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第八話 夜の王と生贄

ここで語られるシャムザの過去の邂逅(初代『森の巫女』)の内容を外伝と話が合うのように少々修正しております。この時点で描いていたストーリと外伝での展開が異なっていたので整合を取った形です。ご了承ください。


2025年2月2日



 ここはスレイプ達の集団(パーティ)から南へ進んだ先の森エリアの外れ。

 その地表に降り立ったシャムザは背中の飛膜に負った傷より滴る青色の血を拭い、苦痛に顔をしかめる。

 

「く、私が傷を負うとは・・・あいつら何者だ!?」


 忌々しくそう思い、シャムザは魔法で自分に受けた傷の再生を試みる。

 闇の黒い魔法が発動して出血は止まったが、それでも完治はできず、飛膜に穴が開いた状態のままとなる。

 シャムザを初めとした吸血種は魔法技術に長けた種族であり、大抵の傷ならば自身の魔法で治癒・再生が可能。

 しかし、今回受けた攻撃はそんなシャムザの技を以てしても完治できない。

 これは普通の魔法攻撃で負った傷ではないとシャムザは判断する。

 

「厄介な魔法攻撃・・・私と同じ闇魔法の気配もする。闇魔法が使える者などエルフ族には存在しない筈なのに・・・」


 状況に理解が追い付かぬシャムザだが、それでも今宵は自分がこのまま飛び続けるのが困難であると理解した。

 どっちみち、夜はもうすぐ明けてしまう。

 そう結論付けたシャムザは地面へ向けて魔法を発動させた。

 

「母なる土の神よ。我に常夜を提供せしめし」


 そう呪文を唱えると、シャムザを中心とした地面に魔法陣が現れる。

 その中央部分が底無し沼のように黒く染まり、シャムザと抱えられたサハラがその黒い沼へ潜っていく。

 

ズブ、ズブ、ズブ


 まるで、底無し沼にでも落ちるように地面へ沈むシャムザ。

 これはシャムザにとって必要な措置である。

 ヴァンパイアである彼唯一の弱点は太陽の光。

 それから逃れるための手段である。

 シャムザが行動できるのは夜の時間だけであり、太陽の光がある昼間の移動は無理なのだ。

 地中への潜りが完了すると、魔法を完結して地表の出口を閉じる。

 こうすると地表とは完全に隔絶されるため、シャムザの存在を他の誰かが発見するのは困難。

 こうして、シャムザは一五〇〇年間変わらぬ昼間時の休息を取る。

 ヴァンパイアが太陽の光を嫌うのは有名な話ではあるが、シャムザを初めとした他の吸血種も似たような特質を持つ。

 これが彼ら最大の弱点であり、この辺境の土地に生きる者の中で強い力を持つ筈の供血種達が支配の代表者に成れなかった理由でもある。

 

「我は一五〇〇年生きてきた。エルフ共が来るよりも前に・・・この地は我々の物なのだ」


 そんな恨み節を吐くシャムザ。

 彼はエルフや他の亜人がこの『閉ざされた土地』にやって来る前より住んでいた。

 そして、この吸血種(ヴァンパイア)という生物は他の生物のように親の胎や卵から生まれてくるものではない。

 親ヴァンパイアが餌とする生物から吸血する際、相手を気に入れば、そう言う事もできる。

 それが彼らの増える方法。

 牙より相手の体内に自分の魔力を注入し、その毒に犯される事で次代のヴァンパイアが誕生するのだ。

 シャムザは自分の親のヴァンパイアより、自分は『元人間』であると聞かされていた。

 つまり、シャムザもヴァンパイアに噛まれた者である。

 そして、その親ヴァンパイアはもうこの世にはいない。

 ヴァンパイア討伐を専門とする狩人によって殺されてしまったのだ。

 人間種の中には稀に『闇の魔法』が使える者もいて、それが狩人(ハンター)となりヴァンパイアの前に立ちはだかる事もある。

 狩人(ハンター)とはヴァンパイアにとって数少ない強敵である。

 今宵も自分の飛膜に受けた闇の魔法から、そんな狩人(ハンター)の存在を思い出した。

 

「もしや・・・これは狩人(ハンター)の仕業なのか?」

 

 そんな可能性を考えてみたが、それでもシャムザは首を横に振る。

 

「そんな筈は無い・・・この地には銀龍様が施してくれたシロルカの防壁もある・・・それに、狩人(ハンター)の一族は私がすべて滅した」


 シャムザは自分の親が狩人(ハンター)に殺されてから、その報復として狩人(ハンター)を率先して殺し回ったのだ。

 そして、最後のひとりは自分の手元に置いている。

 自分の妻として・・・

 その女も元々は狩人(ハンター)であったが、彼女の人間の人生を呪いの牙で奪い、もう千年以上も可愛がっている(・・・・・・・)

 本来、ヴァンパイア同士には必要のない人間の生殖行為をこの女には続けていた。

 元人間であった彼女に対して辱める事が当初の目的であったが、その行為を永く続けると愛着心も沸いてくるから不思議だ。

 時には女性側から求めてくる場合もあったりと・・・そのような生活が千年以上も続いている。

 シャムザが望むのは彼にとってそんな安泰な人生の継続と、吸血種の天敵である狩人(ハンター)が新たに産まれる可能性のある人間種族からの隔離。

 今の状況が永遠に続く事を望み、この環境を提供してくれる銀龍に対して深い忠誠を懐いている。

 

「ああ、早く銀龍様の元へこの『生贄』を届けねば・・・」


 そんな老獪(ろうかい)の焦りの言葉が、深い地中で響くのであった・・・







 サハラを攫った日より三日後の深夜。

 シャムザはようやく目的地であるトゥエル山の山頂へ到着していた。

 辺境の亜人達の間で聖地とされるこのトゥエル山。

 銀龍の住処である事に加えて強力な魔物の生息地でもある。

 特に辺境で最強の魔物と言われている『溶岩蛇』と『剛力』はトゥエル山周辺の溶岩エリアに生息するが、これらとは遭遇せず本当に良かったと思うシャムザ。

 これ以外の難敵もいるが、それは闇魔法で地中を潜る事のできるシャムザならば、何とかなる。

 そして、シャムザがこのトゥエル山に来るのは今回が初めてではない。

 実は過去に一度、初代『森の巫女』となった白エルフの娘と共にシャムザはこのトゥエル山まで来た事がある。

 当時は白エルフ娘の願望を銀龍に伝えるため、配下と共にトゥエル山を目指したが、その集団(パーティ)の四分の三が『溶岩蛇』と『剛力』により命を落とした。

 そして、生き残った者も山頂まで辿り着けたのは自分と白エルフのみ。

 ここで後に白エルフ族の初代『森の巫女』となった彼女は銀龍へ自分の願いを聞き入れて貰うため、トゥエル山山頂より身を投げて散っていった。

 現在もそのことを覚えているのは悠久の時を生きているシャムザだけである。

 他者は全員が寿命で死んでいった。


「ふん、あのエルフの娘は己の愛に溺れた愚か者だったが、それだから利用のし甲斐もあった。エルフ女はどうして己の愛を優先して狂信へ走るのだろうか? うつけ者め・・・」


 少しだけ感傷に浸るシャムザだが、ここで気を引き締め直して、山頂の空いた穴より銀龍の住処を目指し降下して行く。

 

 

 

 

 

 

 できるだけ音を立てないようにして降りてきたシャムザだったが、ここで圧倒的な存在感を全身で感じた。

 それは偉大、畏怖、恐怖、高潔・・・すべての感覚が刺激されてなお絶大な存在感を放っている。

 その存在の主とは・・・銀龍。

 以前にシャムザがこの場で感じた銀龍と全く変わらない気配。

 現在は寝ているようだが、それでもこの銀龍はヴァンパイアがこの場に居る事を解っているに違いないとシャムザは疑わなかった。

 

「銀龍様・・・銀龍スターシュート様」


 シャムザは意を決して、銀龍の名前を呼ぶ。

 それに呼応して、銀龍はゆっくりと片目だけを開け、自分の(ねぐら)に侵入したヴァンパイアを睨んできた。

 

フォアアアアアッ!


 目覚めるためにただ大きく息を吸うだけの銀龍であったが、それだけでも大迫力。

 空気がビリビリビリと響き、その音だけでシャムザを戦慄させた。

 そんな矮小の存在に向けて、銀龍の言葉が発せられる。

 

「お前は・・・ヴァンパイア・・・吸血種の王か・・・何用だ?」


 銀龍は人の言葉を話すが、それはシャムザの頭に直接響いてくる言葉。

 魔法的な何かを使っていると思うが、それをシャムザが理解する事もできない。

 彼に理解できたのは銀龍から来訪の目的を問われている、その事実だけである。

 ここで答えを間違えれば、シャムザに待つのは確実な死。

 シャムザは言葉を慎重に選び、回答する。

 

「銀龍スターシュート様。私は銀龍様が御所望の『森の巫女』をお持ちしました」

「『森の巫女』だと? その小童(こわっぱ)がそうか?」


 銀龍の視線はシャムザが抱くサハラへ移る。

 疑わしい視線を感じたシャムザは早々に言い訳を始めた。

 

「そうです。この娘が先代『森の巫女』の娘。正統な巫女の後継者であります」


 シャムザはそう(うそぶ)く。

 当代『森の巫女』は、怖さのあまり逃げ出してしまったなど余計な話。

 正直に伝える必要もなかった。

 そして、当の銀龍スターシュートはそんなシャムザの考えなどすべてお見通し。

 この銀龍も魔物として・・・いや、生物として頂点に立つ存在である。

 下等動物の考えなど魔法的に楽勝で解るのだ。

 

「フフ、笑わしてくれるな。そんな小童(こわっぱ)に何ができるというのだ」

「この娘は正統な『森の巫女』の血を引いております」


 シャムザは焦り、そう答えてみたが、この銀龍にはあまり通じなかった。

 

「正統だと? この小童(こわっぱ)の血には半分『黒』が混ざっているではないか! それが純血と純潔を重んじるお白エルフ達の『巫女』とは笑わせてくれる」

「え、いや・・・しかし・・・」


 回答に窮すシャムザ。

 ここで銀龍から真の要求が聞かされる。

 

「その小童(こわっぱ)に実行できるのか? 私の命令を・・・私の指示を果たせるのか!?」

「し、指示と申しますとぉ?」


 シャムザはてっきり「生贄を差し出せ」と命令を請けて実行したが、その先があることなど想像もしていなかった。

 これはこのシャムザ、いや、レイガを初めとした辺境の亜人の支配者達の早とちりである。

 銀龍は、只、亜人達の代表である「森の巫女を出せ」と言っていただけなのだ。

 そして、銀龍が『森の巫女』に求める要求は全く違っていた。

 銀龍はこう告げる・・・

 

「私は『森の巫女』、いや、この閉じた世界の住人達にひとつの命令を出したかったのだ・・・・・・それは『人間を殺せ』と」

「人間を? 殺す・・・のですか?」

「そうだ。このゴルトに住む人間を皆殺にしろ。亜人達よ、お前達は人間共に総攻撃をかけるのだぁぁぁぁぁーーーーーっ!!!」


グゴーーーーッ!


 銀龍の怒りの吐息(ブレス)が炸裂する。

 その風圧と音圧は常識を超えており、不可視な波動と圧力がシャムザの身体を襲う。


ブワワワワワン


 不可避で絶大な魔力の波動を感じるシャムザ。

 その直後・・・

 

「グギャーーーーー!!!」


 シャムザはその身に生じたあまりの苦痛に悲鳴を挙げる。

 しかし、彼が保てた意識など一瞬。

 その直後に、膨大な波動により、身体の内部から細胞が崩壊し、その外部を覆う全てのモノが吹き飛んだ。


バーーン!


 血も肉もすべてが吹き飛び、ヴァンパイアの身体を構成する左半分があっという間に骨だけとなってしまう。

 外傷に耐性あるヴァンパイアの生命力を以ってしても、こうなって仕舞えば生き延びるのはできない。

 こうして齢一五〇〇年のヴァンパイアはその長い生涯を強制的に閉ざされる事となる。

 この場で生き残ったのはヴァンパイアの右半分に囚われていた白黒エルフ混血児のサハラのみ。

 少し前までヴァンパイアの虜となっていた彼女は、ここで支えを失うが、冷たい地面へと叩き付けられ事はなく、空中に浮いたままの状態を維持している。

 傷ひとつないその姿を保てるのは銀龍が彼女を殺さなかったからだ。

 

「ふん。己が保身のために、このような幼子を差し出すとは愚かな蝙蝠男よ」


 銀龍からは低い評価のヴァンパイアを罵る言葉が(ねぐら)に響く。

 そして、銀龍は魔法で強制的に眠らされているサハラを、この後どうするかについて考えてみた。


「ふむ・・・幼き娘か・・・。ここで解放してもそれほど長くは生きられまい・・・」

 

 ここはトゥエル山の最奥部。

 魔物も強力で、このような子供が生き永らえることは難しいと思った。

 かと言って、この子供をエルフの村まで態々送り届けるのは彼の威厳が赦さない。

 さて、どうする?


「この混血児の使いみちか・・・」


 銀龍はしばらく考えると、何かを思いついて閃く。

 そして、この幼いサハラに龍の魔力を集中する。

 そうすると、サハラの周囲からは凍つくような透明の六角柱が現れ、その中にサハラを捕える。

 サハラを閉じ込めた六角柱はゆっくりと水平移動して、銀龍の座す一番奥の部屋の壁へはめられた。

 まるで芸術品の絵画のように飾られたサハラの六角柱を見て、銀龍は少しだけ愉快な気持になる。

 

 


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