第98話 幽霊だなんて失礼な…、こんなに可愛いのに
やっぱり、これはいますね。
私は築年数からは考えられないほど手入れが行き届いた状態に、ある存在を確信しました。
私は玄関ホールを見渡しましたが、さすがにこんな人目の付くところにはいないようです。
建物はコの字型をした三階建で、一階が共用スペース、二階がベッドルーム、三階が使用人部屋となっていました。
一階の共用スペースは、リビング、ダイニング、ティールーム等の普段使う部屋の他に、パーティールーム、プレイルーム、それにダンスホールまでありました。
コの字の片方の棟の二階部分が主人の家族のベッドルーム、もう一方の棟の二階部分が客室となっています。
なんと、ベッドルームは全部で二十室もあり、それぞれにリビングスペースとウォークインクローゼットが設けられています。
三階はやや天井が低く、使用人部屋と物置部屋が配されています。小さな使用人部屋が左右両翼で五十室もありました。
この規模の館をフルに使用するとそんなに使用人が必要なのですね。
一階の玄関ホールの奥に配された幅広の階段、二階へ上がる途中にある踊り場の窓から中庭が見えました。
そこで、ミリアム首相はこの館の不自然さに気が付いたようです。
「いくらなんでもこれはおかしいだろう。
なんだ、あの手入れの行き届いた中庭は、まるで誰かが住んでいるようではないか。」
ガラス窓越しに見える中庭には、きれいに刈り込まれた芝生と見事に咲いた大輪のバラ、そしてレンガ積みのレイズベッドに植えられた春の花々、とても無人の館の中庭とは思えません。
「いやあ、そうなんですよ。
先程私が、屋敷を囲むフェンスの正門を開錠して屋敷に入ったのはご覧になりましたよね。
この屋敷は厳重に人が立ち入らないようにしてあるのですが、何故か中庭はこのように手入れが行き届いているのです。
これも、物件の購入を検討してご覧にこられた方が気味悪がってしまうのです。」
中央に見える噴水がとても美しい中庭を眺めながら、業者さんが言いました。
中々働き者みたいですね、庭の手入れまでしているとは。
二階へ上がるとすぐにある南向きの角部屋のメインベッドルームには天蓋付きの立派な寝台が備え付けてあり、寝具を入れればすぐに使えそうです。
ドレッサー等も備え付けてあり、何も買い足す必要がないほど至れり尽くせりの物件です。
その部屋のウォークインクローゼットの中を覗いた時のことです。
その存在と目が合いました。
せっせと床をモップ掛けしていた彼女は私と目が合うと凍り付いたように動きを止めたのです。
白いブラウスに赤いベストを着て、更に白いエプロンを身に着けた十インチほどの女の子。
赤、緑、紺色のチェックの巻きスカートがとてもチャーミングです。
栗色の髪の毛を三つ編みにした少女は、目を丸くして私の方を見ています。
そして、
「もしかして、私が見えています?」
と聞いて来たのです。
私の館でお馴染みのブラウニーです。
私はお近づきの印にと、バッグの中にいつも持ち歩いている焼き菓子を一枚差し出しながら言いました。
「こんにちは、初めまして。
私はシャルロッテ、これ、お近づきの印にお一つどうぞ。」
トテトテと歩いて寄ってきた彼女は、恐る恐る私の手からが焼き菓子を受け取ると一口齧り、満面の笑みを浮かべました。
「有り難う!
とっても美味しいわ、焼き菓子なんて何十年ぶりかしら…。
この家の住民ったら、私が頑張って手入れしているのにお礼の一つもないのよ。
それどころか、私が頑張ると幽霊が出たとか失礼なことを言って出て行っちゃうの。
もう、何十年も人と口を利いてなかったの。
シャルロッテさんが新しい住人かしら。
私はステラ、よろしくね。」
「あら、珍しい。
あなた、名持ちなの?」
「この家を最初に建てたご主人が私達を見える人だったの。
とても可愛がってくれて、この名前を付けてくれたのよ。
もう、百年以上前の話だけど…。」
ステラの話では、この家を建てた方が天寿を全うする際に、この家と子孫のことをよろしく頼むと言い残したそうです。
それ以来、ステラはずっとこの家の手入れをしてきたそうです。
それから数代はステラのことが見える人が続いたそうですが、数十年前に家を継いだ方はステラのことが見えなかったそうです。
知らない間に片付けられている部屋や夜中にキッチンの整理をする音などを気味悪がって館を売ってしまったとのことです。
それから、この館は人手を転々としますが、ステラを認識できた方は一人もいなかったようです。
「ねえ、もしかして、あの中庭って…。」
「あの中庭はこの館の最初の主人が愛した中庭なの。
荒れ放題になったら可哀想なので、私が当時のままにしているのよ。
それすら、気味悪がる人がいるの。本当に失礼な話だわ。」
どうやら、最初のこの館の主人はステラのことを大変可愛がっていたようです。
家というモノに憑き、人と契約する訳ではないブラウニーがこんなに人を想うなど大変珍しいことです。
「決めたわ、私がこの家を買うわ。
これからよろしくね、ステラ。
私のことはロッテと呼んでちょうだい。」
「あらそうなの。
じゃあ、これからよろしくね、ロッテ。
そうと決まったら、こうしちゃいられないわ。
ロッテが引っ越してくるまでに、この館をピカピカにしておかないと。」
そう言ってステラは床磨きに戻るのでした。
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ステラに約束してしまった後で気付きました。
一つ、肝心な所を確認していないことに。
「あの、おトイレを拝見したいのですけど…。」
大きな声で言うのが憚られたので、控えめに業者さんに尋ねると。
「ああ、ご婦人方には大切な場所ですね。
もちろん、ご案内します。」
そう言って案内されたのは一階の隅の方にある小部屋でした。
ちゃんと腰掛ける形のトイレがあります。
トイレの下を川から引いた水路が流れていて、汚物を下流にある下水路に流してくれるそうです。
一年中枯れることなく水が流れていることについては折り紙つきの様でした。
また、ここがサクラソウの丘の麓であることからわかるように、王都の中心に向かって緩やかに傾斜していることから下水が詰まって逆流する心配はないそうです。
「どうですか、素晴らしい造りでしょう。
これでしたら、臭いませんし、清潔な状態を保てます。」
業者さんの自慢げな言葉に合わせるように私は言いました。
「ええ、大変素晴らしい館です。
この館を購入することに決めました。
早速手続きをしてしまいましょう。」
「そうですか。
では、先程のことを条件に加えさせていただいてもよろしいですね。
幽霊が出るというという件でのクレームは受け付けないこと。
この物件の買戻し要求があっても私は応じないこと。
その二点を売買契約書に特約として付け加えさせていただきます。
それで、肝心の価格ですがソブリン金貨で五千枚でよろしいですね。」
「ええ、もちろんですとも。
大変良い買い物をさせて頂きましたわ。」
これは大変な掘り出し物です。
働き者のブラウニーが憑いているなんてこんな優良物件、中々手に入る物ではありません。
それを相場の四分の一以下の価格で手に入れられるなんて。
しかし、ブラウニーを幽霊と間違えるなんて…。
かつてはアルビオン王国にも精霊信仰があったと聞いています。
いいえ、正確にはアルビオン王国に元から住む民は精霊信仰の中心であった民と言って良いほど多かったはずなのですが。
聖教が布教される中で信仰が捨てられてしまったのですね。
昔はブラウニーが憑いた家は幸運な家と言われていたと聞いているのですが、寂しいことです。
こうして私は、働き者のブラウニー、ステラちゃんが住み着いた館を格安で手に入れることができたのです。
お読み頂き有り難うございます。




