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《ロックリザード》と《ポイズンアリゲーター》

(さてどうするかな)


 とエドラスは迷う。

 彼がその気になればなんてことのない相手だ。


 独りで倒して英雄と祭り上げられるのは難しくないだろう。

 しかし、いくら何でも強すぎると言われないだろうか。


(英雄クラスのパーティーの働きを独りでやるわけだからな)


 いくら何でもやりすぎじゃないかという気もする。

 それができるのは元勇者パーティーくらい(聖女は除く)だ。


(いや大丈夫か)


 普通は信じないだろう。

 尾ひれがついたと考えるほうがずっと一般的のはずだ。


 エドラスが勇者だったころも本当に勇者なのかと疑われた経験がある。

 ヒトという生き物は、そう簡単に伝聞をうのみにしないものだ。


 それはアランたちにも該当するだろう。


(念のためめぼしいパーティーと一緒に行くか。俺の活躍を目撃して、宣伝してくれる人材もほしいし)


 エドラスがただ無双して死骸を持ち帰るだけだと、強い冒険者がいるとしか話題にならない。


 戦いぶりを話す者が複数いたほうが有名になれるというものだ。


「《ロックリザード》と《ポイズンアリゲーター》の討伐、俺が引き受けよう」

 

 とエドラスが言うと受付嬢は息を飲み、冒険者たちがざわめく。


「無茶だろ」


「銅色一人じゃ死ぬだけだぞ」


 彼らの言うことは常識で考えれば間違いじゃない。


 銅色冒険者の推定雄力は三十前後で、《ポイズンアリゲーター》一頭と対等に戦えたらよい程度だ。


「まあ念のため誰かについてきてもらえるとありがたいが」


 エドラスがふり向くと全員が目をそらす。

 誰も彼の無謀行為につき合おうとする者がいない。


(こんなものか)


 弱い者には強いが、強い相手には弱いのは多くのヒトに共通する。

 だからエドラスが勇者として名をあげることになったのだが。


「わかった。独りで行こう」


 エドラスがため息をついてギルドを出ようとすると、


「待てよ。俺は行くぜ」


 先ほど彼とやりあったドワーフが声をあげる。


「シュトル……」


 仲間が驚いて彼の名前を呼ぶ。

 

「勘違いするなよ。俺はてめえなんかまだ認めたわけじゃねえ。てめえの無様さを今夜の酒の肴にしてやるよ」


 シュトルはにやりと笑う。

 いやらしさのない表情にエドラスは少し彼を見直す。


「ありがとう。じゃあ頼むよ」


「はっ、礼には及ばねえよ。《ロックリザード》も《ポイズンアリゲーター》も足は速くねえ。ドジをしなきゃ逃げきるのは難しくねえからな」


 シュトルはそんなこと言った。

 まるでいざとなったら逃げだせと言っているようだった。


(……まさかな)


 エドラスは否定する。

 まだシュトルとの間には信頼関係なんて構築されていない。


 信じたいとも思わなかった。


「せっかくだ。ルメイ湿地がどこなのか、案内してくれないか?」


 ついでにエドラスが頼むと、シュトルはちょっと目を見開く。


「本当に知らねえんだな。こっちだよ、ついて来いよ」


「おい、シュトル」


 呼び止めようとした仲間にうるさそうに手を振り、シュトルは先に外に出る。

 エドラスが次に外に出ると、後に続く者はいなかった。


「ちっ、根性なしどもめ」


 シュトルは舌打ちして悪態をつく。

 彼はエドラスが入ってきた門をくぐって左に折れ曲がる。


「湿地まではかなり歩くがかまわねえか?」


「ああ」


 エドラスは平然とうなずき、シュトルが驚いて息を飲む。


「ずいぶんとタフなんだな。移動してきたばかりなんだろうに」


 彼の指摘はもっともだとエドラスは思う。


 暗黒神になった以上、町から町を歩いて移動した程度で疲れるはずもないのだが。


「まあな」


 意味ありげにエドラスは微笑んで見せる。

 何も正直に手の内を明かす必要はないというのは、冒険者に当てはまることだ。


「ちっ、大した奴じゃねえか。絡むんじゃなかったぜ」


 シュトルは後悔するように言って足を速めた。

 ヒトより速くしかも長時間続けられるあたり、さすがと言うべきか。

 

(ドワーフは足が遅いと思っていたが)


 いくらでも例外はいるのだなとエドラスは認識を改める。

 やがて空気が変わったことをエドラスは肌で感じ取った。


「そろそろルメイ湿地か?」


「そうだ。さすがと言うべきか」


 肩で息をしながらシュトルは答えた。


 エドラスのほうはまだまったく息が乱れていないので、ドワーフの中で彼の評価が上昇したのだ。


「体力は間違いなくバケモノだな」


 シュトルはそう言う。


「ありがとうと言っておくか」


 エドラスは適当に答えた。


「ちっ、気取った奴だぜ」


 シュトルは舌打ちをするが、出会ったころのような勢いはない。 


 ルメイ湿地は空気がどんよりと重く、雨が降っているような匂いが生まれている。


 エドラスが足を踏み入れれば、岩のような皮膚を持ったトカゲが三頭が視界に映った。


「《ロックリザード》か」


 青い瞳に軽い敵意を込めてエドラスをにらんでくる。

 その背後で水の中から紫色の皮膚を持ったワニが五頭出現した。


「そして《ポイズンアリゲーター》だ」


 と言ったシュトルの顔は引きつっている。


 いくらスピードはそんなにない魔物だと言っても、強敵八頭を同時に目にして平常心を保つのは難しい。


 彼に言わせれば落ち着いているエドラスがおかしいのだ。

 

「まず八頭か」


「おい、どうするつもりだ!?」


 シュトルの問いかけを無視して、エドラスはゆっくりと進む。

 足元はぬかるんでいてとても動きにくい。


 魔法使い、あるいは有翼人ならばともかく、足場が生命線のタイプにとっては非常に不利なフィールドだ。


 目の前の魔物たちを見た冒険者たちが撤退したのも、当然の判断だと思える。

 

「どうするって殺すさ。めぼしい敵はな」


 エドラスは答えると魔法を発動させた。


「《闇の鎌刃》」


 闇の鎌が飛んでいき、《ロックリザード》の首を落とす。


「シャア!」


「ガアア!」


 《ロックリザード》と《ポイズンアリゲーター》はエドラスの先制攻撃に怒り、歯をむき出しにして距離を詰めてくる。


 ぬかるんだ地面を泳ぐように進める彼らに地の利はあるが、エドラスにとって意味がないことだった。


「《闇の鎌刃》」


 エドラスはまず《ロックリザード》を集中的に狙う。

 一頭、また一頭と首を刎ねていく。


 ぬかるんだ地面に体が沈んでいくのを見て、エドラスはまずいと判断する。


「《闇の手》」


 黒い疑似手腕を右手の先から作り出して伸ばし、沈みかけた《ロックリザード》の死骸をつかむ。


 そして宙を舞って落下していく頭部もしっかりとつかんだ。


「は、はええ。信じられねえ発動速度だ」


 エドラスの戦いぶりを見ているシュトルは仰天する。


 使っている魔法も見たことがないものだが、一つ一つの発動速度が信じられないレベルだった。


(おっと、そう言えばそうだったな)


 エドラスは忘れていたことに気づく。

 雄力次第で魔法の発動速度にも変化があり、高いほど速い発動が可能だ。


(彼の実力じゃ雄力五十と七十と百の区別はできないだろうから、口を封じる必要はないだろうが)


 でなければ今ここで死んでもらう必要があったな、とエドラスは冷徹に考える。

 続いて迫っていた《ポイズンアリゲーター》たちに、


「《闇の穿針》」


 左手から黒い針を一気に飛ばし、彼らの全身を穴だらけにした。


「な、何だって!」


 シュトルは驚愕を通りこして恐怖の叫びをあげる。


(なるほど。三頭はともかく、五頭同時だとこんな反応になるわけか)


 《ポイズンアリゲーター》クラスの魔物を五頭同時に仕留めるのはやりすぎだと思ってよさそうだ。


 エドラスは頭の片隅に入れておく。

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