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白い魔女と漆黒の騎士(ラフレスタの白魔女 第二部)  作者: 龍泉 武
第五章 神聖国家と漆黒の騎士
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第三話 大図書館の調査

 神聖ノマージュ公国の首都アレグラにある大図書館。

 この公国の中心である大聖堂より北側に立地する大図書館である。

 ここにはノマージュ教の聖書をはじめとした膨大な書籍が蔵書されている。

 神聖国家設立から始まるこの歴史ある図書館は、どの時代でも蔵書が続き、その書籍を収める図書館も増築が続き、そして、気が付けばゴルト大陸で最も大きく、かつ、歴史ある大図書館として現在の地位を築くに至っている。

 しかもこの大図書館は誰でも利用可能としていることが特徴的だ。

 平和・融和を教義に掲げているノマージュ教らしい公的機関であったりする。

 しかし、今回はそのような現場で、法王の失踪事件が起きてしまった。

 事件発生当時、法王ヤコブ・ローレライ・アナハイムⅥ世は調べ物の為にこの大図書館を訪れていた。

 勉強好きの法王としては、よくある行動であり、護衛などは最小限に付けてここを訪れていた時に発生した事件である。

 ちなみに、法王の失踪については混乱を招くために、今のところ公国民には伏せられている。

 理由はいろいろあるが、特に近年、隣国のボルトロール王国がゴルト大陸の覇権を狙って不穏な動きを見せている事も大きい。

 現時点で公国の弱みを晒す事はボルトロールに公国侵攻の切掛けを与えるようなものになりかねないと公国の上層部は考えているからである。

 それが法王の失踪をすぐに公表できない理由である。

 しかし、永遠に公表しない訳にもいかない。

 そうなる前に早く見つけたいと公国の上層部の誰もが思いており、法王の身辺警護を担っていた聖堂騎士が全力で捜査を進めているが、なかなかに成果を上げられていない。

 そこで、大司教より特命を受けたチーム『太陽の小鹿』が密かに調査活動を始めることにした。

 まず、彼らが最初に動いたのは失踪事件現場となったこの大図書館内の調査だ。

 

「キリアよ。そちらはどうじゃ?」

「マジョーレ老師、こっちの部屋は何の変哲もありません。魔法の痕跡も・・・反応がまったく無い訳でもないのですが・・・ この感じは多分本の腐敗防止の類じゃないでしょうか?」

「ふーむ、儂の方とそう変わらんな」


 マジョーレとキリアは法王が失踪した部屋で調査を行っていた。

 この特命チームの活動は一応秘密となっているため、大図書館の歴史について学術的な調査するという名目で許可を取って進めている。

 もどかしいが、これも致し方ない。

 しかし、マジョーレとキリアという高い技能を持つ神聖魔法使いにしてみれば、許可さえ貰えば、それなりの神聖魔法を発揮できる状況になるため、調査すること自体に問題は無い。

 索敵の魔法を用いて失踪現場である幾つかの部屋の魔法的な痕跡を調査する。

 効率的に行われるその様子を目にして、神父リュートもふたりの評価を改めた。

 

「あの嬢ちゃんとおっさん、なかなかヤル。場慣れしているのも戦地を経験したからなのか」

 

 そんなリュートからの賞賛の言葉に微妙な対抗心をみせたのがシエラ。

 

「戦地の経験ならば、私やエイルも負けていない・・・だが、この場で私が役に立たない事は認めよう」


 彼女はそう言って、剣の柄を右手の指でトントンと弾く。

 自分の出番は荒事であるとアピールしていた。

 そんな彼女を責めるほどリュートも悪辣ではない。

 

「そりゃそうだ。剣術士はまだ出番じゃねぇ・・・出番じゃねぇが、もし、悪霊が出てくれば、そんときは頼むぜ」

「悪霊だと? リュート殿は法王を拉致した犯人が人間ではないとお考えか?」

「さぁ、どうだろうな。それを調査するのが俺達の役割だからな・・・ただし、今回の事件は少し不合理だと思うんだ」

「不合理だと?」

「ああ、不合理。法王の爺さんはこの部屋で居なくなったとされている。当時、扉の向こうでは聖堂騎士達が見張っていた。つまり、あの扉を閉じれば、こちら側の部屋は密室になる」


 リュートが指摘するように、扉を閉じてしまえば、この部屋は袋小路であった。

 奥に四部屋ほど部屋はあるものの、窓もなく、他の場所へは行きようもない。

 

「密室・・・転移魔法とかがあるんじゃないか?」

「いや、それは無理だろう。大図書館の壁には外部からの侵入を防ぐため、転移魔法を阻害する神聖魔法が掛けられている。今、嬢ちゃん達にも調べて貰っているが、それが壊されている痕跡もねぇ」

「それでは法王様はどうして居なくなってしまったのだ? リュート殿が推理するにここは密室だったのだろう?」

「それが解んねーから、不合理だって言ってんだよ・・・くっそう、何か見落としてねーかなぁ」


 イラつくリュートであったが、それを宥めるのはシエラではなくその相方のエイルだ。

 

「リュートさん、落ち着いてください。そっと気持ちを安らぎで満たして和の心を。神の教えを思い出してください。さすれば神より御導きがあり、道は開けます」


 そんな正しいノマージュ教の教えを説くエイル司祭だが、それにさえ苛立つリュート。

 

「そんな説法をこんなときに・・・いや、これは正しきノマージュの教えだ。さすがは南方諸国で信者を増やした実績のある司祭様だ」


 リュートの言葉には多分に嫌味が混ざっていたが、そんな事にエイルは顔色ひとつ変える事もなく笑顔を維持していた。

 

「リュートさん・・・心が乱れていますよ」


 これ以上言葉を返さないが、このエイルの笑みが不良中年神父を自覚しているリュートにとって苛立ちを増加するだけとなる。

 彼の事を揶揄している自分の行いが悪かったとリュートは素直に反省することにした。

 

「ああ解った、解った。俺が悪かったよ。ここで仲違(なかたが)いしても、誰も得しねぇー」


 リュートの言葉の半分は自分に対して、彼なりに内なる自分の怒りを鎮めるためのおまじないのような意味もある。

 感情をコントロールするのも年長者としての嗜みであると、最近は少し思うところのリュートなのだ。

 

「・・・しかし、その教えを正しく持つ筈の聖堂騎士は何も解決できねーんだからな」


 そんな反論をしてみて、リュートの気は少しだけ晴れる。

 その台詞に反応したのはシエラ。

 

「確かにそのようだ。そもそも聖堂騎士達は既にここを隈なく調べている筈だが・・・」

「ああ、でも、俺はその情報を信用しねぇ。情報とは『広く・浅く・ときに深く』が俺のモットーでね。怪しいと思ったところは自分で徹底的に調べる質なんだ」


 その台詞はリュートが他人にいつも言う決め台詞のようなものであり、ドヤ顔をする。

 そして、彼なりの付随行動で胸ポケットに手をやり、そこからタバコを一本取り出した。

 火を点けようとして、ここでエイルに止められる。

 

「リュートさん、それは駄目でしょう。ここは神聖な大図書館の屋内です。火事になりますよ」


 エイルの指摘にハッとなるリュート。

 流石の彼もここでタバコに火を点けるのは不味いと思う。

 

「おっ、ヤベッ。思わずいつもの癖で・・・」


 慌ててタバコを仕舞うリュートの姿にシエラは呆れるしかない。

 

「まったく、コイツは本物の不良坊主だな・・・」

「すまねえな、ガラが悪くて。しかし、俺もヤルときはヤル人間だから・・・ん? なんだ、その目は? 疑っているな、俺の事を!」

「疑うも、何も。私はエイルに付いてきているだけだ。エイルとお前が敵対しない限り、お前のやっていることに干渉はしない」

「畜生。興味無しって言われるのも、何だか負けた気がするぜ・・・くっそう!」


 妙なところで悔しがる中年不良神父を見てシエラは再び呆れしかない。

 今回の特命チームは教団のエリート集団だと思っていたが、どうやらそんな認識を改めなくてはならないと考える。

 真面目なシエラはそう思いつつも、手近な本をひとつ取った。

 

「まったく、この教団ってヤツは・・・しかし、こんな本を見て何が楽しいのだ」


 シエラが何気なく取った本は『ノマージュ教団の歴史』である。

 それは教団設立から始まる記録であり、その年に起きた事を時系列で箇条書きにまとめた本であった。

 歴史的に価値ある書籍かも知れないが、剣術一筋のシエラからしてみれば、それは数字と文字の羅列でしかない。

 

「何々、ゴルト歴八〇一年、聖バコスがなんとか聖地を巡礼して・・・うむ、眠くなる内容だな・・・」


 そう言いながらもシエラは開いた(ページ)から目を離そうとしない。

 興味の無い人間にしては違和感ある行動であったが、近くにいたリュートはその本の頁にシエラが興味持つもの見つけたのかと思った。

 突然態度を変えたシエラを揶揄ってやろうとリュートは思い、シエラの開けた本の内容に目を移す。

 

「シエラは情報の価値を解っちゃいねぇんだ。いいか、そんな歴史の記録にも無碍の価値があってだなぁ・・・」


 ここでリュートがシエラを揶揄する言葉が徐々に小さくなっていた。

 シエラと同じように突然茫然自失となってしまったリュートではあるが、そんなリュートも眼を皿にして、シエラが開く(ページ)に注目を続ける。

 そんな彼の変化にエイルも気付いた。

 

「リュートさん? どうしたのですか? その歴史書に何か面白いものでも・・・」


 それを覗き込んだエイル・・・そして、彼もそこで同じように固まってしまう。

 こうして、三人の大人がひとつの歴史書を見て言葉を失っていた。

 当然、そんな彼らの変化は周辺の魔法を調査していたマジョーレとキリアにも解る。

 

「どうしたんじゃ、お前達。何か真相究明につながるものでも見つけたか? ん? こ、これは!・・・」


 近付いてその本を覗き込んだマジョーレもここで固まってしまった。

 最後に取り残されたキリアは自分もとその本を見て・・・

 

「な、何? これ・・・」


 突然に眩暈(まめい)と脱力感が彼女を襲う。

 

「指向性の魔法? この本の見ている人にしか、魔法を感じさせない!?」


 ここでキリアは自分に影響を与える魔法の存在を察知できた。

 それは、この本のこの(ページ)を見た者だけに作用する狙い撃ちの魔法であった。

 魔法に対する抵抗力が比較的強いと自負するキリアでさえも、抗い難い強力な魔法が施されているのが解った。

 しかし、時既(ときすで)に遅しで、キリアも含めて太陽の小鹿の全員が、その呪縛に落ちようとしていた。

 

「だ、ダメ・・・意識が・・・」


 キリアの視界がどんどん狭くなる中、シエラやリュートの身体は透けてきていた。

 

「意識だけじゃない・・・身体が・・・本に・・・吸われる」


 そう思う彼女であったが、いよいよ声が出せなくなってきた。

 

「も、もう駄目・・・誰か・・・助け・・・」


 キリアも自分の意識の限界を悟り、もう駄目だと思う・・・その矢先、突然に断絶感が・・・

 

ドンッ!


 低い音が聞こえた直後、本に吸われていた気の流れが止まった。

 そして、その流れが逆流する。


グィーーーーン


 吸われていた魂が急に身体へ戻されるような唐突感。

 

「ハァ、ハァ、ハァ・・・」

 

 息が荒くなり、心臓がバクバクとした。

 それでも霞んでいた視界は戻り、自分がまだ大図書館の一室に居るのを自覚した。

 そして、目の前には元凶となったぶ厚い歴史書があり、そこには黒い剣の刃がひとつ突き刺さっている。

 その刃の元をゆっくりと視線で辿り、そして、そこに男が居た。

 見た事もない男。

 真っ黒な服とマント、長い黒髪と黒い瞳。

 そして、その黒い瞳の周りを覆うように漆黒の仮面で隠している。

 どこかで見たような仮面・・・だけど・・・と思うキリア。

 そして、その仮面の男の後ろからは、ヒョイとキリアの知る女性の顔が出た。

 灰色の身体に合わないぶかぶかのローブを着たその女性は疲労困憊のキリアに向かって何事も無いようにこう語りかけてきた。

 

「キリア、何をやってんの?」

 

 

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