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白い魔女と漆黒の騎士(ラフレスタの白魔女 第二部)  作者: 龍泉 武
第五章 神聖国家と漆黒の騎士
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第五話 エイルとシエラの戦場


「う、ぐっっっ」


 悔しさ一入(ひとしお)のシエル。

 修練と興味のために、自ら挑んだ勝負であったが、彼女の戦歴でここまで圧倒的に負けた経験など無く、大きなショックを受けている。

 そんな落ち込み地面に倒れたままのシエルに近付く男・・・先程、訳の解らない力で彼女を吹き飛ばした漆黒の騎士アーク。

 地面に倒れたままの彼女の身体を起こそうと手を差し出す。

 しかし、シエルはその手をパシーンと打ち返した。

 

「私に触るな! それに武人として、そこまでの情けは受けん」


 シエラは漆黒の騎士に噛みつくと、自分の力だけで立つ。

 その程度の意地はまだ残されていた。

 もとより、剣を奪われただけで、不思議な力で飛ばされた以外たいしたダメージなど受けていない。

 ただし、剣術士として敵に剣を奪われるなど、命を獲られるよりも屈辱的。

 そんな屈辱に染まったシエラに漆黒の騎士アークから声が掛けられる。

 

「シエラさん。勝負を強引に決めてしまい、申し訳ない・・・しかし、この勝負、初めから意味あるモノではなかったのです。現在の僕はこの黒仮面の力によって相当にパワーアップしている状態。言うなれば、ズルをしているようなものです。このような状態で勝負するのもフェアーではないと思う。本来ならば、この黒仮面を脱いで勝負に挑むのが武人としての流儀なのですが、今の僕はこの黒仮面を取る訳にもいかない」


 これはどうしようもない状況であると釈明する漆黒の騎士アーク。

 自分の力に奢る訳でもなく、そんな真面目な姿の彼に、シエラの毒気は少しだけ抜かれた。

 

「ふぅー、そうだろうな。お前・・・いや、貴殿の動きは人間の範疇を超えている。それに最後の力はなんだ? 何で私を吹き飛ばした?」

「それは・・・僕は『闘気』と呼んでいますが、実際は実体化した魔力の塊です。説明が難しいので、強烈な風の魔法だとでも思ってください」

「闘気だと? 益々、貴殿は人間で無いな・・・しかし、だから納得もいく。これならラフレスタの乱で悪魔を倒したという噂も信じられる」

「アハハ、その時はまだこの黒仮面を付けていませんでしたよ。しかし、あの時は力強い協力者も居ましたから」


 漆黒の仮面アークの視線は灰色ローブを着た女性へ向けられる。

 距離があるにも係わらず、その女性はプイっと恥ずかしそうに視線を逸らした。

 その仕草が可愛かったのか、漆黒の騎士アークはフッと小さく笑ってしまう。

 そんな微笑ましい姿を見せられたシエラも、これで完全に毒気を抜かれて、釣られて笑みを浮かべてしまう。

 

「なるほどな。お前は強い。それは認めてやろう」

「ありがとうございます。『南の虎』のシエラさんにそう言っていただけると僕も嬉しい。是非、この黒仮面が取れた時に再戦をさせてください。アナタの動きはブレッタ流剣術には無い動きですから、僕も学べるところが多いでしょう」

「ああ、そのときはこちらもよろしく。今度こそは貴殿に剣を抜いて貰うからな!」


 そう言って右手を出すシエラ。

 アークはその差し出された手に握手ではなく、シエラの剣を返した。

 先程の指三本で剣腹を捕えたままであったので、柄をそのまま差し出す形だ。

 ここで、アークはひとつ自分の気付いた事を述べてみた。


「あ、そうそう。シエラさん、アナタは元来、左利きだったのでしょう?」

「・・・やはり、解るか」


 ここで、ものの見事に利き腕を当てられるシエラ。

 彼女は隻腕である。

 つまり、左肩より先が無いのだ。

 そんな彼女であっても、この勝負に目にしていた者からはシエラの剣技に何ら問題を見いだす事はできなかった。

 それほどにシエラの剣技は洗練されていたのだが、アークの目にはそう映らなかったようである。

 

「まぁ、貴殿も一流の剣術士だ。剣の動き、筋肉の動きを見れば、利き腕がどちらかなど解ってしまうのも道理だろうな」


 そう認めるシエラ。

 ここでようやく周囲の者が、勝負を終えたふたりの元へと集まってきた。

 シエラの相方であるエイルは彼女の事を気遣う。

 

「シエラさん。大丈夫ですか?」

「エイル、心配するな。私はこのようにピンピンとしているよ」


 彼女は無駄に自分の右腕をブンブンと振り回して、無事をアピールする。

 先程見せていた悔しい姿など、もう影も見せていない。

 心の切り替えが早いのもシエラの持ち味である。

 そんなシエラは自分が少しムキになっていた事を認める。

 

「彼らの姿を見て・・・少々気が昂ぶっていたのかも知れんな」


 ここでシエラが言う彼らとは漆黒の騎士アークとその連れのハルに対してである。

 シエラの目がそれを語っていた。

 

「黒い髪、黒い瞳の人間を見て、身体が『ヤツ』の事を思い出したのだろう。私も未熟だよ」


 そんなシエラの言葉に激しく反応したのはハルだった。


「ええっ!?」


 まだ少し遠くに居たはずのハルなのに、シエラの言葉がよく聞こえていて、文字どおり飛んできた。

 

「私・・・いや、私達以外の黒い髪、黒い瞳の人を・・・見た事あるのですか?」


 そんな突然の食いつきに少々驚きながらもシエラは肯定をする。

 

「ああ、知っている・・・いや、忘れもしない。私の左腕を切った黒髪・黒目の男の存在を」

「!!! その話、聞かせてください」


 有無を言わせず、そう迫るハル。

 シエラはエイルと顔を見合わせ、そして、エイルから首を縦に振る合図・・・話してよいと言う合図だ。

 

「・・・いいだろう。聞かせてやろうじゃないか。私に屈辱を与えたヤツの話を」







 それは今より半年前。

 ラフレスタの乱が解決した前後の時間軸となる。

 場所は南方諸国の小国家グラザ。

 かつて、神聖ノマージュ公国と国境を有していた小国家である。

 そして、今は抗戦中であった。

 

ドーーン!

 

 大きな衝撃音が戦場となっている夜の平原へ響く。

 敵から放たれた魔法の炎が味方の陣地に着弾した音。

 そうすると壕に隠れていた数人が飛び出して、そこら中を走り回る。

 彼らの身体のどこかには火がついており、火炎魔法の攻撃でやられていた。

 金属製の鎧の上から燃えているので致命傷ではないが、それでも負傷した事に違いはない。

 

「く、火球の魔法か。威力はそれほどでもないが、それでも数が多過ぎる」


 そんな焦りを含む愚痴がシエラの口から漏れた。

 先程攻撃を受けた壕とは違うところに潜んでいたため、シエラ自身に被害はないが、友軍が傷ついた事を気の毒に思っていた。

 ここは戦地。

 一週間ほど前より始まったボルトロール王国との交戦の真っただ中である。

 そして、その戦いの期間が長引くほど、自分達が劣勢になりつつある戦況を理解させられていた。

 シエラはこの国の国防を司る騎士団には所属していない。

 しかし、ここは彼女の故郷であり、そこを侵略するボルトロール王国のやり方に憤っていた。

 シエラが騎士団に協力する形で徹底抗戦が続けられている。

 そんなシエラはこの国きっての剣術士であり、高い実力から最終防衛ラインを守る任に就いていた。

 この平原を失えば、その後ろにはグラザの街、そして、王宮がある。

 これ以上は決して後退できない状況だ。

 そして、現状の戦況は決して良くはない。

 いや、悪化する一方であり、これが限界一歩前である事も理解させられていた。

 

「くっそう、ボルトロールの奴らは戦争が上手い・・・」


 そう言ってしまうほど相手国の戦術は見事であった。

 ひとつひとつの攻撃はたいしたことが無い。

 恐らく、一対一で戦えば、自国のグラザ兵の方が技量は上であるとシエラは評している。

 しかし、ボルトロール兵は数が多いのだ。

 正確に言うと、同じレベルの兵を大量に揃えていると言った方が適切なのかも知れない。

 そんな兵からは単調な攻撃が黙々と続くのだ。

 そして、彼らは三時間交代で兵が入れ替わる。

 この単調な攻撃が二十四時間休み無く続く。

 これでグラザ兵の疲弊が溜まる・・・いや、それを狙っての持久戦が彼らの戦法であるのは明白。

 こうなってしまえば一時撤退して体勢を立て直すのも難しい。

 ジリジリと戦況だけが悪くなる一方であった。

 そんな状況であるシエラは少し考えて・・・次の結論を出す。

 

「私が出るとしよう。少し現場を引っ掻き回してくるから、その間にエイルは先程攻撃を受けた騎士達の治癒をしてあげてくれ」

「・・・解ったよ」


 ここでシエラからは相手の有無の言わせない要請を受けるエイル。

 エイルは南方諸国でノマージュ教を布教する宣教師であり、戦いは専門外である。

 しかし、そんな彼でも、その南方諸国で一方的に戦争をしているボルトロール王国のやり方が赦せず、シエラに協力していた。

 彼もシエラの性格をよく解っているので、ここで彼女を止める事なんてしない。

 エイルはエイル、シエラはシエラに課せられた役割を熟していた。

 それが戦場で個々に求められる正しい行動である。

 

「参るぞ!」

 

 そう言いシエラは壕から飛び出す。

 火炎魔法や矢の飛び交う夜の戦場で彼女の姿は目立っていた。

 濃い黄色の短い髪がそこらの魔法光に反射して、(いや)(おう)でもシエラの姿が兵士達の注目を集める。

 

「虎だ! 南の虎が出たぞ!」


 そんなことを叫んでいるボルトロール兵がシエラの最初の標的となった。

 腰に刺すふたつの剣を両手で抜く。

 二刀流が彼女のスタイルだ。

 その彼女が舌なめずりをすると、自分の存在を認めた敵へ突進した。

 

ヒュン、ヒュン、ヒュン、ヒュン!

 

 風を切るほど鋭いシエラの剣捌きが夜の戦場に舞う。

 

「ぐぎゃーーー!」


 そして、一瞬にて敵の四肢を切断した。

 一片の慈悲を見せないその姿は悪鬼にも映っただろう。

 しかし、それが戦場なのだ。

 

「駄目だ。一時撤退だ! 『南の虎』に構うな。一対一では無駄に命を散らすだけだ!!」


 そんな声が敵陣より挙がる。

 自分の悪評が広まっており、これは良いとシエラは思う。

 自分が正しく恐れられてこそ、この戦場で価値があると思ったからである。

 彼女(シエラ)は殺戮に快楽を見出している訳ではないが、戦い中で自分は価値のある存在だと思っている。

 自分が出る事で戦術的な局面をひとつひっくり返せるのは、武人として価値ある存在だと思っていた。


「さぁ、誰から殺られたい? 私は『南の虎』だ。次にこの牙に掛かって死ぬのは誰だい?」

「ヒッ!」


 凄む彼女に怖気付くボルトロール兵。

 及び腰、そして、明らかに後退する彼らであるが、それでもそれは戦場の一局面に過ぎない。

 彼らも一対一ではシエラに敵わない事を学習しており、計画的な退却を選んだ。

 そして、いつもの戦法としては、あるところまで退却して、そこで彼女に魔法の集中砲火を浴びせる。

 無敵の剣術士でも大量の魔法を往なせる訳ではない。

 そんな予測可能な戦法が続く事になるが、シエラはそれでもいいと思っていた。

 自分がそうする事で時間が稼げるのだから。

 先程攻撃を受けた友軍の負傷者を救うための時間が稼げるのは価値ある行動だと思う。


 しかし、今回は今までのそれと違っていた。


 退却する敵の部隊から逆に自分に向かうひとつの集団を認めるシエラ。

 その集団の先頭に立つ男は、まだ距離があるのにも関わらず抜剣して、それをシエラの方へと向けた。

 そして、その男から発奮の声が聞こえる。

 

「ハァーーーッ!」


 嫌な予感がして、シエラはサッと横に避ける。

 それが正解であった。

 直後、その男の持つ剣から極大の雷が発動した。

 

バリ、バリ、バリーッ!!


 極大の青白い魔法の雷は、闇夜に嫌味なぐらい輝き、そして、シエラが数瞬までいた空間を削る。

 巧みに、避けたシエラにダメージは無いが、その魔法の雷は空間を進んで、そして、グラザ軍の壕へ命中した。

 

ドカーーーーン!


 大爆発が起きて、数人の騎士が吹っ飛ばされる。

 そこは先程負傷者を出した壕であり、シエラの相方であるエイルが助けに入った壕でもあった。

 

「エイルーーーッ!」


 騎士よりも彼の事を心配して叫び声を挙げるシエラ。

 その現場は極大の雷が命中し、土の壁に大穴が開いていた。

 大量の土埃が舞う中、白い法衣を纏った若い男がかすかに手を振り返すのが見えた。

 

「エイル・・・何とか無事のようだ」


 彼から無事を示す合図が見えて、とりあえず安心するシエラ。

 しかし、敵はそんな彼女に容赦をしない。

 黒い剣が自分に迫る。

 シエラはそれを察知すると、左右の剣を交差させて防ぐ。

 

カギーーン!


 強い衝撃と青白い火花が生じた。

 自分を襲う刃は止める事ができたが、それでもその重い剣に今までの兵とは違う力を感じるシエラ。

 

「重い剣だっ!」


 そんなシエラのうめき声に、相手の敵はニマッと笑う。

 

「お前も悪くない剣捌き。だが・・・女か」


 そんな嘲りの言葉は全身が黒い鎧を纏う剣術士からのもの。

 シエラはこの敵が自分よりも若い男であると思ったが、それよりも、容姿がかなり特徴的であることに気付く。

 

「黒い髪に、黒い瞳の男・・・ここらで見かけない人種だ」


 そんなシエラの言葉に黒い男はクククと笑い返す。

 

「そうさ、俺は黒だ。『黒い稲妻』と呼ばれている勇者。髪の毛と瞳の色がお前達とは違うが、差別などしてくれるなよ」

「偉そうにしやがって・・・私よりも若い男。年長者には敬意を払えって師匠から教えて貰わなかったのかい?」

「敬意は払っているぜ。俺はどんな敵でも全力で戦ってやる。それが武人として相手に示す敬意ってもんだろう」

「いいねぇ。武人ってものを解っているじゃないか? 坊やは私の好みさ!」


 シエラはそう言って舌をなめずる。

 相手を挑発する行為だ。

 対する黒い男の方も負けてはいない。

 

「へへ、ゾクゾクするなぁ。戦いはこうでないと。最近は骨の無い奴らばかり相手をさせられていたから、退屈していたんだ」


 そう言うと男は黒い剣を頭上に振り上げて構えを取る。

 ヒューと、そして、静かに、大きく、深く、息を吐いた。

 それは静かな構えであったが、妙に迫力がある姿だ。

 そんな迫力の構えはこのゴルト大陸の剣術では見かけない技だった。

 

「なんだ、その構えは? 見た事のない流派か・・・」


 そんなシエラに男は挑発を続ける。

 

「女ぁ~、無駄口を吐く暇があれば打ってこい。それとも怖気づいたか? 俺は女を殺す趣味はない。背中を見せて逃げるヤツもなぁ」

「む、武人の魂を穢すかっ! お前ごときに私が女として扱われるとは・・・舐めるなぁーっ!」


 シエラは激しく相手を罵倒して、斬りかかる。

 それでも、ここでシエラは怒りに心を支配されてなどいない。

 女と見て舐められた事に腹は立てたが、それでも武人としては冷静であり、完璧な剣術士の技を以てこの黒い男に斬りかかったのだ。

 

 そして、ここで音がひとつ。

 

グシャッ!

 

 何かがつぶれる音・・・そして、剣を持ったままの己の腕が夜の宙へ飛ぶ。

 上から振り落とすものであろうと思っていたこの黒い男の剣。

 しかし、シエラがそれ討つ時、黒い男の剣が後ろに向かった思った矢先に、下からすくい上げられた。

 予想外の動きであり、そして、最速。

 それはシエラが今まで見てきた剣技で初めて見る技であった。

 それを反射的に目で追ってしまい・・・そして、地を這う刃に対応が一瞬遅れた。

 それが彼女にとって勝敗を分ける結果となる。

 左脇の下から自分の間合いへと侵入してくる敵の刃。

 それが振り上げられ、その結果、無慈悲にもシエラの左肩から先が両断されてしまった。

 一瞬、肩に熱いものを感じて、その後のシエラの目には自分の左腕が剣ごと宙へと飛ぶ姿がスローモーションのように映る。

 そして、その直後、耐えがたい激痛に襲われた。

 

「ぎぁーーーーっ!!」


 溜まらず濁音混じりの悲鳴を漏らすシエラ。

 のた打ち回り、地面へと惨めに崩れる。

 これで勝負あった。

 

「シエラーーーーッ!」


 遠くでエイルの叫びが聞こえた。

 

「バ、バカ。来るなーー!」


 そんな事を言うが、自分を襲う痛みで意識が飛びそうになるシエラ。

 仰向けに転ぶシエラに、ドクドクと鮮血が流れて、そして、その喉元には黒い剣が突き付けられた。

 

「これで勝負ありだな」


 黒い男はそう言い、自らの勝ちを宣言する。

 そこにエイルが駆け寄ってきた。


「シエラを殺らせない!」

 

 エイルはそう言いって、シエラの喉元に突き付けられた黒い剣をエイルが持つ聖なる杖で弾く。


バチーン!


 たいした力ではなかったが、それでも黒い男が持つ黒い剣先を弾く事には成功する。

 弾く際に青白い光が生じた。

 これを見た黒い男はこの神聖魔法使いの持つ杖に魔法が宿っている事を理解した。

 

「魔力付与された杖か・・・お前は高位な神聖魔法使いだな。この俺様の持つ黒い魔剣を弾く事ができるとは・・・その杖もそれなりの獲物か・・・」


 黒い男がそんなことを呟いている隙に黒い男の仲間の女性が駆け寄ってきた。


「厄介だわね。高位な神聖魔法使いは死にかけている人間さえ蘇らせられるって聞くし、リズウィが折角斬った女剣術士の腕も、くっ付けちゃうかもよ。油断しちゃダメ!」

 

 女はそう言うと近くに転がっていたシエルの片腕に、自身が持つ魔法の杖で力一杯叩き込む。

 そうすると杖から魔法が飛び出し、発動した。

 

ボウ!


 魔法の炎が発生し、切断されたシエラの腕を焼く。

 人の肉が焼ける嫌な臭いが立ち込め、周囲に充満する。

 そんな残酷な仕打ちに顔をしかるエイルだが、女の方は自分の技にご満悦な様子。

 

「キャハハ。これでもう再生できないわよね。こうしておかないと何度も何度もくっつけちゃうから、神聖魔法使いってのは厄介なのよ~」


 キンキンと甲高い声がやけに頭に響く女の声。

 不快と痛みから気絶しそうなシエラであったが、何とか意識を保ち、そして、武人としての最期を覚悟した。

 

「は、早く殺せ! 武人に情けは無用・・・そして、エイル・・・お前は逃げろ」

「何を言っているんだ、シエラ! 僕にそんな事ができる訳がないだろう!」


 いつもニコニコと優しいエイルの顔はここに無かった。

 今のエイルは必死にシエルを助ける方法を神へ懇願し、そして、その鋭い目を黒い男へと向ける。

 ここで黒い男はエイルが懇願している意味を理解していた。


――シエラの命を奪わないでくれ――


 そんな意味だ・・・

 自分の大切な者を守ろうとする必死の姿。

 健気な愛・・・それを見た黒い男は、ケッ、と言い、興冷めした表情となる。


「そんな目で俺を睨むんじゃねぇ。そもそも俺達の役割は陽動だ。結果はもう出ている」


 黒い男がそう指摘し、剣を平原の向こうの城の方へ向ける。

 まるでそれを見越したように、城より特大の火の手があがった。

 

ドーーーーン!


 赤い炎の閃光、そして、少し遅れて爆音が衝撃波となり平原の戦場へ響き、この場の全員が城で起きた惨状に注目を向ける。

 謎の爆発にグラザの騎士達が驚き、慄いていると、そのすべてに聞こえるようにして黒い男が大きな声で叫んだ。

 

「俺らは陽動だ!! 本隊が既にグラザ城へ攻め入り、そして、今、特大の魔法をぶっ放した。お前達の守るべき王族はもう誰も生きていないだろう。俺達ボルトロール王国が勝ち、そして、お前達は負けたのだーーーつ!!!」


 特大の声が戦場へ響き渡り、これがグラザ騎士達の士気を明らかに下げる。

 中には武器を捨てる者も居て、戦意を挫けた事が解る。

 それを目にした黒い男はこれで自分の仕事が終わったと感じたようだ。

 そんな黒い男はシエラとエイルに再び向き直る。

 

「だから言っただろう。もう、お前達は負けたんだ。だから、これ以上戦う意味はねぇよ。さっさと何処かに逃げてしまえ」

「・・・えっ? 僕達を見逃してくれるの?」

「ああそうだ。俺は言ったよな。女は殺さないって。糞坊主もだ。祟られると碌なこと無いからなぁ~」

「な! 何を言う。これは侮辱だ。真剣勝負をした私に・・・ぐ」


 まだ何か叫ぼうとしたシエラだが、突然に言葉が無くなる。

 それは彼女を抱きかかえたエイルが昏睡の神聖魔法を放ったからである。

 意識を飛ばす魔法は神聖魔法使いが得意としている魔法。

 何故ならば、彼らは適切な治療を施す際に患者の意識を一時的に奪う必要もあるからだ。

 意識を奪われてグタッとなるシエラに止血の神聖魔法を掛け、そして、彼女を引きずりながら後退するエイル。

 それを目だけで追う黒い男は決して追撃してくるような真似はしなかった。

 そんな黒い男の方針に仲間の女性は呆れている。

 

「リズウィも甘いわよね・・・まぁそこが良いところでもあるんだけど」

 

 女からのそんな評価に、黒い男は諸手を挙げると、振り返り静かに戦場を後にするだけであった。

 そんな彼の行動はここで自分の仕事が終ったこと意味している。

 この姿を見て、女は自分に課せられた最後仕事を行う。

 

「皆、見てぇ~! 『黒い稲妻』の勇者リズウィがまたやったわよ!! 『南の虎』を退治したわぁー!!! 彼こそが真の英雄。ボルトロールの勇者よぉーーー!」


 甲高い女の声は戦場の夜にケバケバしく木霊し、彼女の指さす先の黒い男に幾人もの注目が集まる。

 そこにはまだ燃え続ける『南の虎』の左腕と彼女の剣が炎の中に残っている。

 ゆっくり、ゆっくりと夜の闇の中で燃えて灰となっていくその腕は、これから滅亡してしまうグラザの運命を物語っているようでもあった・・・

 

 

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