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第五章 黒の異端者

 

「この野郎ーッ!」


パンッ!


「ぐあッ!」

 

 俺は捕まえられて、殴られていた。

 白エルフ数人に囲まれて暴力を受けている最中。

 自分が異質な者、他のエルフとは違っていると認識し始めたのは、思えばこの頃からだ。

 年齢は十歳になり、行動範囲が増えた時点から、俺は都度ある事に同世代の白エルフの子供達から嫌われている事実を解らされる。

 

「スレイプ、お前、生意気なんだよ!」


 今も俺を叩いているのは、白エルフの同世代でボス的な存在のヤツ。

 名前も知っている。

 白エルフの『コニカ』で、俺と同じ十歳の悪ガキ。

 白エルフは群れたがるとは父の口癖。

 余り好きじゃない父だけど、その事だけは俺も正しいと思う。

 コニカが現れる時はいつも複数人だからだ。

 

「痛いー、止めてくれっ!」


 この頃の俺はものすごく弱い。

 弓ならば誰にも負けないと思っていたけど、人相手には使えないし、人を殴ったり蹴ったりするのも好きじゃない。

 だから、俺は暴力を止めてくれと懇願する。


「煩い。この、この!」


 しかし、相手は容赦してくれなかった。

 今も知らない誰かに後ろから捕まえられて、俺はコニカのパンチを受け続ける。


パシン、パシン!


 所詮は子供の喧嘩・・・一撃にそれほど力が籠っている訳はないが、それでも痛いモノは痛いんだ。

 そんな一方的に殴られる状況がしばらく続き、そして、ようやく仲裁の声が入った。

 

「こら! コニカ。止めるんだ!」

「ヤベッ、狩人のブロウさんだ。逃げるぞ!」


 俺を殴っていたコニカはここで自分の手下を連れて逃げていった。

 やった、助かった。

 

「オイ。大丈夫か? また、コニカか。アイツらはいいところのお坊ちゃんだからな」


 ここで俺を助けてくれたのは白エルフ狩人のブロウさん。

 良く知っている。

 何故なら、俺はもう何度もこの人から助けられているからだ。

 

「あ、ありがとう・・・」


 俺は自分を助けてくれた人にお礼を言う。

 しかし、ブロウさんは面倒くさい顔をして、次のように応えてくるのはいつもの事。

 

「スレイプ。何度も言っているだろう。ここには来るなと」

「で、でも・・・野鳥を狩るのにいい場所だから・・・」

「確かに森は皆のモノだ。誰がどう狩ろうと文句は言わない」


 ブロウさんは一流の狩人。

 狩場の縄張り意識はなく、獲物を狩れる実力がある者ならば、遠慮なく狩りをしてよいと考えている人だ。

 しかし、それは白エルフの仲間内の話。

 

「スレイプ。お前は子供にしては狩りが上手いのも解るが、ここにはあまり近付くなと前から言っているだろう。白エルフには()を忌み嫌う奴らが多いのだから」


 そう。

 ここは白エルフの住処より近い狩場。

 奴らは俺達『黒エルフ』を嫌っている。

 肌が浅黒い・・・違いなどただそれだけなのに・・・

 

「とにかく、お前はもう帰れ。あまり話をしていると、俺まで異端者扱いされちまう」


 そう言い、ブロウさんに往なされた。

 ブロウさんだって、本当は黒エルフ(おれたち)の事を嫌いじゃないと思う。

 しかし、白エルフは群れたがるんだ。

 その群れの中で、『黒エルフと親しい』と思われただけで、生き辛くなってしまうと聞く。

 俺は黙って頷き、最後まで守った自分の獲物――矢で射止めた野鳥――を抱えて泉へ帰る事にした。

 

 

 

 

 

 

「まぁ! また殴られたの!?」


 家へ帰った俺を見て、母からは開口一番にそんな言葉が出た。

 

「うん。でもほら」


 これは仕留めた野鳥を差し出す。

 しかし、母にとって、そんな獲物の事など重要では無い。

 

「何しているのよ。あそこは白エルフの集落から近いのよ。何をされるか解ったものじゃないわ!」


 白エルフが黒エルフに暴力を振るう。

 それは今に始まった事ではなく、悠久の昔より続く悪しき習慣。

 母だって今まで嫌な思いをいっぱい受けてきたらしく、自分の息子に危害が加えられるのは耐えられないと思っている。

 

「アナタ、何とか言って頂戴!」


 あの狩場に近付かないようお説教をして欲しいと願う母だが、ここでの父はいつもどおりの素っ気ない態度を示す。

 

「いいじゃないか。スレイプは黒エルフの男の子なんだから、冒険好きなんだろう」

「私が言って欲しいのはそう言う事ではなくて!」


 怒る母だが、父はそれを自然に無視し、俺に聞いてきた。

 

「スレイプ。お前は悔しいか?」

「・・・うん」


 俺は自分を殴ったコニカの顔を思い出して、そう答えた。

 その答えに父は満足したようだ。

 

「よし。よく言った。流石は俺の息子だ。明日から稽古をつけてやろう」

「アナタ、何を言っているの!」

「イーリン、良いじゃないか。スレイプも黒エルフの男だ。やがて誰かを好きになる。女性を守る力はあった方がいいだろう。俺がイーリンを守ったようにな」

「も、もう! 子供の前で何を言い出すのよ・・・」


 母は困ったように赤い顔になる。

 この頃の俺にはその意味は解らなかったが、次の日から厳しい稽古が始まったのは確かだ。

 その後、この時に俺が「うん」と言ってしまった自分を激しく後悔する事になる。

 それほど厳しい訓練が毎日続いた。

 

 

 

 

 

 

 それから十年が経ち、俺は二十歳になった。

 父親より受けた激しい訓練のお陰で、子供の頃より身体は逞しくなったと思う。

 高度な戦いの技術が付き、剣や精霊魔法の腕も誰にも負けないと思うし、実際、魔物を退けるのも全く問題とならない。

 しかし、俺は父のように冒険好きではない。

 俺が得られたこの桁違いの強さは、泉の守人が仕事である俺には殆ど役に立たない事だろう。

 そして、今日の俺は家の前で朝から待たされる事が続いている。

 ここは『森の泉』と呼ばれる聖地で、俺の家族が代々守る場所だ。

 俺の家の近くには美しい円形の泉があり、そこには妖精族が住んでいる。

 その妖精を保護するのが俺達代々の役目だ。

 銀龍様より言いつけられた役割らしく、この土地では強い種族が弱い種族を守る事が決まりなのだ。

 『閉ざされた場所』と言われるこの土地は、俺達エルフを初めとした人間以外の種族が住む場所。

 昔々の遥か昔、人間から迫害を受けていた俺達の祖先は銀龍様の庇護を求めてこの土地にやって来たとされている。

 もう、昔の事なので、当時を知る者はエルフ族の中にはいないが、それでも、この『閉ざされた場所』がぐるりとシロルカの花の川で覆われている事は確か。

 シロルカとは幻想を魅せて相手を殺す凶悪な魔物の花だが、俺達にとっては守り神だと言われている。

 銀龍様が外界とこの土地を隔てるために施してくれた防壁らしい。

 そして、人間とは恐ろしい生き物と聞いている。

 俺達エルフを見ると見境なく襲い掛かってくる野蛮な動物。

 やられている側の気持ちは少しだけなら理解できる。

 俺達、黒エルフは白エルフより迫害を受けているからだ。

 アイツらの数は多い。

 この森に点在する集落に住む白エルフの数を合計すると約一万人。

 俺達黒エルフが全部で八百人と言われているので、白エルフは十倍以上いるのだ。

 そして、人間はこの土地より外の世界に居て、その数は白エルフの百倍とも千倍とも言われている。

 彼らに共通しているのは、数が多いと調子に乗る事だろう。

 この土地で最大人口を誇る白エルフ族は、本当に支配者の様に振る舞っている。

 その白エルフの代表が今日ここに来ると連絡を受けていた。

 その代表とは『森の巫女』と言う存在。

 白エルフの代表と言うよりも、この土地の代表と言う方が正しいのかも知れない。

 その『森の巫女』が十年に一回、この土地に住む全種族の代表者と会談する事が習わしになっていた。

 エルフ族、ホビット族、ドワーフ族、人狼族、吸血種(ヴァンパイア)族、そして、妖精族。

 この土地で銀龍様の庇護に入っている知恵ある種族とは、この六種族である。

 因みに、俺達『黒』は『白』と同じエルフ族としてひと括りされている。

 嘆かわしい事だが、俺達の存在なんてそんな矮小なもの・・・そんな諦めが俺にはあった。

 そうして、朝から森の巫女の到着を待つと、ようやくその一行がこの森の泉にやって来たようだ。

 

「我らは白エルフ『森の巫女』の一行だ。お前がこの泉の守り人のイーリンか?」


 現れた一行の中で、特に偉そうにしていた老エルフからそんな言葉が出る。

 そして、俺の母がこれに応じた。

 

「ゴホッ、ゴホッ・・・ええ、私がイーリンでございます」


 咳をしながら恭しく応対する母。

 そんな様子を見て、老人は少しだけ警戒の色を示した。

 

「も、もしや、流行病か?」

「い、いえ・・・ただ、最近身体の調子が芳しくなくて・・・妖精との会談ならば私の息子でも対応できますから・・・ゴホッ」


 母はそう言い、この場は挨拶だけで済ませようとする。

 これは予め決めていた事。

 母は数日前より身体を患わっていて、今度、黒エルフの医者に診て貰う予定だったが、その前に『森の巫女』が来たのだから仕方ない。

 

「そうか・・・無理をするものではないぞ。妖精族との会談はご子息が対応してくれるのだな?」

「ええ、大丈夫です。俺に任せてください」


 俺はそう言い、無理して出ていた母を家へ戻す。

 

「そうか。親孝行な青年だな。お前の名前は?」

「・・・スレイプです」

「スレイプか。よろしく頼もう。『森の巫女』は私の娘でローラだ。そして、私が白エルフ族長レイガである」


 杓子定規的にそんなこと言ってくるこの老人だが、ここで俺に握手など求めない。

 俺もこのレイガなる老人の名前は知っている。

 それは白エルフの族長の名前だから・・・

 そして、『森の巫女』である女性も、何人かの召使が持つベールに包まれて、その奥にいる以外に解らない。

 俺のような『黒』には姿を見せないつもりだ。

 彼女は一言も言葉を発しないが、そこにひとりの女エルフがいるのは感覚で解る。

 『森の巫女』とは代々、白エルフ族長の娘がその役割を担うのも有名な話。

 就任しているその期間は操を立てて純潔を守ると聞く。

 黒エルフの俺なんかと喋れば、それだけで身体が穢れるとでも思っているのだろう。

 彼女は白エルフだから、そんな対応をしてくるのは当たり前だと思い直し、俺は諦めて彼らをさっさと聖地の泉へ案内する事にした。

 

「聖なる泉へご案内しましょう・・・ただし、妖精は気まぐれです。もしかすれば会えないかも知れません」


 俺はそう言い、できれは会ってくれるなと心の中で願いながら、一行を妖精の住む泉の畔へ案内した。

 

 

 

 

 

 

 結局、妖精は姿を見せず仕舞いだった。

 森の巫女と妖精族の会談は叶わなかったが、それでもこの一行はこうなる事も予想していたようで、特に拘らなかった。

 ただし、暗くなってしまったため、森の巫女の一行はここで野営するようだ。

 俺は一応気を使い代表者だけでも自分の家に寝泊まりするよう言ってみたが・・・

 

「・・・結構だ」


 と、短くレイガ族長により、断りの返事を受ける。

 黒エルフの住処などに・・・と一行の侍女らしき人物の悪態が小声で聞こえてきたが、この頃の俺は気付かないフリができるほどに大人になっていた。

 

 

 

 

 

 

 夜、ふと目が覚める・・・

 俺にしては珍しい事だが、何かを感じて家の外へ出た。


 今宵は青の月が半分だけ出ていて夜明りは暗いが、俺達エルフ族は夜目が利く。

 そして、視覚よりもかすかな声が聞こえてくるのが気になった。

 これは・・・歌声だろうか?

 俺は誘われようにその声の主を辿り、そして、聖なる泉の畔まで来てしまった。

 

 そこで目にしたものは・・・泉の畔の岩に腰かけて、泉に向かい優しい声で歌を奏でる華奢な女性。

 

 流れるような長い金色の髪が泉に注ぐ蜂蜜のようで美しい。

 そして、細く白い肌を魅せた両肩。

 年頃のエルフ女性がよく着る夜着のようだが、その姿がとても美しい。

 そして、細長く白い耳が白エルフの女性であることを主張している。

 その女性の歌声が止まり、そして、ゆっくりと俺の方へ振り返る。

 

「あっ・・・すまない。驚かせたか」


 俺は咄嗟に謝ってしまったが、その直後、どうして俺が謝る必要があるのかと意味が解らなかった。

 しかし、泉に座る美女はそんな戸惑った俺など気にすることなく、俺の顔を観て優しく微笑み返してきた。

 

「いいえ、こちらこそ。スレイプさん・・・今宵は月があまりにも綺麗だったので」


 彼女が指差す先は聖なる泉の水面に映る青の月のこと。

 静かで風の無い湖面に映った綺麗な月の像がそこにあった。

 

「君は・・・もしかして、ローラ様?」


 初めて見る美女だったが、それでも俺はこの女性が昼間に深いベールの奥に包まれた女性と同一人物なのを直感で解ってしまった。

 上品であり、それでいて、優しそうな雰囲気を出している女性は昼間に感じさせていた『森の巫女』と同じ感覚。

 俺の問いにこの女性はゆっくりと肯定を態度で示す。

 そのとき、金色の長髪の幾つかが揺れて、長耳より零れて顔の前に零れる。

 それを美しい所作を見た俺の心がズキッとした。

 綺麗で・・・美しい・・・そう感じてしまった後に、自分を恥じた。

 相手は白エルフの女。

 俺達黒エルフを迫害している種族・・・その族長の娘なのに・・・

 どうしてか、と思ってしまうほどに俺の心はときめいてしまった。

 しかし、それを顔に出してはいけない。

 そう思い直して、俺は敢えて厳しい言葉を掛ける。

 

「こんな夜更けに女性ひとりで出歩くなんて感心できませんね。ここは我々が管理している森だとしても、危険な魔物が居ない訳じゃない」

「あら? そうでしたね・・・でも、泉の守人は強いと噂で聞いていましたから・・・」

「どこからそんな噂を?」

「実は先の巡礼地でホビット族の族長とお話させて頂いた時に黒エルフの噂を聞き」

「黒エルフの噂?」

「ええ。ホビット族の族長が言うには、黒エルフ『ソロ』なる人物に命を助けられたと」


 その話を聞いた俺は頭を抱えてしまう。

 その『ソロ』とは俺の父親の名前だったからだ。

 元々、放浪癖のある父親は森の泉の守人の役割を母と俺に押し付けて、自分は旅に出てしまう男だった。

 今回は半年も帰ってこない。

 母が病気だと言うのに・・・

 そんな怒りが込み上げてきたが、この女性に自分の感情を見せてはいけないと思い、俺は無表情を装った。


「そうですか・・・父はそんなところにまで」

「やはり、本当だったのですね。ホビット族の族長はスレイプさんのお父様にとても感謝していましたよ」

「・・・」

「これはエルフ族として名誉なことです。他の種族と友好関係が得られるのは外交上好ましいですからね」


 コロコロと笑い、俺の父を賛美してくれるこの女性に対して、俺は少しだけ恥ずかしくなる。


「いや、父はそんな深く考えて行動した訳ではないと思います。あの人は感覚で動く人ですから」

「あら、そうなのですか?」

「ええ。放浪癖のある父。ふと思い付いてはひとり旅に出かけてしまう無責任な男です。黒エルフが元々放浪する種族であるとは父の座右の銘。腕も強いから、それで何とかなってしまう。そんな困り者の父なのです。ホビット族の族長もきっと成り行きで助けただけだと思います」

「それでも、ですよ。族長の命は助かり、エルフ族に対し友好的な印象を持ってくれた事実は、エルフ族として称えられるべき行動です。私はそう思いましたから」

「・・・そうですか」


 俺はやはり恥ずかしくなった。

 困ったところのある父だったが、それでもそんな父を褒めて貰って嬉しいと思ったのかも知れない。

 自分勝手な父であるが、それでもそんな父を最後まで憎めない俺もいた。

 母もこの件に関しては父に対して文句を一切言わない。

 それが不思議でならなかったが・・・

 

「スレイプさんもソロさんのように強いのかしら?」

「えっ!?」


 ここで俺は思わず声を挙げてしまう。

 その理由は彼女――ローラの指が俺の上腕の筋肉をツンツンとしていたからだ。

 いつの間に彼女は俺の間合いに接近したのだろうか・・・

 俺は彼女に接近を許してしまった事にとても驚いている。

 そして、女性に身体を触られるのは母以外では初めての体験。

 ここで俺の心はドキドキとしてしまうが、ここで不意に視線を感じて、そちらの方に意識を向けた。

 

「こら! サファイアとメサイア。覗くな!」

「「わっ。スレイプにバレちゃったぁ」」


 悪びれなく泉の水面から姿を現したのは二匹の妖精。

 気まぐれに姿を現すのは、この泉に住む妖精の陽気組だ。

 昼間は姿を見せなかった彼女達だが、やはり意図的に隠れていたのだろう。

 妖精はこう見えて警戒心の強い種族。

 その中でも、このサファイアとメサイアは好奇心旺盛な性格をしているので、警戒心よりも好奇心が勝ると、こうやって姿を見せてくるのだ。

 

「あら? 妖精族ね。こんばんは。私は森の巫女のローラです」

「知っているよー。今日、昼にいたー」

「いた、いたー。怖そうな人達と一緒だったから、私達は行かなかったのぉー」


 そんな呑気な口調で応え、俺達の周りを自由に飛び回る二匹の妖精。

 その妖精は俺とローラとの会話を盗み聞きしていたようで、ここで俺のアピールをしてくる。

 

「スレイプは強いよー」

「本当に強いよぉー この前も悪さしに来たワルターエイプ十匹をあっという間にやっつけちゃったしー」


 そんな妖精の報告に、ローラは口に手を当てて感心する様子。

 

「まぁ、本当にお強いのですね! それならば、是非にとも『森の巫女』の警備部隊に入って欲しいですわ」

「ええ? 俺は『黒』ですよ!」


 俺は自分がこの美しい巫女に仕えられると思い、その瞬間の幸運に身体は喜んでしまったが、その直後、自分が黒エルフという立場を思い出して、心が警鐘を鳴らした。

 その想いは『心を観る事ができる』妖精達にも察せられてしまう。

 

「スレイプなら大丈夫だよー」

「そうそう。それに身体が悪いイーリンもサリーが助けるって言っていたしぃー」


 サリーとは祖母で、俺の母よりも一世代前の森の泉の守人。

 俺達エルフは長命なので、寿命は二百歳ぐらい。

 既に引退した叔母だが、まだその寿命の三分の二も生きてはおらず、大丈夫だとはこの前に本人が言っていた。


「いやいや。お前達、待てよ!」


 俺は自分のことを『森の妖精』の一団に売り込もうとしている妖精達に、遂、いつもの口調で接してしまう。

 そのやり取りが面白かったのか、ローラは口に手を当てて陽気に笑った。

 その姿がとても美しく、俺はこれ以上何も言えなくなってしまう。

 この美姫はそんな俺の行動を『肯定』として受け取ったようだ。

 

「それでは、決定ですね。これからは私を守ってください」


 彼女はそう言い勝手に決めてしまった。

 

 

 

 

 

 

 次の日の朝、ローラは俺の母と彼女の父レイガ族長にその旨を伝えていた。


「スレイプを自分の専属警備として就けたい」


 当然の如く、ふたりは大反対。

 理由はそれぞれで違う。

 母は俺が白エルフの集団に入る事への心配。

 レイガ族長は黒エルフを徴用する事への忌避だった。

 そのふたりに長い時間を掛けて説得しているのはローラ。

 この時、に彼女がどうしてこんな俺の為に必死になっているのかが解らず、それが妙に恥ずかしいと感じて、何も言えなかった。

 結局、レイガ族長には俺が実力を示す形ならばと渋々に承諾。

 こうして、俺は武器を持つ精鋭ふたりと模擬戦を行う羽目になる。

 そして、結果は、当然の如く俺が勝利。

 相手は俺を殺すつもりで掛かってきたようだが、俺からするとその動きはノロマ過ぎた。

 得意な(レイピア)も使わず、拳だけで秒殺してやった。

 そして、母からは俺がどうしたいか真剣に聞かれる。

 俺は母の病の事も気掛かりだったが、それでも俺は「行ってみたい」と自分の意思を正直に伝えると、それで納得してくれた。

 

「まったく、スレイプも・・・あの人に似ているわ・・・」


 そのとき、諦めにも似た母からの言葉。

 最後に母は笑ってくれたが・・・それが、母を見た最期の姿でもあった。

 俺が森の巫女の一団に入ってから数箇月後に、母が病で亡くなった事が聞かされたのだ。

 流石にこれには落ち込んだが、それでも俺以上にこの事を憂いだのはローラであった。

 

「あの時、私が強引にアナタを引張ってしまったから・・・」


 とは、彼女の懺悔。

 この時に、自分の欲を優先してしまった事実をローラより打ち明けられた。

 ローラが泉で俺の事を気に入り、一緒に居たかったのだと言う。

 しかし、それは俺も同罪。

 俺こそ自分の欲を優先してしまった。

 

 それはローラと一緒に居たいという俺の欲・・・

 

 俺もあの時、ローラを好きになってしまった・・・相手が『白』だと言うのに・・・

 そして、時間はもう元に戻せない。


 母が最期に俺へ宛てた手紙の中には、旅立った俺と父の事は恨んでいないと書いていた。

 それが逆に心へグッと刺さる言葉だった。

 しかし、俺は他人の前では絶対泣かない。

 特に白エルフ共の前では自分の涙を見せるのは絶対に嫌だった。

 俺の涙を知るのは俺自身とその身内だけ。

 この頃、もうローラは俺の身内・・・そんな関係になっていた。

 純潔が必要な『森の巫女』という立場。

 巫女本人とそれを守る立場の筈の俺がその禁忌を破ってしまう。

 その頃の俺達はそんな事が見えないほど相手の事が好きになっていたのだから・・・

 そして、サハラが生まれて、運命は過酷な方向へ転んでいった。

 

「そ、そうだ! サハラだ!」


 俺は愛娘の存在を思い出して、今、ここに居るべきではないと強く想う。

 この過去の世界から・・・脱せねば・・・

 

「サ、サハラ!」


 俺は重い頭を振り、強引に目を開けた。

 徐々に覚醒していく意識。

 そして、目を強く開けると・・・そこには大粒の涙を浮かべた愛娘の顔が見えて、それが力一杯飛び込んで来た。

 

「わーーーん、パパぁー!」


 ワンワンと泣く我が娘を抱き、「大丈夫だ。大丈夫だから」とあやし、身体を起こした。

 まだ呆けている頭を再び振り、状況を確認してみると、ここは我が家・・・

 森の泉から少し離れたところに建つ小さな木造の我が家であった。

 そして、部屋の中には娘ほどでは無いにしろ、涙目となっている妻ローラの姿が居て、その隣には見知らぬふたりの仮面の男女が座っていた。

 思い出した。

 俺を負けさせた人間だ。

 そのうちのひとりの女が少し得意げな顔になり、誰かに向かってこう語りかけてくる。

 

「ね、言ったでしょう? 私達は良い人を殺さないって」

 

 

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