第十二話 力の象徴 ※
「い、嫌ぁーっ! 止めてぇぇぇ」
そんな悲鳴を発するミールの身体に、現在、纏わり付いているのは十本の腕である。
彼女の身体の自由を奪うのは『牙王の十人』の女達。
抵抗するミールの身体自由を奪い、衣服を脱がしている。
これは牙王の命令に従ってやっている事だ。
率先してやっている者、嫌々やっている者、程度の差こそあるが、彼女達が牙王の命令に意見するなど許されない。
そして、その行為をニタニタと眺めているのは牙王。
かなり年老いているにもかかわらず、それでも牙王は性豪な男であった。
まるで食を発たれて空腹状態の獣のように、確実にミールへと狙いを定めているのも良く解る。
これから乱暴してやろうとする雰囲気がありありと伝わってくるこの現場。
そんな狂気の牙王を恍惚な表情で見詰めているのは、オリアニータを初めとする牙王の十人の嫁達。
牙王の雄の部分に対する期待度は十人の女性の中でも共有事項らしい。
こんな異常な状況・・・ミールは倫理的に絶対に頭がオカシイと思う。
「ど、どうしてこんな事を・・・牙王様ぁ・・・アナタは私の父なのでしょう?」
悲鳴混じりにそう訴えるミール。
ミールは恐怖に苛まれながらも、事実に辿り着いていた。
牙王に会った瞬間から感じていた得体の知れない恐怖・・・それは自分の記憶に擦りつけられたもの。
生後すぐに暴力を受けたあの日から身体が覚えていた感覚でもある。
そして、亡き母の名前・・・イールの名が牙王の口より出た時に確信した。
この牙王は自分の父であると。
ミールの最奥の記憶に残るあの恐ろしい男だった。
母が呟いていた事は本当であり、イールは牙王のオンナだったのだ。
そんなミールの訴えに牙王は答える。
「イールは『星の砂』という一族の族長の娘だった」
「・・・」
「しかし、アイツは俺に惚れていた。だから一族を裏切って俺についたのだ」
「・・・」
「そして、俺は滅ぼしてやった。『星の砂』一族はもうこの世に誰ひとり残っていない。俺の目的は達した・・・だからイールは必要ではなくなった。だから捨てたのだ」
「そんな、酷い!」
「そうだ・・・俺は冷酷な男。だが、俺は王なのだ。この国を強くし、優秀な兵を、有益な成果が出せる人材を集める必要がある。強欲なだけで成果の出せない女は不要だったのだ」
そんな牙王の言葉に薄笑いを浮かべる『牙王の十人』の女が数名。
彼女達は自分の出せる成果を牙王に認めさせて、現在の地位を得てきた妻達だ。
「お前の母イールは俺に要求してきたのだ。最大勢力の『星の砂』を一掃できたのは私の成果・・・たがら正妻にしろとな」
「ふん、口とプライドだけは達者なイールだったわよねぇ」
ここで牙王の言葉に口を挟むは三人目の妻のメニヴェである。
彼女はミールの母であるイールと三人目の妻の座を争っていた女であった。
この十人の中で最もイールの事を忌み嫌っていた女でもある。
そのメニヴェはイールを失脚させようといろいろ暗躍し、そして、それを成功させている。
三人目の妻の座をイールから奪った実績がそれを物語っていた。
そんなメニヴェからして、イールの娘であるミールを牙王の十一人目の嫁として迎えるのは反対だった。
しかし、牙王の決定は絶対なのだ。
そうならば、せめてこの場でミールに相当な恥辱を与えてやろうと思ってしまうメニヴェ。
それがせめてもの嫌がらせである。
メニヴェは身体の自由が利かないミールの顔を強く叩く。
バシーーン!
「キャア」
無力な女の悲鳴が謁見の場に木霊する。
それが牙王の嗜虐の興奮を高める結果になる。
「フフフ、悪くない女に育ったな・・・それに、ミールが支配しているのがアクト・ブレッタだが、そのミールを支配するが俺でなくてはならないのだ」
「・・・な・・・なん・・でぇぇぇ」
叩かれる痛みで意思が飛びそうになるが、そんな中、ミールはなんとか生じた疑問を牙王へと投げかける。
「それは、俺が支配者だからだ。俺の元に強者が集い、そして、この砂漠の国のために働く。俺の命令を完全に受け入れる国民。それが砂漠の国の礎となり、この国を強くする・・・そして、優秀な人種にはすべて俺の血が入る・・・世界中の優秀なすべての女のアソコには、必ず俺のコレが入る事になっているのだ」
「く、狂ってるわ! 私はアナタの娘なのよ!! お父さんなのよ!!! 自分の娘を襲うなんて、気がふれているわっ!!」
「ククク、言ってくれるな。口だけはイールにそっくりな奴だ・・・さて、そんな事を言うお前もイールと同じく厭らしいのか確かめてみよう」
牙王はそう言うと、自由の利かないミールへと襲い掛かった。
「い、嫌ゃあああああぁぁぁーーー!」
一方、こちらはアークである。
「ギャー!」
アークに挑んだ兵士の腕が飛び、宙を舞う。
鮮やかに腕を切断したその剣技は見事だが、アークは自分の技にさほどの執着はなく、雑兵の邪魔によってミールのところへ辿り着けない焦燥感だけを募らせていく。
次、その次、その次の次・・・
無数に現れる敵を斬り続けるアーク。
元々に卓越した剣術士であったアークだが、それに加えて今はクスリのお陰で大幅にパワーアップしている。
そんなアークに対して砂漠の国の兵はあまりにも無力だったが、それでもいかせん数は多い。
これでは埒が明かないと判断したアークは地面を蹴って跳躍。
クスリの効果で人外の脚力を手に入れたアーク。
ここで彼の跳躍は軽く天井にまで達するが、岩盤をくり抜いた牙王城の頑丈な天井を蹴り、そして、再び地面へと向かう。
そこに集まっているのは兵士達の頭・・・
「ぎゃあ」
「痛え!」
「ぐおっ」
固い鉄の兜の脳天の平らな部分を足場にして、次々と兵士達の頭を踏み超えて行く。
頭上を颯爽に走って、団子状態の兵士を突破したアークは、最後に飛び上がって、天井の岩盤に銀色の剣を突き指した。
そして、それを思いっ切り引き抜いて着地すると、そこに小規模で落盤が発生する。
「うぉぉぉ!」
落石が彼らを襲い、次々と行動不能にしていく。
その様子を確認するよりも早く、アークはこの現場を後にした。
彼にしなくてはならないのは一刻も早くミールに元へと駆けつけなくてはならないからだ。
砂漠の国の兵士とそんな争いを熟しながら、アークはなんとかミールの捕らわれている『謁見の間』の前まで来た。
そこでアークは駆け出す足を一旦止めることになる。
何故なら、ここを守る人間に見知った顔がいたからだ。
「アーク、やはりここまで来たか・・・しかし、私はお前を止めなくてはならない」
そんな事を言うのはガイツだ。
そして、ガイツの後ろには屈強な衛士ふたりが守備している。
そのふたりの兵は他の兵と一線を隔す存在であった。
二メートル近い身長に、横幅もそれなりにある重厚な衛士。
全員ぶ厚い鉄製の鎧を身に纏い、そして、その手は鉄の針が無数に生えた凶悪な極太の棍棒を持っていた。
彼らにかかれば、牛ですら数秒でミンチにされるであろう。
そんな迫力ある衛士が敵の最終防衛ラインである。
「ガイツさん。俺はアナタを殺りたくない。それはアナタがミールを大切にしてくれるからだ。ミールもアナタを慕っている。だから、黙ってここから退いて欲しい」
「アーク、それは駄目だ。お前こそここから退け。そうすれば、ここに来るまで仕出かしたことは無かった事にしてやる」
「それはあり得ない。俺に命令を出せるのはミールだけだ。そのミールが危機の今、その部屋に一刻も早く向かわなくてはならない。俺には彼女を救う義務があるのだから」
「ミールに絶対服従か・・・どうやら聞かされたあのクスリの効果は本物らしいな」
そんなガイツの言葉に、アークは眉をひそめる。
「クスリ? 一体何の事だ?」
「アーク・・・お前には解らないか・・・まあ、いいだろう。それよりもミールに従うと言うのであれば、それこそ刃を収めるところだ」
「何?」
「ミールは。いや、砂漠の国の全国民は全て牙王様のモノなのだ。牙王様の命令でミールが動いている以上、ミールの上位者である牙王様に反逆する事は許されないのだぞ」
「・・・」
「ミールの望みは牙王様の役に立つ事。牙王様の野望の達成こそ、我ら砂漠の民の願い。虐げられて生きてきた我々砂漠の民の希望なのだ」
「希望?」
「そうだ。我々は牙王様の『牙』だ。この国に真の安らぎを、平和をもたらすまで、我々の聖戦は終わらない。その礎となり、防人となることこそ我らの誇り。これが砂漠の国の国民の価値観であり、義務なのだ」
「価値観か・・・笑わせてくれる」
アークはガイツが高尚な演説のように述べていたのを鼻で笑う。
どうして、そのように思ったのかは解らないが、それでもアークの中でガイツの主張などとても小さな事だと思ったからだ。
実に下らない『利己主義』・・・極少数のみが得られる理想郷のようなものを実現してやろうとしているようにも映った。
一瞬にして、どうしてそのような結論に至ったのかは解らない。
くだらいと結論付けた根拠は何処にも無いが、それでもアークにはそう思ってしまった。
そんな不敬な姿が、ガイツに怒りを与えてしまう。
「今、我々を愚弄したな! このエストリア帝国貴族め!! 所詮、貴族育ちのお前なんかに我々のような虐げられた人間の気持ちなど解るまい! これまでだ、アーク!!」
そう言うとガイツは懐からひとつの魔道具を取り出し、それをアークに向かって投げる。
それは黒い鉄の玉のようだったが、ガイツの身体から離れると一気に魔力が収束し、そして、爆発した。
ドカーーーン!
大きな音で爆発し、そこから飛び出してきたのは赤熱する鉄である。
硬質な金属である鉄さえも融解させる千度以上の高温を発する爆弾がこの魔道具の正体であり、砂漠の国の最新兵器だった。
高温の溶けた鉄は容赦なくアークに迫る。
盾を持たないアークは、普通ならばこの無数に溶けた半液体状の鉄を回避するのは難しい。
そう思うガイツだから、この攻撃を選んだのだが・・・アークは格別の魔力抵抗体質者であった。
もし、ガイツがその事実を知っていたのならば、狡猾な彼は違う攻撃手段を選択したのかも知れない。
しかし、運命など、そんな残酷な事後結果でしか示されないものでもあるのだ。
「ハァーーッ」
発奮したアークは自分に迫る赤熱した鉄に臆する事もなく突撃をする。
そして、左手をブンと回して腕が赤熱した鉄の礫に接触した瞬間、鉄に生じた高温の魔法を強制解除した。
ジュウ
そんな擬音を立てて只の鉄の礫に変換される。
「なっ!」
驚くガイツに次は無い。
結局、石礫を投げられたぐらいのダメージしか受けなかったアーク。
彼は次の行動に入っていた。
魔法を無効化した鉄には眼もくれず、アークの身体に接触しなかった赤熱した鉄の塊を見つけると、そのうちの三つを選び、銀色の剣を大きく振りかぶって激しく打ち飛ばした。
アークの頭の中で『ゴルフ・スイング』という単語が一瞬現れたが、直後にその言葉は忘れてしまう。
そして、この攻撃の効果は絶大であった。
バン、バン、バン!
「がっ!!」
そんな擬音が聞こえた直後、三人の男がバタンと倒れてしまう。
それは彼らが赤熱した鉄の礫の直撃を脳天に受けたからである。
クスリによって人外のパワーを得たアークから繰り出された礫は、音速を越えて、鉄の兜で防御していた衛士でさえも防ぐことはできなかった。
アークから放たれた鉄礫の攻撃は彼らの額に直撃し、兜のそこに穴を開けて、そして、脳を貫通していた。
ガイツに至っては、頭の後ろ半分が完全に吹っ飛び、脳漿を撒き散らしている。
誰が見ても即死である。
そんな凄惨な死体・・・それが三つ・・・
一瞬にして、殺されてしまった。
そんな死体に目もくれず、先を急ぐアーク。
今のアークにとって、ミール以外のことは障害でしかない。
そして、今の彼の前に立ちはだかる最後の壁・・・それが謁見の間につながる重厚な鉄の門だった。
中から鍵が掛けられ、外から開けることは敵わない。
早速、破壊か。
ガン、ガン、ガン
そう思って叩き割ってやろうと剣で切ったが、歯が立たない。
クスリの力でパワーアップした今のアクトを以ってしても、この最後の壁は固すぎた。
「駄目だ。どうすれば・・・」
焦燥感を募らせるアーク。
現在、この部屋の中でミールがどんな仕打ちを受けているのか・・・それを思うと一刻も早くここを突破しなくてはならなかった。
そんな焦るアークの中で別のアークの声が囁く。
「思い出せ・・・こんな状況・・・過去にも・・・あっただろう!?」
自分が喋っているのに自分じゃない・・・そんな不思議な感覚。
自分に生じた心の声を思わず口に出てしまったが、それが一体何の事だったのか?
アークの記憶にはない。
それでも、なんとなく知っていた。
何となく感じていた。
彼にとって、アークにとって・・・いや、本当の自分にとって『力の象徴』が何であるかを・・・
アークは持っていた銀色の剣を捨て、そして、腰にあるもうひとつの剣の柄に手を伸ばす。
これしかない、これならば・・・
そう思う。
それは黒い剣。
しかし、この黒い剣は応えてくれない。
自ら仕事するのを拒否している。
だが!
「黒い剣よ。頼むから俺に力を貸してくれ・・・俺の大切な人がここで大変な目にあっているんだっ! ここでの危機を救えなくて、どうして生き永らえる!? 救えなくてどうする!? 頼む!!!」
そう強く願うと、小さい別の声が聞こえたような・・・気がした・・・
ショウガ、ナイナ・・・チョット、ダケダヨ・・・
そんな声が聞こえたかと思った直後・・・その力が解放される!
まるで、今までせき止められていた水が一気に流れるように、アークの力が自然にその黒い剣へと流れる。
そうすると、黒い剣は今までの抵抗が嘘のように簡単に鞘から抜けて、刀身が姿を現した。
黒い刀身に走る一筋の赤いライン。
アークとしては初めて見たが、それでも、この姿がどこか懐かしく思う。
そして、今は全く何の不安も無い。
ミールとはまた違う人間から、完全に信頼できるエネルギーが与えてられた。
そんな不思議な感覚を得たアーク。
そして、アークはその力を解放する。
それまでは重厚で固いと思っていた鉄のドアは簡単な力で刃が入り、そして、水でもかき回すような容易さで破壊することができたのだ!
バーーーン!
これですべての障害が無くなったアークは謁見の間へ雪崩れ込む。
「ミーーーーール!」
アークの叫びが力強く響いた。