第十四話 勝負よ! ※
『美女の流血』の模倣品の魔法薬に侵されて記憶を奪われたアクト。
彼を連れ戻すため、ここまで追ってきた白魔女のハル。
念願の彼の姿を見た途端、彼女は涙が溢れそうになった。
アクトが帝都ザルツで拉致されてから一箇月ほど経過している。
その間、ハルはどれだけアクトの事をどれだけ愛していたか思い知らされる日々を過ごしてきた。
夜寝る時も朝起きる時も、遂、アクトの事を探してしまう。
物を買う時も無意識にふたり分を買ってしまうし・・・
もう既にハルの生活の一部にアクトが無くてはならないものとなっていた。
アクトを拉致した犯人は解っている。
それは同じ帝都大学の研究補助員ミール。
そして、彼女の正体は砂漠の国の特殊諜報員『蟲の衆』の通名『蜘蛛』である。
その彼女が帝都から脱出した事は察知していた。
アクトとの心の共有が切れてしまったハルであるが、彼女にはもうひとつリンクが残っていた。
それが『魔剣エクリプス』だ。
『魔剣エクリプス』はアクトとハルの契約があって初めて成立する魔剣。
その効果については様々あるが、そのひとつに互いの状況を把握できる機能もある。
心の共有よりもつながりは弱いものの、アクトの大体の所在地を把握する事はできる。
これを頼りにアクトの痕跡を追ってきたハル。
そして、エストリア帝国南部の街スタム領までたどり着いたまでは良かったものの、ここはハルにとって全くの未開地。
砂漠の国の間者のアジトを探すところから始めなくてはならなかった。
ミールの情報に近付くものの、いつもあと一歩のところで追いつけないでいたハル。
そして、追跡の舞台はスタムから砂漠の国へ移り、追い付け、追い付けで、それが続く三度目の正直でこの牙王城までやってきたのだ。
そして、遂にアクトとミールを見つけて現在に至る。
外観はクールを装っているハルだが、その中身は嬉しさの最高潮であったりする。
しかし、当のアクトはミールから受けた美女の流血の模倣品魔法薬の影響により、高度な記憶喪失とミールに最大限の忠誠を尽すよう仕込まれている事も理解している。
自分からの呼び掛けにもなかなか応じて貰えない。
こうなったら、殴って気絶せてでもミールから引き剥がすしかない・・・
そんな事を考えるハルだが、ここでアクトが先に動いた。
アクトは地面を蹴り強烈な加速を見せる。
これは魔法薬によるパワーアップ効果だと認識するハル。
先程はそれを見誤ってしまい、ローブの裾を簡単に掴まれて醜態を晒してしまったが・・・次はそんな訳にいかないと白魔女のハルは思った。
そして、迫り来るアクトの動きを冷静に観察し、彼の能力がどれほど上昇しているのか探る。
「これは・・・アクトってクスリの力で相当にパワーアップしているわね」
予想以上の加速を認めた白魔女のハルであったが、それでもまだ対処可能な範囲だと結論付ける。
ハルは自分の腹部に迫るアクトの膝蹴りを巧みに往なし、そして、振り向き際にアクトの腕を取った。
そして、くるりと器用に回転して、アクトが走ってきた力を利用して自分の腰でアクトの身体を上手く持ち上げて、そこを支点に投げた。
これは柔道で言う『払い腰』という技だが、ハルは無意識にこれをやっていた。
「ぐわっ!」
いきなりの体術をかけられて宙を舞うアクトだが、それでもアクトは投げられる瞬間にハルの腕を掴み返し、何とか空間にひとりだけで投げ飛ばされるのを回避した。
これはアクトが単純にパワーアップしただけではなく、彼が元々持つ格闘センスによるものである。
こうして、飛ばされるはずだった力を利用して、今度は白魔女のハルを強く自分の元へと引き寄せるアクト。
その時に生じた強烈な衝撃がアクトの関節を痛めるが、それでもその痛みを我慢する。
結果、強く引っ張った事で、白魔女のハルの頭をアクトの胸で受け止める形になる。
(この白い仮面の女の弱点・・・そこを攻めるんだ!)
アクトは何故か初見である筈のこの女性の弱点を知っていた。
アクトの手は彼女の髪をかきあげて、そして・・・
カプッ
「ひゃぁん!」
ここで白魔女のハルから艶やかな声が漏れ、その直後に彼女の魔法は解除された。
ドーン!
「ギャア!」
ここでの落下音と悲鳴はミールから発せられたものであり、白魔女の魔法が強制解除した結果、地面へ落下してしまった。
そして、当の白魔女は顔が真っ赤である。
これは白魔女の耳をアクトが甘噛みして、彼女の弱点を攻略したことによる。
(よし! 上手く集中力を阻害できたぞ!)
アクトは心の中でガッツポーズし、次なる攻略を行う為、白魔女の身体へその魔の手を伸ばす。
次なる白魔女の弱点を目指して彼女の急所に掌が伸びるが・・・その時にガシッ!と行く手が阻まれてしまった。
アクトの腕を掴んだのは白魔女の細腕。
それは白仮面のパワーを得て、恐ろしいほどの握力で剣術士の腕を締めつけた。
「ぐわーっ!」
アクトは堪らず呻き声を挙げるが、それでも白魔女のハルは容赦しない。
そして、もう一方の掌でアクトの顔面を鷲掴みにし、空中へ吊り上げる。
「この攻撃は一体、ど・う・言・う・つ・も・り・か・し・ら? この変態野郎~っ!!」
顔が真っ赤な白魔女のハル。
それは怒りなのか、それとも、アクトより受けた弱点攻撃によるものなのかは不明。
ミシ、ミシ、ミシ、と音が聞こえてきそうな状況にあるが、アクトは必死に言い訳する。
「うぐぐ。違う・・・これは真っ当な弱点攻撃だ!・・・魔術師の・・・集中力を阻害するための・・・高尚な攻略手段だぁぁ!」
真面目にそう答えるアクト。
これに呆れて、白魔女のハルは彼をポイと捨てた。
ドンッ!
「う・・・くっそう、莫迦力で絞めやがって・・・」
多少フラフラしながらもアクトはそんな事を言って立ち上がる。
対する白魔女のハルは・・・アクトの破廉恥な攻撃に呆れるしかない。
「まったく・・・忘れていたわ。この男の本性がムッツリ助平で、オッパイ大好きだったという事実を・・・」
「それは違うぞ! 俺はなぁ、魔術師に対し、最も有効、かつ、効果的、かつ、傷付けない方法を一瞬のうちに画策してだなぁ、それを実行したまでだ!!」
「はいはい、解った、解った・・・でも、アナタってこれ大好きでしょう?」
白魔女のハルはそう言って自分の乳房を持ち上げて寄せてみた。
その見事にまん丸な双丘に一瞬目が行くアクト。
しかし、その直後・・・彼は鉄の精神でその魔力に抗う。
「く・・・違う。違うぞ。女よ。俺はそんな助平じゃない・・・だが、俺も男だ・・・確かにちょっとは好きかも知れないが・・・ん!? いやいや、違う。違うぞ! 俺は紳士だから・・・」
白魔女に悩殺されながらも、それを素直に認めないアクト。
それは滑稽な姿であったが、器用に自己否定しながらも葛藤する姿を目にした白魔女ハルは変わらない彼の本質を見せられて、フフンと少しだけ陽気になってしまう。
完全に記憶を封じられているようにも見えるが、それでも、少し穴があると思ったからだ。
自分の魅力には正しく反応しているようだったから・・・
それならば、と、ハルは少し作戦を変えてみることにした。
「それじゃ、私も別の本気も出してみましょうか?」
そう言うと白魔女のハルは自分のローブをパッと脱ぎ捨てる。
「なにーっ!」
美女が突然脱いだものだから、アクトも焦る。
布で目元部分が覆われている盲目アクトだが、それでも美女の流血によるパワーアップとミールとの意識共有の結果、普通の視野とほとんど変わらず現状を把握できていたりする。
そんなアクトが認識したのは白魔女のあられもない下着姿。
彼女が装備していたそれは、生地の面積が極端に少ない白い下着であった。
男を誘っているとしか思えない。
果たしてその下着にどのような機能があるのか?と、そんな説教をしてやりたい、全く以ってけしからん衣装。
その意匠は今までのアクトの人生では観たこと無いほど刺激的でドキドキとしてしまう。
ローブの上からは抜群のスタイルの女性だと思っていたが、彼女はその期待を裏切らなかった。
女性としての曲線美は素晴らしいの一言である。
全く以って・・・けしからん。
「ど、どう言うつもりだ!」
「何を喜んでいるのよ。これって、ただの水着じゃない」
「み、水着ってなんだよ!」
「あら、水着を知らない? こうやって泳ぐときに使う衣装だわ」
ここで白魔女のハルは平泳ぎの真似をする。
その度に彼女の大きな双丘が揺れる。
「ムムッ! はしたないぞ!」
アクトは唾を飛ばしてそう注意するが、それでも彼の視線は白魔女の揺れる大きな乳房を凝視したままである。
その様子を見て、白魔女のハルは自分の魅力が正しく作用していると思った。
「どう言うつもりって、これは新たな勝負の提案よ。身体の弱点を知っているのはアナタだけじゃない。私だってアナタの弱点をいっぱい知っているんだからね」
白魔女のハルがそう言うと、再びミールが空中に浮かび上がる。
「わわっ、また魔法を!」
ここから連なるミールの抗議の声は無視されて、先程とまた同じように空中でグルグルと回されるミール。
ミールの抗議の声などはもうこのふたりの間には雑音に等しいのだ。
そして、白魔女は不敵な笑みをアクトに示す。
それを見たアクトは・・・
「ふ、面白い・・・その勝負、受けて立ってやろうじゃないか」
そう言うとアクトも自分の服も脱ぎ棄てた。
平服だったので脱ぐのにさしたる苦労は無い。
細身の身体に纏っているのは肉食獣のようなしなやかな筋肉。
敵から浴びた返り血だけが余計に邪魔だった。
ここで、持ち合わせていたように、白魔女から水の魔法が発動される。
白魔女の発した大量の水の魔法がアクトに襲い掛かる。
パシャーーーン!
対して、アクトはこれに何も恐れていない。
彼の魔力抵抗体質の力が作用して、水の魔法の殆どが蒸発させられたが、それでも何割かはアクトの身体にその水がかかり、彼の身体を汚していた返り血がすべて洗い流された。
アクトもその意図を何となく察していたのか、大きな抵抗はない。
これでアクトの身体は綺麗になる。
そして、これで準備は整ったと互いに理解した。
「勝負は互いに集中力を阻害されれば負けよ・・・私ならば、ミールが地上に落下すれば負け・・・アナタならば私に夢中になれば負け」
「く・・・それで勝負の商品は何だ。俺が勝てば何らかのメリットはあるんだろうな?」
「ウフフ、あるわよ。私が勝てばアナタの身体を好きにする。アナタが勝てば私の身体を好きにすればいいわ」
「何だ、それは!? 俺にデメリットが考えられん!」
「別にいいじゃない。私がそれで良いって言っているだから。それに、これ以上に服を脱がせるのも反則・・・もしそんなことをすれば、勝負にはならないし」
そう述べて、悩ましい表情でアクトを更に挑発する白魔女のハル。
「くっ、まるで俺の事を助平だと思っているような物言い。いいか、俺はこう見えて・・・」
「煩いわねぇ。世の中、結果が全てよ。あとで言い訳するんじゃなくてよ。それじゃ始めるわっ!」
アクトからの抗議の言葉を無視し、その直後に白魔女の姿がブレた。
彼女が地面を蹴ると、一瞬にしてアクトの正面へ現れる。
「早い! うぐっ!!」
アクトの顔は掴まれて、白魔女にあっという間に唇を奪われてしまう。
赤い口紅の唇がアクトを攻略し、その柔らかい感触がアクトの思考力を低下させた。
「うっ・・うぐ・・・うぉ!」
押し寄せてくる甘美な刺激。
それは魔女の甘美な罠であり、彼女を受け入れてしまっても良いと思えてしまう。
そして・・・
(これは・・・何だろう・・・覚えている)
アクトがそう感じた直後、心に断絶感がひとつ走った。
バン!
太い糸がひとつ切れる様な感覚・・・そして、喪失感。
「ギャア!」
同時にミールからもそんな悲鳴も発せられた。
その理由が解っているのは白魔女だけである。
(よかった。やっぱり、アクトに強い意識を・・・私を強く思い出させようとすると、ミールからのリンクが切れるみたいね)
白魔女は自分の推察が正しかったと認識する。
ミールの支配のリンクはアクト側が受け入れないと成立しない。
クスリの力でリンクを形成しているが、それでもアクトがそのつながりを願えば、その結合力は強くなる。
ならば、その逆も然り。
アクトが別の女性につながりを求めれば、ミールからの支配のリンクは弱くなる。
こうして、ひとつのリンクが無効化できたのはその証拠だ。
しかし、これもまだ序の口である。
アクトとミールの間には無数の支配のリンクが張られている。
白魔女の仮面の力により卓越した魔力感覚を得ていたハルは、その赤い糸が複雑に絡んでいるのが見えていた。
(それを、全部、叩き切ってやるわ!)
ハルがそう決意すると、次の段階へ入る。
アクトを地面に押し倒して、彼の肌の上半身にキスをばら撒く。
「な、何ぃー!? ぐ、ぉぉぉーーー!!!」
白魔女の柔らかい唇の感触に、時折ビクンビクンと衝撃が身体を突き抜ける。
そして・・・
パン、パン、パン!
数多の破裂音。
次々とミールとのリンクが失われる音である。
それが、アクトの心の中では嬉しいと感じてしまう反面、危機感もあった。
「ダメだ。こ、このままでは負けてしまう」
本能的に自分の負けが近い事を悟ったアクトは、嬉しいほど焦っていた。
なんとか反撃の手段はないかものとアクトは必死に記憶のすべてを使って考える。
焦燥感にかられたアクトは脳内にひとつの事を閃いた。
彼はその本能に従って行動する。
その行動とは・・・白魔女の背中へと指をやる。
そして・・・
すうーーーーーっ
なぞるか、なぞらないかの微妙な指の接触を白魔女の背中へと・・・
ここで白魔女の身体は仰け反った。
「あぁぁ、アクト。それは・・・は、反則よぉーっ!」
ビクンピンクと全身に電気が走ったように反応する白魔女。
そんな様子に、これは確実に効いているぞとアクトは思った。
しかし、白魔女からの追撃も止まらない。
キスの嵐がアクトに降り注ぐ。
「反則も、糞もあるか! お前こそ・・・くっそう、負けそうだぁぁぁ!」
「いあぁぁぁぁ」
互いによく知る弱点を攻める中、ここで、一際大きい音の連鎖が起きた。
バチーーーーン!
「ギャーーー、嫌ーーーっ!!!」
ドーーーーン!
「ああぁぁぁぁ~」
これは、アクトとミールの支配のリンクが全て切れた音。
これは、ミールの悲鳴。
心の悲鳴。
そして、その直後に魔法が切れたことによるミールの落下音。
そして、白魔女から響く声・・・
すべてが同時だった。
そして、アクトは・・・
止まっていた。
今の彼はミールの支配から一時的に脱し、状況は活動停止の状態。
どうして、自分がこんな事をしていたのか解らないようだった。
どうして、これほどミールを大切だと思っていた自分が解らない。
そして、白魔女と戦う理由も解らない。
そんな白魔女とこんな対決している理由も・・・まったく以て意味不明。
意味不明だが・・・鼻息は荒い。
そして、その相手の姿が見えなくなっていた。
今はミールからの支配のリンクが全て絶たれて、アクトが元々持つ彼の感覚だけによる状態。
高い察知能力を持つアクトであるが、それでも今までのような鮮明な映像は得られていない。
それでも、自分と今、睦み合う女性が高い興奮状態にある事が解った。
男の性でそれだけは確実に解った。
そんな彼女からは・・・
「わ・・・私の・・・負けね」
そんな言葉と共に、彼女の目は涙に染まった。
アクトからの弱点攻め。
それに屈してしまったと彼女は自覚する。
彼の愛に溺れて・・・他のことなんて、もう、どうなっても良い・・・そんな誘惑に駆られていた。
しかし、対するアクトは・・・
「い、いや・・・負けたのは・・・俺の方だ」
アクトが負けを認めた直後、彼の心は歓喜した。
もう、我慢しなくて良いと思ってしまえば、心は途端に軽くなった。
目の前の彼女の存在を認めてはいけない、という我慢を、もうしなくて良いと思ってしまった事がアクトの歓喜。
しかし、その歓喜も一瞬。
その後のアクトは完全な闇に支配されてしまう。
何故ならば、その歓喜がミールからの支配を完全に脱するトリガーとなってしまったからである。
ミールの支配から外れて、完全な盲目状態のアクトになってしまった。
感覚の拡張も無くなり、それは完全な暗闇の世界。
その暗闇の世界は彼を一気に不安にさせる。
そんな彼の不安は肌を密着している白魔女のハルがすぐに察知する事ができた。
ブルブルと震えるアクトが、まるで怯えた子供のようにも思えた。
「可哀想なアクト・・・目が完全に見えなくなってしまったのね」
白魔女のハルはそう言い、アクトの目元を隠す布を解いてあげた。
そうすると現れたのはアクトの赤い眼。
白い目の部分が真っ赤に染まっていた。
「これは美女の流血の模倣品を受けたところ。ここが毒に侵されているのね・・・」
「暗い・・・怖い・・・冷たい・・・」
盲目のアクトからはそんな恐怖の言葉が聞こえてきた。
いつも弱音を吐かない彼にして、今はとても心細い言葉。
ハルはこの時のアクトが本当に弱っていると思った。
彼を救う方法を考えて・・・そして、ハルはひとつの結論を出す。
彼女は自分が脱ぎ捨てたローブを魔法で召喚し、そこからひとつの魔法袋を取り出した。
その厳重な魔力漏洩処置を施された魔法袋より取り出したのは、ひとつの黒い仮面。
大学の研究室で帝皇デュランに渡すため、三つの仮面を製作していたハル達であったが、実は四つ目が存在していた。
それがこの『黒仮面』である。
アクトの為に造った黒仮面。
この黒仮面はハルの白仮面と似た意匠で、その地は真黒。
アクトにも魔法を使わせようと考えてハルが造った魔道具だ。
その黒仮面を、そっと弱るアクトに掛けてあげた。
そうすると・・・その直後、魔力の奔流が起きる!
黒い魔力がアクトを包んだかと思うと、半裸だった彼の周りに魔力が張り付いた。
魔力抵抗体質であるアクトに魔力を作用させたのは、魔剣エクリプスの原理を利用したハルのオリジナルの魔法理論である。
その仕組みとは・・・今はいいだろう。
現在、ここで重要なのは、ここに誕生する黒仮面の彼に着目しなくてはならない。
魔法を受けたアクトの姿はここで黒くて長い髪へと変化する。
長くて流れる様な髪は美しくもあり、気高くもあり・・・凛々しい姿であった。
次に、衣服が黒一色の燕尾服となり、黒くて艶やかなマントを纏う。
これは紳士の姿であり、白いシャツがシックである。
そして、その頭上に被る黒いシルクハットがとても良く似合っていた。
目元部分を覆う黒い仮面の隙間から覗く瞳の色が、ブルーから黒色へ変化し、白目の部分を侵していた赤い魔法薬が今は魔力で全て洗い流されて白へ戻る。
そして、彼のその瞳からは一筋の涙が溢れる。
「ハル・・・すまない」
その優しい言葉は紛れもなくアクト・ブレッタの声。
ハルが良く知る男の声である。
これでハルは理解できた。
自分のアクトが・・・彼が・・・正しく自分の元に戻ってきたことを。
「やったわ・・・ね・・・これで、なんとか、美女の流血の支配から脱せたみたい。黒仮面に仕込んでおいた解毒魔法の効果が出て・・・本当に・・・よかった」
興奮に上気しながらも涙に溢れるハル。
ここでの涙の意味はアクトを取り返した安心感から来たものである。
そして、当の黒仮面の姿のアクトはハルを優しく抱く。
それは凛々しい黒い紳士が美しい白い魔女を抱く姿。
まるで名画のワンシーンのようで、絵になっていた。
そんな姿で抱かれた状態の白魔女ハルはまるで全世界に向けて聞かせるように宣言する。
「アナタは人々に忌み嫌われる『死神』じゃない・・・私の最高の相方であり、そして、黒い誇り高き人・・・私を守ってくれる騎士・・・その名は『漆黒の騎士』の誕生よ」
「・・・漆黒の騎士、か」
ハルの言葉を復唱するアクト。
その言葉が清々しく聞こえてしまったのは決して自分だけの気のせいではないと思ってしまうハルであった・・・