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第八話 魔女の館へ

第八話 魔女の館へ

 

 

「本当にココだよね?」


 レヴィッタはハルより渡された住所の書かれた紙を再び見返した。

 間違っていない・・・間違っていないが、帝都ザルツ東側のエイライン川に佇むこの広大な屋敷は帝都ザルツに住む魔術師にとってあまりにも有名過ぎる場所であった。

 

「どうして、リリアリア元学長の屋敷に・・・」


 理解の追い付かないレヴィッタ。


(確かハルちゃんって、お母さんの所に居候している、って言っていたわね・・・)


 ここを訪問してよいのか迷う彼女だが、それを見兼ねたように後ろから声を掛ける存在が現れる。


「久しぶりだな。レヴィッタ・ロイズ」


 後ろを振り返るレヴィッタだが、そこには驚きの人物が立っていた。


「ゲッ、氷の女王!」


 澄ました顔で立つこの女性はこの屋敷のメイドに扮しているセイシルという人物だ。

 そして、そのセイシルはレヴィッタの顔をよく覚えている。

 レヴィッタの方もこのセイシルの顔を忘れる事ができない。

 

「懐かしいふたつ名だな。お前も事は覚えているぞ。お前は学院きっての問題児だったからな」


 セイシルとレヴィッタが面識あるのは当たり前である。

 四年前の彼女達は教官と生徒という立場の関係にあったからである。

 セイシルはリリアリアに心酔する魔術師であり、リリアリアがアストロ魔法女学院で学長をやっている時期、同時期にアストロの教官として働いていた。

 セイシルは優秀な魔術師であり、特に氷の魔法に関しては無詠唱できるほどに卓越した腕前を持つ。

 また、正義感の強いセイシルは女生徒達の生活指導も担当しており、当時、素行があまり良くなかったレヴィッタを二回ほど折檻した事もあった。

 そのとき、調子に乗っていたレヴィッタを氷漬けにした記憶は互いに残っている。


「きゅ、急用を思い出しました」


 踵を返して立ち去ろうとするレヴィッタだが、その腕をガシっと掴むセイシル。


「まぁ、そう遠慮するな。今日はハルお嬢様に会いに来たのだろ? それならばお前は客だ。お茶ぐらい振舞ってやろう」

「い、嫌やぁ~~。殺されるーーーっ!」


 まるで悪漢にでも襲われたような叫び声を挙げてしまうレヴィッタだが、薄笑いを浮かべたメイド女性に腕を引かれる形で屋敷の中へ拉致される。

 近隣住民や疎らな人達はそんな光景を目撃していたが、特に警備隊に通報する者など誰一人としていない。

 最近はメッキリ減ったが、このような光景はこの屋敷でよくある事であり、目撃した人も「またか」と思うだけであったりする。

 調子に乗る若い魔法協会の職員が何らかのヘマをやらかして、ここで『再教育』を施されるのだろう・・・そんな事を勝手に想像してしまう周辺住民達だった。

 

 

 

 

 

 

「はぁ~。ホントに驚いた」


 深い溜息とともに、ようやく安堵の表情をするレヴィッタ。

 彼女は人生でもう二度と会う事無いだろうと思っていた鬼教官(レヴィッタ目線)との再会を果たし、そして、屋敷の中に入ってみると、アストロの元学長であるリリアリア大魔導士がいるではないか!

 この屋敷の主人である彼女が居るのは当たり前だが、レヴィッタとしては「話が違う!」と言いたい気分である。

 自分は可愛い後輩に会いに来たのだ。

 何故にこんな魔物の巣窟に来てしまったのだろうか。

 そんな激しい後悔をするレヴィッタであったが、やがてハルが現れて彼女を救出してくれた。


「お母さん達が居ると、レヴィッタ先輩の気が休まらないじゃない!」


 そんな事を申すハルの言葉に、リリアリアとセイシルは少々物足らなさを感じつつもレヴィッタを解放した。

 そして、別室へと移動して、ハルとレヴィッタの二人だけとなって今に至る。


「ホントに驚いた」

 

 レヴィッタは二度続けてそう言うほど驚いていたが、ある部分は納得の表情となる。


「なるほどね。ハルちゃんがまさかの元学長の娘だったとは・・・それであんな大金をポーンと払える訳だ」

「いやいや、あのお金は自分で稼いだ分で、お母さんとは関係ないと言うか・・・どっちみち、一時的に払っただけで絶対請求してやるし」


 自分がお金持ちだというのを慌てて否定するハル。

 そして、レヴィッタはリリアリアとも面識がある。

 彼女が学長に就任していた最後の一年の時にレヴィッタが入学してきたのだ。

 一年だけであったが、レヴィッタにとってリリアリアという存在は帝国魔術師界の頂点である事に加えて、偉大なる大魔導士であり、それに、アストロ魔法女学院の学長という存在でもあり、絶対に逆らえない存在であった。

 再び大きく溜息を吐くと、レヴィッタは現実逃避するかのように話題をミールの事に向ける。


「ハルちゃんは簡単に請求するって言うけど、難しいんじゃないかな? だって、相手はあの性悪で有名なゼーリック・バーメイド教授よ。アストロ卒のハルちゃんだったら、余計に簡単には払って貰えないよ」

「そうなのですか?」

「ハルちゃんは知らないの? あのゼーリック・バーメイドって人。アストロ嫌いで有名な人なのよ」

「何でまた??」

「聞いた噂では、あの教授、昔にグリーナ学長を口説こうとしていたらしんだけど、逆に盛大にフラれたらしいのよ。それからアストロ嫌いが始まったらしいわ」

「またそんな私情で・・・」


 こう言っては何だが、たったひとりの女性を嫌われる事が切掛けで、その学院全てを否定するなんて、なんて器量の小さい男だと思ってしまうハル。


「そうなのよ。それにあの変人オジサンの研究テーマが『時計』でしょ。去年にラフレスタで製品として発売された『懐中時計』の方が完全に先を越しちゃっているのよね~ あれってアストロ研究組合の成果らしいから、余計根に持っているんじゃないかな?」


 レヴィッタのこの情報に目が泳いでしまうハル。

 それは『懐中時計』が自分の開発した技術であったから、それには多少の責任も感じていたりする。


「『アストロが自分の技術を盗んだ』ってあのオジサン教授は主張しているらしいけど、誰も信じてはいないわ。だって全然モノが違うし、性能だって桁違いでしょ?」

「そ、そうなの? かなぁ~」


 少しだけ曖昧に答えるハル。

 懐中時計には自分が主導した技術でもあったりしたが、自分こそオリジナルと主張しているゼーリック・バーメイド教授がどのような時計を作っていたのかをハル自身が全く把握していなかったため、いきなり否定するのも如何なものかと思ってしまったためだ。


「そうよ。私でも解るぐらいだもの、あの変人の主張が言いがかりも甚だしいのは誰もが解っている事よ」

「そうなんだぁ・・・」

「魔術師協会もアストロのOBが多いじゃない? だからあの変人、嫌がらせの一環で魔法素材の支払いを渋っているのよ」

「なんか、下らないですよね」

「そう、そう。ハルちゃん帝都大学内で虐められてない?」

「全然、大丈夫ですよ。だって、私はあそこでアストロ卒だとは言ってないし」

「あらそうなの? 何で?」


 あまりにも訳が解らないレヴィッタ。

 アストロ魔法女学院という帝国一の高等学校を卒業した実績は魔法技術界で大きな武器となる筈なのに、それを使わない理由が考えられない。


「えへへ、ちょっと、ややこしい話なので詳細は話せないけど、今はアルバイト感覚で帝都大学に行っていると思っていただければ・・・・私やアークは現在、フィスチャー・ルファイドル教授のところにお世話になっている研究補助員だし」

「ルファイドル教授って魔法応用研究学の学科長じゃないの? ハルちゃん、一体・・・」


 ルファイドル教授は優秀な研究者として有名な存在であり、魔術師協会からも信頼の厚い人物、レヴィッタもその名前を知っている。


「それは秘密という事で」


 秘密を貫くハルに、おしゃべり好きのレヴィッタも、これ以上は聞いていけないものだと勘付く。

 そして、話題を別のものに切り替えた。


「それはそれとして、アークって格好いい彼氏ちゃん、今日は居ないのねぇ」

「そうなのよ。アークからは『久しぶりに女同士で話をしたいだろう?』と言われて、気を遣って出て行ったわ。だから今は居ないの」

「あらら残念。私の可愛い後輩を手籠めにした彼氏を私も弄りたかったのにぃ~」


 興味津々のレヴィッタ。

 レヴィッタからしても、気難しい娘だったハルを陥落させた男性に興味を持っていた。


「して、彼との関係は何処まで??」

「えへへ。完全無欠な男女として、現在、パートナー関係で~す」

「キャーーーーッ!」


 男女関係として一線を越えているの理解したレヴィッタは興奮してハルの手を取りピョンピョンと跳ねてみる。


「キスはどこで? キャーーッ!!」


 いろいろ想像して喜ぶレヴィッタ。


「えー・・・それはー・・・そのー・・・えーー」


 はぐらかせて、しっかりと答えないハル。

 それもそのはず、アクトとの関係はあまりに軽々しく言えないし、彼の事だってレヴィッタの前では『アーク』で通している。

 別にレヴィッタならば良いのでは思う気もあったが、今やラフレスタの英雄となっているアクトの事を喋れば、いろいろとややこしい話をしなくてはならないし、秘密にしなければならない白魔女の事や自分の生い立ちの話に関係するかも知れない。

 そもそも、現在、帝都大学で行っているのは帝皇デュランから依頼あった仮面の製作である。

 ここは本当に秘密にしないと、帝皇に「静かに暮らしたいので自分には無干渉で」と願い出ている事自体が無駄となってしまう。

 なかなか口を割らないハルに業を煮やしたのか、レヴィッタは尖がり口で「もう、ハルちゃんたら、秘密主義なんだからぁ~」と言って赦してくれた。


「そんな顔しないでくださいよ。それよりもレヴィッタ先輩こそどうなのですか? 学校卒業の時に付き合っていた人とその後は?」


 その話題になると急に落胆するレヴィッタ。


「駄目、駄目。あの彼とは卒業と同時に別れたわよ」

「ええ! そうなのですか?」

「そうなのよ。その後、別の彼氏ともお付き合いしたけど・・・はぁ~。なかなかねぇ~」


 重い吐息を吐く美人受付嬢は更に重い落胆の表情になる。


「私って自分で言うのもなんなのだけど、私って容姿はなかなか整っているじゃない? だからお付き合いするまでは上手く行くのだけども・・・その先、何て言うか、飽きられちゃうと言うかぁ、引かれると言うか・・・」


 最近の彼女の悩みはこれであった。

 男性と付き合っても、長続きしない事に気付いたのだ。


「ハルちゃん、頼む! 素敵な男子紹介してっ!!」


 ガシっとハルの腕をつかむレヴィッタ。


「先輩? そんなに困っているんですか?」


 ハルはちょっと想像がつかなかった。

 レヴィッタの容姿は整っていて、学生時代からそれなりに異性からモテる女性であり、ここまでに男との出会いに困っている姿を想像できなかったりする。


「そうなのよ。だって男の人って付き合い始めると、私の顔なんて、すぐに飽きられちゃうわよ。そりゃあハルちゃんみたいに大きな胸を持っていたら違うかもしれないけど・・・」


 そういって自分のスレンダーな胸部を指差すレヴィッタ。


「確かに・・・アクトも相当に胸は好きだしなぁ~」


 そんなハルの呟きをレヴィッタは聞き逃さない。


「えっ? ハルちゃんって、あのラフレスタの英雄として有名な『アクト・ブレッタ様』を知っているの?」


 レヴィッタの指摘に不味いと口に手を当ててしまうハル。


「い、いや、間違えた。アークよ、アーク。名前が似ているから・・・呼び名を間違えちゃったなぁ~って・・・」

「ハルちゃん、まさか!」


 ギロリとレヴィッタの眼が動く。


「・・・」


 仕舞ったと思うハル。

 そして、レヴィッタから出てきた言葉は・・・


「ハルちゃん、まさか・・・アーク君と、最近巷で流行っている『ラフレスタ・スタイル』プレイしているのっ?」

「えっ?」


 アクトの事がバレたと思っていたハルだが、ここでレヴィッタの口から出たのは、斜め上の謎の表現であった。


「殿方が女性を抱くときに、自分がアクト・ブレッタ役。女性が白魔女役に成りきって愛し合うのが最近ザルツで流行っているのよねーー」

「え・・・ええ?・・・そ、そう?」


 誤魔化せるなら何でもいいと思い、思わず肯定してしまうハル。


「くぅーーーっ、萌えるなぁーー!!! うらやまじいーーーっ」


 派手に悔しがるレヴィッタ・・・

 正直、もう、どう接していいのか解らなくなるハル。


「先輩、落ち着いてください!」

「ハルちゃん、落ち着いていられないわよ。私ってもう二十三よ。適齢期やよ。行き遅れるのイヤヤァ。ホンマ、男欲しいわ。男欲しいーー」


 駄々をこねて、ジタバタとするレヴィッタ。

 その上、彼女は興奮すると故郷であるユレイニ地方の方言が出てしまうのだ。

 帝国南部ユレイニ地方の方言はハルが元の世界で住んでいた東アジア地方国家の西方の国と似たよう鈍りがあり、聞いていて朗らかとしてしまう。

 レヴィッタ本人はこの方言に多大なコンプレックスを感じているようだが・・・

 ここで、そんな乙女の駄々声に呼応するように、この屋敷に居座るふたりの魔女が反応してしまった。


「ヒャッヒャッヒャッヒャッ、聞こえたんじゃわ。乙女の切なる心の叫びがのう」

「ひっ!」


 音も無く現れたリリアリアとセイシルの姿に再び緊張するレヴィッタ。


「どれ、そなたの悩みを聞いてやろうぞ。儂はこれでも愛の伝道師と自称しておる。結婚なんかも人よりも倍はやっておるから、経験も豊富じゃぞぉ」


(そして、二回離婚しているやん!)


 と、レヴィッタは心の中でそう叫んでみるが、口には決して出さない。


「そうです。レヴィッタ・ロイズよ。結婚など所詮は願望と妄想の世界。真の魔女には必要ありません」


 冷静沈着にそんなことを言い張るセイシルは微妙にリリアリアと話がかみ合っていない。


(確かに、うちが男やったら、あんたらとは絶対に結婚せぇへんわい!)


 これもレヴィッタの心の声である。


「まぁ、そう邪けんにするのではない。久々に弄りがいある若い娘じゃ。今日は無礼講としよう。それ、このように『魔女三年殺し』という銘酒も偶々手に入った。ここで飲むのが運命じゃ~」


 リリアリアの後ろに立つセイシルのお盆の上には魔術師によく利くと噂の銘酒とグラスが四つ置かれていた。

 これから魔術師の世代を超えての飲み会が始まる事が確定した瞬間であった。


「嫌やぁーーー」


 魔術師協会の美しい受付嬢は再び絶叫を発してみるが、それはこの魔女の館で宴の始まりを意味しているに過ぎない。

 ちなみに、その後の飲み会で酔いの回ったレヴィッタは意外にもリリアリアと打ち解けたりする。

 元来、レヴィッタが喋り好きな女性であったことが幸いしていた。

 

「お前の男性の好みはどんなタイプじゃ?」

「あまり多くは望みまへんけど・・・ウチよりも背が高こうて、優しゅうて、お金持ちで、金遣いは荒くなくて、頭良くて、正義感強くて、謙虚で、真面目で、ユレイニの方言を莫迦にせーへん人で、アレ(・・)は淡泊(時には激しく!)で、歳は私と同じ二十三歳ぐらいが良い。そして、魔術師じゃないのがエエんです」

「そんな奴、そうそうおらんわ!」


 あまりの要求の高さに呆れるリリアリア。

 それでも食い下がるレヴィッタ。


「そんなぁ~。リリアリア様ぁ~、なんとか紹介したってぇくださいよぉ~っ」

「大体、なんで魔術師が嫌なのじゃ!?」

「だって、魔術師は変な人多いもん。魔術師協会の重鎮や帝都大学の教授達を見たら、そう思うのは普通やないですか?」

「偏見じゃのう。それでも帝都の魔術師協会に変わり者が多いのは否定せんよ。重鎮と言えばクリバリーの爺なんかは特にそうじゃのう」

「あの人って、いつも私のお尻を触るんです!!」

「何ぃっ! 今でも触るのかっ! 若い頃、私も散々触られた事があるぞ」

「ええ? セイシル様もやられた事があるんですか? 意外やぁなぁ」

「何が意外だ。今すぐ原稿用紙に三枚にまとめてみろ!」


 憤慨するセイシルに、男勝りのこの女性を触るあの老害がどれだけ勇者なのかと思ってしまうレヴィッタ。


「しかし、あの爺、最近はメッキリと私の尻を触らなくなった。齢をとって覇気が無くなったのかと思っていたが、若いピチピチの娘の尻ならば触るとは・・・それはそれで何故か腹立しい!」


 酒を飲んでも外観上は殆ど変わらないように見えるセイシルだが、それでもしっかりと酔いは回っているらしく、何かいつもとは違う様子で楽しかったりする。

 そんな気を良くした魔女達の宴は昼から夜まで続くのであった。

 

 ちなみに、飲み過ぎたレヴィッタが、次の日、魔術師協会の仕事を休むことになったのは言うまでも無い。

 

 


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