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白い魔女と漆黒の騎士(ラフレスタの白魔女 第二部)  作者: 龍泉 武
第五章 神聖国家と漆黒の騎士
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第八話 出会い

 ハル達がこのアレグラに来てから四日目、そして、法王が行方不明になってから一週間を迎える。

 依然として法王の行方は解らなかったが、フランチェスカが指摘したようにアレグラでは行方不明者が百人ほど発生しているのが解った。

 この公国で警備隊に相当する『教会騎士団』に行方不明者の情報が入っていたのだ。

 しかし、この『教会騎士団』はアレグラ中枢を警護する『聖堂騎士団』とは仲が悪い。

 それ故に、中央政府にこの情報が上がって来ていなかったらしい。

 嘆かわしい事であるが、この公国の情報収集に永年携わる神父リュートは「そんなものだ」と割り切っており、この国でこの手の情報は自ら進んで収集しないと手に入れられものだと言う。

 組織の縦割りなど、どこの国家にもあるが、特に今回は『法王の失踪』という大失態を起こしていた聖堂騎士団が、他の組織に絶対漏らしてはならないと過剰な情報統制を強いていたため、逆に他からの情報も入って来なかったようだ。

 

「つまり、今回の呪縛の本の魔法は無作為に掛けられた罠であって、手当たり次第人間を拉致するのが目的。その罠に偶々だが、法王のオッサンも引っ掛かって拉致された、って具合か」


 入手した情報をリュートが分析した結果がこれである。

 これで数日前フランチェスカが推理していたとおりになってしまった。

 漆黒の騎士アークはそんなリュートの結論に理解しつつも、幾つもの疑問が頭に浮かぶ。

 

「なるほど。しかし、そうなると犯人の真の目的は一体何でしょうか? このアレグラで無作為に人間を拉致するなど、そこにどのようなメリットがあるのでしょうか? 僕はすぐに想像ができない・・・」

「なかなか鋭いね、アークさんよう。それがまだ解んねぇーんだよなぁ。しかし、ひとつの疑問を解決すると次の壁が見えてくる。いいねぇ、この感じ。こうやって真実に一歩ずつ近付いて行くのが、リュート様の推理の真骨頂ってものよ」


 まだまだ解らない事だらけだが、リュートは今回の進捗で確かな手応えをひとつ感じていた。

 フランチェスカからの助言が、明らかにひとつのブレイクスルーとなったのだ。

 他の者には解らないだろうが、今回の事件解決に向けてひとつの大きなヤマを超えた・・・そんな直感がこのリュートにあったりする。

 そのお陰で、涼しい顔をしているリュートであったが、それを見たシエラから苦言が出た。

 

「随分と楽勝な表情しているじゃないか? そんな無差別に人間を拉致する犯人など邪教の類かも知れないぞ。そうなると捕らわれた人達の命は・・・」

「シエラがそう推理するのも無理わねぇが、その捕らわれた連中の内、少なくとも法王のオッサンは今でも無事らしいぜ」

「それを言っているのが、あのなんとか(・・・・)と言う聖女の予言なんだろう? プロメウス殿とは別の派閥の人間の言う事だ。信用できるのか?」

「ああ、その点は大丈夫だろう。あの聖女の予言は実績がある・・・ただし、あの連中の思考がマトモじゃないだけだ」

「マトモじゃない?」

「そうだ。マトモじゃねぇー。所謂、行き過ぎた信仰ってヤツだな。自分達こそノマージュ神の真の使者だと思っていやがる・・・気持ち悪い集団だぜ」

「ほう、リュート殿が気持ち悪いとはなぁ。それはそれで聖女とやらを逆に見たい気もしてきたぞ」


 シエラは聖女の為人が気になったが、その話題はここでハルより止められてしまう。

 

「はいはい。シエラさんとリュートさんの会話はその辺にして、義手をこのように動かしてみて下さい」

「おおう。ハル殿、すまない、すまない」

 

 シエラは軽く詫びを入れ、ハルの指示どおりに右腕と左腕(・・)を下向きに動かす。

 ここで彼女の左腕はすでに義手が装着されていた。

 金属製の腕に複雑な魔法陣が描かれたハル特製の義手であり、ここでシエラの意思どおり下向きに動かすことができていた。

 そして、シエラの横で同じように義手を動かすのはヘレーナである。

 ヘレーナはシエラと逆の腕で、右手が義手となっているが、そのデザインはほぼ同じ。

 彼女達が自分の意思どおりに義手を動かせていると認識したハル。

 

「いいわね。次は掌を上にして、こうやって開いたり、閉じたりと」


 ハルの動きを真似するシエラとヘレーナ。

 これも寸分違わず追従する事ができた。

 

「よし、うまくいったわね。心と義手の同調に問題は無いようだわ」


 自分の作った義手の出来栄えに満足するハル。

 その被験者となっているシエラとヘレーナのふたりも不思議なほど違和感なく使えていた。

 

「すげえな。スムーズに違和感なく動かせているのが信じられん」

「そうですね。義手を付けたときは重くて冷たい鉄の腕だと思っていたのだけど」


 ヘレーナは未だに現実が信じられないようで、義手の腕を片方の生身の掌で触り、その腕の温かさに不思議な感覚を覚えている。

 

「温かいでしょ? それは、もう片方の腕の体温をトレースする精密魔法陣を組み込んでいるからね」


 ハルは自分が幾つか組み込んだ魔法陣の機能が正しく作動しているとして、笑みを浮かべた。

 鉄なのに体温を感じるその不思議な感覚に、まだ順応しきれていないヘレーナであったが、シエラの方は早くもこの義手を受け入れ始めていた。

 

「本当の腕が戻ってきたようだ。しかもこの義手は軽くて早く動かせる。それに鉄だからな」


 口角をニィーと浮かべるシエラに、ハルは彼女が何を考えているかを当てることができた。


「シエラさん、力加減は十分にしてね。本気で殴ると相手の身体に穴が空くわよ」

「ヘヘヘ、どうせ造るなら強くしてくれって願ったが、これはいいねぇ」


 シエラはそう言い、近くに転がっていた鉄の端材をひとつ摘まむと、思いっ切りギュッとする。

 そうすると、鉄の端材はあっという間に変形して、圧縮した鉄の塊になってしまった。

 恐るべき握力と破壊力である。

 

「パワーも申し分ないし、あとはこの義手から火とか出せたら完璧だ」

「それもやろうと思えばできるけど・・・」

「おおっ、できるのか?」


 益々嬉々となるシエラに呆れるハル。

 

「してないわよ。そんな事まですると、折角に最高効率まで上げた魔力変換回路が台無しになってしまうわ。今の魔力消費量がシエラさんには最適なのだから」

「なんだ。できんのか・・・残念だ。これで魔法を放つことができれば、『黒い稲妻』にも仕返しできたのになぁ」

「残念がらないでよ。それにヘレーナちゃんもそんな羨望の眼差しで見ないで」


 ハルからそんな指摘が出るようにヘレーナもシエラの義手のギミックに憧れているのがよく解った。

 ちなみに、このヘレーナは伯爵家の娘ということもあり普段は厳格な性格の仮面を被っているが、ときおり今日のような年相応の御茶目な姿を魅せてくれたりする。

 そんなヘレーナとの数日のやり取りで、ハルのヘレーナに対する呼称は『ヘレーナさん』から『ヘレーナちゃん』になっていた。

 ヘレーナの方が年下という事もあったが、それ以上にヘレーナがハルに懐いた結果でもある。

 そんなヘレーナは、この場で遠慮なく自分の欲求を伝えてきた。

 

「残念。私の義手もシエラさんのように強くして欲しかった・・・」

「ヘレーナちゃんには必要ないでしょ! アナタの義手はリミッター付きで、普通の生活は難なく送れる程度よ。まぁ、フィッシャーが浮気したらぶっ飛ばすぐらいのパワーはあるけどね」


 その言葉が聞こえて、自分が小柄なヘレーナから吊るし上げを受けている事を想像してしまうフィッシャー。

 

「ゲゲッ!」


 その狼狽する姿が可笑しかったのか、一同が笑いに包まれる。


「ハハハ」

「ウフフ」

 

 その笑顔の輪の中にヘレーナとフランチェスカも居た。

 ここに来た時は随分と固い表情の彼女達であったが、随分柔らかくなったものだ。

 そう思うハルである。

 こうなった理由についてはいろいろあるが、それでも自分の作った魔道具が彼女達に心の余裕を与えたのだと思い、ハルの心も愉快になった。

 

「さあ、次はフランチェスカさんね。ほら」


 ハルはサーキュレット型の髪飾りを彼女に渡す。

 これは彼女のための魔道具だ。

 フランチェスカはそれを受け取り、自分の頭に被せてみる。

 ちょうど髪の開けた額のところに小さい魔力鉱石が宝石のように輝き、高貴な印象を与えた。

 勿論、それはただの装飾品では無く、ハルが作る高度な精密魔法陣のひとつである。

 その魔法陣に僅かな魔力を吸われる感じがして、そして、変化が起きた。

 彼女の美しい額を穢していた傷がすぅーっと消え、そして、白い肌が蘇る。

 

「うわぁ」


 ハルより手持ちの鏡を受け取ったフランチェスカが、そこに映る自分の顔を見て一番に驚いている。

 元の彼女の顔・・・いや、肌のきめ細かさは以前以上の美しい顔がそこに映っていた。

 それを確かめるように自分の手で額を触り、この魔法による変身の効果が見た目だけではなく触覚も備わっていた。

 高度な魔法の効果に驚くフランシェスカ。

 

「凄い! 私の顔が元に戻るなんて・・・」

「そうよ。綺麗な白い肌になったわね。ほら見て、フィッシャーがデレデレしているわ」


 ハルが指摘するとおり、この美しい第一夫人の姿を見たフィッシャーの顔が朱に染まっている。

 興奮しているのに間違いはなかった。

 ハルはそんな下世話な事を思うが、当のフランチェスカも顔を赤らめてしまい、今更にそんな初心な姿が可愛いと思ってしまう。

 気を取り直したハルは説明を続ける。

 

「そして、このサーキュレットには少しだけ仕掛けもあるのよ。髪よ、赤くなれ、と強く念じてみて」

「え? 髪よ、赤くなれ?」


 ハルに言われるがままフランチェスカは念じてみたが、その変化はすぐに起きる。

 彼女の美しい金色の髪は、まるで頭頂部から赤い色素が流れるように真っ赤な色へと染まる。

 

「わわ。フランの髪が赤いなった! これもイイっ!」


 赤髪の美女になったフランチェスカ。

 フィッシャーは素直に彼女の新たな魅力を認める。


「どう? 変身できるようにもしておいたわ。その日の気分で髪色が変えられるし、変装だってできるからね。どこかで役に立つと思うわ」

「す、すごい・・・私、違う人になっている」

「人間って髪色ひとつで随分と印象が変わるからね。赤以外にもいろいろできるわ。試してみなさい」


 ハルから言われるように、その後、いろいろな髪色を試すフランチェスカ。

 銀色、茶色、白色とそれぞれに彼女の魅力があったが、フィッシャーからの評判が一番良かったのは黒色だった。

 黒い長い髪にブルーの瞳。

 エキゾチックな感じが良いらしい。

 ただし、黒い髪と言えばハルである。


「フィッシャー。お前ってハルの姿に憧れていたのか?」


 そんな漆黒の騎士アークからの指摘に、ハハハ、と乾いた笑いで返したフィッシャーだったのはココだけの話である。

 こうして、ハルの製作した魔道具が全員に譲渡される。

 

「ハルさん、ありがとう。フランとヘレーナも感謝している。本当に助かったぜ」

「別にいいわよ。私も人助けできたのもあるけど、久しぶりに魔道具を作ること自体が楽しかったし」


 ニコニコ顔のハルが告げたのは彼女の本当の気持ちである。

 やはり、ハルは創造者(クリエイター)なのだ。

 純粋にモノづくりが楽しく、それでいて自分の作ったモノに感謝されるのは作り甲斐があったとも言えよう。

 

「本当にこれは良いぞ。魔力消費も気にならない。具合いいのは一発で解った。これでまた二刀流ができるぞー、エイル!」

「ハハハ、シエラさんの頭の中は戦いの事ばかりですね。僕が想像したのはその両手で子供を抱く母の姿ですよ」

「そ、それは、エイル・・・つまり、私とお前の!!!」


 エイルの何気ない一言に、顔が朱を通り越して真っ赤へと一瞬に染まるシエル。

 意外なところで初心・・・いやそれも、中等生徒程度しかない彼女の恋愛経験の低さ故である。

 こうして機能停止になるシエラを置き去りにして、エイルからハルに報酬の話が出た。


「本当にありがとうございました。それで報酬の事なのですが・・・」

「それには及ばない。私は善意で義手やサーキュレットを作ったのだから、今更御代は頂けないわ」

「それは駄目です」

「大丈夫、大丈夫。今回はそれほど費用も掛かっていないし、主要な素材だってほぼ余り物で作ったから」

「そんなこと」

「いいって、いいって」


 軽い言葉で代金は不要だと告げるハル。

 恐縮一遍のエイル。

 そして、フィッシャーも同じように頭を掻き、「悪りぃ。でも助かる」と彼らしく軽く好意を返してきた。

 その方がハルもやり易かったので軽く往なした。

 逆にどう感謝していいのか、反応に困るはフランチェスカ達であったりする。

 

「本当に、このような素晴らしい魔道具を。それも僅か数日で・・・」

「別にいいって言っているでしょ。私って魔道具製作の愛好家(フリーク)だから、造る事は趣味のようなものだし。フランチェスカさん達は私と偶々出会えてラッキーだったぐらいに思えばいいのよ」


 そう結論付けるハルによって、半ば強引に報酬の話は終わってしまった。

 

「それに、まだ完成していないわ。細かい調整と、あと、義手は鉄のままってのが武骨で良くない。素肌に見えるよう変身の魔法を上掛けするかなぁ・・・アーク、ちょっと買ってきて欲しい素材があるのだけど・・・」

「ああ、この前に行った魔法の素材屋だね。解った。僕が買ってこよう」


 アークはハルを見るだけで彼女が何を必要としているのかを正しく理解できた。

 心の共有という魔法はまだ完全に戻っていないものの、心を読む魔法は漆黒の騎士アークの状態で使えるのだ。

 彼はごく自然な動作でこの大部屋を後にして、ハルの所望する素材を買い求めるためにひとりで行動を開始するのであった。

 

 

 

 

 

 

 大部屋を後にしたアークは修道僧が生活する区域から外へと出る。

 そこからアレグラの街中を三十分ほど歩けば魔道具関係の素材を取り扱う商会にたどり着く。

 その道中で、奇妙な出会いがあった。

 

 その女性は白と黒の立派な修道服に身を包んだ聖職者であった。

 少しだけ儚い雰囲気もあったが、それでも女性らしい姿で、顔立ちも美人な女性。

 アークは自分よりも少し年齢が上だと思った。

 その女性とすれ違い・・・そして、振り返る。

 その存在感。

 彼女が、とても一般人(・・・)には感じられなかったからだ。

 気になってしまったアークが振り返り彼女の姿を確認してみれば、相手も立ち止まって首だけ振り返っていた。

 修道服の裾から見える細い脚。

 サンダル履きの良く似合う細くて白い足。

 そこから視線を上へと移すと、柔らかそうな臀部と引き締まった腰が実に女性らしい。

 そして、振り返り美人の彼女の大きな目がアークを見詰め返していた。

 何か物欲しそうなその瞳・・・そんな気がアークの中でした。

 

「私の事が気になりましたか? 漆黒の騎士アーク様」


 女性からそんな言葉を聞き、アークは少し驚く。

 

「僕の存在を知っている?」


 そんなアークの言葉に、件の女性は慈愛の籠った微笑みで優しい言葉を返してくる。

 

「ええ、貴殿がこのアレグラに来るのは神より予見を受けていました。貴殿はこのアレグラを大きく変える存在である。そして、私の運命にも大きく関わる男性(ひと)・・・」

「・・・あなたは?」

「私ですか? 申し遅れました。私はマリアージュ。この公国の司祭です」

「公国で司祭の身分となれば・・・アナタは大聖堂勤めですね。こんなにお若いのに素晴らしい」


 先日、アークはマジョーレよりこの公国の政治体制を聞いたばかりだ。

 神聖ノマージュ公国は法王を頂点とした宗教国家であり、国の政治運営も宗教家が担っている。

 聖職位階の順位がそのまま政治の要職に反映されるらしい。

 上位から、法王、枢機卿、大司教、司教、司祭の順であり、彼女の位階は上から五番目となる。

 勿論、その下には、神父、助祭、上級修道士、中級修道士、下級修道士、一般信徒、と続いている。

 彼女はその中で中程の地位ではあるが、それでもアークと五歳と離れていない年齢を考えれば、大出世のエリート組になる。

 そんな女性はアークの賞賛に笑顔で応えるだけである。


「ありがとうございます。騎士様はお優しい方ですね。神が申していたとおりです」

「神様が?」

「ええ、神様です・・・時にアーク様、貴殿は神を信じますか?」

「・・・ええ」


 アークは少し答えに迷ったが、それでもこの問いには肯定で答えることにしていた。

 神・・・それはこの世界で存在が肯定されているし、こう答える事が一般論である。

 しかし、このときのアークの答えにマリアージュは満足しなかった。

 

「駄目ですね。嘘をつかれては・・・本当の貴殿は神なんて信じていない。必要ないと思っている。それは貴殿に信仰の心が無いからです」

「・・・」

「それでも、今は良いでしょう。神の御心を知らないのは無知だからです。無知は罪ではありません・・・少なくとも今は」

「・・・何が言いたい」


 アークの言葉が少し重くなる。

 それは、ここでこの女性より、ただならぬ危険な気配を感じたからだ。

 アークの言葉が険しくなったのはマリアージュの方も察する。

 しかし、彼女はここで動じなかった。

 

「貴殿は再び私の前に現れるでしょう。そして、貴殿は私にとって重要な存在になると神は言っています。私を、この公国を、次なる高みへ導く存在であると・・・」


「マリアージュさん、アナタの目的は何だ?」

「私の目的・・・それは、融和・・・全人類の平和のため・・・そして・・・」


 ここでマリアージュの目には別種の熱が籠る。


「貴殿とも・・・融合してみたい・・・わ」

「え?」


 ここで急に、マリアージュの目に熱が籠る。

 そして、恐ろしいほどの色気が放たれた。

 抗い難い何かがアークに襲い掛かる・・・


「むっ!!」


 そんな彼女の唐突な色香に、アークは反射的に身構えて抵抗した。

 一瞬だけアークの心臓は高まってしまったが・・・それだけで済む。

 アークはすぐに平静心を取り戻し、そして、自分に強烈な色香を放ったこの女性を睨み返した。

 

「・・・」


 重くて甘い空気と、厳しく固い拒絶の空気。

 ふたりの間にそんな空気が入り乱れる。

 しかし、その視えない空気のせめぎ合いは、それほど長い時間続かなかった。

 ふうーっと、彼女は放った色香と欲望に満ちた空気を収める。


「申し訳ありません。今のは、忘れてください・・・」


 マリアージュはそれだけを言い残すと、踵を返した。

 ここで彼女より放たれた色香は完全に霧散されて、彼女の元に纏う上品と清楚な姿に戻った。

 こうして、周囲も普段のアレグラの街の雰囲気へと戻る。

 先程は一瞬時間が止まるような緊張感を感じたアークであったが、それが嘘のようである。

 そんな彼女は黙ってアークの元から去っていった。

 残されたアークはそんなマリアージュから目を離さず、少しの間、彼女の後ろ姿だけを見送る事となる。




 アークがここで出会ったこのマリアージュという女性。

 これは後ほど調べて解ったことだが・・・彼女こそがこの公国で『聖女』と呼ばれる存在の女性であった。

 


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