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獣人たちの現実

「まずは家に来ていただきましょう。何もないですが水くらいは出せますし、話もできます」


 といった老人の誘いに応じてエルガーは小屋のような家の中に入る。

 中は殺風景で最低限の家具しかなかった。


(この感じ、覚えがある)


 とエルガーは思う。

 貴族や領主といった上流階級に家畜や道具同然の扱いを受けている人たちの家が、こんな感じだった。


 彼らもまたそうなのだろうと彼は直感する。


「どうぞ」


 アンナが粗末なコップに水を入れて差し出した。


「ありがとう」


 エルガーは飲んでみて喉が渇いていたのだと気づく。

 そして老人に問いかける。


「あなたは気づいているんだろうが、俺はこの地域のことは何もわからないんだ。どうやらあなたたちはひどい扱いをされているらしいが……」


 エルガーの言葉に老人はうなずいた。


「ええ。私たちは尻尾を持つ者、テイラーと呼ばれ普通のヒトと区別されています」


「区別、か」


 老人が用いた柔らかい表現に大量の皮肉を、エルガーは感じる。


「私たちは何もかも奪われて、生きていくことしかできないの」


 アンナは憤激するが声は弱い。

 諦めに近い感情のほうが勝っているようだ。


「ひどいな」


 ただ獣人として生まれただけで差別を受ける。

 彼らの心情にエルガーは寄り添いたい。


 エルガーなら彼らを救うことは造作もないだろう。


 勇者の名前を出す、あるいは暗黒神としての力を使うだけで、彼らを苦しめる者を懲らしめることはできる。


(だが、それでいいのだろうか?)


 獣人が救われただけですべては解決するのだろうか。

 今まではそれでいいと思っていた。

 

 だが、ならばどうしてエルガーは暗黒神となって復活することになったのだろう。


(彼らを救い、俺自身の目的にもプラスになる展開は……)


 じっくりと考える。

 獣人たちを虐げる制度を破壊するだけでは何も変わらない可能性が高い。


 それどころか、反対する勢力によって彼らが殺されるリスクもある。


(絶対にダメだ)


 エルガーが助けたせいで殺されるなんてことだけは許されない。

 助ける以上は責任を取りたいところだ。


 彼らの視線に気づいてエルガーは口を開く。


「すまない。すぐにいいアイデアが出てこない」


「お気持ちだけで十分です」


 詫びる彼に対して老人は優しく微笑む。

 アンナは無表情のまま目をそらす。


(ああ)


 エルガーは気づいてしまった。

 彼らには助けを求めるという選択肢がない。


 選びたくても選べないというより、可能性そのものに気づいていないと言うべきか。


(希望を奪われているのか)


 ひどいという言葉じゃ生ぬるいとエルガーは思う。

 怒りの炎が激しく心で燃えはじめるが、態度に出すことはどうにか耐える。


 彼が怒っても獣人たちは何も変わらない。

 怒りというエネルギーの無駄遣いという見方だってできる。


(彼らのために何をすればいい?)


 まずは情報収集だ。


 獣人を支配して抑圧している連中がどんな存在なのか、知らなくてはならないだろう。


 敵を知ることができれば何かいいアイデアだって出てくるかもしれない。

 

「どこに行けばいい? あなたたちを支配している連中に会うためにはどうすればいい?」


 エルガーの問いにアンナは無反応を貫く。

 どうせ何もできないと思っているようだった。


「私たちを直接支配しているのは、少し離れたところにある町のヒトですが、あなたの聞きたいことであっていますか?」


 老人は親切に答えてくれる。


「正解だけど不正確だな。もっと上のヒトがいい」


 トップを変えなければ何も変わらないとエルガーは思う。

 

「残念ですがお役に立てませんね」


 老人は目を伏せて悲しそうに言った。


「私たちでは支配階級がどこにいるのかすら知りません。ヒトが貴族と呼ぶ存在がいることだけは知っていますが……」


「なるほど」


 エルガーがうなずく。


 ひどい仕打ちに耐えかねた獣人が暴発しても、攻撃対象がどこにいるのか知らなければ貴族たちは安全というわけだ。


 もちろん知っている人間を襲って聞き出すくらいはできるだろうが、奇襲の標的にされないというのは大きなアドバンテージとなる。


(なかなか合理的だな)


 仕組みを考えたヒトはきっと頭がいいのだろう。


(少なくても俺なんかよりもはるかにな)


 正攻法を使っても彼らの支配を終わらせることはできない。

 

(終わらせるだけなら可能だが、その後に平和を維持するのは難しい)


 ひとまずは町に行くべきだろう。

 獣人たちに警戒されたことからわかるように、彼は見た目はヒトと同じだ。


 町に入ったところでトラブルは起こらないだろう。


「まずは町に行ってみよう。殴る相手の顔を見ないとな」


 とエルガーはつぶやく。

 老人は気遣うような視線を、アンナはイライラしている目を向けてくる。


「じゃあな」


 エルガーは小屋を出て、まっすぐ町へと向かう。

 町には彼が見上げるほど高い石の壁に囲まれているが、見張りはいなかった。


 彼が入っていくと清潔で血行もよいヒトと、不潔で身なりの汚い獣人とはっきりと区別ができる。


 獣人たちの多くは隷属の証である首輪をしていて、全身にいくつもの傷があった。


 彼らの目は共通して希望を知らない暗さである。


(……ムカムカするな。単に虐げられているだけじゃない。俺も彼らと同じだったからか)


 エルガーは胃のあたりをなでて深呼吸した。


 この町の獣人たちはアランにとって自分と同じだと考えてしまうと、冷静さを維持するのが大変だ。


 勇者の魔法に平常心を維持するものがあるのでこっそり発動させる。

 獣人を解放しろと言っても何も変わらないだろう。


 少なくとも勇者じゃなくなったエルガーの言葉には誰も耳を貸さないと思っていいはずだ。


(まずは金を稼いで名声を得るか)


 貯めた金で奴隷にされた獣人を買うことができる。


 名声を高めれば「あのヒトの言うことだから信じてみよう」と思う者だって現れるだろう。


 エルガーの心の闇の部分がそれとは別のメリットを囁く。


(この町の支配体制を崩し、獣人を救えば盛大に感謝されるだろう。アランたちの王国を攻める戦力にできるかもしれない)


 アランたちにどのような形で復讐するのかまだ決めていないが、選べる手札は多いほうが望ましい。


(それには俺を信じて従う、俺だけの組織を創ったほうがメリットがあるか)


 とエルガーは思いつく。

 アランはおそらく国王になるだろう。


 勇者として、暗黒神としての能力を使えば暗殺はできるかもしれない。

 だが、そのような手段で自分の心が晴れるとは思えなかった。


(できれば俺を裏切り嘲笑い、道具とさげすんだことを後悔するような結果を突きつけてやりたいものだな)


 暗殺では後悔させる時間までは作れる自信がない。

 そもそも他の仲間や王宮の警備を考えると、返り討ちにされるリスクすらある。

 

(ひとまずの方針は決まったな)


 まずは金を稼いで手足となってくれる味方を増やす。

 そのためにいい手段はエルガーは知っている。


 冒険者になることだ。

 有名な冒険者となれば大金を稼げるし、大量の奴隷を買いあさることができる。


 貴族たちと知り合う機会も生まれるだろうし、この国の情報を集められるだろう。



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