしゃべりでもして待っていてね。」
アルムハイムへ行く?これから?
混乱している私をおいてリビングルームを出て行くロッテ、すると突然ロッテの気配が消えました。
ロッテの気配が消えたのは、昔、この家の女主人が使っていたベッドルームのようです。
**********
私がロッテのことを見にベッドルームへ行こうとすると…。
「ロッテのことは気にしなくていいよ~!
すぐに戻ってくるから。
それより、この辺の話をもっと色々と聞かせて~。
何処か、面白い所とかある~?」
やんちゃな雰囲気の風の精霊が私を引き留めました。
ブリーゼと名乗った風の精霊は初めて訪れたこの地に興味津々のようです。
そう言えば、昔から風の精霊はこんなタイプが多かったですね。
好奇心旺盛で、珍しいモノを見つけるとすぐに飛んで行ってしまう。
小一時間といったところでしょうか、私がブリーゼの話し相手をしていると、それは突然私の知覚の中に現れました。
二階のベッドルームに、まごうことないロッテの気配が突然生じたのです。しかも、幾つかの別の気配を伴って。
そして間もなく、ロッテが二人の女性を伴って現れました。
最初にこの館に来たのは間違いなく、ロッテとカーラの二人だけでした。この二人はいったい何処から…。
「ロッテ、あなた、いったいどこへ行っていたの?
突然、屋敷の中からあなたの気配が消えたわよ。
かと思えば、突然気配が現れるし、しかも、急に数が増えている。」
私がロッテに尋ねるとこんな答えが返ってきたのです。
「さっき言ったでしょう。
アルムハイムの館に友達を迎えに行くって。
紹介するわ、私と同じくらいの年のレディーがリーナ、小さな女の子がアリィシャちゃんよ。」
驚きました、本当にこの短時間でアルムハイムという遠隔地まで行って人を連れてきたようです。
そして、紹介された二人の少女は共に精霊の契約者で、契約精霊と共に自己紹介をしてくれました。
ロッテ一人に巡り会えたのだって数十年振りだというのに、他に二人も精霊と親しき者がいるなんて驚きです。
でももっと驚いたのは、ロッテが遠く離れた場所を瞬時に移動できる魔法を使えるという事です。
その魔法を簡単に発動できるようにするための発動媒体を設置する場所が欲しかった。
そのためにこの館を買い取ったと、ロッテは教えてくれました。
転移の魔法なんて初めて聞きました。
ロッテはこれを使ってちょくちょくこの館を訪れると言っています。
どうやら、領地経営の参考にするために頻繁にこの地を訪れるというのは嘘ではないようです。
落ち込んだ気持ちが少し持ち直してきました、これならあまり寂しい思いをしないで済むかも。
そう考えていた私に、この日一番のサプライズがありました。
「それでね、ステラちゃん、他のブラウニーがこの館に住むのはイヤかしら?」
ロッテがそう尋ねてきたのです。
嫌な訳がありません、昔はこの館にも何人かのブラウニーが住んでいて仲良くしていたのです。
私がそう返答するとロッテが言いました。
「遠い異国に興味津々の好奇心旺盛なブラウニーが私の館に住み着いていてね。
私がここに家を買ったといったらぜひ来たいという子たちがいたのよ、十人ほど。
ステラちゃんさえ良ければ、ここに住まわしてくれないかな?」
えっ、お仲間がいるのですか、十人も。
それは願ってもないことです、仲間が増えると聞いて否が応でも期待が高まります。
私がそう答えると、ロッテは廊下に向かって呼びかけました。
すると、廊下で待っていた十人のブラウニー達が呼びかけに応えて部屋に入ってきたのです。
その中の一人が代表して挨拶をしてくれますが、
「信じられない…、今でもこんなにブラウニーがいたなんて…。」
私は一瞬、言葉が詰まりました。
だって、数十年振りに同族に会えたのですもの。…感無量です。
でも、何とか歓迎の気持ちを声に出すことができました。
「ええ、歓迎するわ。
同輩が来てくれてとても嬉しいわ、仲良くやりましょう。」
また、あの頃のようにこの館が賑やかになるかと思うととても嬉しいです。
気落ちした私を慰めるために、わざわざ移住を希望するブラウニー達を連れてきてくれたロッテに感謝です。
もう十分良くしてもらったのに、それでもロッテは申し訳なさそうに言います。
「ごめんなさいね、ずっとここに住む訳にはいかないけど…。
こんな風にちょくちょくこことアルムハイムを行き来するから許してね。」
私はこんな風に気遣ってくれるロッテにかつての女主人の面影を見たような気がしました。
私はそんなロッテのために、この館を今以上に快適な空間に手入れせねばと決意したのです。
その後も、ロッテはペガサスを紹介してくれたり、ペガサスの引く馬車に乗せて空を飛んでくれたりしました。
ペガサスなんて言う伝説上の神獣が本当にいたなんて驚きです。
本人(?)は自分も精霊だと言っていますが、何百年も生きてきて初めてみました。
この数時間は本当に驚きの連続でした。
ロッテと一緒にいると予想も出来ないことが体験できそうでワクワクしてきました。
何十年振りにまた楽しい時間が過ごせそうです。
ロッテが長期間滞在するという冬が来るのが楽しみです。
お読み頂き有り難うございます。




