ルメイ湿原の謎
エドラスはいろいろ考えた挙句、何もアイデアが浮かばないまま次の日を迎えた。
(《ル・フェイ》は欲しいけど、その前に探し物が得意な奴もほしいな……《ピクシー》や《コボルト》とか。ほしいものばかりだ)
そう思いながら彼は宿を出る。
一睡もしていないが頭はさえていて、まったく疲れていない。
休むことなく活動できるのは素晴らしいが、何の成果もあがってないのは気のせいだろうか。
悲しくなったのでエドラスは頭を振り払う。
冒険者ギルドの中に入ると、すでにシュトルと仲間たちが来ていた。
「おはようございます、グルートさん!」
彼らはいっせいに威勢のいいあいさつをする。
「ああ」
正直テンションが高くてエドラスはついていけないものを感じた。
「今日はロアノークを救う冒険のはじまりですね!」
「何で壮大なサーガがはじまってるんだ?」
エドラスの当然の疑問は彼らの熱意にかき消されてしまう。
「しっかり見届けます!」
「ジュウスです。調査はお任せください」
キリッとした顔でメガネをくいっとあげた学者風の青年がいる。
「こいつは本業が魔物学者なんです。魔物の生態や動向を研究して、本にまとめてるんですよ」
とシュトルが紹介した。
「なるほど、今回の件にはうってつけだな」
エドラスは認めたものの、内心舌打ちする。
(余計なことを言われたり知られたらたまらんな)
シュトルたちに対する評価は高まりつつ、殺意も高まったというのが正しい。
足手まといはいらないが、最適解を選ばれても厄介だという面倒な状況にいる。
エドラスは改めて認識した。
(口封じをしようにもロアノークは大きな街だしな)
さすがに大きな街を一つ潰すとなると、その後の影響を考えざるを得ない。
ヨゼフ盗賊団に罪をかぶせるのには無理がありすぎる。
(そうなると候補は暗黒教団だな。どれくらいの規模なのか、今のところさっぱりわからないが)
冒険者として数日過ごす程度では情報が出てこないなら、うわさ話をするのも忌避されているのかもしれない。
そんな組織の情報を集めるのは普通にやると時間がかかるだろう。
(……やっぱりここで名をさらにあげて、貴族から依頼が来るレベルの冒険者になるのが一番なのか)
頭があまりよくないエドラスは、いろいろ考えてみては同じ結論に戻るという感覚になる。
独りだからあれこれ考えてしまうのがよくないのだろうか。
信頼できる仲間がいない状況は長いこと経験してなかったので勝手がわからない。
「グルートさん?」
シュトルが不思議そうに声をかけてくる。
「うん? どうした?」
エドラスは気を取り直して聞いた。
「いや、仲間たちを紹介してもいいですか?」
確認してくるシュトルに彼は笑いながら首を横に振る。
「悪いけど今は戦いに集中させてくれないか。作戦を練っているところだから」
ウソだった。
エドラスに構想を練るような作戦なんてものは最初からない。
魔物を発見次第、片っ端から倒していく。
有用そうな魔物がいれば後でこっそりとアンデッド化させて配下に入れる。
これだけだ。
「失礼しました!」
「グルートさんの邪魔をするなよ」
シュトルは慌てて謝り、仲間たちは彼に軽く抗議する。
何の罪もないドワーフが悪者になっても、エドラスの心は動かない。
(多少の愛着くらいは生まれるかと思ったが……)
別にそんなことはなかった。
沈黙をたもったまま彼らは目的地に到着する。
そしてシュトルの驚愕の声が聞こえた。
「馬鹿な……《ポイズンアリゲーター》が増えているだと?」
エドラスが視線を向けると《ロックリザード》と《ポイズンアリゲーター》が五頭ずついて、彼らをにらんでいる。
「間違っても一日で成体化は無理なんだよな?」
エドラスが聞くと、魔物学者のジュウスは青い顔をしてうなずいた。
「あ、ありえません。どこかから人知れず流れ着いたと考えるほうがまだ可能性はあります」
声は上ずっていて震えているが、エドラスは笑う気にはならない。
魔物が予想外に増えていて厳しい展開になっているなら、ジュウスのような反応をするのが普通なのだ。
(人知れず流れ着くルートがあるなら、もう少し話題になっているはずだ)
とエドラスは思う。
もちろんそんな展開だってありえるだろう。
しかし彼はもう一つの可能性を口にする。
「こういう可能性はどうだ? 魔物の短期間で成長させる能力を持った魔物がルメイ湿原にいる」
エドラスの言葉を聞いてジュウスはハッとした。
そして怪訝そうにしているメンバーに話す。
「あ、ありえます。《レプタイルブリード》という魔物、トカゲ系を育てることに特化した魔物ですから、そいつがいるなら説明ができます!」
《レプタイルブリード》はエドラスの知らない魔物だった。
(まあトカゲ系魔物だって凶度三十超えはいるんだから、そいつらを量産できると思えばありか)
とにかく足りないものばかりなのが現在のエドラスファミリーである。
(もっともそれだとトカゲ系魔物を皆殺しにはできないか?)
さすがに死体にも効果がある能力を持っているとは思えない。
(短期間で凶度二十五から三十の魔物を増やせる能力は魅力的だな。こいつらを騙して事情を聞いたほうがいいか)
ジュウスはほんの少し惜しい気もするが、他のメンバーはエドラスにとってどうでもいい存在だ。
せいぜい彼の活躍を称える吟遊詩人ポジションをまっとうしてくれたらよい。
「【闇の幻想】」
エドラスはシュトルたちの意識を奪って昏倒させ、彼らに夢を見せる。
そして暗黒神としてのオーラを放出した。
「ガガ!?」
夜の最果てよりも深い黒いオーラに魔物たちはいっせいに怯えだす。
理屈じゃなくて本能でエドラスが圧倒的上位者だと理解した彼らは、ガタガタ震えながらいっせいに平伏する。
「俺に服従すると言うなら命は助けよう」
「は、はい」
エドラスは神の権能を使って彼らと意思疎通をはかった。
おかげでヒトには理解できない彼らの言語も理解できる。
「お前たちはなぜそんなに成長が早い? 仲間はどれくらいいる?」
どういった質問が適切なのか、エドラスは迷いながら問いかけた。
《ロックリザード》と《ポイズンアリゲーター》は平伏していたが、うち一頭がおどおどと顔をあげる。
「は、はい。後ろの小屋に……」
「小屋?」
エドラスはきょろきょろして遠くに木造小屋があるのを発見した。
「案内しろ」
自分に話しかけてきた個体に命令を出す。
「は、はい」
《ポイズンアリゲーター》はよろめくように走り出した。
ぬかるみに足を取られないように気をつけながらエドラスは歩いていたが、やがて面倒になって空に浮くことを選ぶ。
小屋にたどり着くまでに三頭の《ロックリザード》、尻尾に無数の鋭利なトゲが
ついた《ソードテイル》が六頭震えながら待機している。
小屋の前に到着するとエドラスが開けるよりも先にドアが開き、二体の魔物が怯えた顔をして出てきた。
一体は白い皮膚と木の杖を持った小柄なトカゲタイプの魔物。
もう一体は小さな二枚の羽と亀のような頭部を持った妖精だった。
「《ル・フェイ》……そうか、そういうことか」
エドラスは納得する。
《ル・フェイ》は様々な相手に変身できるだけではなく、変身した相手の能力も再現できる。
ただし戦闘力だけは再現できないという欠点があるが、《レプタイルブリード》のような育成能力なら問題ないのだろう。
「《ル・フェイ》なら普通に会話ができるだろう」
それだけでなく《ル・フェイ》は人並みの知能を持っている。
エドラスと普通に会話できるはずだった。




