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第五話 オアシス・アプルテ ※

 砂漠の国に点在するオアシス。

 不毛の砂漠において水とは貴重な資源だ。

 人間の営みには水は不可欠であり、オアシス周囲に街ができるのは自然な事。

 この砂漠の国にあるオアシスは砂漠中央の牙王の本拠地が一番大きな規模であったが、その次の規模としてはオアシス・ナリウクが挙げられる。

 オアシス・ナリウクは砂漠の国の西側に位置し、砂漠の国の入口街。

 スタムとの交易が主であり、商人の多くが在籍している活発な街である。

 そして、三番目の規模となるのが、このオアシス・アプルテである。

 アプルテは前述ふたつのオアシスとは対照的にひっそりとしたオアシスであった。

 理由としては多々あるが、オアシス・アプルテは砂漠の国の北側の奥まったところに位置している事が大きい。

 つまり、田舎なのである。

 このアプルテから徒歩で二日ほど北へ進むと、『辺境』と呼ばれる砂漠よりも厳しい土地に出てしまう。

 この『辺境』とは、ゴルト大陸中央に鎮座する人外魔境の土地の総称である。

 多くの強力な魔物が闊歩しており、とても人間が普通に生活できるようなところでは無い。

 エストリア帝国での『辺境』は深い森を意味する印象が強いが、ここ砂漠の国では普通の砂漠より過酷な砂漠地として知られている。

 砂漠の『辺境』領域内にオアシスは存在せず、常に砂の嵐が舞い、鉄鉱石の雨が降る。

 加えて、恐ろしい魔物が多数生息しており、逞しい砂漠の国の人々から見てもそこは呪われた土地であると認識されている。

 そんな辺境に近いこのオアシス・アプルテはミールが育ったところでもあった。

 尤もミールが生誕した場所はここではなく、中央の牙王城のオアシスらしいが、今となってはそれを確かめる術もない。

 何故ならミールの母親は既に他界しており、父親も不明で何処の誰だか解らないからだ。


(あの母親のことだから、きっと成り行きの交わりで私が生まれたのだろうね・・・)


 不意にそんな事を考えてしまうミール。

 自分が育ったアプルテを目にしての感傷なのだろうか・・・そう思ってしまう。

 そして、オアシスの入口を通過したところで自分を出迎える存在に気付いた。

 黒いケープの上から砂除けの外套を(はお)り、透けた黒い布で口元を覆う美女がミールの姿を見て微笑んでいた。

 濃い茶色の長い髪に、浅黒い顔、太い眉毛、そして、少しふっくらとした唇が妖艶な雰囲気を纏わしているこの美女の存在をミールが忘れる筈もない。

 

(ほたる)!」


 ミールは自分の同僚の通名(コードネーム)を呼ぶ。

 対する相手側も手を振り返し、ミールの帰還を歓迎していた。

 

蜘蛛(くも)~、お帰りぃ。帝都ザルツでの潜入生活はどうだった? って、後ろの彼を見れば充実していたようねぇ。羨ましいわ」


 蛍と呼ばれたその美女はミールの後ろを歩く男性に興味津々である。

 いや。

 肉食獣のように舌なめずりしているようにも見えた。

 それを察したミールは早くもこの蛍の食指に掛からぬよう話題を変更する。

 

「それにしても、アナタが私を迎えするなんて珍しいじゃない。オババの命令?」

「確かにオババの命令もあるけど、それだけじゃないわ。本当に帰還を歓迎しているのよ」


 片目だけでウインクする蛍の姿はチャーミングだったが、この姿に騙されてはいけない。

 彼女もこう見えて暗殺者のエリート集団『蟲の衆』でかなり上位の使い手である。

 鎌切や陽炎と同じように幼馴染の側面もあるが、それでも油断しないようにミールは手短に話を進めた。

 

「ありがとう。それよりも私はオババに用があって・・・」

「それならば話が早いわ。オババの方もアナタに話があるって。そろそろ帰って来る頃だからと言われて、私が待たされていたのよねぇ」


 その面倒臭そうな蛍の姿を見て、ミールはやっぱりここで待っていたのは彼女の真心だけじゃないと解った。

 

「いいわ。行きましょう。雲行きも怪しいし・・・」


 ミールがそう言うように北の空が少し暗くなってきた。

 砂嵐が来る兆候だ。

 蛍もそれに同意する。

 

「そのようね。そのオトコも含めて案内してあげるわ」


 蛍はそう言うと、ミールが拒絶するのも無視してアークの手を引き、アプルテの街中を進んで行った。

 

 

 

 

 

 

 アプルテの街中を三十分ほど歩いて、三人は奥まったところに建つ石造り家の中へと入る。

 外観は少し草臥れていたが、中は掃除が行き届いており、人が生活するには申し分ない。

 少しひんやりしているのは断熱性の高い石造りの家の特徴でもある。

 そんな屋内の居間へと通されたミールとアーク。

 

「さて、先ずはミールひとりでオババのところに行って頂戴。これはオババからの命令よ」


 それに目をパチクリとさせるミールだったが、やがて、何か理由があるのだろうと理解した。

 

「解った。アーク、ここで待っていなさい。あと、その女に余計な事を喋っては駄目。蛍も私のアークに手を出したら怒るからね」

 

 それだけ言い残すと、ミールは慣れた動作で居間から出て行った。

 こうして居間には蛍とアークだけが残る。

 

「・・・」

「・・・」

 

 沈黙が支配するこの空間。

 早くも我慢できなくなったのはお喋り好きの蛍である。

 

「ねぇ、私の名前は蛍って言うの、アナタの名前はアークでいいのぉ?」

「・・・」

「ちょっとぉ、少しは喋ってよ。アナタ、ゴーレムじゃないでしょう?」

「・・・」


 アークは無反応である。

 しかし、蛍も負けてはいない。

 

「ねぇ。目元に布が巻かれているから、アナタって目が見えないのよねぇー」


 そう言うと蛍の悪戯心に火が付いた。

 

「はぁ~。それにしても暑いわー」


 蛍は自分の外套を脱ぐとソファーへと投げかける。

 そして、肩に被せていたケープも脱いだ。

 そうするとその下は薄い生地で彼女の身体にフィットする黒い衣服だけとなる。

 その姿は彼女のスタイルの良さを強調していた。

 大きくタプンタプンと揺れる豊満な胸と括れた腰、そして、形の良い臀部をアークの前に晒すが、アークは目元にキツク布が巻かれていたため、蠱惑的こわくてきな彼女の姿を愉しむことはできない。

 それを解っているからこそ、蛍もアークを揶揄うのだ。

 

「アークも暑いでしょ? 脱がせてあげるわぁ」


 蛍はそう言うと、相手の有無を聞かずアークの外套に手をかけて脱がせる。

 そのとき、アークの身体のあちこちに自慢の身体を擦り付けている。

 まるで動物が自分の縄張りを主張するようなマーキングをしているようで、ワザとらしい。

 いや、ハッキリと相手をその気にさせるよう誘っているのだ。

 しかし、アークはこの手の挑発に乗らなかった。

 眉ひとつ動かさないアークの姿に蛍は当然面白くないと思う。

 すると、次のステージに移った。

 

「アーク、暑くないのぉ?」

「・・・」

「じゃあ、私が脱がせてア・ゲ・ル」


 そう言いアークの衣服に手を伸ばす。

 しかし、そこで阻止された。

 

「キャア、痛い!」


 その蛍の細腕をガッシリと掴むのはアークの鍛えられた手である。

 剣術士の握力に阻まれたのだ。

 

「痛い、痛い。止めてよぉ。これはちょっとしたご挨拶じゃない」


 そんな言い訳の蛍に、アークは初めて口を開く。


「お前は初対面の異性と挨拶をするのに相手の衣服を脱がそうとするのか?」


 アークは呆れた声混じりにそう言い、やがて蛍を解放した。


「何よぉ。私だってそんな変態じゃないわよ。私が手を出すのは興味あるオ・ト・コだけよ」


 蛍はそう言いながらも力一杯掴まれた自分の腕をさすり、少しだけ涙目になる。

 アークの握力は若干痛かったようだ。

 

「砂漠のオンナはねぇ。欲しいものは奪うのよ。相手から奪って自分のモノにする・・・それがこのアプルテじゃ常識なのぉ」

「倫理感の無い社会だ」

「そうかもね。でも私はここが好き。少なくとも自分にとって正直に生きられるわ」

「正直? それは自由だと言う意味か?」

「ええ、私達は自由ね。少なくとも牙王様に逆らわなければね」

「牙王に?」

「敬称に『様』を付けなさい。余所者には解らないかもしれないけど、ここで牙王様は絶対なのよ」

「・・・なるほど・・・だが、それは俺にとってどうでも良い話だ。しかし、ミールが牙王に忠誠を誓っているのならば、俺も従えば良い。ただそれだけ」

「様を付けなさいって言っているのにぃ~」


 蛍は少し意地悪に笑いながらも、このアークという男にもっと興味を持った。

 アークの斜め前から屈み、その印象的な顔を近づける。

 これは彼女なりの挑発で、香水のニオイを放ちアークを誘っているのだ。

 それでも無反応なアーク。

 蛍はため息を吐いた。

 

「アナタはミールを愛しているのねぇ」

「・・・愛する以上に忠誠を。忠誠以上の誠意。俺はそれをアイツに捧げないといけない。それが俺の使命。俺の宿命。俺の全てだ」


 そんな台詞を淀みなく言うアークに、蛍は呆れるばかりだ。


「まぁ、たいした事を言うのねぇ。それじゃミールがアナタに死ねと命令すれば死ぬのぉ?」

「ああ」

「それじゃ、牙王様を倒せと言えばぁ?」

「勿論、倒す。世界中を敵に回して戦えと言われれば、それを実行するだけだ」

「本当ぅ?」


 指をアークの身体に這わせる蛍。

 諦めずに誘惑している。

 しかし、ここでもアークは惑わされずにキッパリと応えた。


「男に二言はない!」


 こりゃだめだ。

 蛍はそう結論付ける。

 

「本当にミールを愛しているのねぇ。あの()のどこがそんなに良いのよぉ?」

「・・・」


 これには答えないアーク。

 回答を拒絶しているのではなく、その事を考えると急に解らなくなってしまったからだ。

 

(どうして俺はミールを愛しているのだろう・・・)


 不意にそう考えて、何かが違うような気がした。

 大切な何かを忘れているような気もした。

 でも、それを深く考えるほど、赤い何かがアークの中で否定する。

 警鐘を鳴らす。

 

(オマエハ、ゲボク・・・フカクカンガエテハ、イケナイ・・・)


「・・・さぁな。服従に・・・愛に、理由など特に必要ないだろう」


 結局、多少苦し紛れにそんな回答をするアークだったが、この答えで蛍は満足した。


「まぁ! 素敵な事を言うじゃない」


 そう言ってアークの顔を抱えて抱く。

 

「だったら、私もアークを愛して構わないよねぇ。初見で素敵な人だと思ったし、理由だって、それで良いらしいからね! 愛はフィーリングなのよぉ」


 そんな事を言ってスキンシップを深める蛍。

 普通の男ならば、そんな彼女にやられてもおかしくない状況であったが、ここでもアークは冷静だ。


「離れてくれ・・・そろそろミールが戻ってくるぞ」


 その一言に蛍はギョっとなるが、いまいち間に合わなかった。

 直後にドアが開きミールが帰ってくる。

 その傍らには老婆もいて、ミールからアークを紹介しようとするが・・・

 

「オババ。この人がアークって、えーーー!? こらぁー! 蛍!!!」


 ここでアークを誘惑しようとしている蛍の姿を目にして、ミールの怒りが露わになった。


「あれほど手を出すなと言ったのにぃ! ふざけんなぁ~!」

「何よ。別にこれぐらい良いじゃない。私にとっては挨拶程度だからネ」


 対する蛍も悪びれてはいない。

 バレてしまっては仕方ないと思い、開き直る。

 これがある意味、蛍と言う女の通常運転でもある。

 ミールからはギャイギャイと抗議の声が溢れる中、厳しい表情をしているのは老婆ひとりだけ。


 その厳しい視線の先にはアークと言う妙に冷静な男が鎮座していた・・・

 

 

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