魔物《熊喰い花》と《刻む松》
本日2回目の更新です
レフが案内したのは地下小屋から見て右手側のエリアで、距離はそんなに離れていない。
獰猛な肉食動物なら余裕でナワバリの範囲におさまっていそうだなとエドラスは思う。
「たしかここらにいたかと」
「ああ」
レフの言葉にエドラスはうなずく。
前方の空気があるポイントから明らかに異質になっている。
「レフは下がっていろ」
エドラスはそう言って前に進む。
十五歩ほど進んだところでガサガサと音が聞こえ、目の前の大木が揺れ出す。
長く頑丈な蔓が高速で飛んできたのをエドラスは右手で止める。
そして目の前の大木がぱっくりと口を開くように、花開いた。
大きなサメの歯のような異形である。
《熊喰い花》は名前の通り熊すら喰らう大型の魔物なのだ。
その口を見たエドラスは抑えていた魔力を解放し、己が暗黒神だと植物型魔物に知らしめる。
《熊喰い花》はビクッと全身を震わせて、エドラスの右手に巻き付けていた蔓を解除してうなだれる。
「服従するという意思表示か?」
エドラスが問いかけると小さくだが木が揺れた。
人語を解する能力も持っているようだった。
「いいだろう」
エドラスはゆっくりと距離を縮めて、《熊喰い花》の幹の部分に手を触れる。
「お前の名はヤークトだ。これからはそう名乗るといい」
暗黒神の魔力の一部を流し込む。
「……うけたまわりました。あるじよ」
ヤークトの名前を与えられた《熊喰い花》はそう答える。
魔力を流して力と知性を与えた影響で、会話ができるようになったのだ。
(触れた感じ強さはなかなかだ。凶度は三十くらいはあるだろう)
凶度とは魔物の強さを表す大ざっぱな数字だ。
対になるのが主として人類の強さを示す雄力だ。
凶度三十は雄力三十に変換でき、これは大国の主力騎士クラスだろうか。
普通はここまで強くなるまでに討伐されてしまうはずだが、ナワバリに入らない限りは脅威にはならない植物型ということで放置されていたのだろう。
「これだと《刻む松》も期待が持てるな」
とエドラスはつぶやく。
ヤークトがここまで強いのは彼にとってうれしい誤算だった。
「こっちは俺の眷属のレフだ。仲良くするように」
エドラスはレフとヤークトを引き合わせる。
ヤークトの目はどこにあるかわからないが、彼らは無事顔合わせをすませた。
「わかった」
「はい」
彼らはうなずき合う。
エドラスの命令に否はないのだ。
「じゃあ次は《刻む松》だな。どこにいる?」
エドラスはレフに聞く。
「案内しますが、ヤークトは移動できるのでしょうか?」
「おれはあるけない……」
レフの質問にヤークトは悲しそうにうなる。
「大丈夫だ。力を与えたから」
エドラスは言った。
「小さくなれるし、地面から根を出しても平気だよ」
それを聞いたヤークトは何かを考え、そして体を小さくする。
レフよりも小柄になったところでヤークトは驚きの声を出す。
「ほんとうだ……あるじのちからすごい」
彼にとって「歩く」のは未知の経験だった。
「では行こうか? 案内を頼む」
「は、はい」
植物が歩き出すという奇跡に呆気を取られていたレフは、うながされてあわてて我に返る。
そして転がるように歩き出した。
林の中を今度は逆方向に進んでいく。
「……もうすこしえものいるはず」
ヤークトが不思議そうな声をあげる。
「おそらくエドラス様が一緒だからだろう」
とレフが彼に答えた。
「なるほど……かてるはずがないとわかるものな」
ヤークトは納得する。
彼は強者としての自覚があった分、危険察知能力がやや低下していたと自覚した。
しばらく歩くとヤークトを見つけた時と同じように、前方から異質な空気を放っている場所に出る。
「ここか」
「はい」
立ち止まったエドラスにレフがうなずく。
「凶度はヤークトと同じくらいだろうな」
肌に伝わってくる感覚からエドラスは推測する。
彼が足を踏み出すといくつもの枝が揺らめく。
戦闘態勢に入ったのだと判断してエドラスは暗黒神の魔力をほんの少し解放する。
樹木全体が震えあがった。
「強くなると危険察知能力が下がるのはたいていの魔物に該当するな」
まるで命乞いをするかのように萎びた《刻み松》を見ながらエドラスは言う。
接近しても《刻み松》は動かない。
じっとしたままの《刻み松》にエドラスが触れる。
「お前はこれから暗黒神エドラスの部下ラームだ」
「わかりました……」
ラームの名を与えられた《刻み松》はそう答えた。
彼もまた人語を話す能力を得たのだ。
「これで部下は四名か。まだ何もできないな」
エドラスは小声で言った。
凶度三十の魔物は一体だけだと雄力十五の戦士三人もいれば倒されてしまう。
この町がどの程度の戦力を有しているか知らないが、決して不可能じゃないはずだった。
「何か手がほしいところだな。既存の犯罪組織を乗っ取るような手が」
とエドラスはつぶやく。
彼はもはやヒトの世を守る英雄なんかじゃない。
罪のない一般人に被害を出してはいけないという意識はなくなっている。
「犯罪組織ですか」
彼の声を聞いたレフが答えた。
「たまに町で話題になっていたのが『暗黒教団』と『ヨゼフ盗賊団』ですね。『暗黒教団』は犯罪組織というよりは、邪神を信仰する集団らしいのですが、詳しくは知りません」
「そうか」
エドラスは考える。
邪神を信仰する教団というのは彼にとって都合がいい。
だが、ヨゼフ盗賊団という存在も気になる。
世のためヒトのために生きる気を失ったエドラスだが、だからと言って悪と断定できる存在を見逃していいとは思わない。
「まずは盗賊団の討伐からだな」
「はっ」
配下たちがいっせいに答えたので、エドラスは笑う。
「お前たちは待機していろ。レフはともかく魔物が動き回ったら騒動になるからな」
彼はまだ具体的なビジョンを持っていない。
今考えているのは目先にいる不快な敵を叩き潰すこと、そして勢力を拡大していくことだ。
「まず、盗賊団の壊滅だ。場所はわかっているのか?」
「いえそれが」
レフは申し訳なさそうに首をふった。
「一か所にとどまっていれば騎士団に発見され討伐される。だから定期的に移動しているみたいです」
「そうか」
頭を使う悪党は珍しくない。
力に頼り切ったタイプはエドラスにとって脅威じゃなかった。
(そういう手合いであることを祈ろうか)
エドラスはそう思って空を見上げる。
まだ夜は明けない。
眠る必要がなくなったのは果たして吉なのか、それとも凶なのか。
まだわからない。