かりそめの仲間3
受付嬢への報告はライルがおこなった。
「いやあ、グルートの強さはヤバいですね。雄力三十くらい、ランクで言えば銅色くらいはあるんじゃないでしょうか?」
とライルがつけ加えたことで受付嬢は仰天し、聞いていた冒険者たちからざわめきが起こる。
(面倒な……いや、この場合は感謝すべきか)
エドラスは舌打ちを仕かけてすぐに気持ちを切り替えた。
雄力三十クラスの実力があるとすれば名前があがるし、貴族や国家機関からの誘いだって来るかもしれない。
彼がある程度時間を消費してしまうと覚悟していた工程を、ライルが短縮してくれたのだ。
「それほどお強いなら特例として、昇格クエストを実施できるかもしれません」
受付嬢は少し迷いながらも言った。
「昇格クエストって何だ?」
エドラスは何となく予想しながらも、知らないと告げる。
「銅色以上のランクは実力に合ってない方が昇格することを避けるため、試験を実施するんです」
「そうなんだ」
うなずきながらエドラスも「そう言えば勇者認定もごちゃごちゃあったな」と思い出す。
今の彼にとって苦く不愉快な過去の記憶だった。
「それにはギルド長の許可が必要になりますので、一度上に報告せざるを得なくて申し訳ないのですが」
受付嬢は恐縮して謝る。
エドラスは気にするなと手を振った。
一介の職員が権限を持たされていないのはよくあることだ。
そして上級冒険者の誕生には慎重になるのも彼は理解できる。
「当然だな」
「恐れ入ります。できるだけ早く手はずを整えます」
受付嬢の対応は過分なまでにていねいだった。
(それだけ逃がしたくない逸材と見なされたってことか)
とエドラスは判断する。
勇者だと判明した時に態度を豹変させた者はいくらでもいた。
ちょっと違うかもしれないが似たようなものだろうと強引に解釈する。
「決まり次第連絡を差し上げたいのですが、お泊まりはどちらでいらっしゃいますか?」
受付嬢の問いは当然のものだったが、エドラスは答えに詰まった。
まさか林のことを持ち出すわけにはいかない。
レフとアンナが林で暮らしていたことを知っている町民がいれば、そこからいろいろと憶測されてしまうリスクがある。
だからと言ってでまかせを言うのもまずい。
調べられたらエドラスが昨夜宿に泊まっていないと気づくのは不可能じゃないだろう。
「宿には泊まってないな。探し損ねて野宿したから」
エドラスはそう弁明する。
「えっ?」
「ドジっ子?」
「強いのに間が抜けてるのか?」
驚きと困惑の声がいくつもあがった。
(亡き母だとドジラスなんて名づけそうだな。名乗ったことを伝えばだが)
グルートのほうはいまいち語感がよくない気がする。
お茶目だった母を思い出しながらそんなことを思う。
「失礼しました」
益体ない考えは受付嬢の咳払いで中断した。
「もしもよろしければこちらで手配させていただきますが」
「信頼できる宿を紹介してもらえるのはありがたいな」
エドラスは素直に申し出を受け取る。
宿の手配といったサービスを受けられるのは、ある程度認められた者たちだけだ。
エドラスの場合は期待されているというところだろう。
「まずはですが、《噛み砕き岩》討伐依頼をほぼ独力で達成したとライル様たちの証言もあり、青色認定させていただきます」
受付嬢はそう言って青色のプレートを取り出す。
身に着けていた灰色と交換してエドラスの昇格が決まった。
「続いて宿ですが、『朝日と歌う鳥』がおススメです。近いですし部屋にカギがかかりますし、ご飯も美味しいですし一人部屋も充実してます」
そう言いながら受付嬢は手紙を渡してくれる。
「これが紹介状になります」
「ありがとう」
エドラスは礼を言って受け取った。
そしてライルたちに向きなおる。
「ひとまず宿に行ってみるよ」
「そうするといい。新しい依頼はまた相談させてくれ」
ライルは理解ある笑顔でエドラスを見送った。
ギルドを出ていく彼の背後で、
「二日で二ランク昇格ってどんだけ……」
誰かが驚きを込めて言った。
「《噛み砕き岩》を一人で倒したってマジ?」
「あり得ないくらい強そう」
どよめきが複数起こっている。
「信じられないな」
なんていう声もあった。
(もしかしてこの町には、強い冒険者いないのか?)
エドラスはそんな仮説を思いつく。
雄力三十程度の力を持った冒険者が他にいれば、その前が出てもおかしくないんじゃないだろうか。
「あの人並みの魔法使い」とか「あの人に近い実力があるかもしれない」と言った具合にだ。
ところが冒険者たちはみんなエドラスの力に驚き、称賛するだけだった。
比較できる存在の名前すら言ってもらえないのには正直失望した。
(強い冒険者を殺して眷属化するという手段がとれなくなるかもしれないな)
とエドラスは少し落胆する。
弱い冒険者を眷属化して強化するという手段はとろうとは思えない。
強い存在を眷属にするほうが手っ取り早いからだ。
強い存在なら眷属化しなくてもアンデッド化させるだけで十分という期待もあるからだが。
(銅色試験に合格できたら、もっと大きな街に移動してみるか)
できれば強い冒険者がいて貴族もいるような町がよい。
そのほうが『ヨゼフ盗賊団』や『暗黒教団』の情報だって入手しやすいだろう。
強い部下になれる素材にだって期待が持てる。
「えーっと、『朝日と歌う鳥』はと」
エドラスは看板を探してきょろきょろと見渡した。
すると赤い看板の四階建ての建物がそうだと気づく。
大きくはないがオシャレな外見をしていて、彼は意表を突かれた思いになる。
エドラスは宿の受付で紹介状を見せて宿の一室を確保した。
(さてと)
冒険者グルートはこのまま朝まで寝ていたことにできるだろうと彼は思う。
ここからは暗黒神エドラスのターンだ。
「《暗黒通信》」
権能の一つとして眷属と魔力を使った通信をかわせるというものがある。
『どうだ、レフ? 何か変わったことはあるか?』
とエドラスが呼びかけると、少しの間を置いてレフから返答がきた。
『いえ、特にございません。驚きました。これが魔法なのですね』
彼にとって魔法で離れた相手と声をかわすのは初めての経験だった。
『そうか。何かあったら報告を頼む』
とだけ答えてエドラスは通話を終えようとする。
そして、ふとひらめいた。
「レフ、一つ質問なんだが獲物を探して捕らえたい時はどうする?」
林で暮らしていた獣人なら狩りの仕方を知っているだろう。
『ヨゼフ盗賊団』を探すためのヒントをもらえないかと期待したのだ。
「獲物が残した痕跡をたどって追跡するか、それともエサを用意して罠を仕かけるかですね」
レフは不思議そうに答える。
(罠……そうか)
エドラスは一つの考えが浮かぶ。
名案かはさておき、試してみる価値があると判断した。
「礼を言う。さすが年長者だな」
「お役に立てたなら幸いです」
通話を終えるとエドラスは息を吐き出す。
(考えてみれば銅色クラスがこの町にいないなら、彼らの危険は少ないのか)
彼はその可能性に気づいて満足する。
眷属となったラームとヤークトの強さは増しているが、銅色冒険者が五人以上来た場合は不安だ。
その危険がないということは喜ぶべきだろう。
(それに今からやることも、銅色以上がいないほうが好ましい)
とエドラスは思った。




