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第十六話 終わりと始まり ※

 私は蛍。

 砂漠の国の暗殺者。

 それも特殊部隊『蟲の衆』の上位者。

 所謂エリートな訳だけと、私にしてみれば別に~って感じぃ。

 子供の頃より厳しい訓練を受けてきたけど、私にはさほど苦労した感覚も無いしぃ。

 もしかしたら私って天才~?

 それに、親や兄弟だって、物心ついた時から会っていない。

 これだって別に悲観する事じゃない。

 貧しい砂漠の国の民ならば、よくある話だからね。

 そんな私は周りから楽観主義者だと良く言われる。

 どうなのかなぁ?

 でも、これだけは言えると思う。

 悲観して、絶望して、挫折して、悩む姿は私の性に合っていない。

 何故なら、私は自由に生きるのが好きだからね。

 男女の関係だってそうよ。

 初めての時も私はあまり気にしていなかった。

 それは女性ならばいつかは体験するもの。

 それならば、楽しい方が良いじゃない!

 そんな自由を謳歌している私。

 いつ死んでも怖くないと思っていた。

 人ならば、いつかは死ぬのだから。

 それだったら、今が楽しい方が良いじゃない。

 そう思っていたけど・・・

 白い仮面の魔女と対決した時、私は本当の恐怖を経験する。

 死ぬのは怖くないなんて嘘だった。

 私はまだ死にたくない。

 それは・・・

 

「ん? どうした、蛍? 下腹部に手をやって・・・ この前、白魔女にやられた所が痛むのか?」


 そんな私に声を掛けてくるのは同じ職業暗殺者のキリュスという男性。

 

「え・・・何でもないわ。それよりも先を急ぎましょう」


 私は何でもないと答えて、三人乗りの大型ラクダの手綱を強く引き直す。

 今、私達はオババの命令で砂漠の中を強行軍している。

 理由は簡単。

 先日に襲撃を受けた白魔女が、砂漠の民の本拠地であるオアシス・牙王城を目指していたからだ。

 オババからは「不吉じゃ。今すぐに牙王城に参るぞ」と命を発し、私達は移動していた。

 ここで、キリュスまでがついて来る必要も無かったのだけど、彼は何となく成り行きでついて来てしまった。

 いや、嘘・・・

 私からついて来てほしいと頼んだのだ。

 彼は少し悩んでいたようだけど、結局、ついて来てくれた。

 「三日間世話になったからな」とはキリュスの弁だが、私は嬉しい。

 あとでキスしてあげるよ。

 そんな事を考えていると牙王城が見えてきた。

 砂漠の国の中心に位置している最大級のオアシス。

 私も数回ほどしか来た事は無いけれども、この国の中心に違いない立派なオアシスだ。

 そんな砂漠の国の首都は何処か余所余所しい様子だった。

 いつもは、どこかゆっくりとした時間が流れるこの牙王城だけど、今のここは多くの人が右往左往する様子が遠くからも良く解った。

 そんな状態で、早掛けの大型ラクダは私達三人を乗せても馬力はある。

 オババに急かされて、私達はあっという間に牙王城の入口までやって来た。

 

「どうなっておる。牙王様は? 牙王様は無事かやあ?」


 そんな焦るオババに詰め寄られた衛士は状況を簡単に教えてくれたが、それは我々の想像を絶するものだった。

 

「ぞ、賊に攻められて、牙王城が陥落しました。牙王様と王妃様達は全員惨殺されてしまい・・・」

「な、なんじゃと!」


 オババの顔が一気に強張る。

 そして、衛士の言葉が信じられなかったのか、その現場までオババは足を運んだ。

 普通ならばそんなの無理な話だが、これもオババの権限のお陰だろう。

 砂漠の国の巫女として強い発言力もあるのだから。

 そして、私達はその現場を目にして唖然となる。

 襲撃は昨日の夕方だったらしいが、それでも現場となった謁見の間は目を覆いたくなるぐらい惨状が残されていた。

 元々は美しいと思われた床や壁の大理石は所々に陥没していて、一部には大きな穴が開き外の景色が丸見えになっていた。

 そして、所々に血痕も残されていて、その量が尋常じゃなかった。

 次に我々が移動したのは別室。

 そこに安置されていたのは死体であった。

 牙王様と彼の妻達・・・つまり、この国の最高権力者達・・・の死体。

 多くの身体部位が欠損していて、殺したのがとても人間の仕業ではないと思えた。

 この中で最も凄惨に殺されていたのは牙王様。

 その亡骸にオババは強い衝撃を受けていた。

 

「おぉぉぉぉ、牙王様ぁがぁぁぁ」


 瞬きをするのも忘れてしまったかのように大きく開かれた目。

 そこからは涙が無機質に流れていて、呼吸も荒い。

 所謂、過呼吸というやつだろう。

 私は牙王様に会った事は無いが、オババは昔から苦楽を共にした仲間だと聞く。

 そのオババが受けていた衝撃は想像できる。

 想像はできるが、共感できるかというと、そうでもない。

 私は冷たい心の人間なのだろうか?

 いいや、違う。

 今の私は、自分の目の前に横たわる同僚だった女性の死体。

 それを見て落胆している方が強かったのだ。

 自分の良く知るミールという仲間。

 話した事の無い『牙王様』よりも、身近なミールが死んでしまった事の方が、私の中では大きな損失なのだから。

 

「くっそう。これは皆、死神の仕業じゃ。あの男めぇ! あの男めぇ!」


 オババの呪詛の言葉が漏れ聞こえてきたが・・・それはオババがアークの事を犯人だと決めつける発言だった。

 アークの事を『死神』と呼び、彼を忌避するオババ。

 しかし、私はそれを完全には共感できない。

 何故そう思うのかと言うと、この凄惨な死体群の中で、唯一、ミールだけは美しい形で死んでいたからだ。

 後ろから槍で心臓を一突きにされている。

 おそらくこの傷が致命傷となったのだろう。

 しかし、それでも美しい死に方だと思う。

 目は優しく閉じられていて、まるで眠るように穏やかに死んでいる。

 ここに置かれていた他の死体達の中で唯一穏やかに死んでいるようにも見えた。

 彼女だけが死神からの激しい怒りを受けていないようにも感じた。

 

「アークは絶対こんな事をしないわ。決してミールの命を奪うような男ではない・・・」


 私は人を・・・いや、男を見る目だけは確かだと思っている。

 男は私の前で嘘などつけない。

 それは、男と言う動物は私のような魅力的な女を前にして、下心と本心を本能的に曝け出すものだから・・・

 そんな中でアークは男として本物だと思う。

 彼がミールを愛しているのは本物だと思ったの。

 だから、ミールを殺したのは絶対にアークじゃない。

 そう信じたかった。

 そして、このとき、私の感傷に水を差す存在が現れる。

 

「おお、これは、これは、蛍じゃないか?」


 揚々として現れたのは、それなりに顔の整った同世代の男性。

 しかし、その眼の奥に宿す色が、私の好みではない人。

 

「・・・アルヴェ様」


 確か、牙王の十人の王妃のひとりだったメニヴェ様の息子だったと思う。

 言うなれば、牙王様の実子のひとり。

 この国の支配階級の上位者で、雲上人ではあるが、そんな雲上人を何故知っているかと言うと、以前とある秘密任務で彼の警護をしたことがあるからだ。

 そして、そのとき彼に抱かれた。

 私の印象にそれほど強く残っていないので、彼の床の技術はそれほどでもなかったと思う。

 それよりも、今の状況でニタニタしているのが気に入らない。

 自分の両親が惨殺されているこの状況なのに・・・

 

「蛍よ。現在は由々しき事態である。牙王様が殺されて、砂漠の国は揺れている」

「由々しき事態・・・確かにそうでしょうね。アナタの両親――国王と王妃も惨殺されて、今は喪に・・・」

「いや、喪など必要ない!」

「必要ないと?」

「そうだ。私の得た情報では既にビリアニが兵を挙げて動き始めているらしい」

「ビリアニ様・・・確か、第一王妃のオリアニータ様のご子息」

「そうだ。アイツはこれを機に砂漠の国の王の座を奪うつもりなのだ。しかし、アイツには才能はない。あるのは野心だけだ!」


 そう豪語するアルヴェだが、私は心の中で溜息をついてしまう。

 それは、アルヴェも同じ穴の(ムジナ)であり、ビリアニとそれほど格は変わらないと思ったからである。

 何故、私がそう結論付けたかと言うと、実はビリアニにも抱かれた事があり・・・と、その話は、今はいいだろう。

 それよりも今はさも高尚な演説を続けているアルヴェの方だ。

 

「・・・だから、私も兵を集めている。他の王子達も似たり寄ったりで、早く多くの兵を早く掌握できた者の勝ちなのだ」


 そんなアルヴェを見て、私も何となくこの先の展開が読めてきた。

 

「特殊部隊『蟲の衆』の蛍がここに居ると聞き、私が自らやって来た。我が陣営に与しろ。これは命令」


 ほーら来た。

 私はアルヴェの自分本位な命令に嫌気が指す。

 ミールが死んだ事で、ここでの私の機嫌も悪かったのだろう。

 そんな私の心の色は、すぐに顔に出てアルヴェに伝わった。

 

「蛍よ、どうしてそんな嫌な顔をするのだ? 私に付けば、お前にもメリットがあるぞ。砂漠の国を平定して王に就いた暁にはお前を王妃にしてやろうじゃないか。第一王妃は血筋的に無理でも、お前の閨は第四、いや、第三王妃の価値に値するだろうからなぁ、ウフフフ」


 彼は華麗に笑ったつもりだろうが、そこに厭らしい笑みを隠せていない。

 私はアルヴェの男としての価値を下方修正した。

 

「それは御免被ります。私は自由な女。王族の権力闘争に興味はないわ」


 やんわりと拒否してやったつもりだったが、それがアルヴェには不満だったみたい。

 

「何って事を言う! この私からの誘いを無碍にするとは不敬なヤツめ。お前など私が少し意見すれば・・・!」


 そんな脅すアルヴェの言葉が、途中で止まった。

 何故ならば、今のアルヴェの首に、光るナイフが添えられていたからだ。

 ここで音も無く彼に近付き、首にナイフを当てたのはキリュスだ。

 彼は魔法を失っても一流の暗殺技術は失われず、能無しのアルヴェはおろか、彼の護衛達でさえもキリュスの行動に気付けなかったようだ。

 

「蛍はイヤだと言っている。どうする?」

「・・・」

「黙っていては解らんぞ。私は別に砂漠の国の人間じゃないからな。お前の事は何処の誰だか解らん。俺にとってお前は普通(ただ)の人だ。その俺が少しでも機嫌を悪くすれば・・・」


 キリュスはそう言い、持っていたナイフの刃を少し引く。

 そうすると、アルヴェの首の皮が一枚切れて、少しだけ血が滲んだ。

 そんなアルヴェ自身はこの程度で血の気が引いたらしい。

 

「ヒッ! わ、解った。蛍が我が陣営に与しないというならば、それでも構わぬ」

「なるほど。解ってくれれば、いいんだ」


 そして、キリュスはアルヴェを解放する。

 アルヴェは後退りで逃げて、自分の部下のところまで退却して安全なのを確認すると、捨て台詞をひとつ吐く。

 

「く・・・蛍。覚えていろ! 私を選ばなかった事を後悔させてやるからな!」

 

 それだけ言うとアルヴェは取り巻きを連れてこの部屋から出て行った。

 私はそれを目線で追っ払う。

 

「ふん。下らないわよね。私は自由な女よ。アナタには私を飼えないと思う」


 そう吐いて捨ててやった。

 女の勘だけど、あのアルヴェの陣営は絶対に成功しないと思う。

 絶対にそう思う。

 呪われてしまえ、この下男めぇ。

 私はそんな蔑みの言葉を心の中で唱えて、そして、礼を伝えるべき男に言葉を忘れない。


「キリュス、ありがとう。助かったわ」

「礼には及ばない。私は所詮、余所者。この国に居られなくても、どうにでも成る」

「・・・そうね。キリュスはこれからどうするの?」

「私か・・・どうするもこうするも、当てにしていた闇の呪術師がアレではなぁ・・・」


 キリュスの視線の先にはオババの姿があった。

 そのオハバはと言うと、「終わりじゃ~ もうこの国は終わりじゃ~」と自暴自棄となっていた。

 巫女として大切にしていた水晶玉も、その内部が曇っていた。

 きっとオババが駄目だと思う気持ちが魔力的に強く作用した結果なのだろう。

 これだと魔道具としての価値も無くなる。

 そうなると、もうこの巫女という仕事を引き継ぐ事も難しいだろう。

 

「確かにぃ、オババも自暴自棄になっているしぃ。私も継ぐ意味が無くなっちゃたわ」


 それほど深刻に考えていない私。

 私も巫女という仕事を継ぐ気は初めから無い。

 それでも、義務だと言うならば渋々受けていたのかも知れない。

 しかし、私の本質は自由だから。

 今の瞬間を、感じている事を、大切にしたいと思う。

 

「という訳で、私はアナタの旅について行く事にしたから」

「なっ、何ぃ!?」

「だってキリュス、アナタって自分に掛けられた魔女の呪いを解きたいんでしょう?

「そ、それはそうだが・・・しかし、私にもう他の宛てが無い・・・」

「諦めてどうするのよ。闇の呪術師はオババひとりじゃないわ。そもそも神聖魔法使いを頼る手だってあるわよ」

「いや、神聖魔法使いは我々暗殺者のことを良く思っていない。無理だ」

「決めつけては駄目。良い? それは自分が現場に行ってみて、そこで決めれば良い話よ。すべては直感(フィーリング)。その時に何を感じたか。人はそれで動くものだから」

「そんなこと・・・夢だ。あり得ない」

「いいえ、あり得るわ。私がその証拠よ」

「?」

「まぁいいわ。それよりも行きましょう。もうここに居ても何も意味がないのだから」


 私はそう言いって、不思議がるキリュスを無理やり引っ張ってこの場を後にする。

 このときの私は大切な何かを見つけたのかも知れないと思っていた。

 砂漠の国は終わってしまいそうだけど、私にとって次に新しい何かが始まる予感がした。

 その直感を信じてみようと思う。

 一方の手はキリュスの腕を引き、そして、もう一方は自分の下腹部に手をやり、それを大切にしたい・・・

 直感で・・・そう思ったの。

 

 

あと二話残っていますが、これで『砂漠の国』編は終わりとなります。少し早いかも知れませんが、登場人物の章は更新しますね。

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