用済み勇者は暗殺される
苦難の果てに世界を脅かしていた魔王ガーベルを倒した勇者エルガーとその仲間たちは、王国の首都「ファルシュ」へと凱旋した。
恐怖から解放された人々の熱烈な歓呼を浴びて彼らはゆっくりと行進したあと、王宮の祝賀会に参加する。
「ありがとうございます、勇者エルガー様」
エルガーは目を潤ませ頬を赤らめた美女美少女たちからたくさんお礼を言われた。
いずれも美しく体のラインが出たドレスで着飾っていて、純朴で女性慣れしていないエルガーは目のやり場に困る。
「いえ、それが俺の務めだったので」
照れながら目をそらして答えるエルガーは、女性たちの心をくすぐった。
かわるがわるダンスを申し込まれている。
「やれやれ、勇者殿はモテるね」
とひがみ半分、からかい半分に言ったのはリックだった。
罠や敵の察知などで活躍した一流のローグで、彼がいなければ全滅の危機すらあっただろう。
「それだけ魔王が脅威だったということだな」
エルガーはそう答え、女性たちをあきれさせる。
もっとも長い付き合いのリックは彼が本気で言っていると理解していた。
「よくも悪くもそこがお前さんだよな」
笑って女性たちとダンスをすすめる。
「女性に恥をかかせるなんて、勇者にあるまじき行為だ。だろ?」
「……わかった」
エルガーは戦友の言葉にうなずいて女性たちの手を順番に取っていく。
勇者としての生活しか知らないエルガーは、はっきり言ってダンスは下手だ。
しかし、それがかえって女性たちの評価をあげる。
祝賀会は盛況のうちに終わってエルガーは仲間にして王子でもあるアランに助けられ、宛がわれた寝室にたどり着いた。
「みんな、喜んでいたな」
「君のおかげだよ、エルガー」
アランはさわやかな笑顔をエルガーに向ける。
「よせよ、アラン。仲間たち全員の功績じゃないか」
エルガーは真顔で言う。
仲間たちと勝ち取った平和と功績を、彼は独り占めしたくない。
「そうだな」
アランはふっと笑う。
「そんな君だからこそ今日が来たんだと思う。感謝しているよ」
「そうか」
エルガーは言いかけてやめる。
感謝の気持ちは受け取っておいたほうがいい。
アランは王国の王族で、国民に対する責任を背負っているのだ。
彼の立場だからこそ出てくる言葉もあるのだろう。
部屋のドアをアランが開けてベッドの上にエルガーを座らせる。
「すまん、明日礼を言わせてくれ」
エルガーはうつむきながらそう言った。
頭がふわふわしていて、とてもじゃないが真面目な態度にはなれない。
戦友のアランならそれも許してくれるだろうと彼は考える。
「明日か。君には来ないよ」
「…………うん?」
アランはいったい何を言ったのか、エルガーにはわからなかった。
「君はもう用済みだからね。いや、生きていられても困る。私が王になれないからね」
「アラン、なに、いって?」
エルガーは訳がわからない。
まるでアランは別人のような顔をして、別人のような口調だ。
「君がもっと他人を疑うなら無理だった。マヌケなお人好しで助かったよ」
アランは冷笑する。
憎い魔王の手先を滅ぼした時に見せたものと、同種のものだった。
「さすが勇者。特別製の毒でもまだ死なんか。毒耐性を突破できる毒を詰め込んだはずなんだが」
と言ったのは仲間の魔法使いだった。
「オスカー?」
エルガーはその名を呼ぶ。
彼は何を言ったのだろう。
「相手は勇者よ? 毒で死ぬってわかっただけでも満足すべきじゃない?」
そう言って入ってきたのは勇者一行の聖女だった。
「え、りん」
彼女はエルガーが知る優しく清らかな笑みではなく、姦計を得意とした魔王軍幹部のような嘲りを浮かべている。
「俺は勇者は無理って思ってたよ。案外何とかなるもんだな」
リックは驚きながら入ってきた。
「み、んな、なんで、なかま」
エルガーは回らなくなってきた舌を懸命に動かす。
喧嘩もした、口を利かない日もあった。
それでも苦楽をともにした仲間だった。
戦友という言葉がふさわしい関係だと思っていた。
「仲間? 誰のことだ、そりゃ?」
リックはエルガーに冷笑を向ける。
「あなただけでしょ、それ」
聖女エリンは鼻を鳴らす。
「いや、我々は仲間というか同志だろう。ただエルガーだけが違うだけで」
オスカーが残酷な事実を告げる。
「君は道具だ。私たちの目的をかなえるためのね。用済みになった道具は捨てるものだろ?」
アランが真顔で言い切った。
仲間ではなく道具にすぎない。
だから捨てるのだと、エルガーにも理解できる。
「素直に退場してくれよな、ウザいから」
リックは吐き捨てた。
「魔王を倒した英雄の名は私たちだけで十分。あなたにはいらないのよ」
エリンは追い討ちをかける。
彼らがエルガーを見る目は仲間どころか、人に向けるものですらなかった。
(俺は、みんなのため、頑張ってきたのに……)
その結果がこれなのか。
みんな彼のことを仲間どころか同じ人とすら思ってなかったのか。
「だました?」
「騙したとは人聞きが悪い。『作戦』を使っただけだ。君だって使っただろ?」
アランは冷笑を返す。
怒りと憎しみが湧き上がってくることを感じながらエルガーは死んだ。
そしてエルガーの死体は人目がないところに埋められ、病死だと発表される。
エルガーが気づいた時、周囲には何もない暗黒空間だった。
「ここはどこだ? 俺は死んだはずじゃ?」
思わず声に出す。
「そう、お前は死んだのだ、エルガー」
そこに若い男性が姿を見せる。
「誰だ?」
「私は暗黒神ラスター。そなたを迎えにきた」
「暗黒神……」
暗黒神ラスターの名はエルガーも聞いたことがあった。
闇と破壊を司り、魔王をシモベとする生きとし生けるものたちの天敵である。
「私の手を取るなら、シモベをそなたが滅ぼしたことは水に流そう。新しい魔王としてそなたを裏切った者たちに復讐してやるがいい」
ラスターと名乗った存在はそっと手を差し出す。
(手を取れば俺が新しい魔王になるのか……)
そう思うと激しい怒りがわいてくる。
暗黒神に対する正義の怒りではない。
自分を裏切って暗殺して嘲弄したアランたちに対するものでもない。
またしても自分を利用ようとする存在への怒りだった。
エルガーは差し出された手を力いっぱい握る。
「俺は許さない……利用して捨てた奴らを……まだ利用しようとする貴様も!」
「たかがヒューマンふぜいが、神たる私に叛逆するつもりか?」
暗黒神ラスターは彼の怒りをぶつけられても笑っていた。
神たる自分に勇者といえど、ただのヒューマンでしかない存在が楯突くのは滑稽だとさげすんでいた。
顔色が変わったのはエルガーが放つ魔力の強さと異質さに気づいた時だ。
「何だ……吸われる……? 勇者エルガーにそんな能力はあったか……?」
どんどん魔力を奪われていく事態に暗黒神ラスターは混乱する。
勇者エルガーの能力はシンプルで勇者らしいものばかりだ。
「よくわからないが、さっき覚醒したらしいぞ?」
エルガーは怒りの形相のまま言い放ち、暗黒神ラスターを驚愕させる。
「さっき理解したが、本来毒を吸収して回復するための能力だったらしい……間に合わずに死んでしまったが……あんたへの怒りでそれがパワーアップしたみたいだな」
「ふ、ふざけるな!」
エルガーの解説に暗黒神ラスターは叫ぶが、動揺と混乱は大きくなった。
勇者エルガーは善良な男だった。
他人の悪意に鈍感で利用されやすい性格で、だからこそ大いなる可能性も眠ったままだった。
怒りと憎しみに心が支配され、相手を傷つけてもよいという気持ちが強くなったことで、潜在能力が応えるように解放されていた。
「貴様……ヒューマンなど……神のコマごときが……」
暗黒神ラスターは自身の攻撃が上手く作用しないことに気づく。
すべてを奪われているのだ。
「神のコマ? ヒューマンが?」
エルガーは思いがけない新情報に目を見開く。
ラスターのような暗黒神はともかく、まっとうな善神はいると信じて疑っていなかった。
「……私は滅び……そなたが新しい暗黒神となる……その目でたしかめるのだな……」
ラスターはそう言い残して消滅してしまう。
暗黒神としての力、権能はすべてエルガーが手にしていた。