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第七話 追跡開始


「くっそう、逃がしたか・・・」

「ええ、そうね。厄介になったわ」


 そんなことを言うのは漆黒の騎士アクトと白魔女ハル。

 彼らはスレイプ達が危機となり、いつ姿を現そうかと迷っていたところで、ヴィンパイアの襲撃に出遅れてしまった。

 これ以上は拙いと思い、消魔布から飛び出して、そこから魔法を放ってみたが、やはり間に合わない。

 こうして、幼子のサハラは攫われてしまった。

 

「ア、アクトさん、ハルさん! サハラが、サハラがぁ~」


 取り乱すローラ。

 ハルはできるだけ落ち着かせるに努める。

 

「ローラさん落ち着いて。行き先は解っている・・・トゥエル山よ」

 

 銀龍の住処である南の方角を示す白魔女のハルであったが、存在感のあるハル達、ここで白エルフ達からの注目の視線が気になった。


「なぁ、なんだ、お前達は!? ど、どうして人間が!」

「に、人間!? 本当だ! 耳が短いぞ」

「何故、人間がこの『閉じられた土地』に? もしかして、シロルカの防壁が破られたのか!?」


 突然現れた人間の存在に、レイガを初めとした白エルフ達から驚きの声が次々と挙る。

 そんなエルフ達を見たハルは本当に面倒くさいと思い、この問題を強引に解決する事にした。

 

「うーん、もう! エイッ!!」


 ここで白魔女のハルは飛びっきりのウインクをする。

 すると、どうだろう・・・

 

「ふぅわぁぁぁぁー」


 そんな吐息が白エルフ達の口から漏れて、目付きがトロ~ンと虚ろになってしまう。

 そして・・・

 

「この人間の女性は白魔女サマ。白魔女サマは・・・私達の味方・・・」

「そ、そうだ・・・私達の称えるべき存在・・・ここに女神が現れた」


 白エルフ集団から敵意が一気に失せた。

 そんな大きな変化を目にしたローラは訳が解らない。


「一体、何が!?」


 ここで驚くのはローラとスレイプのふたりのみ。

 彼らは白魔女による魔法適用範囲より除外されていたため、白エルフ達に何が起こったのか理解できない。

 

「何がって、魅了の魔法を使わせて貰ったわ・・・悪意は無いわよ。ここで騒がれては面倒になるだけと思ったから」


 あっけらかんとそんな事を言うのは白魔女のハル。

 彼女の白仮面からは常時発動の微量な魅了魔法を放っており、他人からはできるだけ敵意を貰わないようにしているが、今回はそれを最大限に出力させた結果である。

 所謂、『洗脳』に近い処置であったが、ハルとしてもここで騒がれては面倒になるだけだと思ったからである。

 しかし、魔法の影響は個人差がある。

 

「うぉーー、人間だぁ!? お前達何処から来たぁ? 外か? 外の世界なのかー!」


 ひとり興奮を続けるのは黒エルフのソロ。

 このように、狙って掛けたのに、あまり魔法が効かない人も偶にはいるのだ。

 ソロは冒険好きであり、外の世界に行ってみたいと常に強く想う男。

 そんな興味と興奮がハルの魔法を台無しにした。

 いろいろと質問攻めしてくるソロを意図的に無視して、ハルは現状確認をローラ達に求める。

 

「それで、サハラちゃんが攫われてしまったけど、あの蝙蝠男を知っている?」


 ハッとなるスレイプとローラ。

 事態が急展開過ぎてついて行けない彼らであったが、自分の愛娘が攫われた事実を思い出した。

 

「そ、そうだ・・・ローラ、あの男を知っているのか?」

「ええ、知っているわ!」


 ここでローラは恨めしい顔へ変貌する。

 口角がぐっと上がり、美人の彼女に似合わない獰猛な野生の顔に・・・

 

「あの男は吸血種の代表、ヴァンパイア族のシャムザ。一五五〇歳の老獪(ろうかい)です・・・我々がこの『閉ざされた土地』に来た時代よりの前から生きる不死人」

「なるほど・・・それで・・・それに随分と銀龍に忠誠を誓っているようね」


 ハルはローラからの情報に納得する。

 一瞬の間、シャムザの心の中を魔法で覗き見たハルであったが、人間では理解できない価値観や人生観を持つ人物だった。

 それはこの吸血種が悠久の時を生きているからであると、ひとりで納得した。

 齢一五五〇年とすると、普通の人間とは異なり、恐ろしいほど長い時間の流れを生きている事になる。

 ここまで来ると不老不死と同義なのかも知れない。

 そんな人物でも、銀龍に対する尊敬と畏怖は相当なものだった。

 シャムザ以上に銀龍が長命種である事が理由なのかも知れない。

 

「それよりも・・・さぁ、行くわよ」

「え、行くって!? もしかして、ハルさん!」


 ここでローラはハルが「行く」意味を確かめる。

 それは「攫われたサハラを取り戻す」と言う意味ではあるが、ハルやアクトは言うなれば『赤の他人』。

 エルフ族に対する関わりや亜人達の社会、そして、自分達に何の所縁もない人物だ。

 そのハルがサハラを助けることに一体何のメリットがあると言うのだろうか。

 しかし、その答えはハルより聞かされた。

 

「もう、私とローラさん達はもう他人じゃないわ。ほら、もう互いの名前だって知るじゃない。それに苦難を抱えて生きているアナタ達を他人事だとは思えないのよねぇ。そんなアナタ達の愛娘であるサハラちゃんが私の目の前で攫われて生贄にされてしまうなんて・・・寝覚めが悪くなるわよ」


 ハルのそんな物言いに、アクトが苦笑してしまう。

 そこだけはハルが強く睨み返し抗議した。

 

(アナタだって助けるでしょ!)

 

 とは、ハルからの心の念話。

 

(・・・だね。否定はしない・・)


 アクトは被りを振り、自分の考えとハルの考えが同じ方向である事を認める。

 ここでアクトは苦笑いをした理由とは、今まであまり深く考えたことも無い事実に気付かされてしまったからだ。

 特に今回の一件は、自分の思考を初めて外から冷静に見えているとアクトは感じていた。

 これまでのアクトの行動は損得などあまり考えず、自分が納得いかない事に対してはハッキリと物事を言えると思っていた。

 それが自分の正義感であると言えば聞こえは良いが、ある意味で無鉄砲さがあった事も今は認めている。

 しかし、今回挑む相手はあのヴァンパイアだけではなく、銀龍と戦う可能性だって大きい。

 もし、銀龍に挑み、その結果ハルが負傷してしまったら・・・命を失ってしまったら・・・自分はどうなってしまうのだろうか。

 そんな不安を一瞬考えてしまうアクト。

 最愛の人を失う可能性もゼロではない。

 そんな怖さがアクトの心の中に初めて生じていた。

 それが最愛の人を得たことによる価値観であり、愛情と共にある失う事への怖さだと思う。

 そして、それはハルも同じ。

 ハルもアクトを失う怖さの意味を解っている。

 

(これが、愛、というものなのか・・・)


 そんな考えに浸るアクトに、ハルから肘で小突かれた。

 

「何、格好つけているのよ。そんなネガティブな事を考える暇があるのだったら、ひとつでも勝利する可能性を考えてみてよ!」

「ハハハ、そうだった。俺らしくなかったか・・・」


 アクトは自分の思考がマイナス方向へ傾いていた事を認識して、素直に思考を正す。

 圧倒的な戦力差ある相手に対して、考えて、考えて、考えるのがアクトの元々の姿である。

 ラフレスタにて自分が白魔女に勝つことだけを考えていた頃の気持ちを思い出した。

 

「ともかく、一緒にサハラちゃんを助けましょう。今すぐ出発できますか?」


 そんなアクトの言葉に、スレイプは一瞬だけ考えて・・・そして・・・


「・・・ありがとう」


 短く謝意が伝えられるのであった。

 

 

 

 

 

 

ギャーー!


 現在、そんな悲鳴は魔物から発せられている。

 森の木々の上に潜みスレイプ達に襲い掛かろうとしていたのは猿の魔物――ワルターエイプ。

 そのワルターエイプが逆にスレイプの細身の剣で斬りつけられた。

 夜目の利くスレイプは早い段階でワルターエイプの群れがそこに潜んでいるのを解っていた。

 ここでスレイプは地を蹴り、あっと言う間に幹を駆け上がる。

 それは精霊魔法によるものであり、風と木の精霊にお願い(・・・)をして、足場の確保と上昇気流を味方につけて、軽い身の熟しとなっている。

 そして、スレイプは群れのボスと思わしき個体へ迫り、敵が認識する前にその頭を細身の剣(レイピア)でひと突にした。

 ワルターエイプは悲鳴ひとつ挙げ、その直後に脳が破壊されて絶命。

 ここで、魔物の群れは浮足立つが、それを逃がさないのがローラの役目である。

 

ヒューン、ヒューン、ヒューン


 複数の風切り音が聞こえて、ひとつの弓より数多の矢が放たれる。

 非現実的な光景であるが、これも精霊魔法によるもの。

 風の精霊にローラからのお願い(・・・)が聞き入れられて、その結果それぞれの矢がそれぞれの(まと)へ向かい不規則な軌道を描き飛んで行く。

 

ドン! ドン! ドン!


 そして、命中。

 全ての矢がワルターエイプの胸へと命中し、心臓を貫き絶命させていた。

 鮮やかなその技を見て、ヒュー、と高評価しているのはソロである。

 

「こいつは凄え。ローラさんはスレイプ以上に精霊魔法の達人だな。ただのお飾りの『森の巫女』じゃない訳だ。こりゃあ夫婦喧嘩になると大変な事になりそうだ。ハハハッ」


 愉快に笑うソロに白魔女ハルから注意が掛けられる。

 

「ソロさん。随分と楽勝のようだけど、彼らを支援しなくて大丈夫なの? 仮にもアナタの息子夫婦なのよ」

「ハルさん。大丈夫、大丈夫。俺はスレイプを厳しく鍛えたし、この程度で負ける筈がない。ローラさんもこれは相当強いぞ。俺達エルフは女だからと言って甘やかせて育てられていない。ここは魔物蔓延る地だから・・・正面の魔物の討伐は彼らに任せて大丈夫だろう。俺の仕事は・・・」


 ソロはここで自分の剣を抜き、勢いよく上空へと放り投げる。

 

グッガーッ!


 そうすると、樹木の上からこちらの様子を伺っていたワルターエイプの喉に剣がうまく刺さり、その魔物が落ちてきた。

 

ドサッ!


 ソロは絶命したワルターエイプから突き刺さった自分の剣をゆっくりと引き抜き、それをブンと振り、ハルに対して格好をつける。

 

「俺の仕事は、スレイプ達が撃ち漏らした魔物の掃討・・・それぐらいだね」


 そんなソロの無駄の無い動きを見せられたハルはソロの実力の高さも評価した。

 

「なるほど。アナタ達はエルフの中でも凄腕って訳ね。確かに辺境ならばそれぐらいじゃないと生きていけないのかも知れない・・・それでは、今回、私達は楽をさせて貰いましょう」


 ハルはそう言いアクトの肩をトンと叩く。

 漆黒の騎士のアクトはこれでニコリと笑うだけで、特に何も言わなかった。

 アクトもスレイプとローラの実力は高いと思うが、魔物討伐には時間が掛かり過ぎているとも評していた。

 もし、仮面を被った状態のアクトとハルが本気になれば、この程度の魔物の掃討などあっという間に終わる。

 それに行軍速度も遅過ぎると思う。

 アクトとハルが本気になって走れば、ここからトゥエル山の袂までは一日でたどり着けるのだ。

 今のエルフ達の様子から推測すると、これでは三日ぐらい掛かってしまうだろう。

 そんな事で少し歯痒く思うアクトであったが、ソロからは「このメンバーだと速い。これならばシャムザと同じペースで進めるぞ」と言う。

 このメンバーはエルフ族最強だとソロは言うので、これでも他の白エルフよりは断然に行軍速度は速いのだろう。

 森の泉の現場で、ハルより魅了魔法を受けた白エルフのレイガ達からも同行の申し出はあったが、それについてはソロが断っている。

 白エルフ達の練度を把握した上での判断であり、これについてはアクトとハルもソロの判断が間違っていないと思う。

 それほどに白エルフ兵達の練度は高くなく、数が居るだけ逆に面倒になると思った。

 それに加えて、自分達を鹵獲しようとしていた白エルフ達と行動を共にするのも嫌なのだろう。

 そんな心情的な理由もあるが、実際に少数精鋭のスレイプ達だけで行動した方が早いのは正しい。

 このアクトとハルが規格外過ぎるのだ。

 そして、ここではハルからアクトに「郷に入れば郷に従え」と念話が伝えられた。

 ここはエルフの領域。

 簡単な仕事については彼らに任すのが筋であるとハルと同意見に至るアクト。

 自分達は彼らが敵わない敵の出現――例えば、銀龍とか――との戦いに備えるべきだとアクトは考えるようにした。

 そんな結論に至ったアクトに、ソロから声が掛けられる。

 

「戦いもそうだが、俺は君達の事が知りたいんだ。アクト君は外の世界から来たのだろう?」


 妖精のように目を輝かせて、外の世界の情報を求めてくるソロの姿に、アクトは苦笑で応えるしかなかった・・・

 


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