第十五話 がんばれ、レヴィッタ先輩
「どうして、こうなった・・・」
それが私の最近の口癖。
現在は揺れる馬車の中で、窓の景色を眺めてみれば、リドル湖がもう見えなくなっているので、おそらく中央エストリアのマースの南側を走っているのだろう。
そして、私の横には現在エストリアの英雄として最も有名なウィル・ブレッタさんが座る。
一応、私の彼氏になっているらしく、ウィルさんが格好いいのも認める。
認めるが・・・
「どうして、こうなった・・・」
私の二回目の呟き。
これに反応するのはウィルさん。
「ん? レヴィッタさん。どうかした?」
「い、いいえ・・・」
私は目を逸らす。
彼のことは嫌いじゃない。
嫌いじゃないが・・・何んだろう・・・私とは住む世界が違うような、違和感あるのような・・・
そんな気持ちがずっと続いている。
(どうして、こうなった!)
私は窓の方を向き、心の中で三度目の呟きをした。
そして、こうなってしまった成り行きをもう一度心の中で回想してみた。
あれは六月の初め、戦勝記念式典の終わった翌月。
私はウィルさんから告白されて付き合う事になった。
ウィルさんは私なんかと釣り合いの取れない人・・・きっと、遊ばれているんだろうなぁ。
そう思っていると、あれよ、あれよと時が進み、彼から「今度、実家に帰るから一緒に来て欲しい」と言われる。
それはつまり・・・エストリア帝国で一般的に付き合う男女が、改まって相手の親のところに連れて行くというのは『婚約』に等しい。
「え!?・・・私、仕事あるのだけど・・・」
私がそう迷っていたら、ある日、帝都魔術師協会の理事に呼ばれて・・・
「君はウィル・ブレッタさんに気に入られて、今度実家に来るよう誘いを受けているらしいね」
「・・・はい」
どうやら私達の事は職場でかなり噂になっていたみたい。
それもそうだ。
ウィルさんが私を初めて頼って来たのはこの帝都魔術師協会の受付現場。
その後、周囲から強引に進められて、彼と食事に行ったのだから、私達の動静は注目の的。
私がウィルさんの実家に連れて行かれる話も噂になっているのだろう。
「それでは、君をしばらく休職扱いとしよう」
「ええ?」
「これは君にとって。いや、帝国にとって悪い話ではない。英雄の恋路を協会が邪魔したとあっては面目も立たないし・・・仕事の事は心配せずに行ってきなさい」
そう言われて半ば強引に一年間の休職扱いを受けてしまった。
今思えば、これもウィルさんが裏で手を回していたのだろうか?
あの人は頭が良いから、私を逃げられないようにして・・・考えられなくもない。
私と遊ぶ為にここまで手の込んだ事をするなんて。
結局、私は否が応でも帝都から離れる事になってしまった。
帝都魔術師協会から去る時には先輩達が涙していて、感動の別れを演出してくれる。
「ああ、レヴィッタさん・・・今度、戻ってくるときは赤ちゃんを抱かせてね」
リーダー格の先輩が大泣きだったのは印象に残っている。
そりゃあ、アンタは私達の紹介でウィルさんの同僚と付き合えたから良いでしょうけど・・・
私はちょっとだけ白けていたけど、そんな私の本音は口から絶対に出さない。
「赤ちゃんなんて・・・一箇月ほどで戻ってきますよ。ひとりで・・・」
せめて、そんな軽口を言い別れた。
一箇月も付き合えば、きっとウィルさんは私に飽きるだろう。
そう思う。
そして、トリアに連れて行かれたのが七月。
中央エストリアの歴史ある都市、古都トリア。
そこは私の想像以上に素敵な街だった。
歴史があって品もある。
そして、どこか落ち着いた時間が流れるこの街。
そんな素敵な街の中で最高に品格が高い場所とされているリドル湖畔の貴族街。
その一等地に彼の実家があった。
広い敷地にポツンと一軒家。
初めは、えっ!これが英雄の系譜の実家?と驚いた。
私が想像していたのは大きな邸宅に彫刻が沢山飾っていて・・・と、金持ち貴族のお家・・・
それが、こんな小さな家って私の実家とそう変わらない・・・
しかし、その屋内に入って納得する。
小さな邸宅でもやはりそこは一流貴族のブレッタ家。
ひとつひとつの家具はすごく価値あるモノを揃えている。
例えるならば小さな博物館にでも住んでいるようだ。
三百年続く由緒正しきソファーに、貧乏性の私がデーンとしていたところを、ウィルのお母様に発見されて笑われたのは今でも恥ずかしい話だ。
こうして、私はウィルさんの実家へお世話になる事になってしまった。
彼のお母様とお父様、そして、妹のティアラさんと改めて挨拶をしたが、よく考えてみるとあの戦勝記念式典で一度顔を合わせている。
そして、ウィルさんのお母様からは・・・
「レヴィッタさんがウィルのお嫁さんになってくれる訳ね。私もそんな気がしていたのよ。ウフフ」
「そ、そんな・・・私なんか勿体ない」
私のそんな遠慮は謙遜として捉えられてしまい、「是非にウィルと末永く仲良くしてあげてね」と固く言われてしまう。
私は勢いに弱い。
頷きで応えてしまったのも、ブレッタ家に肯定と思われてしまったようだ。
(ど、どうしよう・・・ウィルさん、もう遊びって言えなくなっちゃうんじゃ・・・)
そんな心配が私の中にだけ蓄積されていく・・・
こうして、私は二週間ほどブレッタ家で過ごす事になる。
ブレッタ家の人達は私に気を使ってくれているのか、私を楽しくさせてくれた。
ウィルさんのお父様は昔の修行時代に帝国内を広く旅したらしいが、その時の面白い話を一杯聞かせてくれた。
ウィルさんのお母様からは料理をいろいろと教えてくれる。
実は私、料理が苦手だったけど、壊滅的な腕前から普通レベルになんとかなったのは、この時の修行の成果なのかも知れない。
お母様曰く、「レヴィッタさん、大丈夫よ。私もあなたぐらいの頃はもっと下手だったから」と・・・本当にこのブレッタ家は嘘が上手い。
私を気持ち良くさせてくれるのだ。
その才能で言うと、ウィルさんの妹のティアラさんが一番だと思う。
彼女はどんな話にも笑ってくれるのだ。
特に彼女お気に入りは私のユレイニ方言と面白話。
私の口調をマネしてユレイニ弁を使う彼女だけど、そのイントネーションが少し違う。
それが可笑しくて私も笑ってしまったが、それを見たティアラさんがまた笑う。
ふたりでゲラゲラ笑っていたら、ウィルさんに注意された。
「妹にあまり変な事を教えないように」
ご、ごめんね、ウィルさん・・・
少し調子に乗っていた自分を反省。
しかし、しばらくするとまたゲラゲラと。
わ、私が悪いんじゃないわ・・・ティアラさんが求めてくるのよ・・・
そんな言い訳をしてみるけど、私にとっては楽しい時間だった。
こうして、楽しい時間はあっという間に過ぎる。
奇妙でありながらも楽しい生活に終止符を打ったのは私達の元にひとつの手紙が来たことだ。
「エクセリア国で戦争が始まった・・・」
帝皇デュラン様よりブレッタ家に宛てられた緊急の手紙にはそう書いてあった。
そして、その手紙には次のような命令も書かれていた。
・ウィル・ブレッタは先遣隊として今直ぐエクセリア国に出発し、そこでロッテルの指揮下に入る事
・レクトラ・ブレッタは現在帝都で編成中の義勇兵のひとりとして参加すること。トリアで彼らと合流し、エクセリア国に向かう事
その後、家族会議となったが、レクトラさんとウィルさんは帝皇様の命令を受諾した。
そして、私にどうするかと聞いてくる。
ここで、何故私にこんな事を聞いてくるのかと言うと、その命令書の最後にはこんな一文があったからだ。
・レヴィッタ・ロイズは(本人が希望すれば)ウィル・ブレッタと行動を共にする事を許可する。その場合、エクセリア国の魔術師協会に編入し、戦争の後方支援を担う事(追記:ロイズ家は既に承諾済である)
え? なんで?? と思った。
まさか、ウィルさんは帝皇様にまで裏から手を回して・・・私と遊ぶために・・・
い、いや・・・流石にそこまでは考え過ぎか・・・
私はここで「・・・はい」と小さく答えてしまう。
ここまで書かれて「私はトリアで待っています」なんて言えない。
絶対に雰囲気を悪くするよ~
ウィルさんのお母様やティアラさんの友好的な態度が一変するに違いない。
私を使えない子として見られる。
そう思い、私は諦めてそう答えるしかないと空気を読んだ。
そして、その私の答えに感動したのはウィルさんだった。
「レヴィッタさん、ありがとう! 実は君と離ればなれになるのが辛いと思っていたんだ。だから一緒に来てくれるのはとても嬉しい。絶対に君を守るから!」
そう言い私の手を取ってくれる。
このときの私の顔は真っ赤になった。
私の事を想ってくれる素敵な男性に感激・・・いや、そうじゃない。
それを演じているウィルさんを見て、これは辛いなと思ったからだ。
私・・・アナタの事を好きになっちゃうじゃない。
アナタと私の関係は遊びだと解っている、そのつもりなのに・・・
本気に成れば、私が辛くなると思った。
そして、今がこの馬車の中だ。
「どうして、こうなった・・・」
私は何度目になるか解らない呟きの言葉を漏らすが、ここで馬車が停まる。
「レヴィッタさん、今日泊まる予定の村に到着したようだ」
ウィルさんはそう言い馬車の扉を開け、宿屋に入っていった。
私も遅れて宿屋の中へ入るが、ここで宿屋の主人とウィルさんが何やら話していた。
そして、ウィルさんは私と目が合うと、申し訳なさそうにこう告げる。
「レヴィッタさん。宿の部屋が一杯で、ひと部屋分しか確保できない」
「ええっ?」
「ふたりでひと部屋になるけど、私達の関係だから・・・もう構わないよね?」
「・・・・・・うん」
私はそう答える。
いよいよ、求められるときが来るのか・・・
今まで私が付き合って来た男達は、概ね出会ってから一箇月ぐらいで身体を求めてきた。
そのときの相手には『無理』だと感じていたので、すべて拒否してきたけど・・・
今回もウィルさんとは付き合い始めたのが六月の半ばで、そして、今が八月末。
長いと言えば長い。
そして、男という生き物は女を抱けば、それで満足してしまうと聞く。
私は男に抱かれた経験は無いけど、それでも・・・
(ああ、私もこれで飽きられるのね・・・)
そんな予感がして、いろいろと諦めた。
もう、逃げ出す事もできないのだ。
(どうせ、捨てられるならば・・・)
そう思い、私は意を決する。
食事のあと、部屋へ戻った時に、私の方からキスをしてみる。
ウィルさんも誘いに乗ってきて、キスを返してくれた。
そして、私はベッドに押し倒されて・・・・
・・・
・・・
・・・
・・・
あれ?
何もしてこない。
どうしたのかとウィルさんを見てみると、彼はもう寝息を立てていた。
「ウィルさん、どうしたの! 具合でも悪いの?」
私は少し心配になりウィルさんを揺ってみたが、彼は片目だけを開けて・・・
「レヴィッタさん。明日も早いんだ。今日はもう寝よう・・・それに私達はまだ結婚を果たしていない。だからこの続きは正式に結婚してからだ・・・それではおやすみ・・・」
そう言って彼は寝てしまった。
「えーーっ?? なっ、何よ。コレッ!?」
私の覚悟は何だったのか!
ある種の諦めと変な期待をしていた私。
そのいろいろなものが一瞬のうちに否定されてしまった。
「ちょっと! ウィルさん、ウィルさーーん!!」
悶々とした気持ちと意味不明な怒りが沸いてきた。
どうすればいいの!?
私の欲求不満はウィルさんを背中から抱くことで彼に主張してしみた。
しかし、彼からは無反応・・・
私は腹いせにウィルさんを二回ほど蹴ったが、彼には効かない。
何かに負けた気分の私・・・
「くっそう。なんでやねん!」
そんな私のユレイニ弁だけがウィルさんに伝わったようで、彼の寝顔がニヤケている。
く!・・・解った。
私はまだまだこのウィルという男性から遊ばれているようだ。
ある意味、今までどおりのふたりの関係が続く安心感もあったが、別の意味ではお預けを喰らった気分だ。
「どうして、こうなった!?」
ここで私の口から漏れたのは本日何度目になるか解らない呟きの言葉だけであった・・・
これにて第六章は終了となります。登場人物を更新しました。次回からは第七章『エクセリア戦争』となります。