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白い魔女と漆黒の騎士(ラフレスタの白魔女 第二部)  作者: 龍泉 武
第五章 神聖国家と漆黒の騎士
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第十九話 エリザベスの放浪記3 前編

 

「次の方、どうぞ」

 

 若い女性の声が頭に響いたような気がする・・・


「んん?」


 私が呼ばれたのか?

 ・・・おそらく、そうだろう。

 随分と長く待たされていたので、遂、うつらうつらしてしまった私だが・・・

 ここでようやく覚醒する。

 

「次の方、リーザさん。アナタですよ。そうアナタ!」


 目を開けてみれば、若い受付嬢が少々苛ついた表情で私を指さしていた。

 そうだったと私は伸びをして、待ち合わせの長椅子から立ち上がる。

 

「済まなかったわね。随分と長く待たされていたから、眠っちゃったの。ごめんなさいね」


 私は簡単に詫びた。

 受付嬢の呼び出しに直ぐ応じられなかった理由の半分は私の居眠りによるもの。

 ここが忙しいのも解るが、それでも人を三時間も待たせておいて、眠るなと言うのもどうかと思う。

 うん、これは私の落ち度じゃない。

 もし、落ち度があるとすれば、呼び出しに気付けなかったもう半分の理由。

 それは私がまだ『リーザ』という名前にまだ慣れていなかったからだ。

 これは悪かったとして、この若い受付嬢に半分だけ謝っておこう。

 そんな私のあまりに心の籠らない謝罪に、この受付嬢は真面目に応じてくれる。

 

「いいえ。こちらこそ、お待たせして申し訳ありません」


 おお!

 ここのクリステ――いや、今はエクセリア国――の魔術師協会は教育が整っていると私は少し見直す。

 

「まぁ、互いの謝罪はいいとして・・・私は仕事を探すために、ここにやって来たのだけど」

 

 私は自分の目的を述べる。

 そう、私はアルマダから南下してエクセリア国に入国した。

 ここで私はエリザベスと名乗らず、偽名『リーザ』を使っている事には少々理由がある。

 それは入国の際、ひと悶着あったからだ。

 

 私を含めてこの時期にエクセリア国に入国する人は多い。

 帝皇デュラン様がエクセリア国の移住を許可した事もあり、新天地を求めてエクセリア国に来る者も多いのだろう。

 新たな商売の種を求める者。

 仕事を探す者。

 自由思想に憧れる者。

 ただし、集まってくるのはそんな前向きな人達だけじゃない。

 

「お前、犯罪者だな!」


 そんな声が国境の関所内に響いた。

 国境警備の衛視が入国希望する個々の名前と顔を確認して、犯罪者を入国させないようにしているのだ。

 国家としては適切な処置であり、まともな警備体制。

 こうして、入国順番待ちをしていた私の前の人間が捕まった。

 次は私の番となる。

 このとき、私は・・・偽名を名乗ってしまったのだ。

 私は犯罪者ではない・・・とそう信じているが、それでもラフレスタの一件で帝皇に弓引いた者とされ、いろいろな汚名を着させられているのも事実。

 もしかすれば・・・そんな最悪の可能性を考えてしまい、咄嗟に思いついた行動である。

 それが『リーザ』という偽名。

 エリザベスの別の名として『エリザ』は家でよく使われていたし、『ベス』もエリザベスのあだ名として有名な呼び方。

 そんな簡単な方法で偽名を使えばすぐにバレてしまう。

 かと言って、何の脈絡もない名前なんてすぐに思いつかない。

 だから、私は自分の名前の真ん中だけを取り出し、『リーザ』としたのである。

 私が心配し過ぎなのかも知れないが・・・偽名で名乗ってしまったので、もうしょうがない。

 そして、私の本名と似顔絵が手配書として回っている訳もなく、結果、私は国境の関所を難なく通り過ぎる事ができた。

 この時はとても良く回る自分の頭を褒めてあげたいと思ったが、入国時の証明書の名前の欄には『リーザ』と書かれてある。

 今後、このエクセリア国で私はリーザと名乗らなくてはならない。

 少々不便ではある。

 しかし、ここで一生暮らす訳でもない。

 二、三箇月稼げれば、それでいいと思っていたので、これで我慢する事にしよう。

 そう思い直して、私よりも若そうな魔術師協会の受付嬢に要件を伝えた。

 

「割の良い仕事は無いかしら?」

「えーっと、リーザさんは炎の魔法が得意と書かれていましたよね」


 その若い受付嬢は私の書いた経歴書を読み、羽ペンを片指だけでクルクルと回す。

 癖なのだろう。

 少々行儀は悪いが、手先が器用な娘だと思った。

 

「ええそうよ。自慢じゃないけど中級・上級も使えるわ」


 私は思いっきり自慢してやった。

 アストロで筆頭を張っていた実力は伊達じゃない。

 

「凄いですね。私と同じ年なのに・・・」


 その娘は何故か少し落ち込んで、そう応える。

 

「あら、同じ年でしたの? 私はてっきり自分よりも年下かと」

「よく言われるんです。身長も低いですし、童顔だとよく言われますから」

「確かに・・・ でも、年を取れば童顔の方が若く見られるようですから、女性ならばその方がいいと思いますわ」


 あれ?

 どうして私はこんな娘ごときに気を使っているのだろうと思ってしまったが、それでもその受付嬢は喜んでくれた。

 

「ありがとうございます。リーザさんは大人ですね。私に勇気付ける言葉を下さって」

「い、いや・・・まあ、私も今まで生きてきて苦労してきた口ですからね」


 と、そんな風に大人ぶってみたが、苦労しているのは現在も進行形だ。

 うん、間違いじゃない。

 愛想笑いをしてみた。

 そんな私に、微笑み返すこの受付嬢・・・うん、エクセリア国も悪くはないわね。

 相手の受付嬢も清々しい顔をしている。

 忙しい彼女も束の間の息抜きになったのだろう。

 そう思うが、この受付嬢も自分の仕事をすっぽかしている事を思い出して、私のために仕事を探してくれた。

 そして、しばらく待つと、ふたつの紙を渡される。

 

「これはどうでしょうか? 十万クロルの仕事です」

「何でしょうか、焼き畑の仕事・・・農業の補佐・・・」


 魔法で雑草を燃やす仕事内容で、畑の開墾の手伝いだった。

 一箇月ほどの期間で十万クロルは悪くない。

 それに私の魔法ならば、でかい一発を放って、一日で完遂できる仕事だと思う。

 しかし、農業か・・・

 農業など平民のする仕事だ。

 優雅な私が農地で仕事する姿など全く想像ができない。

 駄目だ、却下。

 私はもうひとつの書類を見た。

 

「こちらは、騎士団への魔法の指南。ん?? これって?」

「ええ。普通ならばこんな仕事は魔術師協会には降りてきません。依頼があったとしても上層部で適任者を推薦します。ですが、今はクリステの乱で大勢の魔術師が亡くなってしまい・・・」

「へえー、呆れるわね。こんな国の要職を私達のようなその場しのぎ(アルバイト)で賄おうとするのって、どうなのでしょう。しかも一箇月が十万クロル・・・焼き畑の魔術師と同じ給金なのも怪しい・・・」

「怪しくはありませんよ。これは国から正式発注のあった仕事です。魔術師協会が責任をもって保証致します。ただ・・・国の予算も潤沢では無い現状もありまして、この金額にせざる負えないのでしょう」

「ふーん。つまり、奉公金額ね・・・」


 私はそう指摘するが、若い受付嬢は否定しなかった。

 奉公・・・つまり、国の為にこの金額で働け・・・忠誠心を見せろ、という意味なのだろう。

 私はしばらく考えてみたが・・・

 

「解ったわ。この魔法指南を受けましょう。私だって安いとは思うけど、焼畑は性に合わないわ。それに焼畑は一回こっきり。その後の仕事をまた探すぐらいだったら、まだ魔法指南の方が良いわ。一度契約すれば、継続も可能でしょう?」


 私はこの仕事の安定性を強調した。

 永く務めるつもりはないけど、三箇月ほど働けば三十万クロル・・・悪くないと思う。

 

「そうです。勿論、決定権は国側にありますが、一箇月で成果あると雇用側に認められれば、その後の契約更新の可能性もあると思います」

「やはりね。決めたわ。その魔法指南を請けようと思うわ」


 私の決定に受付嬢はニコリとした。

 

「ありがとうございます。実は、私もリーザさんならば、こちらを選んでくれるのではないかと思っていました。現在は国防を担う騎士達も人数が少なく、いろいろと危機的な状態でして・・・」

「やけにこの国の内情に詳しいわね。アナタ・・・」

「エヘヘ」


 若い受付嬢は笑って誤魔化す。

 何かあるとは思うが、ここで邪推しても誰の徳にはならない。

 

「まあいいわ。契約しましょう」


 私はこの仕事を請けることにして、いつ、どこに行き、誰と会えばいいかを聞く。

 それをメモに書き込み、この仕事をするのに便利な宿についても聞いてみた。

 

「それならば、私の家の隣にある宿『静かな夕暮れ亭』がいいかと思います。騎士の詰め所から三ブロックも離れていませんから。宿代も一泊が二千クロル、朝・夕食込みです。女性客も多いですし、安全で清潔ですよ」


 私は宿をこの受付嬢が勧める『静かな夕暮れ亭』に決めた。

 エクセリア国の物価の安さもあったが、安全で清潔と言う売り文句に惹かれた。

 私に素敵な情報を教えてくれたこの受付嬢の名前を覚えておこうと思う。

 

「いい宿を紹介してくれてありがとう。そこにするわ・・・アナタ、お名前は?」

「私の名前ですか? 私は、アリス・・・アリス・マイヤーです」

「素敵なお名前ね。それでは、アリスさん、ごきげんよう」


 こうして、私は優雅にエクセリアの魔術師協会を後にする。

 

 

 

 

 

 

 私はアリスから紹介してもらった『静かな夕暮れ亭』へ入った。

 宿は彼女から聞いていた通りで、安くて綺麗で安全なのはすぐに解った。

 私も二箇月以上放浪生活している。

 初見で大体の雰囲気は解るのだ。

 宿の女将に私がアリスから紹介してもらった事を伝えると・・・


「まぁ、隣のお嬢様からの紹介なのですね。それならば、歓待しないと」


 と、夕食に一品加えてくれて、更に美味しいワインも出してくれた。

 これは役得だと思ったが、確かにこの宿の隣に建つ貴族の屋敷は大きくて立派。

 もしかして、アリスはクリステで有名な貴族の令嬢なのかも知れない。

 そうなると、貴族の令嬢が魔術師協会の受付をやっている事になる。

 本当に、それでいいのだろうか・・・下級貴族ならば、あり得るかも知れないが・・・

 このエクセリア国は貴族制を廃止したと聞くけど、反発は出てないのか?

 帝都ザルツならば有名な貴族の顔と名前はそれなりに把握している私だが、こんな片田舎のクリステまでは流石に解らない。

 そして、田舎とは言え、これほど立派な屋敷を持つ元貴族の娘でさえ働かないと生きていけないなんて、なんて不憫な国家なのだろう。

 しかし、その直後に自分の置かれている状況を思い出して、私よりはマシかと思い直す。

 そんなつまらない事を考えていた私。

 思いのほか宿の食堂で長い夕食の時間を過ごしてしまったが、その時に、他の宿泊の食事時間が早くて、もう食堂にはほとんど客が残っていない事に気付く。

 

「他の客は食べるのが早いのね」


 私の問いに食堂で給仕している年配の女性が、何を思い出したような顔をした。

 

「ああ、そうだ。お客さんは今日が初めてだから、知らなかったんだね。今夜も国王様と王妃様から、ありがたいお話があるんだよ。皆はそれを見に行くんだよ。ほら、早く食べちまいな。お客さんもまだ間に合うから」


 そう言って急かされた。

 私としてはそれほど興味も沸かないし、国王のライオネル氏と王妃のエレイナ氏には今更に会うのもなんか嫌だ。

 そう思ったが、この給仕が是非にと言うので仕方なく急いで食べて、話が聞けると言われた広場へ足を向けた。

 指定された広場へ行ってみると、人々が既に集まっており、もうすぐ始まると口々に言っている。

 何が始まるのかと待っていると・・・どうやら始まったようだ。

 夜空を見上げると、そこに光の魔法の兆候が見えた。

 光の魔法を使い、国民にその姿を見せるのだろう。

 エストリア帝国でもさほど多くはないが、国民に対して支配者がアピールする時によく使う手法である。

 近年ではラフレスタの乱で領主より発せられた独立宣言――戦慄の宣言――が有名だ。

 そして、魔法に詳しい私から察すると、エリオス氏が夜を会見の場に選んだのもなんとなく理由が解る。

 それは魔力の節約だ。

 夜の暗い方が光魔法の出力は低く抑えられるから、魔法行使の魔力が少なく抑えられるのだ。

 魔術師協会に騎士の魔法指南を頼るぐらいだから、魔術師の数だって少ないと思う。

 元商人のライオネル氏らしい節約の発想だと思った。

 そして、しばらく待つと、夜の空へ光魔法による映像が映し出された。

 そこに映っているのは簡素な王冠を被る一組の男女。

 私の良く知るライオネル・エリオスとエレイナ・セレステアであり、ラフレスタのエリオス商会の時から変わらぬふたりの姿だった。

 質素を好むと言われた彼ららしいと思う。

 しかし、そんな昔と変わらない姿は私の心の底に残る昔のラフレスタの情景も蘇ってしまう。

 複雑な心境だ・・・

 私がそんな気持ちなど解る筈も無いふたりは、ここでは笑顔であり、人々も国王と王妃の登場に声援で返していた。

 人気は高そうだ。

 ライオネル氏はこの地を解放した英雄であり、市井の人々から人気が高いのも当然なのだろう。

 そんな人気ある国王と王妃がようやく口を開く。

 

「皆さん、こんばんわ。今宵も重大な発表をする訳ではありませんが、この場を使い、私の考えを国民の皆さんへ伝いたいと思います・・・」


 ライオネル氏のそんな柔らかい口調で私達へと語りかけてくる。

 それは私の知るラフレスタのエリオス商会の会長時代から変わらない姿だが、もしかすれば、これが何かの策略の可能性かもと疑った。

 私はラフレスタの乱の後に、このライオネル・エリオスなる人物の正体について情報を掴んでいた。

 彼はラフレスタ家領主のかつての次男であり、本当の名をヴェルディ・ラフレスタと言うらしい。

 若い頃にいろいろとあってラフレスタ家を追放された身で、昔は(はかりごと)に長けた人物であった聞く。

 それが原因で当時の当主に勘当を言い渡され、呪いのような魔法を掛けられて、姿形を変え、エリオス家へ養子に入れられた。

 動向を監視するためラフレスタ家と所縁のあるセレステア家から監視も付けられた。

 それがエレイナ女史だ。

 尤も、そのエレイナは、現在、ライオネル氏の妻として、自身の身内として引き入れている。

 ライオネル自身もクリステを解放した見返りにクリステを譲り受けて、このエクセリア国の国主となっている。

 そんな実績を考えてみると、彼の策略の完全勝利と言っても過言ではないだろう。

 そんな人間を私は絶対に信用しない。

 私は政治の世界にも生きていた。

 政治の世界とは、騙し騙されの世界である事を熟知している。

 油断すれば負けだ。

 現在もライオネル氏は貴族制を廃止した正当な理由を説明して、各々が勤勉に働く事の大切さと、公平な社会について熱弁を振るっている。

 国民に好かれようとして、その物腰は柔らかそうに見えるけど、私の評価は、この彼の行動は人々を扇動する演説をしているに過ぎないと思う。

 

「・・・であるからして、私はこの国を公平な社会にすることを約束します。繰り返しますが、その為には貴族制という制度は不要となります。それは王である私も例外ではありくません。すぐにと言う訳ではありませんが、体制が整えば王制も廃止し、次の国家の代表は公平な選挙で選ぶ事になるでしょう・・・それが民主主義の考え方なのです。私達の国の主役は貴方達『国民』なのですから・・・今日の私の話はここまでとします。それでは国民の皆さん。おやすみなさい」

「「わーーー! ライオネル・エリオス国王様、万歳!!!」」


 国王を称える言葉が広場のあちこちで聞こえた。

 ここの人々は彼の演説に感動しているようで、盛り上がっているのがよく解った。

 しかし、冷めた私の心には何も響かない。

 広場に集まった人々はまだ熱気冷めやらないようで騒いでいたが、私はひとりそれを掻き分けて宿へと戻った。

 明日の為に休息を取る事の方が大切だと思うだけだった。

 

 

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