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エサと罠

 エドラスは夜、みんなが寝静まった頃合いを見計らい権能を使って部屋を出る。

 彼がやってきたのはこの町の長がいるところだ。


(ライルたちが雑談で言ってたな。町長は一応は貴族に連なると)


 それだけで害悪と決めつけるつもりはない。

 こうして夜に屋敷に忍び込んで内情を探ってから判断するつもりだ。


 全身を認識阻害効果を持つ《闇の布》で覆ったエドラスは誰の目にもとまることなく、町長の屋敷へ潜入する。


 建物の中に入れば女性の泣き声と、獣じみた男の笑い声が聞こえてきた。

 エドラスの不愉快メーターが一気に上昇する。


 こういう声が聞こえる場合、ほとんどがろくでもない状況だ。

 そっと息を吐き出して声が聞こえる部屋へと向かう。


 他は灯が落とされているのに一室だけ明るいのでわかりやすかった。


 部屋の中にはいい仕立ての服を着た中年男性と、顔立ちがよく似た青年が下品な笑みを浮かべて鞭を持っている。


 彼らの眼前には衣の面積がほとんどない少女たちが三名お互いをかばい合うようにうずくまっていた。

 

 全員が獣人であり、首には隷属の首輪がはめられている。


「やっぱり猫のメスがいいよな、親父」


 青年のほうがそう呼びかけた。


「ウム。泣き叫ぶ声が最も美しいのはやはり猫のメスだ。それも二十歳くらいがよい」

 

 中年のほうはうっとりした顔でワインを美味そうに飲む。

 おそらく彼が町長だ。


(女をなぶって悲鳴を肴にして酒を飲むか)


 ゲスという言葉じゃ生ぬるいなとエドラスは思う。


「でも親父、そろそろ飽きてこないか?」


「お前はまた無駄遣いを……テイラーはたしかに消耗品かもしれないが、数に限りはあるのだぞ」


 町長は一応息子をたしなめる。


「だけど親父。親父は言ってるじゃないか。金持ちが経済を回せって。俺らが金を使うことで奴隷商や廃棄処理業だってうるおうだろ?」


 息子はそう主張した。

 言っていることは一見まっとうに見えるが、内容を吟味すれば吐き気がする。


 特にエドラスの嫌悪感を刺激したのが、


(廃棄処理業、な)


 という単語だった。

 死体処理専門家でもいるのかと思う。


「それもそうだ。二匹くらいなら仕入れてもよかろう。野良テイラーが減ればその分世界は清潔になるしな」


 町長は息子の言い分を聞き入れることにしようだ。


「そうだぜ。経済を回しながら美化効果も狙える。これこそ貴族のたしなみだよ!」


(奴隷にされていない獣人が減れば、清潔になるだと?)


 エドラスの怒りの炎が吹きあがる。


 彼らは単に獣人の人権を認めていないだけじゃなくて、世界を汚すゴミと見なしているのだ。

 

 彼らが立派な人間なら何もしなかっただろう。


 あるいは少女たちに非があって罰を与えているなら、考慮の余地があった。

 だが、目の前の光景と会話がそれを否定している。


 エドラスは静かに部屋に侵入した。

 最初に気づいたのは獣人の少女たちで、泣き顔のまま視線を彼に向ける。


「ひっ」


 そして怯えた声を漏らす。


 全員を黒い布で覆い、赤い瞳だけがのぞいているという格好なのだから、少女たちの恐怖心を刺激したのも無理はない。


 彼女たちにしてみれば新しく自分たちを虐げる輩が現れたのか、と誤解して絶望したくなっただろう。


「誰だ?」


 一方で町長とその息子は不審者がやってきたとわかる。

 それでも警戒が低く、恫喝するような声を出したのは危機感のなさだろうか。


「まったく警備は何をしているのだ?」


 町長は舌打ちをしながら呼び鈴に左手を伸ばす。

 その腕は《闇の鎌刃》で切断された。


「うぎゃああああ!」


 町長が叫ぶよりも一瞬早く《闇の天幕》を展開して、音が外に漏れないように部屋を遮断する。


「ひえっ!!」


 息子のほうは突然の流血沙汰に情けない声をあげてしりもちをつく。

 助けを呼ぶとか戦うとかいう発想は彼にはないようだ。


(道楽息子らしいな)


 とエドラスは思う。


 ワガママを許されぜいたくな暮らししか知らない子どもに、この場の対処法など思いつけないに違いない。


 エドラスはうめき続ける町長の首を切り落とす。

 そして続けて息子の首もはね飛ばした。


 彼らを苦しめてやりたい気持ちはあったのだが、本来の目的とはズレているので自重した。


 次にエドラスはガタガタ震えている少女たちに目を向ける。

 彼女たちは「ひっ」と声を出してお互いに抱きつく。


 何も知らない彼女たちにしてみれば、次は自分たちの番だと思ったのだろう。


「助けようか?」


 そこにエドラスは話しかける。

 優しい声を出そうとして失敗してしまったが。


「……えっ」


 少女たちはポカーンとする。

 エドラスがいったい何を言ったのか、いきなりは理解できなかったのだ。


「俺はエドラスだ。俺に従うなら助けよう。隷属の首輪も外そう」


 と彼が言うと彼女たちはお互いの顔を見合わせる。

 突然助けようと言われても彼女たちはついてこれていない。


 虐げられ続ける現状にすっかり慣れてしまったせいだ。

 そのことを痛ましく思いながらも、エドラスは諦めずに呼びかける。


「このまま鞭うたれ続ける暮らしを続けるか、否か。考えてみるといい」


 言ってから彼は自分の不器用さを呪いたくなった。


 ここで彼女たちを安心させ、味方だと信じてもらうための会話技術を持っていないのだ。


 以前は交渉担当がいたし、作戦担当もいたのでエドラスは何も苦労しなかったのである。


 だが、彼らは二度と頼れないのだと苦い怒りと憎悪とともに思う。

 何か別の方法を考えるべきかもしれない。


(そもそもやるべきことが多すぎる)


 一人しかいない限界をちょっと感じはじめたエドラスだった。


「私たち、どうなるんですか……?」


 少女の一人が顔をあげて涙に濡れた瞳で彼を見る。


「どうもしない。不安ならまず首輪を外そう」


 彼は三人の首に手を伸ばし、神の力をもって破壊した。

 

「え……」


「うそ……」


「壊せるの……?」


 少女たちは一様に驚愕する。


 隷属の首輪は壊すとつけている奴隷に致命傷を与える呪いがかけられているはずだった。


 もちろんエドラスも承知している。


「暗黒神にヒトの呪いなんて通用しないってことだ」


 彼は淡々と説明した。


「暗黒神さま……?」


「まさか……」


 少女たちは信じられないと目を見開く。

 声も震えていた。


(無理もない)


 自分たちを助けたのが暗黒神そのものと言われても、誰だっていきなり信じるのは難しい。


「俺が神だと信じなくてもいいが、君たちを助ける意思があることは信じてもらいたい」


 実は信じてもらえないと困ったことになる。


 信じてもらえるならエドラスが匿えばよいのだが、そうでない場合彼女たちを連れて行ける場所がない。


「は、はい」


「信じます」


 彼女たちはぎこちなくうなずいた。

 信じたと言うよりは信じるしかないというところだろう。


 それでもエドラスは前進したと受け止める。


「信じてもらえるなら安全な場所で匿おう」


 そう言ってエドラスは彼女たちを気絶させた。

 次に町長の遺体を魔力で操って血文字を作成する。


「ヨゼフ盗賊団参上」


 そう書いたのだ。


 これを人々が見れば『ヨゼフ盗賊団』が町長宅を襲撃し、親子を惨殺したのだと考えるだろう。


(本物は違うと知っているし、激怒して犯人探しをはじめるはずだ)


 これがエドラスの考えた「エサと罠」だった。

 ついでに町長宅から金品を奪う。


 現金は獣人の少女たちを養うために必要だし、それ以外はより『ヨゼフ盗賊団』の仕業らしく見せるためだ。


(現金だけだと疑われるかもしれないからな)

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