第一話 スタムの武器商 ※
ここはスタムの貴族街の一角。
立派な屋敷に広い庭園・・・まさに貴族の屋敷だ。
現在、その屋敷の一室に数名の男達が集められている。
彼らは不本意ながらも、この屋敷の主人により緊急招集をかけられて、ここ一時間ほど起立状態で報告を求められているのだ。
「・・・昨日襲撃を受けたウルビーノ武器商に金品の被害はございませんでしたが、多くの負傷者が出ております」
そんな報告にこの主人であるチネール男爵の顔がピクッとなる。
「この役立たずの莫迦者め! 犯人はどこのどいつだ!!」
「それは・・・目下調査中でありまして・・・」
「煩い! そんなもの貴様らと敵対しているグルマン商会の連中だろうがっ!」
「その可能性はゼロではありませんが・・・証拠が無くては我々も動きようが無く・・・」
「煩い、煩い!! そんなもの後から用意すればいいのだ。今はこの混乱状態を鎮めなくては武器商を管轄している儂の立場が無くなるだうがっ! このままでは領主様より無能と評価されてしまうのだぞ!! くっそう」
苛立ちのあまりチネール男爵は立ち上がり、近くの屑籠を蹴った。
それが宙を舞い、報告をさせられている男達の身体に当たる。
「あうっ!」
軽い呻き声を挙げたこの男は街の武器商の会長のひとりである。
彼ら――スタム武器商連合会に所属する武器商が賊に襲われているのは有名な話だ。
金品や商品を奪われるような被害はそれほど出していないものの、その武器商の会長や幹部職員が半殺しの目に遭っており、店が滅茶苦茶にされている。
そんな犯行は既にスタムの巷中に噂話として蔓延しており、その噂話の中でこの事件の背景には武器商同士の恨みツラミや、権利争いが表面化しているのではないかと囁かれ始めていた。
実際にスタム武器商連合は砂漠の国の息のかかった連中によって運営されている。
砂漠の国とは、スタムから東に位置する場所にあり、犯罪者崩れの集団である。
そもそも正式な国家ではなく、エストリア帝国が統治を断念した地域でもあった。
罪人の流刑地としても有名な地域であり、この砂漠の国は実質的にそんな犯罪者が実効支配する地域である。
ただし、最近、この砂漠の国から鉄が産出しており、それを加工して武器にし、利益を得る人間も一定割合いた。
その武器が流通しているのが、砂漠の国と隣接しているこのスタムである。
この砂漠の国由来の武器商人を受け入れるスタム。
管理費と言う名目の税により、その利益をスタムへ還元している事に加えて、賄賂と言う特別ボーナスを貰うのがこのチネール男爵の立場の役得である。
チネール男爵はスタム武器商連合が儲けている時はスタムに利益をもたらす役割を担っていたが、この武器商連合が不祥事を起こす今となってはスタムの貴族界から責任を押し付けられている。
他の貴族からしても、チネール男爵が利益を独り占めしていた事に対する妬みもあるのだろう。
そして、スタム領主からは早々に解決・治安回復の命令を言い渡されている。
先日も自分に向けられた矛先を躱すために、スタムに偶々帰ってきたフィッシャー・クレスタを束縛し、帝国反逆の罪を押し付けようとしたが、それも失敗している。
一応、アリガン・クレスタを束縛しているが、あの体たらくは何かと悪知恵が回るのだ。
うまい理由を付けて牢屋から早々に出てくるのはいつもの事だろうとチネールは思っている。
「グルマン武器商は貴様らの後ろ盾である砂漠の国の連中とは距離を取っている商会だ。元々、クリステ地方産の武器を取り扱う商会。それがあのクリステの乱の混乱で商品の入手が滞っていたので、かなり儲け損ねている筈だ。貴様らを妬む理由はそれだろう!」
チネール男爵の独特の推論にスタム武器商連合のメンバー達は互いに顔を見合わせる。
確かにグルマン武器商との関係は良くなかったが、今回のような思い切った犯行ができるとは思えない。
しかし、ここで敢えてチネール男爵の意見に否定をしなかったのは、彼らとてこの無駄な報告会に見切りをつけ、早々に幕引きを図りたかったからである。
「解りました。これは表立ってスタム警備兵を動かせる案件ではないでしょうから、我々が裏で動きます」
そう答えたのはスタム武器商連合の正式メンバーではないひとりの男性。
その顔にチネール男爵の覚えは無かった。
「・・・貴様は初めて見る顔だな」
「これは、これは、挨拶が遅れましたな。私は砂漠の国『牙王』様の直属の部下で、特殊部隊を統括しているガイツと申します。先刻まで帝都ザルツで仕事をしており、偶々このスタムに寄ってみれば、なにやら困った事態に陥っているご様子。少しばかり仕事をしようとこの場に同席した次第です」
「砂漠の国の特殊部隊・・・噂に聞く『蟲の衆』という組織か・・・まぁいい、役に立てばな」
チネール男爵も『蟲の衆』の噂を知っていた。
彼の中で『蟲の衆』とは、目的達成の為には手段を選ばない怪しい連中であったが、それでも役に立てば何でもいいと思い直す。
「我らがグルマン商会に報復いたしましょう。今回の犯人は少数の魔術師と聞いております。相手も手練れの魔術師のようですが、我らには個の力も、組織の力もありますが故に・・・」
「ふん、期待しておるぞ」
あまり期待の籠らない声でチネール男爵は命令する。
彼としては信用できない組織に仕事を頼むのは不本意だったが、これ以上の解決手段がないのも事実。
結局、これでスタム武器商連合の幹部達をこの屋敷より解放してやる事にする。
去り際にチネール男爵とスタム武器商連合の代表者が小声で何かを話していた。
それは迷惑料とか、格段の美女とか、そんな単語が聞こえたりしたが、ガイツは自分に不要な情報であるとして切り捨てた・・・
「ガイツ様、申し訳ございません」
ガイツに頭を垂れて謝るのはスタム武器商連合のひとりで武器商重鎮の会長である。
今は、スタム武器商連合が居を構える会議室の一室。
この場には本当に砂漠の国と深く関わりのある商会メンバーしかいない。
彼らからしても砂漠の牙王と旧知の関係にあるガイツは敬意を払って然るべき人物なのだ。
「いいや、構わない。それよりも動静を話してくれ。私としては情報が欲しい」
ガイツは平身低頭で謝ってくる武器商の老会長を他所に話を促す事にする。
彼とてここスタムに来たのは成り行きであり、問題解決のため、次々と武器商が襲われている理由を知りたかったのだ。
「解りました。我々が現在把握している情報を話しましょう」
その老会長は現状を手短にまとめてガイツに報告する。
「我々が襲われたのは一週間ほど前からです。中央のライズ武器商とクローネ武器商、東のデトリトロン武器商、北のシビラ武器商、南のアンネ武器商・・・何れも大きなところばかりを狙われました」
「うむ・・・その犯人が少数の魔術師か」
「そうです・・・ただ、正確なところは良く解っておりませぬ。何せ、襲われた人間の殆どが再起不能。記憶を操作される魔法を使われておりますから」
「記憶を操作・・・厄介だな」
「ええ。ですから、状況証拠と被害状況より犯人を推定する事しかできておりません。魔術師が犯人というのはほぼ確実だと思いますが、現場に残された情報が余りにも少なくて。これ以上は不明であると・・・現場の被害状況を見て、魔法を連発された形跡があり、これほど連続で魔法を行使するとなると流石に独りの魔術師で短時間の内に犯行するのは不可能だと思います」
老会長は状況証拠から犯人の推定をする。
それにガイツは少し考えたが、この情報だけで結論を導き出せなかったので、次の質問をする。
「犯人の目的は何だと思う?」
「それは我々も知りたいです。襲われた者達は犯行当時の記憶を失わされておりますので・・・」
「そうか。金品が残されていたとすると、犯人目的は恨みから来るもの、もしくは愉快犯・・・それとも何かを探している・・・」
ガイツは警備隊が現場検証するような論法を用いて犯人推測を行う。
それが、ガイツ自身が現場向きと言うよりも指揮官の才覚によるもの。
状況として残された情報をひとつひとつ積み上げ、彼の頭の中で検証していく。
(一週間前というのは、私達がちょうどこのスタムに戻ってきた時期と重なる・・・)
ガイツの勘が今回の犯人は自分達と関わりある人物では?と告げていた。
しかし、それが何であるかは漠然として解らない。
「君は今回の犯人がグルマン武器商だと思うか?」
ガイツにそんなことを問われた老会長は首を横に振った。
「チネール男爵様はああ言われておりましたが・・・それは・・・考え難いことです」
その老会長の意見はガイツと合致していた。
「グルマンの連中は確かに我々と敵対関係にありますが、そこまでの度胸は無いでしょう・・・それに我々に暗殺者を仕向けるほどの資金を持つとは思えません」
「なるほど。しかし、お上が言う事を無視する訳にも行かぬ・・・あまり気は進まぬが、襲撃は私の部隊にやらせよう」
こうしてガイツの率いる特殊部隊がグルマン商会を襲撃する役割を請け負う事なった瞬間でもあった。
ガイツはどのように作戦を進めるべきかを手早くまとめて、そして、襲撃の計画を武器商連合の幹部達に伝える。
「・・・となる。この襲撃は部下にやらせよう。尤も、私は牙王様に召喚されているため、明日にはここを発たねばならん。作戦は直接参加できないが、あとは部下達が上手くやってくれるだろう」
ガイツはそうまとめて、スタム武器商連合の会議室から去っていった。
ガイツが次に訪れたのはスタムの貧困街。
貧しい家と眼つきの悪い貧民が暮らす地域だ。
彼らはガイツの姿を目にすると、そこすかと去って行く。
弱肉強食蔓延るこの世界では、誰が強者であるか、彼らは感覚で解っていた。
そんな貧民の行動にいちいち構う事も無く、ガイツは貧困街の中を進み、奥まった路地の先にある小汚い建屋のドアを叩く。
「俺だ。開けろ!」
ドン、ドン、ドン
遠慮なく扉をノックする音に、中の住民が面倒臭そうに対応する気配がガイツに解った。
「煩せぇーな。今開けてやるさ!」
女の声が響き、ドアが荒々しく開けられた。
いや、蹴りで開けられており、決して来訪者を歓迎していないのがありありと解る。
その暴力的な行為を当然の如く予想したガイツはさっと避けたため、結果的にはドアだけが「ガン」と壁に叩き付けられた。
そして、ガイツの前に変われたのはボサボサ髪で下着姿の女性であった。
「ミール、今、目覚めたのか・・・しかし・・・」
ここでガイツがその先の言葉を口にしなかったのは、多少に呆れたからである。
爛れた関係・・・それが容易に想像できる現場であったからだ。
ミールの奥には裸の男の姿が見えるし・・・
気を取り直して、ガイツは自分の要件をミールに伝える。
「ミール・・・お前の連れ。その男と少し話をしたい」
「フン・・・ちょっと待っていな」
ミールは不機嫌を崩さず、ドアは激しく閉める。
そして、ガイツはしばらく外で待たされる事になる・・・
「さあなぁ。俺には何も解らない」
ガイツから問われた質問内容にこの男は何も答えなかった。
現在、件の男は服を着せられて黒いフード付きのマントを羽織っている。
魔術師風情にも見えなくないが、ガイツにはこの男が魔術師ではないと断言できた。
何故ならば、腰にふたつの立派な剣を携えているからだ。
剣術士に間違いない。
そして、この男の眼の部分は黒い帯状の布でキツく結ばれている。
生来からの盲目だと聞かされていたが、それにしては堂々としていて、ガイツにはこの男が本当に盲目なのか疑わしいとも感じていた。
そんな怪しい男を何処からかミールは連れて来たのだ。
ミールに問うと、帝都ザルツで知り合った仲であり、自分と伴侶になる約束をしていると言う。
ガイツはとても信じられなかったが、それでもこの男はそれを否定しなかった。
少し悩むガイツだが、結局はミールの言葉を信じる事にして、この男と一緒に居る事を許可したのだ。
そして、この男からは只者ではない何かを感じる。
それは危険な何かであり、決して一般人ではないだろうと・・・ガイツの勘がそう囁いていた。
そんな勘でガイツはこの男を自分達の陣営へ・・・と言うよりも、自分の目の届くところに置く事としたのである。
「なるほど、本当に誰かから恨みを買っている事実はないのだな? 例えば、帝都ザルツで追手に狙われているとか?」
「無い」
男はそう断言した。
「もしあったとしても、それはガイツ様に関係の無い事だ。ただし、それがミールに危害が及ぶのであれば、俺が斬る!」
そう言い男は自分の剣に手を掛ける。
その気迫にガイツは少しだけ焦った。
「待て、待て。俺は別にお前やミールを疑っているのではない・・・ただ、今、スタムで暴れているヤツは、お前達がここに来たタイミングと同時に暴れているように思ったからだ。しかし、何も知らないならば・・・それはいい」
ガイツはそう言って、この男からの怒気を逸らそうとする。
そして、今、その男の胸に指を這わせているのはミールである。
自分を守ってくれる男性にそんな情愛の姿を魅せるのも意外な行動。
そう思うガイツだが、それでも、それだけこのミールも本気だという事だ。
彼女を幼い頃より知るガイツとしても、ミールに対して少しは親愛の情のようなものがあるため、ここで彼女の好きなようにさせてやる事にした。
「ともかく、ミールは休みが欲しいと言うから与えてやったまでだ。明日からは仕事を再開してもらう。私と一緒に本国へ戻るか、それとも、とある武器商を襲撃するか、どちらかを選べ」
「・・・解った。帰る」
不承不承に帰国を選択するミール。
彼女としてもここで甘い生活を続けたかったが、何となくの勘で、このままスタムに居続けてはマズイと思っていた。
得体の知れない巨大な何かが自分達に迫っている・・・そんな焦燥感がミールの中にあったからだ。
そして、彼女は自分の下僕に命令した。
「アーク、明日ここを発つわ。準備をしなさい」