第十四話 偉大な方
「だからどうしろと言うのだ。我々は最善を尽くしているではないか!」
「これが最善だと? ふん、笑わせてくれる。元はと言えば、お前達の『森の巫女』が逃げたところから悪い事が始まっているじゃろうが!」
「そのとおりです。そこは我が夫が身代わりを立てています。現在、銀龍様の元を訪れて、謝罪を行っている最中ですので」
「黙れ、この吸血種女! シャムザが勝手に私の孫のサハラを攫ったのだぞ。それだけも赦せないのにっ!」
「あ~ら嫌だ。サハラって混血児はあれほど忌み子、忌み子と言っていたお孫さんのことでしょう? これは一体、どういう風の吹き回しなのかしら? オホホホ」
「このヴァンパイア女め! 言わせておけば!!」
「皆さん、争いを止めてーっ。仲良くしましょうよぉ~」
ここは白エルフ族長の屋敷の中。
現在進行形で言い争いが続けられている。
言い争っているのはこの『閉ざされた土地』に住む亜人の代表達である。
エルフ族、ドワーフ族、吸血種、ホビット族、人狼族、妖精族の六人だ。
彼ら各々の種族の里に銀龍が現れ、「全員『森の巫女』の処へ集結し、命令を待て」と告げられていた。
だから、この白エルフの里に集まり、今後の方針について話し合っていたのだ。
この中で一番の若い人狼族の代表が口を開く。
「ともかく、俺達は銀龍様より宣告を受けたのだ。『人間を滅亡させろ』と。その命令は『森の巫女』を通じて出すと言われたのでここに来た。そして、その『森の巫女』が居ない・・・逃げ出してしまった今代の事はもういいだろう。それよりも早く次代を立てた方がいい。エルフ族から出すのが難しいのならば俺達の中から出してもいいぜ」
そんな若者の提案は直ぐに却下された。
「いや。それは儂らじゃ!」
真っ先に異を唱えたのはドワーフ族の代表。
そして、その後に私が私がと続き、そんな議論が永遠に続いていた。
連日、不毛な議論が続いているこの会合。
そこに伝令が飛び込んで来た。
「レイガ様、大変です!」
「なんだ! どうした?」
同じ白エルフの伝令でさえも鬱陶しいと思ってしまう白エルフのレイガ族長。
レイガの顔に「大変なのはもう連日飽きるぐらい聞いた」と書いてあるのは明白。
しかし、そんなレイガの態度も気にせず、この伝令は仕事熱心であった。
それほどの緊急事態であり、知らせるには十分な理由があったからだ。
「大変です! 銀龍様がやってきます!」
「「何っ!?」」
ここしばらく無かった事だが、この時だけは亜人達の意見が一致する。
ここで、議論の収束よりも優先しなくてはならない事案が発生したのだ。
・・・つまり、来訪した銀龍を出迎えることである。
バサ、バサ、バサ
銀龍の羽ばたきが森の広場に響く。
森の泉でサハラがシャムザに攫われてから既に一箇月弱の月日が経っていた。
その間、亜人の代表者達が白エルフの里へ集まり、議論を重ねていたが・・・
その結論を待たずして銀龍がここに来てしまった現実。
同然ながらその亜人の代表達は緊張の面持ちである。
しかし、この中でレイガだけは少し安心していた。
何故ならば、その銀龍の手の上には自分の娘であるローラとサハラが乗っていたから。
加えて、認めたくもないが、黒エルフのスレイプとソロも健在である。
そして、レイガが人間の中で唯一尊敬できると思い始めている白魔女ハルの姿もそこにあった。
その夫とされているアクトの姿も隣にあったが、レイガにとって白魔女ハルが一番なのだ。
そんな面子が揃ってここまで来たという意味は、銀龍と彼らが何らかの信頼関係を築けたと考える。
少なくとも、レイガはそう期待していた。
そんな彼ら――閉じられた土地に住む亜人達――は銀龍が地上へ降り立つと、一斉に恭しく跪く。
亜人にとって銀龍とは神に等しい存在であり、敬っても敬いきれないぐらいに敬う必要のある存在である。
そんな亜人達に、銀龍スターシュート側を代表してローラから言葉が出た。
「皆様、これより銀龍スターシュート様よりお言葉を頂けます。面を上げてください」
ローラは優しくそう言ったつもりであったが、銀龍の手の上で堂々と宣言する彼女の姿は、五年前の『森の巫女』を彷彿させていた。
それほどに、この時のローラの姿は凛々しかった。
彼女こそが真の『森の巫女』だと思い直す者も少なくない。
そんな事を評されている当のローラは亜人達が全員の面を上げたのを確認すれば、準備か整ったとして銀龍に伝える。
こうして舞台は整い、銀龍スターシュートは口を開いた。
「この『閉じられた土地』に住む亜人達よ。其方達に三つの事を告げよう」
銀龍からの言葉に固唾を飲む亜人達。
銀龍から一体何を告げられるのか・・・全員がそれを静かに待つ。
そんな緊張が支配する現場において、銀龍は淡々と自分の言いたい事を述べる。
「先ずはひとつ目。ここ近日、私は『ニンゲンとの全面戦争』を呼び掛けてきたが、それについては却下とする。ニンゲンを悪しき者と決めつけていたのは誤りであり、私も騙されていた口であるが・・・それは言い訳になるな・・・とりあえず、戦争の件は今日を以って却下とする」
そんな銀龍の決定に人々はざわつく。
少数の者は胸を撫で下ろしていたが、それとは別に残念がっている者もいる。
人間に対して恨みを継続している者も少数ながら存在しているのだ。
その大半が長命種であり、過去に人間より迫害を受けた記憶がまだ残る者達である。
しかし、銀龍の決定は絶対である。
彼らは残念だと思うものの、矛を収める事については反対できなった。
そして、残りの大多数はこんな話など初めて聞く者ばかり。
銀龍から出た「ニンゲンとの全面戦争」と言う宣言は一部の者しか知らされていない事実のため、当然である。
「人間との戦争だって!?・・・そんなの勝てっこない・・・」
そんな呟きが何処からか聞こえる。
彼らは長い時間この『閉ざされた土地』で隔離されていたので、会う事の無い人間に対して恐怖を懐いている。
そこも銀龍が憂いるところだ。
会った事も無い影に怯え、穴に閉じ篭るのは心弱き者のする事。
衰退した好奇心は種族の繁栄を緩やかに減衰させる原因になると銀龍は考えていた。
そして、その対策はこれだ。
「次に、ふたつ目として、そのニンゲンと交流せよ」
銀龍から出されたこの決定に、ざわつきが更に広まる。
「人間と交流だって!?」
「ええっ! 人間と言えば、凶暴で野蛮な種族だ・・・殺されるぞ」
「そうよ! 人間なんて血を吸ってあげる。精魂尽かせて人間を根絶やしにしてやるんだから」
「私は嫌! 人間はエルフの女を見ると乱暴するって聞くわ。犯されたくない!!」
中には好戦的な意見も出たが、全体的には交流に対して否定的な意見が多い。
それは仕方のない事。
亜人達は過去に人間より迫害を受けてここに逃れてきた者達ばかり。
人間から虐げられた彼らは、人間という存在を恐怖したり、否定したりする。
そんな恐怖の記憶は世代を超えても引き継がれていたりするものだ。
共存や交流など絶対に無理だと思ってしまうのは当然。
これは人間と戦うよりも難しい事案であった。
そんな亜人達の気持を察したレイガはこの場を代表して銀龍に意見陳情する。
「ぎ、銀龍様・・・恐れながら我々が人間と交流するのは無理かと・・・」
そんな意見に銀龍が睨む。
「え・・・いや・・・」
歯切れの悪さは格好悪かったが、それでもエルフがこんな反応をしてしまうのは当然あって然るべきとだと銀龍は予想できること。
だから、銀龍はここで次の行動を用意していた。
顎を大きく開いて、息を吸う。
龍の吐息を吐く初動。
「ヒッ!」
その吐息が自分に迫る事を想像して、怯えた声を出すレイガ。
そんなレイガに構わず、銀龍は白い吐息を吐く。
グワァァァーーーーン
銀龍最強の白い吐息攻撃がレイガへ迫る。
レイガは腰を抜かせて、もう駄目だと思った。
銀龍に意見したことが怒りを誘ったのだと後悔。
彼は自分の最期を覚悟したが・・・その吐息はエルフ達の頭上で急に軌道を変えて、地面と並行に進んで行った。
バリバリバリーッ!
空気を裂く強烈な音を立てて、銀龍の白い吐息は白エルフの里を超えて、更に北の森の奥へと飛んで行く。
そして、その遥か先の先で地表に着弾し、白い何か空へ舞う。
遅れてゴゴゴという地鳴りがここまで届いた。
亜人達には何が起こったのか理解できていない。
しかし、仮面の力で視力を強化しているハルとアクトにはソレが見えた。
シロルカの防壁の一部が破壊されたことを・・・
そして、吐息を吐く当の銀龍も、自分の狙いどおり履行できた事が解っていた。
顎を閉じ、再び息を吸い込むが、それは二発目の吐息を吐くためではない。
自分の行いを亜人達へ伝えるためだ。
「今、『シロルカの防壁』の北の一部を破壊した。もう戻す気は無い・・・お前達が人間を恐れるのは解る。だから、この土地と外の世界の交易路は北の一部だけとすればいい。それをお前達が管理しろ」
「え!?」
応じたレイガは目を大きく見開き、まだ理解が覚束ない様子。
しかし、銀龍はそんな事お構いなしに自分の言葉を続ける。
「お前達と同じように人間にもいろいろいるのだ。善人だけではなく悪人もいる。私を利用しようとした愚か者が存在したようにな!」
銀龍がここで言うのはボルトロール王国の事であるが、それが解るのはハル達だけである。
今は銀龍が亜人達に投げかけている言葉なので、ハル達も余計な口は挟まない。
そして、銀龍の言葉は続けられる。
「その逆も然り! 今回、私を助けてくれた者も同じく人間であった」
ここで銀龍の視線はハルとアクトに注がれ、それを見た亜人達は銀龍の言う『善人』とは彼らの事であると察する。
「だから、亜人達よ、見解を広めよ。交流して自分の味方を外の世界に増やすのだ」
「・・・」
「味方を得るも、敵と出会うも・・・交流無くしては何も始まらん。出会わなければ何も始まらん。その勇気を持て亜人達よ」
銀龍は亜人達が人間より迫害を受けた過去を知っている。
そして、そんな事態に陥ってしまった原因も解っている。
それは、亜人達がその時代で権力を持っていた人間の国家――連合国家――との友好関係が途絶えた事が発端でもあった。
当然、人間側にも問題はあったが、それでも「敵対する」という関係を選んでしまったのは亜人達が先であったりする。
その結果が憎しみの連鎖。
亜人迫害の始まりであった。
しかし、そんな最悪の関係となった人間の国家元首ももう存在しない。
千年前に死んでしまっている。
人間や亜人の営みにはさほど興味が無いと言われている銀龍だが、それでも彼はこのゴルトに存在する国家は把握しているつもりである。
アクトとハルが所属していたゴルト大陸の東に存在する最大国家、エストリア帝国。
南の宗教国家、神聖ノマージュ公国。
最近、勢力図を大きく塗り替える東の軍事国家、ボルトロール王国。
そして、ハルとアクトから聞いた新生国家であるエクセリア国。
今回、シロルカの防壁を破壊したのはそのエクセリア国側の一部である。
エルフを初めとした亜人達が人間と交流・交易を始めるには信頼できる国家に越した事はない。
その試金石として銀龍が選んだのがエクセリア国であった。
確証は無かったが、それでもその国家はハルとアクトが助けようとしている国家でもある。
他の国よりもいいだろうとは銀龍の判断である。
そして、その国との交渉には自分も一枚噛む気でいる銀龍。
「受け入れよ!」
命令に近い言葉を発す銀龍。
これに答えを窮すレイガであったが、ここで銀龍の意見に大きく賛同する者の声が挙がった。
「銀龍様! あんた最高だよ!!」
そう叫び、龍の掌から飛び降りてきたのは黒エルフのソロ。
「勇気、冒険、交流・・・最高だね。男のロマンだ。さぁ、冒険の始まりだぁ!」
エルフにして珍しい性格のソロは冒険好きで好奇心の塊のような男である。
今までの彼の冒険とは、この閉じられた土地の内側の世界だけであったが、今ここに開放を得たと感じていた。
銀龍より、外の世界へ行く事を許可されたのだと感じていた。
だから、彼は興奮する。
「ちくしょう。冒険だぁ~! 俺が一番乗りで外の世界に出て行ってやるぜぇ~っ 一番乗りを舐めんなよーっ!」
ソロは他の人には理解できない事を叫んで、北に向かって駆け出した。
この姿に他のエルフ達は唖然とするしかないが、しばらくの付き合いでソロの性格が解ってきたアクトは、このときのソロの行動を見て笑みを浮かべていた。
「真直な人だ。自分のやりたい事に対して素直で、勇気もある」
「それが、時折、人の迷惑となっているのだが・・・」
「そうなのよねぇ」
アクト、スレイプ、ローラの順の言葉。
そこには笑顔があった。
この朗らかな雰囲気は、ソロを・・・家族を信頼している(少しは呆れも混ざる)姿であり、これを目にした他の亜人達は人間と親しげに会話する黒・白のエルフを不思議な光景として目に映る。
その姿は良くも無く、悪くも無く、エルフの日常であり、自分達が同族と日常会話しているものと何ら変わらない。
いや、それ以上に普通で自然な姿であった。
白でも黒でもない、ましてやエルフや人間でも関係の無い普遍性。
信じて通じ合える仲間の姿を見た彼らは人間とエルフの可能性を少しだけ考えさせられた。
それでもまだ戸惑はある。
そんな戸惑いを感じたハルはここで援護射撃をしてみようと思った。
「エルフさん達。そして、他の亜人の方。貴方達がシロルカの防壁を抜けて人間の土地に来たいと思った時は私やアクトを頼りなさい。私達はこの『閉じられた土地』から北に抜けたところに存在する人間国家『エクセリア国』に少しは滞在するつもりです。そして、その国の国王と王妃には多少顔が利くのよ。もし、アナタ達が人間の国に来て困る事があれば、少しは力に成れるかな~って」
そんなハルの言葉に亜人達からの注目は増す。
特にレイガの視線は熱い。
それを感じたハルは少し困ってしまう。
「え、いや。少しよ。少しだけよ・・・国家間の貿易税の優遇とか、人権問題とか、複雑なのは無理だから・・・」
自分に想定以上の期待されるのも無理だと思い直し、そんな言い訳をしてしまう。
少しだけ格好悪いハルであったが、レイガはこれで決心した。
「解りました。白魔女ハル様の保証もできた。人間との交流に関しては銀龍様の決定に従いましょう」
そう言い銀龍の命令を受諾するエルフ族の族長。
他の種族の族長も次々と追従し、そして、気が付けばこの場に居合わせていたすべての者が頭を垂れていた。
白魔女ハルが白仮面の力で施す「自分を信用させる魔法」が少し働いていたのは蛇足である。
しかし、これは歴史的な出来事だった。
辺境の解放とエルフ族を初めとした亜人達と人間の交流が再開された瞬間なのだが、その事を、今、解るハル達ではない。
(アクト、拙い・・・安請負しちゃったかしら・・・)
(ハル・・・もう、諦めよう・・・訪ねて来た時は本当に力に成ってあげればいい。結果はどうあれ、それだけで十分だと思うよ)
ふたりが念話でこっそりとそんな会話をしていたのは余談である・・・
そして、銀龍からは最後の決定事項が亜人達へと告げた。
「三つ目だが・・・私はしばらくこの人間ハル・アクトと共に旅へと出ることにした。しばらくは留守となるが心配しないように」
「・・・へ?」
それを聞いたレイガの顔が間抜けだった。
これまでこの地の守り神だと信じていた銀龍。
その存在がトゥエル山を離れるなど、寝耳に水である。
「えぇぇぇぇーーーっっ!!」
普段は優雅な顔を保つエルフ達と他の亜人達がここで本気で驚いた顔を晒した事を、ハルとアクトは一生忘れないだろう。
「しばらくここを借りるぞ」
「ハッ!」
銀龍である私に礼節を続けているのは白エルフ族の族長レイガ。
この男は私に従順だが、真面目で頭の固い人物でもある。
それが私の彼に対する評価だ。
私は亜人達に三つの決定事項を伝え、その後、人へと化ける魔法を使い、姿を変えた。
私が亜人達の前で人の姿になるのは珍しい。
私もそれは解っている。
何故ならば、その必要があまり無いからだ。
この姿を見たここのエルフや長命種であるヴァンパイアの女は感動のあまり涙していたが、それは感受性が高過ぎると言うものだろう。
私の人の姿にいちいちと感動されていては私も疲れるだけである。
そんなレイガに人払いを頼み、空き家をひとつ借りた。
ハルとアクトには「旅の準備をするため」と言っている。
勿論、それは半分本当で半分は嘘。
その半分の用事を済ませるために・・・さて、手短に始めるとしよう。
私は部屋に入ると、他に誰も気配が無いのを確認して、結界魔法を発動させる。
これは龍魔法・・・ハルにも破る事はできまい。
外の世界からは侵入・盗聴は不可能である。
そう思い、準備は整った。
「もう、よろしいですよ」
私はできるだけ丁寧な言葉を使い、その方をお迎えする。
相手もその事が解ったのが、直ぐに扉が開けられた。
それまでは、そこに誰も居ない筈なのに、いきなりその存在が現れる。
まるで、宇宙の始まりとされる『ビックバン』がこの場所で起こるかのような感覚。
魔法感覚に優れた龍族でなければ解らない感覚かも知れないが、表現するならばそんな感じだ。
私は・・・跪く。
数刻前のエルフ達のように。
そして、私が跪いた相手より言葉が掛けられた。
「面を上げなさい、スターシュート・・・私の子」
そのお方は今は女性の声がしていた。
「偉大な方・・・」
私は自分を支配・・・いや、この世界を支配する存在に面を上げる。
その偉大な方は、現在は人間の女性格好をして、銀色の長い髪にエメラルドグリーンの瞳、均整のとれた顔立ちと抜群の女性の肉体。
左の目元にあるホクロが敢えて魅力的な雰囲気を醸し出している。
もし、人間の雄がここにいれば、彼女に夢中にならずにいられないだろう。
そんな魅力的な女性の姿をしていた偉大な方。
その御姿を確認する私の視線に気になったのだろう。
珍しく、自分の姿について話をしてくる。
「どう? スターシュート? 今の私は魅力に溢れているでしょう? 最近はこの姿が気に入っているのよね」
「・・・素敵だと思います」
私はそう答えるが、偉大な方は私の機械的な答え方があまりお気に召さなかったようだ。
「全く、アナタは枯れているわよねぇ・・・まぁ、いいわ。それよりも、アナタはこれからあの娘と一緒に行動するようにしたいのね」
「はい。アレは人として膨大な力を持ちます・・・放っては置けません。調和を乱す可能性も考えられました故に・・・」
「調和を乱すか・・・アナタらしい考えだわ。だから『監視』するのね」
「はい・・・気に入りませんか?」
一応は確認しておく。
そして、偉大な方は私の予想どおり『監視』することに反対しなかった。
「アナタが就くには些か反則的な気もするけど・・・まぁいいでしょう。アタナがそう思うならば、好きにしなさい」
「・・・ありがとうございます」
許可は得た。
これで筋は通せたと私は安心する。
そして、偉大な方の言葉は続けられる。
「アナタの役割は『調和』。物事を極端な方向へ傾けない、行き過ぎない、戻し過ぎない、速め過ぎない、止めない・・・それがアナタの役割」
「心得ております・・・」
「それが解っていれば、私からはこれ以上何も言わない。しかし、あの娘は私がこの世界に入れた『破壊』・・・『破壊』にもいろいろあるけど、今回は一体どうなるのでしょうね?」
「・・・」
「世界には破壊と創造が必要よ。その瞬間が一番輝くの。跳躍するのよ。だから私は『世界』に異物と言う名の『破壊』を混ぜる・・・そこで起きた反応に期待している」
「それが・・・アナタ様の悪戯ですね」
「ええ。そして、今回の『破壊』はあの娘ともうひとり居るわ・・・どちらがどう輝くか、本当に楽しみにしているの」
偉大な方はフフと笑う。
それは慈愛の籠った母の笑顔。
しかし、私はそれを素直に受け止められない。
この偉大な方が、何を考えているかは本当に解らない。
私にはその事に対して質問するのを禁じられている。
私に与えられたのは、この偉大な方の為に働くことだけ。
永遠に近い私の生が続く限り・・・まるで呪いのように・・・である。
そんな思考している私の事もこの偉大な方には筒抜け。
嘘が通じないので、当たり前だ。
「スターシュート。アナタは不服を感じているようだけど、これも世界の為よ。私も仕事をしているのだから、アナタも真面目に働いて頂戴」
ウインクするその姿は、どこかあの女に似ていた。
いや、敢えて似せているのだろう。
私が彼女を好意的に受け止めているのだから、そうしているだけだ。
「すぐそんな事を思う・・・だけど・・・あっ、そうそう。ここでアタナの新しい仲間をひとり紹介しておきましょう」
偉大な方は何かを思い付き、話題を変えて誰かを呼ぶ。
そして、気配が増えた。
「お呼びになりましたか?」
新たな女が扉の奥から姿を現した。
それは白い修道服を身に纏うひとりの華奢な女性。
その女は私と目が合うと、軽く頭を垂れる。
物腰柔らかそうに見えた女である。
「紹介しておくわ。彼女の名前はマリアージュよ・・・ノマージュとハドラで取り合いになっていたから、私が間に入って貰ってきたの」
「新たな神・・・ではないな・・・亜神か」
「正解。アナタよりも少し格は下がるけど、面白そうだから私が貰ってきたわ」
偉大な方はそう言い、この女性亜神を紹介してくる。
彼女はペコリと再び頭を下げて挨拶をした。
「スターシュート様。私も偉大なる方より『調和』の役を頂きました。今後ともよろしくお願いします」
「・・・ふん」
「素っ気ないわね。まあ、スターシュートがそう言う性格設定だから、マリアージュもあまり気にしないでね」
「勿体なきお言葉です」
「早速、マリアージュには東で少し働いて貰ったから、しばらくは静観していいわ。私と一緒にスターシュートの活躍を見せて貰いましょう」
「・・・」
私は一体何のことを言っているのか?と思うが、偉大な方はすべてお見通しで、すべて解っているのだ。
結局、私は演じさせられているだけ。
運命と言う名の舞台の上で踊らされているだけ。
いや、私だけではない、この世界のすべて・・・いや、全ての神もそうなのだ。
この気まぐれな創造神『デイア』の前では、人生など遊戯でしかない。
そんなデイアの悪戯。
そのひとつがあの女であるのは確実。
何故なら、あの女の仮面の内側に隠された髪には青色が混ざっているのだから・・・