羞恥
凶度十と十五の魔物たちを中心に配下を増やしたエドラスは、朝になったのでグルートとして再び冒険者ギルドに顔を出す。
「いらっしゃいませ、グルート様。ギルド長がお待ちしております」
「ギルド長?」
そう言えば銅色冒険者になるための試験を受けられるかどうかという話だったなと、エドラスは思い出した。
「やあよく来てくれたね」
奥から姿を見せたのは初老の男性で、柔和な笑みをエドラスに向ける。
「私がギルド長のディルクだ。話は奥でするとしようか」
「ええ」
エドラスに断る理由はないのでうなずいて、カウンターの横を通って奥へと入る。
中には何人かの職員が忙しそうに働いていた。
ディルクに案内されるままそこから右に曲がって二階にあがり、ギルド長の部屋にたどり着く。
中には秘書らしき女性がいて二人分のお茶を淹れてくれた。
「試験の前に一つ片づけておきたい話がある」
「何でしょう?」
エドラスが聞くと、ディルクは何でもない顔で言う。
「昨夜、町長と息子が殺害されたんだ。冒険者ギルドは警備隊と協力して事件解決を目指す」
「……どうしてそれを俺に?」
エドラスは内心警戒を引き上げながら、表面上はわからないという顔を作る。
「君に犯人探しを頼むかもしれないからだ。一応君が怪しいという声も出たんだが、すぐに否定された」
ディルクは安心しろと笑ったが、エドラスとしてはそうもいかない。
「知らないところで犯人扱いされたんですか? 何でまた?」
彼としてはできれば容疑がかかった理由と晴れた理由を知りたかった。
むろんこれからの行動で参考にするためだ。
「町長と息子が殺害され奴隷たちが行方不明になったが、夫人と令嬢と若いメイドたちは無事だった。このことから犯人は町長と息子の殺害が狙いだったと考えられる」
ディルクの説明を聞いてエドラスはしまったと思う。
たしかに女性には興味がなかったので放置していたのだが、盗賊団の犯行に見せかけるためにはさらうべきだった。
「そうなんですか? ていうことは町長を恨んでる奴が怪しいんですか?」
エドラスは何も知らないという顔で聞く。
「そうだ。だから最近町に来たばかりの君の容疑も晴れた」
「え? ああ、なるほど」
エドラスはようやく合点がいった。
彼はつい最近町に来たばかりなので、町長を恨むどころか接点すら見つからなかったということだろう。
怨恨が動機と考えられたのであれば外された理由に納得できる。
「それに君は白髪に赤い髪と目立つ容姿に加え、装備もせず依頼をこなしに行って闇の魔法で敵を倒すのだろう?」
ディルクに確認されたのでエドラスはうなずいた。
「過去が謎で目立つことしかしてない人間が、いきなり事件を起こして最有力容疑者になるはずがないだろう」
ディルクはそう言ってお茶を飲む。
「犯人は誰にも気取られず町長宅に侵入する手段と、誰かに罪をかぶせるだけの知恵が働くんだよ。つまり君は真犯人によって用意された、第二の容疑者候補ということだ」
とディルクは言ってにやりと笑う。
「もちろん私は見破って、君の潔白を証明しておいたから安心してくれ」
「は、はあ。ありがとうございます?」
エドラスは声が震えないように堪えながらうつむく。
体が少し震えてしまったが、この際は許容範囲だろう。
(くっ……何という羞恥プレイだ)
ディルクは目の前に座っている冒険者こそ真犯人で、自分の推理で助けてしまったのだと夢にも思わないに違いない。
エドラスが容疑から外れたのは自覚なく目立ちまくっていたことと、夫人や令嬢やメイドのことまで気が回らなかったのが理由だ。
中途半端に知恵を使った結果、思慮深く慎重なディルクに疑われずにすんだのだが。
(俺が頭脳労働に向いてなかったからこそ、疑われないですんだというのはなぁ)
何と恥ずかしくて屈辱的なんだろうと思う。
「まあいきなり濡れ衣を着せられたんだ、気持ちはわかる」
ディルクと秘書はエドラスの体が震えた理由を勘違いし、同情的な視線を送る。
「どうも」
エドラスはどうにか言葉をひねり出した。
(この分だとヨゼフ盗賊団に疑惑を向けるのは失敗したんだろうな)
聞いてみたい気持ちがあるが、ディルクの口からヨゼフ盗賊団の名前が出ていないとなると危険ではないだろうか。
必死に考えたところでディルクが言ったある単語を思い出す。
「第二の容疑者候補?」
ということは第一の候補がいるのではないか。
エドラスはそう思ってディルクを見ると、彼は顔をくもらせる。
「しまったな。私の落ち度だ」
彼はうっかり口をすべらせたのであり、どうやらエドラスにヒントを与えようとしたわけじゃないらしい。
(警戒しすぎたか? いや、油断は危険だ)
エドラスはすぐに自分を戒める。
たしかに彼の容疑を晴らしてしまったり、うっかり失言しているが彼よりもずっと頭がよい。
そんな人間相手に油断するのは絶対にいけないことだ。
「ギルド長、グルート様は期待の逸材です。いっそ捜査側の人員として入れてしまうのはいかがですか?」
秘書の女性が横から提案する。
「それはありだな。そのためには昇格してもらうしかないんだが」
ディルクはそう言ったので、エドラスは「青色だと捜査に協力できないのかな」と考えた。
「よし、グルート殿。まずは銅色昇格試験を実行したい。後のことはそれから考えよう」
「わかりました」
エドラスは返事をする。
事件の真犯人に捜査の協力を要請するなんて滑稽な展開なのだが、真面目に考えると笑ってしまいそうなので彼は銅色昇格試験に意識を集中した。
「ちょうどよく一件依頼があった。《花無蛇》の討伐依頼がな」
と言ってディルクが紙をエドラスに見せる。
「《花無蛇》ですか」
《花無蛇》は彼が知っている魔物だ。
基本自分からヒトを襲ったりしないのだが、植物なら何でも食べる上に大食いなので、ほっておくと農作物が致命的なダメージを受ける。
ヒトを自分から襲わないだけで戦ったら強いというタイプの魔物で、凶度は二十五と設定されていた。
「知っているようだな。ここから南東の平原に姿が確認された。遠くない場所に農業地域があることで一気に緊急性は増したんだ」
「そういうことでしたか」
依頼が来た理由をエドラスは納得する。
《花無蛇》は雑草や毒草も食べるし、《刻み松》のような植物型魔物も捕食する
益獣的存在でもあるのが厄介なところだ。
「ギルドとしては近くの林で存在が確認されている《刻み松》や《熊喰い花》と相打ちになってくれるのが理想なんだがな。上手くいかないものだ」
ディルクはそう言って嘆息する。
やはりと言うか、《熊喰い花》も《刻み松》も存在は把握されていた。
「《熊喰い花》だとたぶん《花無蛇》が返り討ちに遭うでしょうね」
エドラスは指摘する。
力関係と言うか相性の問題なのだが。
「そうかもしれないな」
ディルクはうなずいてエドラスをじっと見る。
「ではよろしく頼む。討伐証明として頭部を持ち帰ってくれ」
「わかりました」
討伐依頼なので仕方ないかと彼は思う。
(死体が一部欠けていてもアンデッド化はできるから、かまわないか)
彼は《花無蛇》を配下に入れるつもりだった。
せっかくの凶度三十の魔物なのだから。




