表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
白い魔女と漆黒の騎士(ラフレスタの白魔女 第二部)  作者: 龍泉 武
第五章 神聖国家と漆黒の騎士
78/132

第十五話 帰還 ※

 『太陽の小鹿』の中で直接戦闘に不向きな彼ら――マジョーレ、キリア、エイル、リュート、フィッシャー、フランチェスカ、ヘレーナ、セバス――は、ひとまかたまりで守りを固めていた。

 そんな彼らであったが、敵の全てが白魔女ハルによって制圧され、首謀者と思わしき神父パパも拘束されたため、これで安全が確保できたと思う。

 そして、白魔女が尋問する言葉を耳にした神父リュートはその守りの輪から飛び出してきた。


「ハルさん。こいつがボルトロール王国の間者だと言うのは本当か?」

 

 本当は白魔女に変身したハルに興味津々・・・と言うか、驚愕に値する姿であったが、今はそれよりもこの神父パパの方が先だとリュートは判断する。

 この神父パパなる人物は神聖ノマージュ公国では有名人であり、聖女マリアージュの育て親である事に加えて、無欲な宗教人としての評価も高かった人物である。

 そんな人物がボルトロール王国の手先だという事実は少し前なら俄かに信じ難かいと思ってしまう。

 しかし、先程の聖女マリアージュが仕出かした凶事を目にしていたので、この辺りの事情をよく知る神父パパこそが、この公国に災厄をもたらした黒幕人物である事は疑いようもない。

 そして、その神父パパはこうして束縛されており、彼を尋問するのは自分の役目だと神父リュートは思う。

 しかし、ここでこの役目を奪う集団が登場する。

 

ザ、ザ、ザ、ザッ!


 規則正しい足音を立ててこの主礼拝堂に入ってきた騎士達。

 それは煌びやかな鎧に身を包む『聖堂騎士団』である。

 

「おい! 何事だ! ここで何が起こった!?」


 今更に異常事態を察知し、登場したのが大聖堂内の治安維持を担う聖堂騎士団である。

 そんな聖堂騎士団の隊長は、ここに入って来て直ぐ、主礼拝堂内で多数の人が倒れている事と、何人かの死体があるのに気付く。

 

「これは!? どういうことだ。お前が犯人か!」


 隊長が先ず疑いをかけたのは、怪しい白い仮面を被る女性。

 彼が初見で白魔女の事を犯人だと疑うのは無理もない。

 こんな怪しい仮面の魔女など、今まで見た事なかったからだ。

 そんな疑惑を絶好のチャンスだと見たのはこの時の神父パパである。

 

「そ、そうだ。早くこいつらを捕まえてくれ。私も殺されてしまう。早く助けて」


 神父パパは藻掻き、自らの無実をアピールする。

 そんな変わり身の早さに呆れてしまう白魔女、そして、焦るのは神父リュートと太陽の小鹿の面々だ。

 聖堂騎士団の融通の利かなさを知っている神父リュート達は、これで面倒な事になってしまうと思う。

 

「こ、こいつ。何を言ってやがる! 俺達がここを救ったんだぜ。悪はお前だろうがっ!!」


 そんな主張をする神父リュートだが・・・


 片や、不良中年姿の神父と白い仮面を被った怪しい魔女。

 片や、この公国で聖女の育て親として名高い神父。

 このどちらを信じるか・・・


 ここで、聖堂騎士団の隊長は名誉と実績に重きを置く人物であり、神父パパの方を信じてしまう。

 

「神父パパ様を束縛している理由は何か! 今すぐこの人を解放せよ。そして、ここに居る全員が地面に両手をつけて降伏するのだ。容疑は全員にかかっている。話は個別でひとりずつ聞いてやる。全員が神の御名の元に公正な裁きを受けるのだ」


 そんな隊長の決定に、神父リュートは苦虫を潰した顔へ変わり、逆に神父パパは顔が緩む。

 今までの自分の名声が役立ったと思ったからである。

 そして、隙さえ得られれば、あとは逃げられる・・・そう思っていた。

 だが、白魔女は・・・

 

「愚か者は盲目(なり)ね。目の前で起こる事実を正しく受け止めるべきよ、隊長さん。神様は信じる者に対して平等でも公平でもないわ。過去に名声のある人物が常に正しいとは限らないし、力を持つ人物が偉大とは限らないのよ」

「何を言うか! この主礼拝堂は神が降臨する聖地と言われる神聖な場所だ。この場所で神の使徒である我々の事を莫迦にするなど、信じられん。お前こそ魔女ではないか。素顔を隠すなどやましい事をしているに違いない。神を信じぬこの無信者め! こいつを束縛しろ!」


 立派な髭を生やした隊長は、白魔女こそ一番怪しい人物と決めつけており、部下に拘束を命じる。

 指示を受けたふたりの部下は隊長の指示どおり白魔女に近付き、彼女を罪人として紐で縛ろうとした。

 

「あら、私を縛るの? それは私と敵対するという意味になるけど。大丈夫?」


 白魔女からはそんな呑気な言葉が出る。

 ふたりの聖堂騎士達は一瞬どうするべきか迷うが、それでも厳しい隊長の顔を見て、逆らえないと思った。

 

「申し訳ありませんが、容疑が掛かっておりますので、アナタを拘束させて貰います」


 若いひとりができるだけ丁寧に言い、白魔女を縛ろうとしたところで、罵声が轟いた。

 

「お前達ーっ! やめんかーーーっ!!」


 ここで頭上に重石を乗せるほどの迫力で罵声を浴びせたのが、入口より入ってきたプロメウス・ヒュッテルト大司教。

 聖堂騎士団の隊長よりも権力を持つ彼が、ここでカンカンに怒る理由は、聖堂騎士団が白魔女を拘束しようとしていたからだ。

 彼は肩から息を切らして、ゼエゼエと言っていた。

 きっと誰かから、ここに怪しい白い仮面の魔女が居ると通報を受けて、慌ててやって来たのだとハルは思う。

 そんなプロメウス大司教が、声を大にして言うのはこうだ。

 

「その魔女・・・いや、その方を解放しろ! この方は無実!」

「いや、しかし・・・」


 隊長は反論するが、大司教はそんな隊長を認めない。

 

「煩い! 黙って私の言う事を聞け! この方に敵意を持たれれば、お前達は・・・いや、この公国が滅ぶぞ!!」

「へ?」


 迫力の大司教の言葉に、間抜けな声で応えてしまう聖堂騎士団の隊長。

 しかし、この隊長も権力人である。

 自分よりも高い職位者より「解放しろ」と命じられれば、それに従うしかない。

 『大司教』が解放しろと命じる意味・・・

 それは、もし、この白い仮面の魔女が問題を起こせば、その責任は大司教となる。

 自分は言われた職務を果たしただけ・・・

 もし、問題が起こってしまえば、そんな言い訳をすればいいと思った。

 

「解りました・・・」


 こうして、表面上は素直に大司教の言葉に従う聖堂騎士団の隊長。

 そんな隊長向かって、大司教の言葉は続く。

 

「本当に危ないところだった。私が忠誠と礼節を誓うのは、神様、法王様、そして、この白魔女様だ。覚えておけ、この役立たず共!」


 罵る言葉に何も言い返せない隊長であったが、白魔女はこれで赦す。

 

「もうそのぐらいにしてあげてよ、プロメウスさん。実際に私は縛られなかったし、縛られてもたいした事ないわ。少しだけお仕置きすれば、それで済む話だから」


 その『お仕置き』という言葉に若干引き攣る大司教であったが、白魔女はそんな些細な事にいちいちと構ってはいられない、彼女が気にすべき課題は今後の神父パパの処遇である。

 

「それよりも、この神父パパなんだけど・・・あら、帰ってきたようね」


 白魔女からそんな普通運転の言葉が出て、そして、割れたスタンドグラスの方に視線を向ける。

 それに釣られて皆がそこへ注目すると、割れたステンドグラスの隙間から宙を飛び、漆黒の騎士アークがこの主礼拝堂へ帰ってきた。

 そして、彼が傍らに抱えるのは聖女マリアージュである。

 彼女はここから飛び出した時、肥大した堕天使の姿であったが、今は元の人間の姿に戻っている。

 それは悪神ハドラの幼体を無理やり出産させ、そのハドラにごっそりと吸収した神意を持っていかれたからである。

 そして、虜になっている今の彼女は、全裸で傷だらけの身体。

 特に腹部は滅多刺しにされた形跡も残っている。

 生きているのが不思議なぐらいの重傷だ。

 そんな聖女を脇に抱えたアークはスタッと柔らかく着地し、全裸のマリアージュを床に置く。

 

「う・・・」


 床に置かれた衝撃で気絶していたマリアージュが目を覚まし、呻き声を挙げてしまう。


「聖女様!」


 痛々しいその姿を目にして、聖堂騎士団達はマリアージュを助けようと近付くが・・・

 その聖堂騎士団に待ったをかけるのが白魔女である。

 

「待って。彼女も共謀者だわ」


 聖女マリアージュを信奉する者――特に若い騎士団員は、ここで白魔女に対して敵意の視線を向けてまうが、白魔女はそれを全く気にしない。

 

「アナタ達がマリアージュの事を信じようとするのは解るけど。彼女を助けようとする前にこれを見て頂戴」


 白魔女はそう言うと、ローブの裾から『魔法鏡』を取り出して、記録されている映像を再生した。

 光の魔法により空中に投影されたその映像は、聖女マリアージュが集会(ミサ)で教壇に立つところから始まる。

 声高々に神の啓示を述べる聖女マリアージュ。

 その彼女から光の波動が伸びる。

 この魔法鏡はマリアージュが人知れずに高めた神意の流れも記録をしていて、今回はそれも可視化されていた。

 この神意は彼女の説法を聞く人々へ絡まり、そして、その心に作用して洗脳する様子が解るものであった。

 こうして、神意を使い、人々の心を支配して、傍聴者達がマリアージュ本人を求めるように仕向けていく。

 そして、そんな信仰心の高い人々の身体を供物(くもつ)とし、自らの身体へ吸収するマリアージュの凶行。

 それは恐ろしい光景であり、あまりの悍ましさに、この映像を見た聖堂騎士団達も戦慄してしまう。

 こうして、多くの人間を吸収したマリアージュは肥大化して、堕天使の姿へ変化した。

 そして、その堕天使はアークに衝突して、彼を連れ去ったところでこの映像が終わっていた。

 真実の映像を見せられた聖堂騎士団は・・・

 

「な、なんという・・・」


 そして、その先の言葉を失っている様子。

 彼らはようやく誰が悪なのかを正確に知る事となる。

 そして、厳しい視線をマリアージュと神父パパに向けるが・・・当のパパはここで不気味な薄笑いを浮かべており、そこから感情的に笑いが高まった。

 

「フフフ・・・ククク・・・アハハハハ」


 その狂気染みた嘲笑に、周囲の人間は得体の知れない狂気を感じさせる。

 狂った笑いの神父パパはしばらくそれを続けていたが、それがひと段落するとここで恨み節が出てきた。


「何と言う事だ。私がここに来るまで二十年掛かったと言うのに・・・私の壮大な復讐劇が、たった一日だ。たった一日でこうも台無しにされてしまうとは」


 狂人のように唾を飛ばし、そんな事を訴える神父パパ。

 この狂った神父と会話すれば、呪われてしまうのではないか?

 そんな不安から聖堂騎士団達は誰もが口を開かなかったが、その代わりに言葉を返したのは漆黒の騎士のアークである。

 

「壮大な復讐とは、いったいどんな事だ!?」

「それは私の家族・・・我らの家族を惨殺したノマージュ教団への復讐。お前達に仕返しをしてやると決めたあの日から、私の心は悪神と闇の組織に売ったのだ!」


 神父パパの顔が大きく歪む。

 それは神父、いや、人間の顔ではなく、まるで悪魔の形相であった。

 

「そ、そんな事を・・ノマージュ教の信者がそんなことする筈がない!」


 パパの訴えを嘘であるとするプロメウス大司教であるが、それでもその言葉をこれ以上続けられなかった。

 確かに、少数ではあるが、ノマージュ教にも過激な原理主義者が存在し、他教に対して弾圧的な行動をする人物も少なからず存在している。

 その一派が神父パパの家族を襲撃したのだろうか。

 そんな可能性を想像してしまうプロメウス大司教。

 その姿を見て、パパの口角がぐっと上がった。

 

「そうだ。ノマージュ教の全ての人間が私の敵ではないかも知れない。しかし、それで納得してしまえば、私の気が済まないのだよ! たった一部の者だけを血祭りにあげて喜ぶほど私は幸せ者ではないのだ・・・すべての人間に私が感じた絶望を味合わせてやる。クハハハ」

「く、狂っている!」


 大司教はこの神父パパを狂信者と思うが、パパ自身も自分が狂っている事を大いに認める。

 

「そうだ。私は狂っている。多くの人類に復讐しなくては気が済まない。我が神ハドラ様の元へ。あと何人送れるかな?」

「ハドラだと! 我らの敵の悪神ではないか!! そんな事は認められんし、赦されん。神父パパ、貴様はここで捕まり、これからはその罪を償うのだ。もう誰一人として悪神ハドラに命はやらんぞ!」


 パパに対し厳しくそう訴えるプロメウス大司教は聖堂騎士団に神父パパを拘束するよう合図する。

 若い聖堂騎士団の数名がパパを取り囲み、白魔女には神父パパを拘束している戒めを解くよう求めた。

 

「いいわよ。あとは任せたわ。公国の事は公国で決めるべきだからね」


 白魔女はそうあっさりと了承すると、氷の魔法を解除した。

 ここで、漆黒の騎士アークからは何かを言いたげであったが、白魔女から肩を二回叩かれて、結局、彼は何も言わなかった。

 何かを心配している様子。

 案の定、ここでパパはニィーと不気味に笑う。


 チャンスができた・・・

 

 好機と感じたパパは拘束される一瞬の隙をつき、懐から一枚の紙を取り出す。

 そして、それを開けてこう叫ぶ。

 

「お前達、これを見ろ!!」

「なっ!!」


 ここで驚き声を挙げたのは、聖堂騎士達と、プロメウス大司教、そして、太陽の小鹿の面々。

 何故なら、パパが示したその紙には、老人がひとり、椅子へと腰かけた状態の絵が描かれていた。

 それは弱々しいご老体だが、上品な法衣を纏うその人物をこの公国の人間が知らない訳はない。

 

 それは法王――ヤコブ・ローレライ・アナハイムⅥ世――だったのである。

 

「法王様!」

「ハハハッ、そうだ。間抜けなお前達が必死に探していた法王がここに居るぞ。お前達、解っているだろうな。私に危害を加えると、この法王がどうなってしまうかを」

「グーーー、小癪な!!!」


 悔しいながらも、法王を人質に獲られれば、聖堂騎士達も動きようがない。


「そうだ。お前達。少し距離を開けて貰おう」


 パパは法王の描かれた魔法の紙をヒラヒラと振り、自分から離れるよう命じる。

 聖堂騎士達も言われるがままに距離を取る。

 

「フフフ、こいつを切り札として残しておいて良かったようだ。マリアージュに食わせるには勿体ないぐらいだからな」


 パパはそう言って、近くの床に転がされたままだったマリアージュを引き上げる。

 彼女はまだ弱っていたが、それでも胎の傷は少しずつ塞がっていた。

 神意が徐々に戻りつつあり、無意識にその神意を使い自らの身体に受けた傷を修復していたようだ。

 意識を失うほどではなかったが、それでも彼女の眼はトロンとしており、かなりの疲労が溜まっていることもよく解る。

 それを見たパパは、彼女はまだ使えると思った。

 

「マリアージュはまだ使えるようだ。ハドラ神の核の一部がまだ残っているのだろう。主はお前を母胎として、とてもよく気に入っている様子だったからな」


 パパはマリアージュの身体に残る神意の波動(・・・・・)を見て、そんな事を述べる。

 これだけ神意に溢れている理由として、彼女の子宮に植え付けられた悪神の核がまだ機能していると思ったからである。

 

「お前は本当に優秀な()だ。私の言うことを良く聞くし、天性の神意持ちであり、素性も悪くない。そして、処女・・・人間の雌として穢されていないお前だから、主への最高の供物(くもつ)なのだ」

「・・・供物(くもつ)・・・」


 弱々しくマリアージュはそれを復唱する。

 

「そうだ。供物(くもつ)だ。お前は神の母胎。神を産み落とす巫女。ハドラ神に神意を注ぐ存在。ノマージュ教の信者の神意とその命をハドラ神に捧げる変換装置・・・お前こそがハドラ神の聖女マリアージュだ」

「・・・私は聖女・・・」


 彼女の視線は定まっておらず、ぼぅーっとしている。

 まるで酩酊に近い状態に見える。

 

「フフフ、可愛い我が娘よ。私がいつもこうやって神意を与えてやっているのをお前は覚えていないのが残念だ・・・」


 そんなことを言うパパは、全裸となっている彼女の下腹部に掌を当てる。

 その掌から紫色に染まった神意が溢れ、マリアージュの下腹部に注がれる。

 これがパパによるいつもの儀式。

 パパの内部に宿した悪神ハドラの神意を、聖女マリアージュへ注ぐのだ。

 彼女の子宮はこうして犯され、そして、悪神ハドラの核が成長する。

 そして、彼女は無意識の中で渇望を感じるようになる。

 他教の神意はハドラ神の餌となっているのだから。

 パパはここで予備として取っておいた別の紙を懐から出す。

 そこには子供を連れた女性の姿が描かれており、ペンを持って何を写す姿をしていた。

 その絵を見て神父リュートはすぐにピンと来た。

 

「こいつは・・・なるほど。連れ去られた百人の行方不明者か」

「そうだ。ご名答だよ、名探偵君。これはマリアージュの非常食」


 パパはそう言うと、その紙をマリアージュの可愛らしい胸に押し当てる。

 そうするとズブズブと音がして、その紙は彼女の体内へ取り込まれてしまう。

 薄い胸が波打ち、そして、血色が良くなった。

 明らかに人間の神意と命を吸収し、自分のエネルギーとしたのが良く解る行為でもある。

 それを見た神父リュートは胸糞悪くなる。

 

「く・・・また、人の命を!」


 そんな悔しそうな神父リュートの姿はパパにとって娯楽である。

 

「どうだ。とても神々しい光景だろう? しかし、私の唯一の不満はこの素晴らしい体験をマリアージュ本人はしばらくすると忘れてしまう事だ。彼女は母になる体験をしていると言うのに・・・本当に残念なことだ」

 

 そんな勝ち誇っているパパ言葉に、神父リュートの顔はより一層歪む。

 それを見て、また気が良くなるパパ。

 ここで、余裕を感じたパパは、漆黒の騎士にひとつの質問をする。

 

「そして、漆黒の騎士のアーク君に質問をしておきたい事がひとつある。もしかして、君はフーガ一族(いちぞく)なのかな?」

「どういう意味だ? ちなみにその質問に関しては『否』と回答するが・・・」

「なんだ、違うのか。黒目・黒髪の容姿からして。もしかしたらと思ってね・・・まぁいい。これは私のちょっとした興味だよ。彼らはとても頭が良く、神と言う存在にも理解が最も進んでいたからね」

「神の存在?」

「そうだ。彼らは『神とは、神意が昇華して意思を持ったもの』と言っていてね。ノマージュ神もハドラ神も、その根底は同じだと言う」

「同じだと?」

「そうだ。本当に失礼な話だ。我がハドラ神とノマージュ神が元は同じであるなど、本当に身の毛もよだつ話だな。ハハハ」


 乾いた笑いを浮かべたパパは、ここで青色に輝く水晶の魔道具を取り出す。

 それは先程使用した転移の魔道具の予備であり、彼が逃走するための手段である。

 これを地面へ投げつけると、魔道具が正確に機能して、転移が開始される。

 

パリーン


 そして、濃密な魔法の霧が発生し、パパとマリアージュの足元を覆う。

 

「それでは、皆様ごきげんよう。二十年間お世話になったが、私がこの公国に戻るつもりはない。ゴルト大陸は広いのだ。マリアージュの餌はノマージュ教だけではない。他のどのような宗教でも可能だ。もし、大陸のどこかでハドラ神が出現すれば、それは我々だと思ってくれたまえ」


 そう言うとパパの姿がブレ始める。

 転移の魔法が発動を開始した事による。

 ここでパパは勝ったと思った。

 逃げ切れると思った。

 しかし、ここで微妙な計算違いが起こる。


 それはマリアージュ。


 彼女が覚醒(・・)していたのだ。


 マリアージュに密着していたパパの腕が突然、彼女の肉の中へと沈んでしまう。

 

「なぁ?!」


 驚きに顔を歪めるパパであったが、ここでマリアージュは容赦しなかった。


 ズブ、ズブ、スブ


 彼女の胎の肉が盛り上がり、大きな口を開けると、パクリとパパの身体を一口で食べてしまう。

 

「何を! 止めろっ! 止めるんだっ、マリアージュ。ぐぶ・・・」


 覆い被さったマリアージュの肉を必死にかき分けて抵抗するパパであったが、彼は再びマリアージュの肉の内部に覆われてしまった。

 

ズブ、ズブ、ズブ

 

 ジタバタと抵抗を続けるパパであったが、一旦こうなってしまうと引き返せない。

 必死に脱出を果たそうと、一時は右腕が外に出るが、それを追いかけるように再びマリアージュの肉が覆い被さった。

 ここで、パパが手に持つ法王の紙が手から離れて、その紙だけが宙を舞う。

 そして、パパのその手はマリアージュの肉の中へ沈んでいった。

 こうして、マリアージュの身体にすべて吸い込まれてしまったパパが彼女の身体のあちこちで藻掻いて震えた。

 胎から胸、太腿、顔の頬と、彼女の身体中を這い回るように皮膚のその下で波打ちが見え、一瞬だけパパの顔が肉の内側からマリアージュの胎を押し上げるように映る。

 しかし、それもやがて収まり、パパの顔は彼女の肉の内側へ沈んでいった。

 こうして、彼女を陰から支配していた神父は最期にはその彼女の糧として完全に吸収されてしまう。

 そんなマリアージュは顔が高揚し、熱い眼でアークを見つめ返す。

 しばらく何かを味わうよう静かにしていた彼女であるが、それが済むとアークに声を掛けてきた。

 

「漆黒の騎士アーク様。アナタのお陰でアノ男から掛けられていた呪縛を完全に脱することができました。アナタが私の(なか)に散りばめられていた悪神の核を粉々にしてくれたお陰です・・・そして、今は逆に私が彼らを支配しています」

「・・・」

「私は神と一体に・・・いや、これは私が神に成ったのでしょうか? 私にもよく解りません・・・ただ、アークさんには感謝しかありません。本来ならば一晩お相手をして恩を返したいところではありますが・・・その後ろにいる魔女の方に怒られそうですし、止めておきましょう」


 マリアージュは朗らかに笑う。

 その姿は聖女のそのものであり、ここに邪悪な気配は感じられなかった。

 もしくは、そのように見せかける技術が彼女にできたのかも知れない。

 そんな事を思った白魔女のハルは、このマリアージュを警戒する事にした。

 

「それでは、私はもう行きます。皆様にノマージュ神の導きが在らん事を」


 それだけを言い残して、裸体のマリアージュは転移の魔法を継続させて姿を消す。

 こうして、マリアージュはこの主礼拝堂から完全に去ってしまった。

 一応、白魔女のハルは彼女の転移先を捜索してみたが・・・やはり、彼女の行き先を見つける事はできない。

 まるでこの世界から忽然と消えてしまったように、消息不明である。

 この部屋に残ったのは唖然の表情で固まる神聖ノマージュ公国の大司教と聖堂騎士団、そして、太陽の小鹿の面々と・・・

 腕を組み、黙る姿のままの漆黒の騎士アーク。

 そして、彼女の消えた虚空を見つめる白魔女のハルだけであった・・・


 白魔女のハルは様々な可能性を考察した結果、結論として、今回の黒幕だった神父パパは死んだであろうと思う。

 その白魔女のハルは、地面にヒラヒラと落ちてきた法王の描かれた紙を拾う。

 その紙に描かれた法王の姿を眺めながらこんな事を問う。

 

「マリアージュ、アナタは最後に神へ成ったのかしら、それとも、悪神に成ってしまったのかしら」


 彼女でさえも解らないこの結末に、この場で正解を答えられる者など誰も居なかった・・・

 

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ