最初の依頼
ゴブリンとコボルトの退治を依頼された場所は「ダビューク平原」と呼ばれているところだ。
「遮へい物が少ないこんな平原にゴブリンやコボルトが住み着くのか……?」
エルガーは首をひねる。
ゴブリンもコボルトも数は多いが弱者と言える種族だ。
遮へい物の少ない場所をわざわざ好んで住み着くとは思えない。
(何者かに追い立てられてきたと考えるほうが自然か)
身を隠す場所が多い地点を好む種族は多い。
どんな強者だって眠っているところを不意打ちされると厄介だからだ。
弱者しかいないならいいが、残念ながら今の世界に圧倒的に強い魔物はほとんどいない。
ほとんどエルガーが退治したからだ。
(もっともすべての国と地域を回れたわけじゃない。ここには初めて来たわけだから討伐されていない強力な魔物がいても不思議じゃないんだが……)
エルガーはそのつもりでいようと思う。
今のエルガーはこの地域の人々に申し訳ないという気持ちは浮かばない。
いい機会だから自分が信頼と名声を得るチャンスに変えてやろうと思う。
エルガーがまっすぐに歩いていくと平地にある岩陰、くぼみにゴブリンやコボルトが巣を作っていた。
少しでも身を隠そうというなけなしの努力だ。
ゴブリンの数は十、コボルトの数は八と多くなく繁殖したとは考えにくい。
隠れるつもりもなく接近するエルガーに気づいた彼らは巣から出てくる。
ゴブリンとコボルトの危険察知能力は低い。
エルガーが殺意や魔力をまき散らせば別だろうが、隠していると彼らは何も感じ取れない。
彼らにしてみればマヌケな獲物が単独でノコノコやってきたように映ったのだろう。
醜悪な顔に喜色を浮かべ、棍棒を手に集まってくる。
ゴブリンとコボルトは協調する様子はない代わりに、妨害し合う気配もない。
「これまた妙な話だな」
とエルガーはつぶやく。
ゴブリンとコボルトは本来ナワバリ争いを繰り広げるライバルだ。
協力し合わないのは当然としても、妨害し合わないのは奇妙である。
「まあいい。考えるだけじゃわかるまい。まずは練習だな」
エルガーがやりたいのは暗黒神としての力をふるう練習だ。
ここならコントロールに失敗しても無駄な被害は出にくいだろう。
暗黒神としての権能を思い出しながらエルガーは力をふるった。
「《闇の鎌刃》」
どす黒い瘴気が漆黒の鎌となって接近してきたゴブリンたちを切り刻み、無数の血しぶきが舞う。
それを見たコボルトたちはぎょっとしてあわてて立ち止まる。
勢いあまってつんのめる者、転倒する者が続出しているところにエルガーは容赦なく攻撃を仕かけた。
「《闇の穿針》」
黒い瘴気は針のように伸び、コボルトたちの頭部を穿つ。
あまりにも簡単すぎてあっけなかった。
死体の一部を持ち帰れば討伐した証明になるだろう。
「一応巣も調べておくか」
もしかしたら子どもが生まれているかもしれない。
そうなると厄災の種を見過ごしたことになり、任務達成とは言えないだろう。
後になって失策だと指摘されるのもつまらないので潰しに行く。
コボルトの巣にはメスが一匹隠れていたので倒す。
次にゴブリンの巣には二匹のメスと四匹の子どもが震えていたのですべて葬った。
魔物相手に慈悲も情けも無用である。
ごく一部の知能の高い魔物は「恩返し」という概念があるが、ゴブリンたちにはない。
「一人で詰めなきゃいけないのは面倒だな」
エルガーは独り言をつぶやく。
仲間がいれば手分けしてすませられるのが、今の彼にはいない。
「誰を信じたらいいのかわからないし……待てよ、眷属か」
暗黒神の権能を使って眷属を作り出したらどうだろうか。
秘密を守るだろうし、さまざまな手伝いをしてくれるだろう。
「こいつらで作ってみるか……?」
いや、それはまずいと自問自答する。
魔物の姿をした眷属などをヒトの町には入れることが難しい。
ヒトの町に入ることを考えれば少なくとも外見はヒトに擬態できる存在がいいだろう。
「ラスターの眷属が残っていて譲ってもらえるなら最善なんだがな」
あいにくと最後に残っていた眷属が他ならぬ魔王で、エルガーが滅ぼしたばかりだ。
他の眷属たちは魔王軍幹部たちであり、やはりエルガーが滅ぼしている。
「物は考えようだ。別の考え方をするなら枠に限りがある作成枠を自由に使えるんだ。悪いことばかりじゃない」
半分は自分に言い聞かせた。
(魔王クラスが一、幹部クラスが五、弱い異能持ちだと十が上限か)
暗黒神としての知識がそう言っている。
もっとも勢力を拡大して信仰が高まればさらに眷属を増やせるようだが。
ラスターが新しい眷属を作れなかったのは勇者の活躍で、暗黒神寄りの考え方をするヒトが激減したせいでもあるらしい。
後ラスターはエルガーとは違って完全な神だったので、地上に干渉するチャンスも限られていたようだ。
(十まで作れる眷属は練習がてら作ってもいいしれないな)
エルガーだと失敗しても大きく損することはない。
最初は失敗を覚悟で挑戦してみるべきだろう。
町に戻ったエルガーはギルドに行き、討伐確認用のカウンターでアイテム袋の中身を取り出して見せる。
「なるほど……たしかに」
担当者の壮年男性は顔色一つ変えず確認作業を終えた。
「ゴブリン、コボルトの討伐お疲れさまでした。灰色への昇格が決まります」
男性はそう言って灰色のプレートを差し出す。
エルガーはニビ色のプレートを提出してかわりにそれを受け取る。
「報酬の銀貨二枚です」
革袋に入れられた報酬を黙って受け取ったエルガーに、男性は聞いた。
「本日の宿はお決まりですか?」
「ああ」
エルガーはそう答える。
実のところ決まっていないが、アンナの家に行こうかと思っていた。
彼がいれば用心棒がわりになるし、祖父のほうはおそらく反対しないだろう。
万が一断られる可能性もあるので早めに行って許可をとりたい。
エルガーは冒険者ギルドの敷居をまたいで町の外を目指す。
どこかで下品な笑い声が聞こえたが、この町じゃ珍しくもない。
アンナたちの家は町からそこまで遠くないし、道が複雑なわけでもないのですぐに戻ってこれた。
「……うん?」
しかし小屋に近づきながらエルガーはかすかに違和感を抱く。
元々生活の気配が薄かったところだが、今はそれどころか生き物の気配すらない。
胸騒ぎがしたので歩くスピードを一気に上げると、小屋のドアが壊されているのが見えてしまった。
どう見ても外から壊したとしか思えない。
「まさか……」
エルガーは走って小屋の中に突入した。
すると血の匂いと、破壊された部屋が彼の目に飛び込んでくる。
アンナと祖父は血まみれになって息絶えていた。
二人はお互いをかばうあうように倒れていて、どちらの目にも涙の痕跡が見られる。
何者かがドアを壊して侵入し、二人の命を踏みにじったことは明らかだった。
「……すまない」
エルガーが謝ることじゃないかもしれないが、それでも彼は謝罪と後悔の念で心が満たされる。
彼がとどまっていれば防げた事態だから。
「……試してみるか?」
暗黒神の権能を使えば死後まもなければ眷属として復活させることができる。
彼らに使うのも手だ。
「……失敗しても眷属化できないだけなのか」
二人の魂を苦しめることにならないならとエルガーはやる気になる。