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希望で塗り潰す英雄

「やべえ……つええなんてもんじゃねえ……」

 

 シュトルはうつろな目でくり返しつぶやいている。

 

(なかなかいい傾向だ)


 とエドラスは満足した。


 畏怖の念を与えることに成功した彼なら、きっといいようにエドラスの強さを周囲に話してくれるだろう。


(一気にルメイ湿原で魔物が増加している原因も解明してしまおうかと思ったが、今日は止めておくか)


 エドラスはシュトルの様子を見て判断する。

 このまま終わらせてしまうと、シュトルがショックで壊れるかもしれない。


 ドワーフの一人くらいどうでもよいのだが、宣伝係を新しく探す手間をかけたくはなかった。

 

 今のところシュトルで不満はないのだから。

 

「シュトルだったっか」


 エドラスが話しかけると、ドワーフはびくっと体を震わす。


「お、おう。何だよ?」


 怯えに近い感情を向けられることに気づきつつ、エドラスは気づかないフリをする。


「とりあえず今日のところは帰ろうと思うんだが。《ロックリザード》と《ポイズンアリゲーター》、報告にあった分の大半は片付いたからな」


「お、おう、まあそうだな」


 シュトルは冷や汗を手でぬぐいながら聞いた。


「けどよ、あんだけ強いならもうちょっと戦えるんじゃねえのか? 別にケチをつける気はないんだけどよ」


 明らかに腰が引けた態度になった彼に、エドラスは答える。


「魔力の消費量が馬鹿にならないからな」


 もちろんうそだ。

 エドラスの魔力は百分の一も使っていない。


 魔力の限界はあるということで、人間味を持ってもらおうという判断だった。


「そ、そっか。そりゃそうだよな」


 何を思ったのか、シュトルは納得したように何度もうなずく。


「いくらあんたでも魔力の消費は有限だよな」


 エドラスに都合のよい誤解をまんまとした。


「湿地の調査は明日にでもしようか」


 と彼はドワーフに提案する。

 今の態度ならついてきてくれるかもしれないと期待してだ。


「そうだな。誰かが意図したものなら魔物はすぐに増えてるだろうし、自然なものなら増えてねえ。そういうことだろう?」


 シュトルはうなずいてエドラスの意図を確認する。


(んん? 何の話だ?)


 彼はシュトルが何を言っているのか理解できなかった。


 だが、ドワーフの顔からは敬意がにじみ出ているので、肯定しておいたほうが話がいい方向に進むと判断する。


「だいたいそんな感じだ」


 全肯定しても危険な気がしたので、エドラスはあいまいな言い方をした。


「じゃあ一度戻ろう。差し支えなかったら明日は俺の仲間も誘いたいんだが、かまわねえか?」


 というシュトルの質問にうなずく。


(人手は多いほうがいいからな。俺は調査が苦手だし)


 エドラスは元々戦闘特化タイプだ。

 そして暗黒神もまた調査や分析といった方面は苦手である。


 誰か手伝ってくれる者を用意したほうがはるかに効率はよくなるだろう。


(ゆくゆくはそんな眷属たちを揃えたいものだな)


 現状ではまだまだどころかヒトの前に出してもいい者がほとんどいない。

 せいぜい《デュラハン》のレフくらいだろう。

 

(アンデッドだらけなのもある意味問題か? 俺と一緒にパーティーを組んでもおかしくない種族を探してみるか)


 見た目がヒトと変わらず、なおかつ日中に活動ができるならアンデッドにこだわらなくてもよいかもしれないとエドラスは思いはじめる。


 それなら選択肢がぐっと広がるのだ。


(《ドッペルゲンガー》、《スプリガン》、《ル・フェイ》あたりか)


 探せば見つかりそうで、パーティーを組めるだけの知能もある魔物たちを脳内で並べてみる。


 《サテュロス》は能力も高いのだが非常にレアで、発見できる期待値は低い。


「グルートさん?」


 急に黙り込んだエドラスを不思議がり、シュトルがおそるおそる呼びかけた。


「いや、何でもない」


 エドラスはそう答えてから、ふと聞いてみる。


「《ル・フェイ》や《ドッペルゲンガー》という魔物を知っているか?」


「名前だけなら」


 エドラスの問いにシュトルは困惑しながら答えた。

 

「そうか」


 やはり頼りにならないなとエドラスは思う。

 あるいはこの地域には生息していないのかもしれない。


 冒険者と言っても町から町を渡り歩く者たちばかりではないのだ。


 エドラスはひとまず冒険者としての活動を終わらせるべく、足早にロアノークの町に戻り、魔物たちの頭部をギルドに提出する。


「えっ……」


 提出されたギルドの受付嬢は仰天のあまり固まってしまう。


「《ロックリザード》三頭と《ポイズンアリゲーター》五頭って」


「ていうか、《ポイズンアリゲーター》は四頭なんじゃなかったか?」


 誰かの疑問にシュトルがハッとなって、ギルド職員に言った。


「そうだ、俺が見たポイズンアリゲーターが五頭も出て来たぞ。昨日の報告より増えてる可能性がある!」


 彼の言葉でギルド内がざわつく。

 

「《ポイズンアリゲーター》は成体になるまで五年くらいはかかる魔物なんだよな?」


「《ロックリザード》は卵がかえってから三か月で成体になるから、増えていてもそこまで不思議じゃない。ルメイ湿原は見晴らしもよくないから、見落としすことだってありえる」


「だが、《ポイズンアリゲーター》の成体を見落とすか?」

 

 冒険者もギルド職員も口々に話しはじめ、エドラスは訳が分からなくなる。


「いったい何が起こっているんだ?」


「詳しく調査したほうがいいんじゃないか」


「でもなあ、知らずのうちに《ポイズンアリゲーター》が増えているような場所、最低でも銅色冒険者パーティーがいないと無理だろ」


 誰かがそう言ったことで、視線が一気にエドラスに集まった。

 

「グルートさんならできるんじゃないか?」


「ああ、こともなげに戦利品を持ち帰ったくらいだからな」


 冒険者たちの声にシュトルが応じる。


「当然だろう! グルートさんなら《ポイズンアリゲーター》の群れに囲まれても危なげなく倒せるだろうよ!」


 彼は嬉々として大きな声で話す。


 エドラスを露骨にきらっていたはずのシュトルが熱烈なファンに変身しているのだから、周囲の冒険者たちは唖然とした。


「そんなにすごかったのか、グルートさんは?」


「ああ。まず魔法の発動速度がハンパないんだ。銅色の魔法使いが一発撃つ間に、五発は撃てそうな速さだったぜ!」


 仲間に聞かれたシュトルが熱弁をふるう。


「そ、そんなすごいのか」


「それって銀色並みに強いってことなんじゃないか?」


 誰かが指摘する。


「銅色でも充分すごいのに、まだ適正な評価じゃないっていうのかよ」


「銀色昇格試験を実施したほうがいいんじゃないか?」


 ルメイ湿原に対する不安は、いつの間にかエドラスへの賞賛と期待に変わっていた。


「すべてグルートさんの計算通りですか?」


 とシュトルが聞いてくる。


「何の話だ?」


 エドラスは聞き返す。

 彼は場の流れがどうしてこうなっているのかさっぱり分からない。


「またまた」


 シュトルが笑うが、なぜ彼が笑うのかエドラスには意味不明だ。

 モヤッとしたものを感じる。


(こいつは利用価値があると思っていたが……)


 つき合い方を考えるべきだろうかと思う。

 だが、すぐに切り捨てるのもためらわれた。

 

 「冒険者グルート」の名を喧伝するのに今のところ役に立っている。

 多少デメリットがあるからと言って捨てるのはどうだろうか。


(もう少し様子見だ。利用価値があるうちは利用しよう)


 と思いなおす。


「俺は調査に関しては苦手だ。助っ人がほしいな」


「ああ、それなら俺の仲間がいますよ」


 エドラスの発言に対してシュトルが手を挙げて、驚いている仲間たちに声をかける。


「なあ、エドラスさんと一緒に伝説作ろうや! 今なら希望で塗り潰す英雄の誕生を特等席で見られるぜ?」


「シュトルがそう言うなら」


 シュトルの仲間たちは乗り気を見せたので、話はまとまったと言えた。


(希望で塗り潰す英雄……何だかダサくないか?)


 エドラスは独りそう思っていた。

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