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冒険者登録

 エルガーは冒険者ギルドを探して中に入る。

 雑多なにぎわいを見せているのは、彼の知っているものと変わらない。


(どこの国も大差ないのかな。こういう機関は)


 自分に向けられる物珍しそうな視線を無視し、エルガーは周囲を観察する。

 

「何だぁ、このひょろひょろ兄ちゃんはよぉ……」


 頬が赤く息が酒臭い筋肉隆々の大男が彼の前に立ちふさがった。


「ここは坊やのごっこ遊びするところじゃねえんだよ。帰りな」


 彼がそう言うと、


「殺すなよ、ザック」


「泣かすだけにしておけよ、ザック」


 近くの男たちははやし立てるだけで止めようとしない。


「あ、あの……」


 受付に座っている男女が止めようとしたが、ザックと呼ばれた大男は無視する。


「軽くなでてやる。運がよければ死なねえだろうよ」


 酔いで濁った瞳でエルガーを見つめた。


「久しぶりだな。この手合いは」


 エルガーはザックの予想に反して少しも怯えず、意味深なことをつぶやく。


「ああ? 生意気な小僧だ。ヤキを入れてやろうか」


 ザックは彼の胸倉をがしりとつかむ。

 

「ぐああああ」


 直後ザックは苦悶の声をあげてその場にひざまずく。

 エルガーは彼の手首をつかんだだけだ。


「ざ、ザック?」


「ど、どうしたんだ、おい?」


 ニヤニヤ笑いながら見物していた男たちの間に動揺が走る。


 見ず知らずの若者がザックにやり込められ、泣き出すのを酒の肴にしてやろうと思っていたのに、逆の結果を突きつけられたのだ。


「くだらないな」


 勇者であれば弱者に何をするか、十分配慮する必要がある。

 しかし、エルガーはすでにそんな立場じゃない。


 ザックの頭を右手でわしづかみにしてそのまま持ち上げる。


「ヒッ」


「うそ、だろ……」


「誰よりも体格のいいザックを片手で……」


「鉄の鎧を着てるのに……」


 エルガーがとった行動で見物者たちも、ギルド職員たちも度肝を抜かれた。

 誰よりも背丈も体重も筋肉もあり、鎧も着ているザックの重量はいかほどか。


 そんな存在を片手で軽く持ち上げる様を見せられて、腰を抜かした者たちばかりだった。


「あんな細身なのにどんだけ怪力なんだよ」


 畏怖を込めて誰かがつぶやく。


 勇者の身体能力は失われていなかったので、エルガーにしてみれば当然の結果だった。


「俺の強さ、たしかめることはできたかな?」


「は、はい……」


 エルガーの淡々とした声にザックは震えあがる。


 こいつは格が違う。


 恐怖と畏敬の念でザックの心は支配される。


「あんな強いのに何で装備ないんだよ……」


 と誰かが言った。


 ザックがエルガーを侮った原因の一つとしてはエルガーが木の棒すら持っていなかったからだ。


 冒険者の価値観だと装備がしょぼいのは弱者の証となる。

 だからザックの勘違いを誰も責める気にはなっていない。


 何かがズレていればエルガーに絡んで打ちのめされたのは自分だったかもしれなかった。


「冒険者登録をしたいんだが」


「は、はい! こちらへどうぞ!」


 女性がびくっと震えながらもすぐに立ち直って声をあげる。

 職業人の鑑と言うべき態度だった。


「まずはお名前をうかがってもいいでしょうか?」


「……グルートだ」


 エルガーはとっさに偽名を名乗る。

 彼が知っている古代語で「残り火」という意味だ。


 彼はまさに勇者エルガーの残り火とでも言うべき状態だ……あくまでも今のところはだが。


「グルート様、冒険者のランク制度はご存知でしょうか?」


 若い受付嬢は確認するように見つめてくる。


「この国の制度は知らないのですまないが説明を頼む」


 グルートは彼なりに慎重な態度をとった。

 この国が知らない地域にある以上、彼の常識や情報が通用しない可能性が高い。


 念のため暗黒神ラスターの知識を探ってみたが、彼はどうやら人界の情報にさほど興味なく眷属に任せていたらしく、ろくな情報がなかった。


 わかったのは暗黒神は何体かの眷属を作成できる権能を持っている、といった情報くらいである。


「かしこまりました」


 おだやかな態度に受付嬢はホッとし、そしてはりきって説明をはじめた。


「ここでは主にモンスター討伐をこなしていただきます。初めはニビ色でそれから灰色とステップアップしていきます」


 彼女の口が一度とまったところでグルートは問いかける。


「難易度の高いモンスターを討伐した場合、一気にランクがあがるということは?」


「……可能ですが、無理だと思った場合は逃げてくださいね」


 返答まで少しの間があったのは、グルートならニビ色や灰色のモンスターくらい相手にならないと判断したからだ。


「承知している。ところでランクは全部で何階級あるんだ?」


「九です。上から黒色、金色、銀色、銅色、赤色となります」


 それなら赤色くらいまでは一気にあがってしまいたいなとグルートは思う。


 ランクがあがれば舐められて絡まれた結果ひと騒動という、先ほどの展開を避けることができる。


 有象無象にいちいち因縁をつけられるのは面倒で非効率だ。


(それにランクがあがれば移動がスムーズになり、報酬も高くなり、貴族に会えるだろう)


 言いことづくめである。

 まずは信頼を勝ち取ることが大事だとグルートは考えた。


 アランだって勇者エルガーが用済みになって毒を盛るまで、巧みに本心を隠してまったく疑わせなかったではないか。


「わかった。ありがとう。とりあえず手ごろな依頼を見つくろってほしいんだが」


「かしこまりました。ではこちらの依頼はいかがでしょう?」


 受付嬢が提示したのは「ゴブリン退治」と「コボルト退治」だった。


「この二つを達成すれば灰色まであがることができますよ」


 ニビ色のプレートを差し出しながら受付嬢は言った。

 彼女なりに気を利かせてくれたのだろうとグルートは理解する。


「なるほど、配慮感謝する」


「いえいえ」


 受付嬢は微笑む。

 期待が持てそうな逸材についてはある程度柔軟な対応をするのだろう。

 

(まあ当然の措置だろ)


 エルガーは別に彼女に感謝しようとは思わなかった。


 頭の固い対応をしていたら有望な人材が他に流出するというリスクがある。

 彼女がやったのは一種の営業努力だ。


 ……復活前の彼では気づけなかったことである。


「見た感じ場所がわからないので、地図があれば見せてもらいたいのだが」


 そしてグルートにさっそくの試練が生まれた。


 彼じゃこの周辺の土地勘がまったくないので、場所だけ記載されてもどこがどこなのかさっぱり理解できない。


「失礼しました」


 受付嬢はあわてて奥に引っ込み、一枚の紙を持って戻ってきて彼に差し出す。


「大ざっぱな地図の写しでよければお持ちください。精度の高い地図は貴族様じゃないと持てない規則ですので、どうがご容赦を。グルート様」

 

 詫びる受付嬢に対して、


「やむをえないな」


 とエルガーは答える。

 地図は有益な情報だし、有益な情報は貴族が握るのは当然のことだった。

 

 大ざっぱな地図の写しなら冒険者にも所持を認めているのは、比較的大らかなほうである。


 エルガーは地図をたしかめてだいたいの方角を理解して出発した。


「あ、あの。アイテム袋は大丈夫ですか? いろんなものが持ち運べて便利ですよ?」


 受付嬢に呼びかけられて彼は立ち止まり、


「それなら持っている」

 

 そう答えて立ち去る。


「はぁー、何かすごい人だったな」


 息を吐き出して緊張を解いた者がいるし、


「装備は持ってないのにアイテム袋は持ってんのか?」


「あの白い髪に赤い瞳はどこの民族なんだろうな?」


 エルガーに対して疑問を浮かべた者もいた。

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