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第十二話 白魔女+漆黒の騎士、対、龍(其の三)


「サハラ! あなた、何をしているのっ!」


 サハラの仕出かした狼藉に対してローラがそう叫ぶ。

 これにサハラは機械的に応えた。

 

「この黒エルフは私の眠りを妨げた。だから罰を与えた」

「罰をって、スレイプはアナタの父親なのよ。どれほど必死な想いでアナタを助けに来たと思っているの! それを傷つけるなんてーっ!」


 ローラは怒っている。

 当たり前だ。

 数々の危険を冒し、銀龍の元から娘を救出したと言うのに、この仕打ちはないと思う。

 しかし、当のサハラからは心無い言葉を返してきた。

 

「確かに、この男は私の父だった・・・お前も私の母だった女・・・しかし、それは過去の事・・・今は違う」

「違うって!?」

「私は生まれ変わった。これからの私のお父様は銀龍スターシュート様。そのお父様より力を与えられて、龍の使徒へ昇華している際中・・・その聖なる儀式を途中で止めた者など、私にとって邪魔な存在でしかない」

「そ、そんなっ!」


 ローラはただただ嘆くが、銀龍はそうなる事を解っていてローラを嘲笑する。

 

「くくく、まだ完全ではないが・・・言ったではないか。この小童のもう私のモノだと・・・魔法で私の力を分け与えたのだ!」

「そんな!!」


 ローラは二度目の落胆の言葉を発し、銀龍に助けて欲しいと懇願するが、それは無視された。

 

「古の魔法より、龍の力を分け与えし存在・・・この小童は今後、龍人(ドラコニアン)として生まれ変わる。こ奴が私の先兵となり、私の意思を亜人達に伝える。こ奴が先頭に立ち、ニンゲン共を滅ぼすのだ! どうだ? お前達エルフにとってもこれは名誉な事であろう。何せ、私の役に立つのだから。私の忠実な先兵となる龍人(ドラコニアン)を提供したのだ。そうだろう? 卑小な存在よ!」

「ぐっ・・・」


 ここでローラの顔色が変化する。

 野生剥き出しの顔で、歯を食いしばり、銀龍を醜く睨んだ。

 

「ほほう。私が憎いか? それがお前の本性なのだ、エルフの女よ・・・所詮『森の巫女』という立場を引き継ぎながらも初代を超えられぬ存在。初代はもう少し私に媚びていたぞ。自分の命と引き換えに一族を人間と隔絶して欲しいと喜んで身を投げた。その潔さは時の経過と共に忘れてしまったようだな」

「そんな女のことをなんて知らない! 私はただ銀龍(アナタ)を純粋に赦せないだけ。私から次々とかけがえのない人を奪うこの邪龍を赦せないだけよっ!」


 ローラは怒りで顔が真っ赤に染まり、そして、銀龍との決別を叫ぶ。

 そんな怒りに支配されたローラの肩へ、そっと手を置いたのはアクトである。

 

「ローラさん、落ち着いて。今、ハルがスレイプさんを治療しているから」


 アクトの言葉でハッとなるローラ。

 視線をそちら側へと移すと、右腕を吹き飛ばされたスレイプにハルが駆け寄り、魔法で治療を施していた。

 出血は既に止まり、傷口は塞がり始めているが、それでも斬られた腕が再生する訳では無い。

 痛みを我慢して今にも気絶しそうなスレイプの姿を見ると、ローラは辛かった。

 そんなローラを勇気付けるため、アクトは言葉を掛ける。

 

「サハラちゃんも助けよう・・・そのためにはこの銀龍をやっつけないと」


 その言葉が聞こえた銀龍は・・・

 

「フフフ、ククク、フハハハ、ワハハハーーーッ!」


 狂ったように笑う。


「この期に及んで小童(サハラ)を助けるだと? まだそんな世迷い事を何処まで吐けるかなぁ? これは面白い。ならば、サハラよ。お前はこの剣術士を血祭に挙げてみよ」

「お父様、解りました」


 指令を受けたサハラは、ここで空中を素早く動いて、アクトに蹴りをお見舞いした。


バーン!


 それは五歳児の力でなく、圧倒的なパワーが炸裂。

 アクトは予想外の威力で吹っ飛ばされた。

 

「ぐぉっ?!」


 飛ばされたアクトは地面を水平に飛び、部屋の隅の岩壁へ激突する。

 

ドーーーン!


 大きな衝撃音と砂埃が舞い、岩壁に穴が開いた。

 通常の人間ならば死んでしまうような攻撃だが、仮面の力で強化されているアクトは違う。

 崩れた岩の隙間から無事な姿を現した。

 それを見たサハラは目を細める。

 

「無駄に頑丈な奴!」


 龍人(ドラコニアン)のサハラはそう述べて追撃を開始した。

 

「アクトッ! こら待て、サハラちゃん!」


 その追撃を阻止しようするハル。

 だが、それをさせないのが銀龍である。

 

「お前の相手は私がしてやる。そらぁーーー!!!」


 顎を開けて攻撃してくるのは炎。

 再び炎の吐息(ブレス)だが、今度は至近距離。

 魔法の密度が濃く、相手からの反撃の機会を与えない攻撃。

 極大の火炎はハルを初めとしたエルフ達をも飲み込んだ。

 そして、その銀龍が前進してくる。

 火炎の密度が更に高まり、温度が上昇した。

 これにより周囲の岩石は赤熱する。

 まるで『溶岩の海』の再現である。

 そんな破滅的な炎が支配している世界・・・


 そこから一筋の白い光が漏れた。


 白魔女のハルが飛び出してきたのだ。

 その彼女に向けて火炎の放射角度を変え、ハルを焼こうとする銀龍。

 しかし、火炎の吐息(ブレス)がハルに接触するとき、白い雲が彼女の周りを覆った。

 これは水蒸気の塊である。

 その雲が白魔女に到達する火炎の熱波を防ぐ。

 そして、先程までハルが居た地面には丸い魔法の膜がひとつ存在していた。

 これは水の結界魔法であり、シャボン玉のようにエルフ達を覆う。

 周囲は溶岩のように赤熱していたが、この結界の中だけは平常であり、エルフ達も無事でいられる。

 もう、意識を飛ばしてしまったスレイプ。

 そんな彼をハルから引き継ぎ看護するローラ。

 そして、その周囲を警戒しているソロ。

 そんなエルフ達の構図。

 しかし、銀龍との戦いにこのエルフ達は戦力不足である。

 そう判断したハルは銀龍とエルフ達を引き離すことにした。

 

「泡の魔法よ!」


 ここでハルが選択したのは泡が出る魔法。

 火事の際、泡状の消火剤を用いて消火した方が効率的であることは、ハルの世界の中学校の授業で習った事である。

 今回はそれに加えて、ここで二酸化炭素の濃度を高めている。

 大気には微量な二酸化炭素が含まれているが、今回はそれを周囲の空気からかき集める魔法が働いていた。

 そんな魔法と科学知識の融合による泡の魔法。

 これが銀龍の炎の吐息(ブレス)に対抗する。

 

「な、何ぃーっ! 泡が炎を食らうだとっ!?」


 驚きのあまり銀龍が思わず呟いてしまった比喩的表現だが、これが今の状況を説明するのに最も相応しい言葉であった。

 ハルより放たれた泡の魔法が銀龍の吐いた炎と接触すると、そこで破裂し、泡より二酸化炭素が吐き出る。

 それが次々と燃焼反応を抑えて消炎させていく。

 それは科学知識の無い銀龍にとって、正に魔法のように感じた。

 そんなハルの泡攻撃は次々と銀龍の炎を侵食し、そして、その火炎の放出口である銀龍の顎へ迫る。


「ぐばぁーっ!!!」


 泡の魔法が銀龍の口腔内に侵入すると、そこでは消炎に加え急激な気体膨脹が起きて、銀龍は(むせ)た。

 これを人間生活に例えると、大声で歌っている時、急に炭酸水を飲まされたようなものである。

 その結果、喉が詰まり、火炎の魔法が銀龍の喉の奥で暴発した。

 

ドヒューーーーーン!


 ここで、銀龍の喉で大爆発が発生し、内圧の高まりによって首部分の数箇所が吹き飛んび、その穴から炎が吐き出される。

 

「ゴォッアアア!?」


 これには、さすがの銀龍も意識を飛ばすほどのダメージを受けてしまう。

 

ドーーーン!


 巨龍が倒れた。

 これはハルの行った攻撃による偶然の結果である。

 そんな成果に一番驚いているのは、当の本人のハルであったりする。

 

「た、倒しちゃったのかしら!?」


 状況を確かめるため、意識を飛ばして昏倒した銀龍へ恐る恐る近付くハルであった・・・







 一方、こちらは龍人(ドラコニアン)のサハラと漆黒の騎士アクトとの戦い。

 

「この! この!」


 龍と同じように魔法で硬質の爪を伸ばし、襲ってくるのはサハラ。

 龍人(ドラコニアン)の力により身体強化されたサハラであるが、所詮、今の頭脳は五歳の子供のまま。

 単純な動きでアクトを捉える事はできない。

 アクトも先程は不意打ちであったが、正面から戦うに於いて五歳児の攻撃など躱すのは容易である。

 身体的に能力差がある事に加えて、戦いの経験がまず違っていた。

 しかし、このサハラを剣で傷付ける訳にはいかない。

 サハラを助ける事がアクトにとっても最終ミッションなのだから。

 ならば、どうするか・・・とアクトが考えを巡らすが、そこに埒が明かないと判断したサハラが魔法を放ってきた。

 

「龍魔法『火炎』!」


 これは所謂、火球の魔法だが、無詠唱である上に魔法の威力は大きい。

 龍人(ドラコニアン)の魔力の源が銀龍になっているためである。

 しかし、ここでの相手はあの(・・)アクト。

 魔力抵抗体質者のアクトに対し魔法攻撃は悪手である。

 

「セイヤーーーッ!」


 アクトは気合と共に自身に迫る火球を素手で殴る。


パーン!

 

 そうすると、魔法の炎が綺麗にふたつへ割れた。

 

「な、なんでぇ!?」


 アクトの魔力抵抗体質による攻撃が理解できないサハラ。

 ここだけは年相応の姿で驚くサハラ。

 そこにアクトが迫った。

 そして、彼女の腕を捕まえる。

 

「ちょっと痛いぞ!」


 そうアクトは言うと、サハラの腕を引っ張って宙へと大きく放つ。

 そして、放たれたサハラは大きく宙を舞い、岩の地面へと叩き付けた。

 

バーーーン!!


 大きな破壊音が鳴り響き、地面が抉れる。

 人にして即死級の攻撃であるが、これで死ぬほど龍人(ドラコニアン)(やわ)ではない。

 

「うぅぅーー」


 ダメージを受けて呻くサハラだが、一回の攻撃だけでは足らないとアクトは判断した。

 

バーーーン、バーーーーン、バーーーン


 三度同じことを繰り返し、サハラの声が静かになる。

 これで意思を失わせるほどの大きなダメージを与えることができたとアクトは判断。

 そして、ハルの戦う状況を確認するため、そちら側へと目を向ける。

 ここでのハルは銀龍より極大の炎の吐息(ブレス)を浴びせられており、アクトは助けに入ろうかと思った。

 しかし、ここでアクトの衣服の一端が誰かに掴まれる。

 掴んだのはサハラ。

 彼女は意識を取り戻したのだ。

 

「頑丈だな。龍人(ドラコニアン)になり自己治癒能力も持つのか」


 アクトがそう分析するように、彼女を地面に叩き付けられた際にできた擦傷部分の出血はもう止まっていた。

 攻撃力・魔力・体力に加えて高度な自己治癒能力も持ち、これは厄介な敵になったと思う。

 そんな敵のサハラは言ってくる。

 

「行かせない! 私はお父様から期待された子。存在価値を示さないと・・・ニンゲンを殺さねば!」


 そんな必死な彼女の口調は五歳女児の声ではなく、混ざる男の声が大きくなってきた。

 サハラが別の人格に成りつつあるとアクトが予感させるには十分。

 

「エイッ、エイッ!」


 サハラは再び立ち上がり、爪の攻撃を再開する。

 魔法攻撃がアクトに効かないと解ったので、物理攻撃に切り替える彼女であったが、戦いの経験の少ないサハラはこんな単調な攻撃手段しかできない。

 その事が解っているアクトはサハラの単調な攻撃パターンを読み、生じた隙に入り込んで、彼女の腕をガシッと捕まえて自由を奪う。

 

「ええーい、放せ。コノ、コノ!」


 捕まえられたサハラはアクトを殴ろうと抵抗するが、子供と大人の腕の長さは違う。

 サハラの拳は決してアクトに当たらない。

 

「もう諦めろ。お前では俺に勝てない。経験や体格が違い過ぎるからだ」


 そんな勝利宣言するアクトに、サハラは納得いかなかった。

 体格が違う・・・それで思い付いた。

 ならば同じ体格に成ればいい・・・

 人には無理でも龍人(ドラコニアン)ならば可能なのだ。

 ここで彼女は自らに対して『大人に成れ』と魔法を掛ければよいのである。

 こうしてサハラはあまり深く考えず、自分自身に魔法を掛けた。

 

「大人に成って!」


 叫ぶような彼女の詠唱はあっと言う間に履行されて、成長の魔法が発動する。

 サハラの身体が光り、そこに魔力が集約。

 龍人(ドラコニアン)のサハラが、その始祖である銀龍から無尽蔵に近い魔法を引き出して、この魔法を自分自身に作用させると、その身体に変化が起こった。

 腕や足が伸びて、身長も伸びる。

 胸が膨らみ、腰が括れて、臀部がより女性らしくなった。

 サハラは黒白エルフの混血児であるが、その身体的特徴は母であるローラより引き継いだ部分が大きい。

 金色の髪が伸び、目元がキリっとして、両耳の先はピンッと広がり細長くなる。

 成人のエルフ女性・・・しかも、とびっきり美人――美形揃いのエルフから見ても最高ランクの美人へ成長を果たす。

 そして、急激に身体だけ(・・・・)が魔法で大きくなってしまう彼女だが、衣服は置いてけぼりである。

 つまり・・・

 

ビリ、ビリ、ビリーッ!!


 サハラが着ていた子供の服がその成長に追い付けず、全て破れてしまった。

 一糸纏わず全裸の美女が誕生する。

 それを間近で目にしてしまったアクトは、心を奪われないまでも少しは驚いてしまったのだ。

 

「な、なんとっ!!」


 サハラの突然の成長はアクトに隙を作るぐらいの役割は果たした。

 そんな裸の美女のサハラは呆気に捉われたアクトの隙をつき、アクトの胸倉をその長い腕で掴むと、自分へと引き寄せる。

 そして、男の急所目掛けて足を振り上げた。

 

「エイヤーーッ!」

「ぐッ!」

 

 成人の龍人(ドラコニアン)の攻撃力は幼女だった頃よりも増していた。

 そんな彼女の本気の蹴りを急所に喰らえば、男としての機能を失うだけでは済まされない。

 アクトはそれまで掴んでいたサハラの腕を慌てて放す。

 そして、両手をクロスさせてサハラの金的攻撃を何とか防ぐ。

 

パシーーン

 

 しかし、アクトは彼女に胸倉を掴まれたままである。

 物凄い力でアクトは空中へと浮かされてしまう。

 成人になった龍人(ドラコニアン)サハラの力は恐ろしいほど強い。

 そして、先程受けた攻撃のお返しとばかりに、サハラはアクトを左右の地面へと叩き付けた。

 

ドン、ドン、ドン、ドーーーン


 回数も自分がやられたのと同じ四回。

 特に最後の一回だけは大きく叩き付けるのはサハラからの復讐が籠っていた。

 地面を陥没させるほどの強烈な攻撃であり、アクトはこれにより口から多少血が滲む。

 そんなダメージをアクトに与えたサハラであった。


「えっ!?」


 しかし、ここでサハラは突然アクトを解放する。

 その理由は銀龍の意識が急に途絶えたのを感じたからである。

 

「お父様ーーっ!」


 サハラが銀龍へ視線を戻せば、そこには首から火を吹き出して倒れる銀龍の姿が。

 その犯人を探すが、それは白魔女ハルであることが直ぐに解る。

 そのハルが今にも銀龍に(とど)めをしようと、近付くのが目に入った。

 

「殺らせない!」


 サハラは自分の親だと信じている銀龍を助けるため、そちらに急行した。

 

 

 

 

 

 

「ふぅ、これは偶然ね・・・」


 ハルは自身の施した泡の魔法が上手く(はま)り、銀龍の炎の吐息(ブレス)を喉の奥で暴発させたのを理解する。

 この戦果は決して狙った訳では無く、偶然だと思いながらも、事態を確かめるために意識を失う銀龍に近付く。

 

「全然、生きているよ、この銀龍・・・呆れた体力だわねぇ」


 銀龍の首に負っていた傷が再生されていく様を目撃して、やはりこの銀龍は死んでいないと思う。

 それでも今はチャンスであり、生命活動を低下させる凍結の魔法を叩き込もうとした。

 しかし、その矢先に自身に迫る魔力を感じ取った。

 

「殺らせない!」


 ここで飛び込んできたのは龍人(ドラコニアン)サハラ。

 ハルは彼女が大人化するところを見ていなかったが、それでも直感的にそう認識できた。

 何故そう思ったのかは、この女性の顔付きにサハラの面影があったからだ。

 そして、今は大人へ成長し、しかも全裸という謎。

 これには訳が解らないと隙を晒してしまったのはアクトと同じである。

 そんな隙が幸運となり、サハラの突撃が成功し、ハルを飛ばす。

 

「えっ? 大人になったサハラちゃん? キャッ!」


 ハルは可愛らしい声を発するが、衝突のエネルギーは彼女にダメージを与えるよりも空中で回転するのに費やされる。

 一瞬天地が解らなくなるほど激しい回転をするハルだったが、その視界に何度か銀龍の姿が入ってきた。

 

ピカッ!


 ここで光の反射が偶然目に入る。

 普通ならば、それは銀龍の鱗の反射かと思うのだが、ハルには何だかそれが気になった。

 

(あの光は何だろう? あの首の後ろ・・・延髄のところかしら? 何か刺さっているような・・・)


 グルグルと回る視界の中でその事が気になるハル。

 彼女の加速した思考の中で、紫色に光るそれをどこかで覚えている気もした・・・

 そんな思考の海に陥る彼女であったが、ここでハルは優しく受け止められた。


ガシッ!


 そのままならば天井に衝突する勢いであったが、誰かに受け止められた事でハルは無傷。

 その優しく受け止めてくれた存在は振り返らなくても解るヒト。

 いちいち後ろを振り返らなくても解る存在。

 しかし、それでも感謝の言葉を忘れてはいけない。

 

「アクト! ありがとう」

「いや、いい。それよりも、あの娘を止める事ができなかった。こちらこそすまない」


 そんな謝罪で返してくるアクトはいつもの姿。

 自分に厳しく、厳し過ぎるのだ。

 

「問題ないわ。それよりも戻るわよ」


 ハルはそれだけを伝えて、魔法で跳躍した。

 そうすることで、サハラとローラ達の間に降りる。

 そこにはスレイプを看護しているローラが居て、大人に成ったサハラを厳しい眼で睨んでいた。

 それは当然だ。

 実の父であるスレイプを傷付けた女なのだからだ。

 

「あなた・・・サハラよね。急に大人に成るなんて、それも龍人(ドラコニアン)の魔法のひとつなのかしら?」

「そうだ。私がエルフだった頃の母よ。これも偉大なるお父様を守るため。そして、私が早く先兵に成らなくてはいけないから。早く大人に成ったの」


 厳しく睨み合うこのふたりは、とても似ている。

 やはり親子だ・・・ふとそんな事を思ってしまうハル。

 しかし、ハルはここで心を鬼にして言葉を挟む。

 

「サハラちゃん。アナタは私の夫のアレ(・・)を蹴ってくれたわよね! もし、アノ部分が使い物にならなくなったら、どう責任取ってくれる気よ!」


 ハルがここでサハラに追求するのはアクトへの急所攻撃である。

 心の共有でその行為はハルに筒抜けである。

 しかし、これに対してサハラは悪びれもしない。

 

「だからどうしたの? 私のお父様はニンゲンの根絶を望んでいる。ニンゲンの生殖能力が無くなれば、それは願ったりだわ!」

「生殖能力とか、五歳児にしてはおませさんね。まぁ、身体だけは成長しているようだけど」


 そんなハルの台詞を聞いたサハラはここで初めて自分が裸であることを知る。


「わっ!」


 胸と大切な部分を慌てて手で隠した。

 今まで必死だったので気付かなかったらしい。

 そんな女性らしい姿を垣間見たハルは、ここで休戦の申し出をしてみる。

 

「そんなところだけど。サハラちゃん。ここで一旦喧嘩を止めない? あの銀龍、少し様子が変だわ」

「な、何を突然。ハッ!? もしかして私を騙そうと」

「そんなことしないわよ。それよりも、あの銀龍の首の後ろに変なモノが刺さっているのよ。せめて、あれを取り除かない? そこから、とーーーっても邪気を感じるのだけど・・・」


 ハルがあまりにも嫌な予感だと言うその事に、一瞬考えてみるサハラであったが、そうしているうちに当の銀龍が立ち上がった。

 

「ニンゲン・・・コロス・・・ニンゲン・・・シナス・・・・ニンゲン、メツボウ、サセル・・・」


 譫言を口から溢す銀龍に、ここに正気は感じられない。

 

「何を言っているの! いや・・・この銀龍、まだ意識を戻していない!!」


 ハルは銀龍のおかしな様子を見て、そう分析した。

 何かに操られて機械的に動いている・・・例えるならばそんな印象だ。

 その異常さはハルやアクトだけでなく、この場に居る全ての人――龍人(ドラコニアン)であるサハラでさえも――が直感的に理解できた。

 それほどに、この時の銀龍からは異様な雰囲気を吐き出していたのだ。

 そして、意識朦朧となっている銀龍を一体誰がコントロールしているのか・・・

 それは首に刺さる(もり)のような異物が怪しい、とハルは思う。

 ハルは懐から魔法鏡を取り出して、その(もり)に向けてみる。

 魔力の流れを観察してみると・・・それは紫色の魔力。

 

「これは・・・やっぱり見たことがあるわ! あの神聖ノマージュ公国のときの魔力じゃない?」


 魔法鏡に映し出された魔力の流れを観察したハルはそう述べる。

 そう。

 彼の国の惨劇・・・聖女マリアージュによる『ひとつになる集会』で、彼女の部下達が纏っていた不死と支配の魔力の色にそっくりだった。

 

「こいつは一体!?」

「見て! アクト」


 ここでハルは(もり)から放たれた紫色の魔力が文字のように集約するのを見ている。

 その文字はこの世界のモノではなく・・・

 

 void・・・f_hakai()・・・f_nikushimi()・・・if・・・

 

「この文字は・・・アルファベット!?」


 この特徴的な文字を忘れる筈も無い。

 ハルの世界で共通言語として扱われていた文字のひとつである。

 

「何よ、これ!?」


 全く理解できないハルであったが、その直後に銀龍から怒りの波動が増した。

 憎しみの感情が膨れ上がったのだ。

 ハルはここで攻撃が来ることを察知して、防御態勢を取る。

 アクトもまた魔剣エクリプスを回転させて魔法無効化の準備をする。

 そこに龍の咆哮(ブレス)が響いた。

 

キュアンッ!


 短く犬の鳴くような音がひとつ響く。

 今までとは全く異なる咆哮。

 これは一体何が来るのかと身構えた直後・・・これまでの龍の咆哮(ブレス)とは全く異質な波動が彼らを襲う。

 

 周囲の景色が急に暗転して、明暗を何回か繰り返す。

 そうするとどうだろう・・・アクトとハルは急に脱力感を覚えた。

 

「な、何だ!? 俺達は攻撃された・・・のか?」


 アクトはそう言うが、銀龍の位置は変わらない。

 咆哮を吐いた姿のままである。

 そして、自分達の後ろを見ると、エルフ達は皆、片膝を付いて辛そうにしていた。

 

「ど、どうなっている?」


 意味不明の攻撃であったが、また龍が同じように鳴く。

 

キュアンッ!


 再び景色が暗転し、そして、脱力感が増す。

 ここで冷静だったのはハルである。

 彼女は何かの可能性に気付き、懐から懐中時計を取り出し、その時刻を確認してみる。

 そうするとどうだろう。

 短針・長針が凄まじい速さで回転していた。

 

「やっぱり・・・アクト、この龍の咆哮(ブレス)、時間を進めているわ」

「時間だと!?・・・ぐっ」


 ハルの言葉だけでアクトも理解してしまった。

 この銀龍は時間を進めたのである。

 しかし、自分達以外の世界の時間を・・・

 そうなると魔法は自分達以外の世界に掛けられているため、魔力抵抗体質を持つアクトでは防げない魔法。

 何せ、自分が魔法を受けている訳ではないのだから。

 そして、ここで生じた脱力感の正体も解った。

 それは、飲まず食わずで、時間だけを進められてしまったことによる飢餓。

 今回は空腹感や脱水も感じた。

 エルフ達を見ると、もう完全に倒れてしまっている。

 元々細い彼らであるが、今は皮が突っ張るぐらいに弱っていた。

 それは明らかに脱水症状であり、(やつ)れてしまったのがよく解る。

 そして、脇を見れば、龍人(ドラコニアン)のサハラも地面に倒れていた。

 彼女も空腹には勝てなかったらしい。

 

「拙いぞ、ハル。俺達よりもエルフ達が先に餓死してしまう」

「解っているわ。もう一度アレをやってみる」


 ハルは魔法鏡を仕舞い、そして、魔法を発動した。

 彼女の選んだ魔法は、またあの泡の魔法。

 石鹸のようにブクブクとした塊を銀龍にぶつけてみる。

 そうするとそれを警戒したのか、銀龍が後退した。

 無意識の中で、自分を気絶させるほど負傷させたこの技に警戒しているのだろう。

 そんな銀龍の恐れを見たハルは「これは行ける」と思った。

 

「ええい。一気に行くわよ!」


 ハルが意を決してそう発すると、地面が陥没するように蹴る。


 彼女は急加速し、天井へ迫る。

 そこで巧みに回転して天井を蹴り、銀龍の後ろへと回り込んだ。

 そして、(くだん)の紫色の魔力を発する(もり)に目掛けて光の魔法をひとつ叩き込む。

 

シューーーーッ


 レーザ光線のように集約した一筋の魔法の光が洞窟の中を走った。

 その光は見事に(もり)の柄に命中して、それをふたつに折る。

 折られた(もり)はその切断面から紫色の魔法が膨れ上がり、そして、小さな爆発が起きた。

 

ポンッ!


 そうすると、銀龍は停止・・・

 

 その後・・・ゆっくり横に倒れ込む。

 

ドカーーーーン


 大きな砂埃を挙げて倒れる巨体。

 銀龍はこれで本当に気絶して、起き上がる気配もなく、完全に停止した。

 あの銀龍を止めたのだ・・・


 勝った!


 ここで、ハルとアクトは歓喜よりも安堵の気持ちの方が大きい。


「やったわね」

「ああ、やった」

 

 疲労困憊の彼らであるが、ここで互いに健闘を称えてハイタッチをひとつする。

 これは、史上初めて龍を倒す者が誕生した瞬間でもあった・・・

 

 

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