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第十話 ひとりだけの旅

 俺はしがない馬車の御者。

 エストリア帝国の北側中央に位置する帝都ザルツと南部中央の要衝都市スタムを結ぶ定期便馬車が俺の仕事場さ。

 この仕事を始めてもう十五年。

 信頼と実績が俺の売りである。

 最近はラフレスタの乱とかクリステの乱とかあって物騒な事件の多い世の中だが、それでも帝国南部の景気と治安はまずまず。

 客足にそれほど変化はなく、定期便は普段どおり予約客で一杯。

 今日も朝から客を乗せて出発しようとしていたら、ここで飛込みの一見さんがやってきた。

 

「スタムまで乗せて」


 その女性は少しだけ強い口調で頼んで来た。

 スタムまでは距離もあるので簡単な旅じゃない。

 今も予約客で一杯な馬車内だったので、断るか・・・俺も一瞬そう思ったが、今回は特別だと思い直す。


「いいですよ。普段は物置に使っている一番後ろの席があります。ひとりだけならば座れない事もないですから」


 俺は商売染みた愛想を総動員してそう伝える。 


「解ったわ。それでいい」


 女性は文句も言わず、ひとり分の旅費を俺に払い、そして、一番奥の席に黙って着く。

 灰色のローブ姿で、いかにも魔術師の初心者って感じの女性。

 加えて、とても不愛想な客。

 若い女性の一人旅なので警戒もしているのだろう。

 俺はできるだけその女性客が安心できるようにゆっくりと馬車を動かして出発した。

 

 

 




 帝都ザルツを出て、エストリア帝国南部要衝都市のスタム領地に向かう。

 距離もあり、全体で凡そ二週間の旅程もあって、それなりに長い旅だ。

 俺が操る馬車は大型で、四人掛け席が四列とギュウギュウ詰め状態。

 加えて一番後ろの補助席に飛び込み客の女性も乗せていたので、本当に満車の状態。

 だからあまりスピードも出せない。

 ノロノロと街道を南へ下る訳だが、人の往来が多い街道であるため、魔物が出現する確率は少ない。

 御者の俺としては安心できる旅程だが、乗客にしてみれば少々退屈で、ギュウギュウ詰めの車内は決して快適ではない。

 そんな車内環境だが、気兼ねないお喋りでもしていれば退屈は収まるってのが旅の醍醐味でもある。

 そう思っていると、ザルツを発って一時間もしないうちに後ろに座る傭兵風の男が話し掛けて来た。

 

「なぁ、最近のスタムの景気はどうだ?」

「悪くないですが、こんな平和時代ですので、争い事はあまりないと思いますよ」


 俺は傭兵が聞いてくる『景気』の意味を良く解っている。

 それは、傭兵の仕事があるか、ないか、だ。

 つまり、何らかの争い事があるか、ないか、を彼らが聞いきている。


「ちぇっ、やっぱりそうか・・・少し前にラフレスタやクリステで大きな騒乱があったから、景気は良かったんだろうけどよう。畜生め、俺は間に合わなかったんだよなぁ」


 悔しがるその素振から、争い事を求めて全国を放浪している口だろう。

 こいつら傭兵は戦いの請負人。

 争いのある場所に飯のタネがあると思っている奴らだ。

 犯罪者崩れの人間も多く、粗暴な人間の集まり。

 こんな奴らの相手をするのは俺も嫌なのだが、これも商売のため・・・仕方がない。

 今、話しているこの男も無条件で信用はできない。

 人の往来の少ないところを走っていると、金品を奪う盗賊や、女性客を襲う暴漢に早変わりするのも良くある話。

 油断できないヤツだと思いながも、俺はそつない会話を続けて、この男の挙動に注意を払う事にする。

 男はそんな俺の警戒を知ってか知らずか、他の乗客の身なりから素性を想像したり、とか、女性客の身体を値ぶんだりとか、本当に遠慮ない不躾な男だった。

 

「・・・って考えているんだが、どうだ?」

 

 その男からそんな誘いを受けたのは旅が始まって三日目の昼であった。

 

「いやぁ~、旦那ぁ。そりゃ客どおしが意気投合すれば、その先はどうなろうと・・・てのはありますが・・・強引に誘い出すってのはどうにも」

「なんだよ。だらしねぇなあ。お前さんそれでも男かよ」

「いやいや、あっしは男以前に現在は仕事中ですんで勘弁してくだせぇ。それに客との信頼関係もありますしぃ」

「けっ、何だよ。つまんねぇーな」


 この男から持ち掛けられているのは、一番後ろに座る女性を誘い出して、酒を呑み仲良くなると言う話である。

 俺は呆れと共にこの男の魂胆が見えてきた。

 退屈しのぎの強姦が目的なのだろう。

 人として疑いの眼差しを向ける。

 そんな俺の視線にこの男は敏感に反応した。


「なんだよ。冗談、冗談。冗談だろ!・・・街の警備隊に突き出すとか言わないでくれよな。ワハハハ」


 そう言って誤魔化そうとしてくるが、この男は本気で女性で泥酔させて襲う気でいたのだろう。

 多少辛辣な意見にも聞こえなくないが、俺の個人的な意見として、本人同士が合意しているならば、それは別に止めたりはしない。

 それが旅の醍醐味でもあるし、互いが気に入れば、深い関係になっても別に良いと思う。

 俺と妻との始まりもそうだったし、最終的に男として責任ある行動をとれば、これもありだと思う。

 しかし、一番後ろに座る女性客は恐らくこの男に好意を懐いていない。

 いや、この下品な男だけじゃない、極端にすべての人との接触を拒んでいるように見えた。

 馬車は長旅であり、夜になると宿場町に着いて宿を取るが、この女性客はそこでの食事も簡単に切り上げて、自分の部屋へ閉じ籠ってしまう。

 他の客との会話もそこそこ止まりだ。

 孤独を愛する女性って感じだなあ。

 それに時折、彼女からは険呑な気配も感じるし、あまり人を近付かせない雰囲気を出している。

 そんな女性客を標的にしようとしているこの男は、やはりこの彼女が一人旅だからというところが理由であろう。

 何処でどうなろうとも誰も気付かない、なんて思っているようだ。

 しかし、俺は信頼と実績が売りの乗合馬車の御者。

 俺の馬車でそんなことはさせない。

 この商売は一度信用を失うと、客から愛想をつかされて、悪い噂が広まり、商売上ったりになっちまうからな。

 こうして、俺はこの男の悪事の片棒担ぎを拒否したが、それで諦める男ではないと解っていた。

 その後もこの男は自分ひとりで何とか事を進められないかと女性客に接近する。

 そして、この男の企みは次々と成功しなかった。

 件の女性客にいくら話しかけても、ことごとく無視。

 女性客はしつこい男に嫌気を指したのか、最近は宿場街に到着しても食事場にすら姿を見せなくなってしまう始末。

 食べないと餓死してしまうのじゃないか?

 俺は心配になり彼女の様子を見に行ったが、「食事は自分で用意しているので要らない」と言われた。

 まあ、女性客の健康状態に変化は無さそうだから、これは心配のし過ぎか。

 これ以上の心配は不要と結論付け、俺はあまり構わない事にした。

 女性客の方はそれを済んだが、男の方は自分の企みが上手く行かずイラつき始めて、こちらの方が問題になっていた。

 自分の思いどおりにならないのが癪なのだろう。

 そして、この男は遂に実力行使に出る。

 街と街との距離が遠い今日は途中の森で休憩するしかない。

 これがチャンスだと思ったらしい。

 男はローブ姿の女性客に声を掛けて、森の奥へと誘っているようだった。

 

「ちょっと、お客さん。困りますよ。あまり自由行動をされては・・・」


 俺は嫌な予感がして、休憩時間を早めに切り上げようとした。

 男は憎らしく俺を睨んできたが、それを見た女性客の方が溜息をついた。

 

「私は大丈夫よ、親切な御者さん。ちょっと気晴らしにこの(ひと)と奥に行って来るから」


 女性客はそう言って、男を伴い森の奥に消える。

 同伴する男の厭らしい笑みが印象的で、俺はこの行為を止められなかった事を後悔する・・・

 

 

 

 

 

 

 男は女を誘って、森の奥まで入ってきた。

 ここならば多少の声を出しても、他の連中には聞こえまい。

 そう思って、男は溜まっていた鬱憤を晒す。

 

「えへへ。ここまで来れば、もうこっちのもんだぜぇ!」


 男は我慢できず、そんな下品な言葉を漏らすが、対するローブ姿の女性は冷静だった。

 

「何を期待しているのか解らないけど、私はアナタに聞きたい事があったからこの場所に移動したのよ」

「へへ、焦らせやがって・・・まぁいいだろう。聞きたい事があればさっさと言いな」


 男は森の奥のここまで来たら、もうこちらのものだと思い、女の話に少しだけ付き合ってやる事にした。

 

「私がアナタに聞きたいのは三つ」

「何だ?」

「ひとつは、アクト・ブレッタ・・・どこかで彼を見なかったかしら?」

「アクト・ブレッタだぁ? ふーん、読めたぜ。お前、例の英雄気取りのヤツに惚れたのかぁ? あんなヤツのどこが良いんだよ。どうせ運が良いだけのヤツだろう?」


 そんな見下した男の言葉に少しだけ気分を害した女だったが、それでも彼女はできるだけ冷静を装い聞いてきた。

 

「知っている事、見た場所があれば対価を支払うわ」

「対価か・・・へん。俺は知らないが、ヤツの事を知っている男を俺は知っている。そいつは帝都ザルツにいて・・・」

「もういいわ」

 

 女は男の話を遮った。

 

「何だよ。これは面白れぇ話だったのに・・・」


 男は自分が今考えた作り話を遮られて不満だが、女の方もそれを察知したのか、無駄な会話を止めさせた。

 

「もういいの。次の事を聞くわ・・・ふたつ目は『砂漠の国』・・・その諜報機関がスタムでも暗躍しているらしいけど、アナタは何か知らない?」

「そんなの知る訳ねぇ・・・と言いたいところだが、実は俺もその辺の情報には通でよぅ」


 男はようやく自分の得意分野の話題となり、少しだけ教えてやる事にした。

 

「スタムの武器商には『砂漠の国』の息がかかった奴が多いらしい。『砂漠の国』の奥地では鉄が取れるらしいし、鍛冶師もいる。武器商の利益が『砂漠の国』に流れているって噂だ」

「ふーん。良い話を聞かせて貰ったわ。ちなみに『蟲の衆』って聞いた事あるかしら?」

「なんだそりゃ!? 痒そうな連中だなぁ。ワハハ」

「・・・もういいわ。最後はこれよ」

「なっ!」


 女をゆっくりとローブのフードを解く。

 そこに現れた美しい顔と黒に青の混ざる長い髪を見て、男は息を呑む。

 

「私の髪と同じような黒い髪と黒い瞳の人達を探しいているの・・・どこかで見た事はあるかしら?」

「お、俺はこんな綺麗な女を見た事がない・・・黒髪の女とはこれから知合いになるさ。もう、我慢できねぇぜっ!!」


 それだけを言い残すと男は女へ飛びかかった。

 しかし、女は素早く身を躱して、男から距離を取ると、懐に隠していた魔法袋からひとつの白い杖を取り出して男を打つ。

 

パシーーーーン


「ぐ、ぐわーーーっ! 痛てぇ!! な、何を・・・この女ぁ~ オメエ、只者じゃないなぁっ!!」


 男は三流だったが、それでも少しだけ剣術の知識はあった。

 彼女の放った一撃がどこかに記憶のある攻撃技だったからだ。

 その記憶を辿ってみれば・・・『ブレッタ流剣術』・・・

 彼の頭の中にそんな単語が(よぎ)るが、これ以降この男の記憶は曖昧になる。

 それは女の眼を見たからだ。

 彼女の眼は黒から青・・・そして、エメラルドグリーンへと変化する。

 その変化の過程を目の当たりにして、益々に意識が吸い取られる感覚。

 やがて、男は自我を保てなくなってしまう・・・

 

 

 

 

 

 

 場面は再び森の入口で休憩を取っていた馬車旅の人達へと戻り、しがない御者の視線で話を進めよう。

 

 俺はやるせない気持ちに陥っていた。

 それは素行の悪い男性客が無口な女性客を強引に誘い、森の奥へ消えてしまった事。

 それを赦してしまった自分に不甲斐なさを感じていた。

 そんな俺であったが、半刻ほど経った後、意外と早くふたりはこの場所に戻ってきた。

 女性客は普段と変わらない様子。

 俺はこの女性客がこの粗暴な男から乱暴を受けて、失意の底にいるんじゃないかと思ったが、まるで肩透かしを食らった気分だ。

 そして、様子がまったく変わっていたのは男の方だった。

 口数が極端に少なくなり、顔色も悪い。

 

「旦那ぁ、大丈夫ですか? 顔色悪そうですが・・・」

「いや、俺は何も問題ない・・・それよりも先を急ごう」


 男はそれだけを短く言うと、さっさと馬車に入っていった。

 件の女性客も馬車に乗り込み、いつも定位置へ座る。

 とても引っ掛かりを感じたのは俺や他の客も同じだったが、それでも俺は馬車を進める事にした。

 

 

 

 その日の夜。

 宿場街に着き宿で食事をしていると、粗暴な男からこんな事を切り出された。

 

「俺はここで降りる」

「えっ?」

「身体の具合が少し悪くなって・・・いや、いいって事よ。俺の事は気にせず、他の皆を目的地へ届けてくれ。代金はもう払ったのだから返さなくていい」


 本人からそんな申し出があったとしても、こんな辺ぴな村で満足いく治療が受けられるとは思えない。

 スタムまではもう少しなのだから・・・と思っていたら、件の女性客から肩に手を置かれた。

 

「ウォッ!」


 それはとても心地よくて、俺は変な呻き声を出しちまったが、彼女は優しく俺に微笑み返してくれたので、俺は全身の力が抜けるほどリラックスしちまう。

 彼女の黒い眼が印象的で、どこまでも深い闇に意思が沈みそうになって、フッとした。

 

「この人はここで別れたいと言っているの。それを否定しては駄目・・・」

「ああ・・・そうですね」


 俺は彼女の言葉を何も疑わない。

 それは他の客も同じ。

 彼女の言っている事が正しい。

 そう思った。

 

「それではここでお別れという事ですね。達者で」

「ああ、ありがとうよう。明日は朝早く出て行ってくれ。旅路はまだ長いからな」


 調子が悪いと言う割にはハッキリとした口調で別れの挨拶を告げてくる男。

 しかし、俺や他の客達はこれ以降彼の事をまったく心配しなくなった。

 この事を誰もが不思議に思わなかった。

 そして、次の日の朝一番、我々は宿から出発。

 このとき、それまで男が一人乗っていた事など、誰もがすべて忘れてしまった。

 

 

 

 

 

 それから数日後、俺達は無事に目的地のスタムに着いた。

 衛士によるスタム領入の審査を受けて入領税をいつものように納めると、スタムの街内へ入る。

 そして、夕刻の時間に乗合馬車の終着駅に着くと、一番奥に座っていたローブ姿の女性がいち早く立ち上がり、馬車から降りた。

 そして、彼女はローブのフードを空けて長い髪を左右に振る。

 それまで狭い馬車の中で窮屈だったのだろう。

 その長くて美しい艶のある彼女の髪はとても美しく、黒色に青色が混ざる不思議な髪色で、女性客の顔立ちをこのとき初めてマジマジと見た俺は不甲斐なくも口をあんぐりと開けてしまう。

 本当に綺麗な人だと思ったからだ。

 マズイ・・・妻に怒られてしまう。

 そんな事を考えていたが、その女性客はあっという間にスタムの街の喧騒へ消えてしまった。


 それから数日後、スタムで著名な武器商に次々と賊が入り、大被害を被る噂が巷で囁かれる事となる・・・

 

 

解りにくい描写かも知れませんが、ここでハルは無詠唱の魔法をバンバンと使ってます。心を読む魔法に加えて、相手の心を制御する魅了の魔法・・・ ハル自身が成長しているのもありますが、アクトを奪われて心の余裕がなくなり、歯止めが効かなくなっていたりします。

そして、ブレッタ流剣術。

心のリンクが切れたハルですが、アクトと共有していた記憶はまだ残っています。

むしろその記憶に縋っていると言ってもよく、彼女はブレッタ流剣術の記憶を利用して魔法の杖をブンブンと振り回す棒術士へとクラスチェンジしてますね。

そんな白魔女の姿とハルの心内を想像していただければ幸いです。

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