第二話 武器商と共に
荒野を進むひと組の商隊。
彼らはスタム武器商の商隊であり、取引のため砂漠の国へ向かっている。
スタムから東に馬車で一日ほど走ると景色が徐々に変化して、やがて見渡す限りの砂となる。
それが砂漠の国の始まりであり、エストリア帝国の支配地から出る事を意味していた。
近年は特に国境警備など存在しない。
それは好き好んでこの地に向かう者など殆どいないためである。
元々、砂漠の国はエストリア帝国の流刑地として指定されていた。
ここが不毛な土地であることに加えて、砂漠を徘徊する厄介な魔物が生息していることも理由である。
そんな砂漠の国を実効支配しているのは魔物か、土着の少数民族、そして、複数の犯罪者組織とされていた。
そして、近年、その犯罪者組織の勢力争いに終止符を打ったのが、『砂漠の牙』と呼ばれる組織である。
『砂漠の牙』のリーダーは自らを砂漠の国の王『牙王』と名乗り、砂漠の国の統治を宣言したのが三十年前。
その『砂漠の牙』の躍進には優れた鉄の武器を持つ事が挙げられている。
それは彼らが砂漠の奥に埋蔵されていた鉄鉱石の資源を発見し、これを組織内で擁護する鍛冶師により作らせた武器。
これを用いて戦いの勝利をもぎ取ってきた結果とされている。
こうして砂漠の国を掌握した牙王が次に行ったのは外交。
鉄鉱石を元にした武器を輸出することで外貨と食料、その両方を確保したのである。
その貿易相手国とはエストリア帝国であり、スタムがその窓口となっている。
今の砂漠の国の入口に差し掛かるこの商隊も、砂漠の国の息のかかった商隊のひとつであったが、表向きはスタムの一商人である。
彼らは取引する金銀財宝と食料で満載の馬車を曳き、護衛に傭兵を雇い、ひとつの商隊として砂漠の国に続く道を進んでいた。
この商隊警備を担当している傭兵は大半がスタムで雇われた傭兵である。
荒くれ者の彼らはその出目も様々であり、今回は男と女を合わせて三十名ほどの人間が従事していた。
「そろそろ中継地に到着する。少し休憩をしよう」
商隊のリーダーがそう告げて、水が沸く小さな泉に立ち寄った商隊達。
ここで一息つくことにした。
「はぁ。暑ちぃー。やってられねぇなぁ」
若い傭兵はここの暑さに早くも愚痴を溢す。
その愚痴を聞く相手は同じ傭兵稼業・・・と言うよりも、妙に風格ある男性。
実はこの男がガイツである。
傭兵のフリをして商隊の警備を担っていたが、彼らの本当の目的は砂漠の国に帰国する事である。
わざわざ偽装しているのは、ここがまだエストリア帝国の支配地だったからである。
そんな偽装するガイツは現在進行形で愚痴を晒し続けている若い傭兵に話しかけた。
「そうだな。君、砂漠は初めてかな?」
「ああ。て言うか、おっさん妙に偉そうだな」
凄んで見せる若い傭兵は、舐められてはいけないと思う焦りからの虚勢である。
「ハハ。そうカリカリするな、若いの。我々は砂漠には少しばかり慣れているものでね」
余裕で熟すガイツは年の功もあったが、それ以上に実力もある。
加えて、身分の高さからすると、砂漠の国の中ではこの商隊のリーダーよりも格上であり、いろいろの意味で余裕があった。
それが癪に触ると感じたのはこの若い男の経験の無さと実力不足から来るものであったが、本人はそんな事など気付かない。
「くっそう・・・確かにこいつらめ、汗を殆ど掻かねぇ」
若い男が忌々しそうにそう告げる相手はガイツに加えて、茶色のローブに身をくるんだ若い女と、黒いローブの姿の男に対してだった。
その若い女は終始機嫌斜めであり、絡み難いと思ったが、黒いローブの男・・・彼ならば勝てると思う若い傭兵。
「けっ、最近はこんな傭兵でも雇ってくれるのかよ」
若い男がそのように見下したのは、この黒ローブの男の目元に布が巻かれていたからだ。
これでは目が何も見えない。
盲目の傭兵など戦いの場では何の役に立たないと思ったからだ。
「ふん、アークは目が見えないけど、アナタの百倍働くわよ!」
蔑められたと感じた女性がそのように反論する。
これに対して若い傭兵は懐疑的だ。
「どうだかな? コイツが役に立つのは夜のベッドの中ぐらいだろうさ」
そんな嫌味な一言にも全く動じない黒ローブ――アークだったが、連れの女性――ミールは殺気が漲った。
「おい、止めておけ。ミール」
ガイツはその殺気を人一倍早く感じ取り、彼女を止める。
ミールも一瞬芽生えた殺意を何とか抑える。
彼女としてもここはまだエストリア帝国内であり、自分の正体を簡単に晒す事はできないのだから。
「覚えておきなさい・・・さぁ、アーク行きましょう」
こうして若い傭兵の前からふたりは去る。
残されたガイツは形式上として詫びを入れた。
「済まないな。アイツは気が短い・・・赦してやってくれ」
「ふん。そうだな、俺だって気は長い方じゃない。アンタの部下なんだろう? しっかりと礼儀を叩き込んでおいてくれよな」
「・・・ああ、解った。傭兵稼業は上下関係がしっかりしていないと命がいくらあっても足らないからな。申し訳ない」
「しゃあねぇ、今日はオッサンに免じて大目に見てやるよ」
こうして、若い男はヘラヘラと笑って去っていった。
「そうだな・・・でも、俺達は傭兵じゃないんでね。根性だけで砂漠は生きられぬぞ。若者よ」
そんなガイツの小さいアドバイスは若い傭兵の耳に届かない。
小休止の時間を過ぎて武器商の商隊は旅を再開する。
しばらく進むと最後の村が見えて来た。
もう、ここまで来るともうエストリア帝国は終わりなのだ。
ここを通り過ぎると砂漠の国の支配領域に入る。
ここで馬車の引手を馬からラクダへ切り替えられる。
砂上で馬はあまりにも役に立たないからだ。
馬車も車輪を砂の上をスムーズに進むソリのようなものに替えて、魔法を使い砂上で浮く馬車となる。
砂上で商隊の荷物をスムーズに進ませるには高度な浮上魔法を長く維持する必要があり、魔術師による運営は金がかかるのだが、それでもこの武器商にしてみればこの取引にそれほどの価値がある。
こうして、いよいよ砂漠の国へ入る。
砂漠は見渡す限りの砂。
日中は厳しい日差しと乾燥した大気のお陰で五十度近い猛暑となる。
流石にこれでは進めないので、日中はテントを張り、日陰で過ごす事になる。
また、夜はこれの逆で、晴天の星空の放射冷却により気温が一気に低下して、零度を下回る。
これも行軍は困難になるため、同じようにテントの中で過ごす事になる。
そうなると、日の出近くの時間と、日没前の時間に移動となる。
でも、そうなるとどうしても速度は低下してしまう。
とても効率悪いのだが、それがある意味で砂漠での常識の行動である。
そんな夜半。
身体がまだこの生活に慣れていないのは、経験の浅い傭兵達だ。
彼らは満足に寝る事もできず、また、夜半には交代の警備の任もあるため、テントの周りで警戒している。
そんなときに、あの若い傭兵がまたアークとミールに絡んできた。
「おい、盲目の傭兵。おめぇだよ、おめぇ!」
彼は苛立つ声で命令した。
アークも首だけを動かしてこの若い傭兵に反応。
「何だ? 用事があるならば手短に言って欲しい」
「けっ、暇なんだよなぁ。ちょっとばかし稽古をしねぇか?」
若い男はニャッと笑い挑発してきた。
「断る」
アークはこの挑発を何とも思わなかったらしく、若い男の挑発を簡単に断った。
「けっ、腰抜けめ。俺より百倍強ぇーんじゃねぇーのかぁ!?」
「・・・非効率な事は止めようと言っているだけだ。ここは未開の地。魔物も多いと聞く。もしもの時に備えて体力は温存すべきだ」
「煩せぇ!! 言い訳ばかりしやがって。俺はテメェみたいに虚勢張るヤツが一番嫌ぇなんだよ!」
若い男はそう叫び、食べ掛けたリンゴのカスを投げた。
しかし、それはアークに察知されて、ササっと躱される。
目が見えない割には簡単に避ける事ができていた。
こうしてリンゴはアークに当たらず、空を切り、砂上を転がって近くのミールの足に当たる。
ミールはそれを思いっ切り蹴り返した。
女のか弱い足で蹴ったとは思えないほどリンゴは加速して、若い男の頭に見事命中する。
パシーーン
「あだっ! 痛ぇー! この女ぁ、何しやがる!!」
「煩いのはお前の方だ。キャンキャン吠える減らず口め。永遠に吠えられないようにしてやろうかぁ!?」
ミールは素早い動作でナイフを取り出す。
その鮮やかなその動作に若い傭兵は怖気づく。
ミールは殺しのプロだ。
青二才の傭兵など敵ではない。
これで争いは鎮まるか・・・そう思われたが・・・ここで事件が起きた。
ドドド!
突然の地揺れ・・・そして、そいつが顔を出した。
ドカーーーン!!
「なっ、ぐわーーーー!!」
若い傭兵の足元の砂から突然顔を出した茶色の魔物。
そいつが口を開けて若い男の足をガブリと喰らう。
「ぎゃーーーーー!」
悲鳴と共に宙に舞う若い男。
一瞬にして足元の砂の中から現れた魔物に足を食いちぎられて、血塗れになった。
彼に喰いついた魔物は砂から完全に飛び出してクチャクチャと引きちぎった人の足を咀嚼している。
灰色の胴体で軟体動物の蚯蚓のようにも見えるが、大きさが尋常ではない。
その口は人を丸飲みできるほどであり、無数の牙が生えていた。
そして、魔物の口元からは先程男の食べ残したリンゴがこぼれ出ており、このニオイに釣られて姿を現したのだとミールは思う。
「な、何が起こった!」
テントの中から血相を変えて出てきたのは、この商隊のリーダー。
そして、地面から姿を現した魔物を見て唖然とする。
「こ、これは砂虫かっ!・・・でかい!」
砂漠に住む定番の魔物『砂虫』であったが、それは明らかに標準サイズを超える個体だ。
胴回りは人の二倍ぐらいあり、長さは三メートルを超える。
まったく油断のできない魔物の出現。
一瞬、誰もが怖気づいたが、この中で一番早く行動できたのが盲目の剣術士アーク。
「ハァーーーーッ!」
発奮の声と共に飛び上がるアーク。
そして、彼が銀色の剣を抜くと、それを一瞬にして振り抜いた。
キン・・・・びしゃっ!
甲高い金属音に続き、何かの柔らかいモノが切られて地面へ落下する音。
それは目にも止まらぬ速さであったが、気が付けば、『砂虫』は中央から真っ二つになっていた。
三メートル近い大物が、先端の口腔から尾の先端まで綺麗にふたつに斬られ、絶命。
盲目の傭兵が一瞬でこの恐るべき魔物を殺していた。
そんな仕事を見せられて、誰もが息を呑むが、ガイツだけは素早く復活を果たしてこのアークの実力を手放しで賞賛した。
「すごい。ミールが連れてきたからには只者ではないと思っていたが・・・これが一流の剣術士の技か・・・」
それまではアークを只者ではないと思ってはいたが、今回の鮮やかな技に自分の見識眼が間違いないとここで確信するガイツ。
盲目のようだが、どうやら彼は周囲の状況を把握する能力に長けていて、目が見えない程度あまり関係ないらしい。
「こんな大物を一発で仕留めるなんて、これは特別ボーナスを弾まないといけませんな。ハハハ」
商隊のリーダーもアークの仕事ぶりを見て賞賛の言葉を贈る。
彼とて砂漠商隊の責任者である。
ここで大物の砂虫と遭遇してしまったため、多少の犠牲を覚悟するが、今回は最小限の被害で済む事ができたのは歓迎すべきである。
「た、助けて・・・」
被害を受けたのは、現在、悲鳴を挙げているこの若い傭兵ひとりだけであったからだ。
この程度の被害で済めば、商売としては黒字だと思う。
「アナタには身寄りの方はいらっしゃいますか? 業務で死亡した場合、既定の見舞金を払わなくてはなりませんので」
瀕死の若い傭兵にそんなことを呑気に聞く商隊のリーダー。
誰の目に見ても、この傭兵の命はもう幾分もない状況であった。
そのリーダーの言いように続くのは更に冷たいミールの声である。
「別にいいんじゃない。ヘマやったのは自分のせいでしょ? あの地揺れで何もできなかったのはコイツの落ち度よ。死ぬのなんて自己責任・・・それが傭兵稼業だからね」
この場でミールの評価は正しい。
傭兵の護衛業務など、そんな命賭けの仕事なのは当たり前の事なのだから。
加えて、砂虫の襲撃も予想できた。
地揺れはその兆候であり、砂漠の国に慣れた者ならば、あの揺れで砂虫の出現を察知するなど容易いのだ。
砂虫は砂から飛び出して獲物に襲いかかる。
その瞬間、砂虫は上下にしか移動できないため、あの揺れを察知した段階で左右へとパッと避ければ回避など簡単な事なのだから。
その事を知っている砂漠の国の民ならば、子供でも回避できる襲撃。
「そうは言ってもこれは商売です。契約は守らないと・・・さあ、近親者を教えてください」
冷静にそんなことを問う商隊のリーダー。
若い傭兵はこの人達はどうして今の自分を助けてくれないのか理解ができてない。
「た、助けて・・・」
そう訴える声が三度ほど続き、こうして若い傭兵はこの世から強制退去させられた。