第十一話 白魔女+漆黒の騎士、対、龍(其の二)
「行くわよ、アクト。この銀龍は理屈っぽくて頭も固いわ。説得と交渉は無理。ならば力尽く!」
そう言い白魔女ハルは飛び出した。
「ホーミング・アローーーッ!」
短い呪文を発して白い杖を横に振ると、そこに現れたのは彼女が最近得意にしている魔法の光の矢の攻撃。
矢が横一列に並び、その数は百発以上。
それが一斉に発射された。
ヒューーーーン、ドドドド
圧倒的な数の光の矢が次々と銀龍へ着弾するが、銀色に輝いた硬質の鱗によってすべてが阻まれ、大したダメージは与えられない。
「何だ、この攻撃は? 虫に刺されたのかと思ったぞ。むむ? 居ない!」
銀龍は大した攻撃ではないと判断するが、当の魔女の姿がそこには居なかった。
そして、その直後・・・
バシーーーン!
「ぐぉ!?」
予想外の衝撃が脳天より炸裂し、首ごと下部へと持っていかれた。
初めから白魔女のホーミングアローの攻撃は陽動であり、それを放った直後に彼女は大きく跳躍する。
そして、上空から白い杖を振りかぶり、角ふたつ生える中間の銀龍の頭部を力一杯殴打した。
魔術師らしからぬ攻撃であるが、心の共有を得たハルはアクトが持つ体術の技術を習得し、それを実践した結果である。
これが、最新彼女の得意としている殴打の技の正体である。
そして、この白い魔法の杖には硬質化の魔法も施してあるため、彼女が魔術師である体面もなんとか保ったつもりである。
白魔女による強烈な僕打は銀龍の脳を揺さぶり、一瞬だけ気を遠退かせたが、それでも意識を失うまでには至っていない。
そこに黒い刃が迫った。
ここで刃を放ったのは言わずとも知れた漆黒の騎士アクトによるもの。
魔剣エクリプスである。
ギンッ!
「く・・・」
その刃を何とか防ぐ銀龍であったが、ここで右腕の鉤爪のひとつが斬られて飛んだ。
ヒュルヒュルヒュル、グサッ!
切断された爪は回転して宙を舞い、少し離れた地面へ刺さる。
龍の爪は鋭利な切れ味であり、簡単に岩をも裂く鋭さであった。
そんな切り飛ばされた銀色の爪を目にして、一番驚いているのは銀龍自身。
「よもや、我が殴られて、斬られるとは・・・」
信じられないと銀龍は言葉に出したが、それでも自身の腕をブンと振ると、新しい爪が生えて元どおりとなる。
その姿を見たアクトは銀龍の防御力と再生能力の高さを実感した。
「再生能力は恐ろしく速いか。流石に生物として最強を自負しているだけはある」
そんなアクトに銀龍は応える。
「お前達の攻撃など効かぬ。しかし、お前達は誇ってよい。私を傷付けた人間など私が生を受けた二千年で初めての事だ」
銀龍は憎らしげに漆黒の騎士アクトと白魔女ハルを睨み返す。
そこには恐ろしい威圧が籠っているが、アクトとハルには効かない。
「挨拶は終わりよ。これからは全力で戦い始めましょう、ねっ!」
ハルはそう宣言すると白い杖を前に出す。
そうすると、銀龍の身体の表面で爆発が起こった。
無詠唱の火炎魔法。
洞窟などの閉じられた場所で火炎魔法を使うのは、崩落や酸欠など巻き添えを食う危険性もある。
本来は禁じ手なのだが、ここは龍の住処であり、頑丈で広く、彼女がある程度本気の魔法を放っても大丈夫だという判断をしている。
爆発が次々起きて、炎に包まれる銀龍。
黒い煙が立ち昇り、肉体を焼いた。
しかし、銀龍はこれに慌てない。
自身の持つ再生能力に絶対の自身があったからだ。
その事を理解しているのはアクトも同じであり、今回のハルの火炎魔法は目くらましの一環だと思った。
だから、アクトはここで駆け出して、銀龍に斬り掛かった。
「どぅりゃアアアアッ!」
気合の声を発して、大きく跳躍し、狙うのは銀龍の首。
ガキーーーン
しかし、アクトが迫るのを解っていた銀龍は両手の爪でアクトの刃を防ぐ。
爪ひとつだけだとアクトの魔剣エクリプスに斬られてしまう事は学習済みであり、複数の爪を交差するようにして防いだ。
「まだ、まだーーーぁ!」
アクトは龍の爪の守りで弾かれた衝撃に跳ね返されながらも、器用に魔法で宙を蹴り、狙いを次々と変える。
ガキーーン、ガキーーン、ガキーーン!
眼、胴体、腕と硬質な衝撃音が響き渡り、アクトと銀龍の攻防が続く。
そんな非常識の連続攻撃を目にしたエルフ達は、この戦いに自分達が入れる隙など存在しないと感じてしまう。
行動停止に陥るエルフ達だが、ここで白魔女のハルが近付いてきた。
「え? ハルさん!? アナタはあそこで戦っている筈じゃ」
ローラが驚いてそう口にするが、白魔女ハルはフフと笑う。
「ええ、あっちで戦っているのは私の幻影ね」
彼女が視線を送った先には、今も空間を縦横無尽に動き、銀龍に火炎魔法を放つ白魔女の姿があった。
その姿がハルの幻影であるなど、信じられないほどのリアリティ。
「おそらく銀龍にはバレていると思うわ。でも、今、銀龍はアクトとの攻防に多くの集中力を割いているから、とりあえず私の事は野放しにしていると思うの」
白魔女ハルはそう言い、この手は長く使えないと述べる。
そして、自分がここに現れた理由・・・それは、エルフ達に魔道具を渡したかったからである。
「この魔道具『消魔布』は姿と魔力を消して隠密行動ができる。そして、こっちの指輪は魔法防御の能力がある。これを使ってサハラちゃんを助けて」
その言葉だけでエルフ達は自分達の役割を理解した。
アクトとハルが銀龍の気を引くから、その隙にサハラを救出しろと言っている。
「ハルさん、解りました。アナタ達を危険な目に合わせて申し訳ありません」
「危険なのはローラさんも一緒だし、今更よ。それよりもできるだけ隠密行動して、早くサハラちゃんを助け出して。私達が銀龍を抑えるのはあまり長い時間無理だから・・・サハラちゃんを奪い返したら、さっさとここから逃げるわよ」
その言葉にローラは頷く。
作戦内容を理解できたと認識するハルは消魔布と魔法防御の指輪を手渡し、そして、戦いの場へと戻っていった。
そこには空気に溶けるようなスムーズさがあり、まるでこちら側に居た方が幻影なのではないかとローラが感じてしまうほどであった。
そして、ローラは人数分受け取った消魔布と指輪をスレイプとソロに渡す。
「多分、これを被って魔力を念じると、姿を消す事ができるのでしょう」
ローラはそう言って消魔布を頭から被り、消魔布に向かって「消して」とお願いした。
そうすると消魔布は機能を発揮し、ローラの存在感はこの場から消失する。
「なるほど・・・魔法を注ぐプロセスは精霊魔法と変わらないようだ。親父も早く」
スレイプはそう言い、自身も消魔布を被り、精霊魔法と同じ手順でお願いすると、見事に姿を消した。
ソロはまだ半信半疑だったが、それでも言われたとおりに実行すると姿が消せた。
ソロは何やら興奮して騒ぐ気配を周囲に伝えていたが、スレイプから蹴られると静かになる。
どういう仕組みか、消魔布を被った人達は互いの存在が解るため、連携不足になる事も無い。
こうして、エルフ達は魔法防御の指輪も嵌め、壁伝いに静かに歩き、奥の部屋に囚われるサハラを目指す事になる・・・
「全く、鬱陶しい!」
防戦一方の銀龍はここで発奮し、全身から衝撃の魔法を放つ。
パーーーン
激しい波動で吹き飛ばしたのは身体を覆う火炎魔法。
アクトもその衝撃により吹き飛ばされてしまうが、それでも宙を綺麗に回転して、スタッ、とハルの隣へ着地。
そんなふたりに、今度は銀龍からの攻撃の番だ。
「煉獄の炎よ!」
ゴォォォーーーッ!
銀龍は顎を開けて、そこから炎の吐息を吐く。
これまでのお返しとばかりにアクトとハルを狙った。
温度は千度以上の火力であるが、それは銀龍最強の白い吐息と比べて数段劣る魔力。
「魔法防壁!」
白魔女のハルがそう唱え、半透明の防壁が姿を現す。
そこに炎の吐息が衝突した。
ボワァァァァーー
圧倒的な火力が押し寄せて、魔法防壁は赤熱するが、変化はそれだけであり、何とか銀龍の炎の吐息を防ぎきる。
「猪口才な魔術師め!」
忌々しいと銀龍の言葉が響くが、ここでハルが銀龍へ返したのは言葉ではなく魔法であった。
「凍て尽く大地と氷の女王よ、絶対零度の世界をここに降りして敵を滅ぼせ!」
ピキーーーーン
行使したのは凍結の魔法。
ハルから地を這うようにして進む一本の白い道。
それが銀龍に接触すると、急に膨らみ、その周囲は圧倒的な冷気に包まれる。
ピキ、ピキ、ピキッ!
一瞬にして銀龍が凍りつき、氷の彫像が完成する。
しかし、それも一瞬。
バリバリバリ
力尽くでその氷の檻から脱した銀龍は首を上に向けてひと鳴きした。
グギャーーーッ!
そうすると暖かい風が周囲に溢れ、それが氷を急速に溶かす。
こうして自由になってしまう銀龍であったが、そこにアクトが襲い掛かった。
「ハァッ!」
隙だらけの首に魔剣エクリプスを投擲。
魔法的な加速も得て、槍のように銀龍へと迫り、そして、無防備な喉に刺さる。
「ぐおー!?」
驚きと痛みで首を左右に振る銀龍であったが、そこにハルから追撃が加えられた。
「雷雲よっ!」
短い魔法の呪文と共に現れたのは暗雲。
小規模な暗雲だが、集中的に銀龍の頭上にそれが現れた。
その暗雲がある程度の集まったところで、局所的に発生した落雷が銀龍を襲う。
ピカッ、ピカッ、ドーーーン!
激しい雷光と轟音が洞窟内で鳴り響き、必殺の破壊力を放つが、それでも相手は銀龍。
百万ボルト以上の電撃を喰らいながらも、銀龍はそれに対抗するために大きく吐息を吐く。
バリバリバリーーーッ!
雷撃の吐息が魔法の暗雲を撃ち抜き霧散させる。
暗雲の魔法よりも龍の雷撃が勝った結果である。
その衝撃により、首に刺さっていた魔剣エクリプスも抜けてしまい、空中を滑ってアクトの手元へ戻ってきた。
そんな人間達の攻撃に銀龍の苛立ちは上がる。
「グググ、鬱陶しい攻撃を・・・しかし、私には効かんぞ、この人間共め!」
まだまだやれると豪語する銀龍であるが、ここでハルはフッと笑う。
「そうね。体力と防御力が無尽蔵の龍とこれ以上勝負をしても、私達が消耗するばかり・・・もうそろそろ撤退させて欲しいのだけど?」
突然に戦意を無くす発言のハルに、銀龍は違和感を得る。
そして、彼らが戦う目的であるサハラの存在を思い出し、そこへ目を向けて驚いた。
「お前達・・・いつの間に!」
銀龍が驚いたのは、魔法の檻に捕らえていた筈のサハラの姿が無くなっている事。
そして、そのサハラは・・・
グォーーーーン!
今度の銀龍の吐息は強烈な風。
その風がアクトとハルの後ろにいる何かを吹き飛ばした。
「キャッ!」
短い悲鳴と共に姿を現したのはローラを初めとしたエルフ達。
強烈な風により消魔布は吹き飛ばされてしまう。
そして、エルフ達によるサハラを閉じ込めた六角柱の水晶を運んでいる姿が露呈する。
「く、奪われたか・・・水晶に近付く者に害を及ぼす魔法を展開していた筈だが・・・」
銀龍の疑問に対する回答は、彼らの装備する指輪を見て納得する。
魔法の水晶柱に触った者には同じように水晶柱に囚われる魔法を施していたが、それに対抗する魔法防御がその指輪より発せられていたのを感じた。
その魔道具はハルが神聖ノマージュ公国での聖女戦にて造ったもの。
聖女マリアージュが放つ強力な魅了魔法に対抗する代物であり、魔法を吸収して無効化する魔道具である。
魔力抵抗体質のアクトの身体を研究して得られた知識を活用した成果のひとつ。
そのため、単に魅了魔法に限らず、それ以外の魔法の防御にも使えて万能だ。
その能力のお陰でサハラを覆っている水晶柱の魔法の悪影響も受けない。
その事が解ったスレイプはここでサハラを覆う水晶柱を思いっきり殴った。
ガン、ガン、ガン!
三発殴ってヒビが入り、四発目でその水晶柱が粉々に砕け散った。
バリーーーン!
「サハラーーーッ!」
水晶の中は空洞になっており、そこから意識の無いサハラを助け出す。
身体にはまだ温もりがあり、死んでいない事を確認したスレイプは少しだけ安堵の表情を浮かべた。
そして、娘の意識を取り戻すために大きく揺さぶる。
「サハラ、サハラ、サハラーーッ!」
「・・・う」
小さな反応がサハラよりあり、ここで良かったと思うスレイプであったが、その直後に熱い何かが右肩を通り過ぎた。
そして、喪失感・・・
スレイプの右腕が肩から綺麗に切断されたのだ。
「ぐわぁーーーっ!」
遅れてやって来た強烈な痛みと出血に、のた打ち回るスレイプ。
そうなると、抱えていたサハラを空中に放る事になるが、そのサハラは浮き続けていた。
これはサハラが空中浮遊の魔法を行使しているからである。
それはエルフ特有の精霊魔法ではなく、何か別な系統の魔法。
エルフ達はそんな事実を本能的に理解した。
そして、サハラの口から罵声が吐き出される。
「汚い腕で私を触るな。汚らわしい・・・この黒エルフめ!」
この声は元々にサハラが持つ幼声だけではなく、老練な男性のような低い声も重なっていた。
スレイプに魔法の刃を放ったのも、このサハラである事は明白。
「サハラ・・・あなた・・・」
自分の娘の狼藉に、顔面蒼白となるローラ。
当のサハラは空中に仰向けに浮く状態からゆっくりと身体を起こし、自分を目覚めさせたエルフ達の正面に向く。
そして、その目を開けたが、そこはエルフの特徴である碧眼の色はない。
瞳は銀色に光り、その瞳孔は縦に割れて短い。
まるで銀龍そのものであるように・・・