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第八話 召喚 ※

 

「おい! ミール。死神を出しやがれっ!」


 その男は罵声と共にオハバの屋敷に向かって石を投げる。

 石は屋敷の扉に当たったものの、それでもたいした破壊力を生むことはない。

 砂漠に存在する石など礫のようなモノであり、当たってもそれほど威力はないのである。

 所謂嫌がらせだ。

 しかし、現在のこの家の住民はそんな挑発が不愉快極まらない。

 

バーン!

 

 激しく扉が開けられると、(ミール)が飛び出し、挑発する男に向かって飛び蹴りをお見舞いする。

 鳩尾に食い込むほどの強烈な蹴りが炸裂し、男は呆気なく吹き飛ばされた。

 

「グワァーーーーーーーーーッ!」


 男は悲鳴を発しながら三メートルほど吹っ飛び、そして、動かなくなる。

 腹を思いっ切り蹴られたため、息が続かず泡を吹いて気絶してしまっている。

 そんな光景が続く昨今。

 この女の凶暴性を理解しつつも、それでもそんな嫌がらせ行為が止まらないのは、オババから『死神』宣言を受けた人間がここに居続けている事による。

 そんな厄災を早く排除したい。

 そう信じている過激な住民によって引き起こされている嫌がらせが続いていた。

 それほどにこのオアシス・アプルテの住民は砂漠の国の巫女として名の通るオババを支持しており、影響力が大きい事を物語っていた。

 そんなオババから『死神』宣告を受けているのがアークである。

 ミールはオババから「アークを捨てろ」と命令されたが、それを絶対に認められず、匿い続けている。

 そんなミールがオババの館に籠城し続けていることも、信仰深い住民から怒りを買っている理由である。

 元々、この館はミールが今まで暮らしてきたところなので、彼女にとってここは自分の家にも等しいのだが、巫女の信者はそんな事を認める訳にはいかないらしい。

 砂漠の国の巫女の本拠地であるこの館に居座り続ける『死神』を排除しようと、次々とここへ巫女の有志が挑んでくる。

 それは信仰深い住民からすると当然の行為である。

 勿論、それは私刑(リンチ)と同義であり、公には止めるようにと言われていたが・・・


 その止める側に立つひとりが砂漠の国の巫女の後継者と噂されている『蛍』であった。

 その蛍が現場に現れて、今も泡を吹いて倒れている男性を目にして思わず溜息をつく。

 

「今日も派手にやっているわね。止めときなさいってあれほど言ったのに」


 そんな愚痴は最近の彼女の口癖であり、過激な住民に対して自制を呼びかけていたが、今日のこれを見て、あまり効果が得られていないと悟る。

 とりあえず、蛍は道端で伸されている男を介抱し、遠巻きで観ていた人に託した。

 そして、籠城を再開するミールに扉を開けるよう伝える。

 

コン、コン

 

「ミーーール。私よ。開けて!」


 ここで敢えて彼女の名前を通名(コードネーム)で呼ばなかったのは、せめてもの敵意の無さを示すようなもの。

 そんな蛍の大きな声に呼応して、扉が少しだけ開けられた。

 蛍としても良かったと思う。

 

(良かったわ。まだ、私まで『敵』認定されていないようね)

 

 蛍はそう思うと、開けられた扉の隙間からサッと中に入り、内側から鍵をした。

 こうでもしないと血気盛んな巫女の信者がいつ入ってくるか解らない。

 そうなるとまた面倒になると思ったからだ。

 そんな蛍は気を取り直して、籠城を続けている人間に対して援助物資を渡す事にする。

 

「ふぅー。ほら、ミール。食料と水よ」


 蛍は懐から魔法袋を取り出し、その中に収納されていた水と食料をミールに渡した。

 

「ありがとう。恩に着るわ」


 形式的な口調で感謝を述べるミールだが、蛍もいちいちそんな彼女の態度に構う事はない。

 ミールがこうやって人の親切に仏頂面で応えるのは昔からの癖だ。

 

「しかし、本当に籠城するとはねぇ・・・あまりお勧めできないわよ」

「私だって解っているわよ。頃合いを見て、ここから出ていくし」


 そう言うミールは少し疲れた症状。

 それを見てアークが口を挟む。

 

「ミール、やはり俺が出て行こう。それならば話は丸く収まる」

「そんなの認められる訳ないじゃい! アークと一緒になるためにここへ来たのに・・・もし、オババに認められないのならば・・・私は」

「蜘蛛、それもダメよ。私達『蟲の衆』に裏切りは許されないわ」


 短絡的な考えをしているミールに、蛍は釘を指した。

 ここで敢えて通名(コードネーム)の『蜘蛛』を使ったのもミールにそれを思い出させるためだ。

 暗殺者のエリート集団である『蟲の衆』から勝手に抜けるなど、それこそ絶対に認められない事なのだから。

 牙王からの怒りを買うに決まっている。

 そもそも結婚して引退すること自体『蟲の衆』では簡単に認められない。

 砂漠の国の巫女であるオババの口添えがあってこそ初めて認められるようなモノである。

 

「くっそう!」


 八方塞(はっぽうふさがり)のこの状況に呪詛の言葉しか出ないミール。

 

「でも、このままじゃあ、埒があかないわよね・・・私に良い案があるのだけどいい?」

 

 状況が進まない中で蛍から提案があった。

 

「私にアークを預けてくれない。あまり知られていない隠れ家があって、そこに匿ってあげるわ。オアシスを出て北にあるところよ。昔、鉄鉱石を採取していた工夫が使っていた待避所だけど、今は使われていないのがひとつ残っているのよねぇ。そこにアークを匿って、私が三日に一度食料を届けてあげる・・・だから」


 そう言い、顔を赤くして何かを期待する蛍。

 それを察したミールは嫌な顔しかしない。

 

「却下よ。蛍にアークを抱かせるつもりはない」


 三日に一度、自分の相手をしろと要求が来る事も予想して、ミールは拒絶の意思を示した。

 

「何よ。それぐらい良いじゃない。私も少しは報酬が欲しいわぁ」


 そう言って胸元をチラつかせる蛍に、現在の緊迫感はない。

 こんに状況でも冗談を楽しむ会話をしてくるこの蛍の姿に、ミールは呆れつつも、同時にこれは蛍なりの気遣いだとも思った。

 ミールにせめてもの日常を、緊張を解こうとしているのだ。

 しかし、ミールは蛍の性癖を知っているので、彼女が要求する報酬を一度約束してしまうと、どんどんエスカレートする事も知っている。

 

「まぁ、どっちみち、この先どうするかを考えないとねぇ」


 現実を思い出し、そんなことを言う蛍。

 ミールもどうするか・・・それを考えていると不意に戸口が叩かれた。

 

トン、トトン、トン、トト


「「!」」

 

 ここで、特徴的なノックの音を聞き、蛍とミールは同時に顔を見合わせる。

 この音は『蟲の衆』の関係者の来訪を示す合図だったからだ。

 蛍は静かに扉を開けると、男がひとりサッと中へ入ってきた。

 その男は砂漠と同系色の黄土色ローブを被る痩せこけた男だったが、気配は全く感じさせない存在でもあった。

 一流の暗殺者・・・身の熟しからそう直感できた人物であったが、そんな男が『蟲の衆』の伝令に甘んじているのも不思議だと思った。

 

「見た事ない顔ね」


 蛍はそんなことを言ったが、伝令の男はそんな誰何を無視する。

 この伝令の男は自分の伝えるべき相手を見渡し、そして、その特徴が合致する人物を見つけた。

 

「お前が『蜘蛛』だな」


 伝令の男からの確認の言葉に、ミールは無言で頷く。

 それで満足した伝令の男は、必要な事だけを簡潔に伝えてきた。

 

「命令を伝える。特殊部隊『蟲の衆』蜘蛛は今すぐ牙王城に行け。貴様は召喚されたのだ」

「ガイツ様に?」


 ミールの言葉に男は首を横に振る。

 

「いいや、違う。これは牙王様直々の命令。もう一度言う。貴様は牙王様に召喚されたのだ。今すぐ牙王城に赴け」


 その高圧的な物言いに少しだけ苛立ちを覚えるミールであったが、それでもこれは正式な命令であることに違いは無い。

 

「解ったわ」


 手短にそう応えるミールだった。

 

 

 

 

 

 伝令の男からミールに対して、旅に必要な最低限の物資提供があった。

 テントや食料、水・・・それらを受け取り、支度を済ませたミールとアークはすぐに出発する。

 オババの館から出る間際、伝令の男はアークに対して少しだけ厳しい視線を送った。

 それはほんの一瞬だったが、その敵意の籠った視線に気付いたミールは言い返す。

 

「彼に何か用事?」

「この盲目の男は・・・いや、なんでもない。俺の気のせいだ」


 伝令の男はそう応え、一瞬だけ見せていた敵意の視線を隠す。

 険呑な雰囲気を残しつつも、ここで争っても仕方ないと結論し、こうしてミールはアークを伴いオババの館から出て行った。

 隠密の技術を持つミールならば住民の目を眩ましてオアシス・アプルテから無事に脱出できる自信もあったし、随伴するアークも技術的に何ら問題はなかった。

 こうしてふたりはオアシス・アプルテから去って行った。




 残されたのは伝令の男と蛍。

 

「それで・・・アナタは蜘蛛(ミール)に付いて牙王城に戻らなくても大丈夫?」

「私に言い渡された命令は、ここに来て『蜘蛛』という女に召喚の命令を伝える事だけだ。あとは私の私事を済ませておきたい」

「私事? こんな田舎に何の用事?」


 少しだけ興味を持った蛍はその私事について問う。

 伝令の男は少しだけ迷うものの、結局は素直に自分の私事について答えることにした。

 隠したところであまり意味がないと思ったからだ。

 

「・・・砂漠の国の巫女に会わせて欲しい」

「オババに?」

「そうだ」

「一体何の用事かしら? あまり知らない人と軽々しく会わせる訳にはいかないのだけれども」

「警戒は不要だ。こう見てえて私は牙王様から直々にここを紹介されて来たのだから」


 伝令の男はそう言うと書簡をひとつ蛍に手渡す。

 

「なになに・・・」


 その書簡の内容にさっと目を通す蛍。


「・・・へぇ。アナタって砂漠の国の人じゃないのね。元暗殺者で『闇夜の福音』の構成員・・・有名どころに所属していた凄腕の暗殺者だったのねぇ」


 蛍も同じ暗殺者のよしみで『闇夜の福音』の事は知っていた。

 『闇夜の福音』はエストリア帝国で活動するエリート暗殺者集団であったからだ。

 ここで過去形なのは、この組織が現在落ち目であるという意味である。

 一年ほど前、『闇夜の福音』で重要な依頼人(クライアント)であった大商人のひとりが裏切り、『闇夜の福音』の組織の全貌をエストリア帝国の警備隊に暴露してしまった。

 その事が原因で、全土のアジトに一斉検挙が入り、現在の『闇夜の福音』の組織は散り散りだと聞いていたからだ。

 そんな『闇夜の福音』に所属していたこの伝令の男も相当な手練れなのだろうと思った。

 

「それで、オババに一体何の用事? 警護の職務だったらもう間に合っているわよ」

「・・・ふふ、私が巫女に頼みたいのはそんなことではない。砂漠の巫女の力を借りれば、我が身に掛けられた呪いを解除できると思い、やって来たのだ」

「ふーん、まぁいいわ。牙王様からの(ことづけ)だから、会わせてあげるけど、しばらくは無理なのよねぇ」

「どうしてだ?」

「怪我を負っているのよ。完治するのにあと三日ほど待って貰いたいのだけれども・・・」

「三日か・・・仕方ない」


 伝令の男は少し落胆したが、診て貰えるならばそれでいいと返す。


「それじゃあ、私のところに泊まりなさい。オアシス・アプルテは田舎だから宿はないのよねぇ?」


 そう言い自分の胸元をチラつかせる蛍。

 それを見た伝令の男は・・・鼻の下などを伸ばす・・・などにはならず、枯れた様子でこう返す。

 

「無駄なことはしたくないが・・・宿はなしか・・・仕方がない、厄介になろう」


 その答えに満足する蛍。

 色気たっぷりに伝令の男の手を引き・・・ここで蛍は思い出したようにひとつの事を男に聞いた。

 

「そう言えば、互いに名前は言っていなかったわね。私は『蛍』よ。アナタは?」

「私は・・・キリュスだ」


 


みなさん、キリュスって覚えてる?

ラフレスタで白魔女エミラルダにコテンパンにやられた暗殺者だよ。

気になる方、忘れた方は『ラフレスタの白魔女』第一部、第六話「ライオネルとエミラルダ」を読んでくだされ。

一応、読み直さなくても大丈夫なのように次話で回想録を書く予定です。

お楽しみに。

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