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第八話 夜の侵入者 ※

 完全な白魔女に変身したハルがアクトと音信不通になった現場へ急行してみると、そこには死体がひとつ横たわっているだけであった。

 その死体を見ると間違いなくシーラと呼ばれる美人女優。

 先日、戦勝記念式典でアクトのエスコート役を担った女性だ。

 彼女は鋭利なナイフにより胸を一突きにされており、既に冷たくなっていた。

 美しい女性だと思うが、このときのハルはそれ以上の感情は沸かない。

 冷たい女だと思われるかも知れないが、現在のハルが必死に探す人物とはアクト・ブレッタその人ひとりだけであったからだ。

 他に何か手掛かりがない?

 そう思い、その現場を見渡してみると、そこには散乱したガラスの破片を見つけることができた。

 赤い液体の飛沫が残っており、これを見て液体の正体がなんとなく解った。

 美女の流血・・・それである。

 ラフレスタの乱の時に散々悩まされた敵の魔法薬であり、この特徴を忘れる筈もなかった。

 

「どういう事? 何故ここに美女の流血が? ・・・駄目ね。ここには手がかりが無さ過ぎる」


 見渡す限り、これ以外の遺留物は存在しない。

 アクトも・・・彼を拉致したと思わしきミールによって何処かに連れ去られた後なのだろう。

 ハルはそう結論付けると、この現場を後にするしかなかった。

 彼女の次の手段としては、ミールと同じ仲間であるフランツから情報を引き出す事にした。

 

 

 

 白魔女のハルが研究室に戻って来ると、そこにはまだフランツがいた。

 恍惚な表情を浮かべて涎を垂らしている。

 彼は幻惑の中で、彼にとって都合の良いハルと楽しんでいるのだろう。

 幻惑の世界に浸り、幸せそうなフランツの顔を観て、それを癪に思うハル。

 

「フランツ・・・アナタに八つ当たりしても、とは思うけど、今の私はすこぶる機嫌が悪いの・・・洗いざらい情報を聞き出した後は・・・覚悟をして頂戴」


 不敵にそんな事を述べると、白魔女の瞳が桃色に輝くのであった・・・

 

 

 

 

 

 

 夜半。

 帝都ザルツの中心・・・そこは帝皇の住まう居城が存在している。

 荘厳で立派な帝皇の居城はエストリア帝国の栄華の象徴であり、たとえ夜であっても魔法の光で輝く構造物として栄光と共に威厳を以ってザルツ中心に鎮座している。

 その居城の尖塔のひとつには帝国の支配者である帝皇の寝所もあった。

 帝皇一族はこの居城とは別に居住区にも寝所が設けられていたが、今日の帝皇デュランはここを使っていた。

 それはいろいろな理由があったが、細かい話はいいだろう。

 彼がここを使うと言えば、それで済む話であり、彼の近辺を警護する者にとってもこちらの方が万全の警備体制なのだ。

 しかし、今宵の夜はその警備担当者のクビが飛ぶような事態が起ころうとしていた。

 

 帝皇デュランは寝所で独りになった直後、違和感を感じた。


「・・・何者だ!」


 帝皇デュランが気配を感じた暗がりの方へそんな言葉を発してみるが、相手の声は後ろから聞こえてきた。

 

「こんばんわ。今宵は月が綺麗ね」


 そんな女の声に帝皇デュランが慌てて振り返ると、そこには絶世の美女が月を背景にして窓枠へと腰かけていた。

 

「白魔女か」


 帝皇デュランは半分安心し、半分嘆息して彼女の名前を呼ぶ。

 彼女は自分の味方であり、命を奪われる事は無い。

 少なくとも今は・・・

 

「夜遅くに突然訪問した事は詫びるわ」

「当然じゃ。これが本来ならば警備担当が極刑になるほどだぞ」


 帝皇の寝所に無断で侵入することなど、警備体制がザルであると証明するようなものだ。

 帝皇の身辺警護に命懸けで臨む近衛総隊長がこの事を知れば、卒倒しかねない事態である。

 しかし、相手が白魔女ならば致し方ないと思い直し、帝皇デュランは今回の一件を問題視しない事にした。

 どうせ白魔女は今も常人では認識できない結界を張っているだろうし、帝皇自身が知らぬ存ぜぬを通せば、問題には発展しないのだから。

 

「それで用事は何だ? 予は明日も早い。できれば手短にして貰えると助かるのだが」

「そうね。私もそうしたいわ」


 白魔女はそう言うと、指をパチンと鳴らす。

 そうすると帝皇デュランの脇に三つの箱が現れた。

 これは彼女の高度な転移魔法によるものだが、帝皇デュランはそんな芸当にいちいち驚かない。

 それよりも箱が三つである事に関心がある。

 

「これは・・・もしかして例のモノか?」


 帝皇デュランの問いに白魔女ハルは頷いた。

 

「ええそうよ。アナタが所望した三つの仮面・・・赤色、青色、黄色の三色よ」

「おお、できたか・・・しかし、完成予定日は明日と聞いていたが?」

「少し予定が変わったの・・・実は苦情を言いに来たのもあってね」

「はて、其方から苦情とは?」


 帝皇デュランはわざとらしく意地悪な顔になり、まるで白魔女を挑発するような仕草をした。

 まだ、このときは心の余裕があったためだ。

 しかし、白魔女の次の言葉を聞いて驚いてしまう。


「アクトが攫われたわ」

「何!?」


 ここで帝皇デュランの雰囲気が変わった。

 自国の臣民・・・しかも、お気に入りの臣民に危害が及んだ事実を知ったからだ。

 表情が険しくなり、眼光も鋭くなる。

 彼は一気に不機嫌になったが、それ以上の怒気が白魔女からも放たれていたので、帝皇の怒りがここで爆発する事はなかった。


「以前、帝都大学にネズミが入り込んでいる事をお母さんから聞いていると思うけど」

「ああ聞いておる。砂漠の賊が数名ほど研究補助員に成りすまして侵入している話であろう。今は監視を送り込んでおるが・・・」

「ならば、その監視役は替えた方が良さそうね。さっきは間者のひとりが私の研究室に侵入して襲われそうになったわ。そして、そのもうひとり、ゼーリック・バーメイド研究室に所属しているミールと言う名前の女性研究補助員・・・彼女がアクトを攫ったの」

「それは誠か? アクト・ブレッタほどの手練れを!?」

「そうね。私もそんな事は予想できなかったけど・・・どうやら相手側は『美女の流血』の模倣品を手に入れたみたい」

「模倣品? そんな話など初めて聞くぞ」

「私もさっき知ったわ。どうやら帝都大学の研究室で密かに研究されていたらしい。シェイド・ロジタール研究室のジェンカ・クラップという女性研究員を調べるといいわ」

「シェイド・ロジタールと言えば魔法薬研究の権威だ。彼がまさか・・」

「加えて言っておくけど、シェイド・ロジタール教授は無罪よ。ジェンカ・クラップが個人的に研究している。中央政府のとある機関から秘密裏に依頼を請けたみたいね。極秘指定を受けているようだからシェイド教授も解らなかった。もし、真面目な彼がこの真実を知れば、ジェンカを告発したでしょう」

「・・・解った」


 帝皇デュランは険しい顔のまま、そう応える。

 彼としては怒りで腸が煮えくり返る思いだったが、それでも何とか思い止まることができた。

 

「アクトはまだ無事・・・私には解る・・・そして、彼は南の方角へ移動している・・・私には解るのよ。これから私はアクトを助けに行くから邪魔をしないでね。それじゃ」


 それだけを言うと白魔女は窓枠からパッと外に飛び降りる。

 ここは高い尖塔に設けられた寝室なので、普通の女性が飛び降りるなど自殺行為である。

 しかし、彼女は白魔女。

 帝皇デュランは念のため彼女の姿を確認してみたが、予想どおり白魔女の姿は何処にも見当たらず、蒼い月の光だけが夜の帝都を照らしていた。

 こうして突然に現れた白魔女は突然に去っていく。

 デュランの勘からして、今後彼女がこの帝都へ姿を現す事はもうないだろうと思う。

 そして、振り返ると、その床には各々が赤色・青色・黄色の三色の箱が積まれている。

 その上に置かれた紙に、この魔道具の説明が書かれていた。

 

 ひとつ、この魔道具は白仮面と同じ能力を持つ赤仮面・青仮面・黄仮面である。

 ひとつ、この仮面は識別のため各々に色をつけているが、機能上の違いはない

 ひとつ、この仮面の所有者は一度登録すると永遠であり、変更できない。

 ひとつ、この仮面は所有者以外の人が使う事はできない。

 ひとつ、この仮面の契約はこの箱を開けた時に有効となるため、所有者を決めてからその本人が箱を開ける事。

 ひとつ、この仮面は所有者が死亡すると崩壊するように作られている。

 ひとつ、この仮面の使用方法については契約時に所有者の頭の中へ自動的に入るため、紙による詳しい説明書はつけない。

 ひとつ、この仮面から要求される魔力はとても少ないが、それでも長時間に渡り使用する場合は魔力バッテリーの使用を推奨する。魔力バッテリーは付属品として各々の仮面にひとつずつ添付するが、この魔力バッテリーに所有者の魔力を事前に溜めておけば、長時間仮面を使用する際にも魔力切れのリスクを低減する事ができる。

 ひとつ、この仮面を保管するために特別な魔法袋を付属品として添付する。これは内包した魔道具の魔力を遮断するものであり・・・(中略)・・・これにより、所有者はいつでも身につけておくことができる。

 ひとつ、万が一、この仮面の魔道具が壊れた際は製作者に連絡する事。有償にて修理対応する。尚、連絡先についてはエクセリア国のエレイナ妃に託してある。

 ひとつ、この仮面は製造時に十分な品質確認をおこなった魔道具であるが、それでも起きてしまった不具合については初期不良として無償修理対応をする。その保証期間は一年とする。この場合も上記へ連絡すること。

 ひとつ、この魔道具の製作費には〇〇〇クロルかかったが、御代は不要。(既に材料費として〇〇〇クロル貰っているので問題なし) 尚、製作の際に使用した設備はすべて廃棄するので、悪しからず。

 

 追伸:親愛なる帝皇様。御代は結構ですが、無干渉の約束は絶対に守って下さい。よろしく。白魔女エミラルダより。

 

 この書置き内容を見て、白魔女に依頼した仮面が自分の要求どおりになっていると帝皇は安心する。

 彼はしばらく間を置いて、誰かを呼ぶ。


「誰かおるか?」


 もう、白魔女の気配はなく、結界も解除されているので大丈夫だと思った。

 案の定、帝皇デュランの命令が響くと、音も無く影から彼専属の召使が現れる。

 この召使も隠密行動に長けた人物であるが、そんな優秀な人間さえも侵入を気付かせない白魔女。

 改めて彼女が末恐ろしい存在だと思う帝皇デュランであったが、そんな事はさておき、帝皇はこの仮面を託す人物を早速呼ぶ事にした。

 

「今すぐ三人、息子と娘達を呼んでくれ」

「御意」


 身の熟しにまったく隙を見せない召使がそう短く応えると、あっと言う間に姿を消す。

 その様子からして、先程までここに白魔女が侵入していた事実を彼は認識していないのだろう。

 帝皇デュランはそう思い直して、面倒くさい事にならなくて良かったと密かに安堵していたのはここだけの話である。


 しばらくすると、彼の息子達――第一皇子アリオン・ファデリン・エストリア、第二皇子ユリウス・ファデリン・エストリア、第一皇女シルヴィア・ファデリン・エストリアが姿を現した。

 夜半の突然の招集で多少不満な彼らであったが、そんな事に構わず帝皇デュランは彼らに仮面の存在を教えて、その目的を告げた。


「この仮面を其方らに託そう。解っていると思うが、これは白魔女と同じ力を各々が持つという意味だ。圧倒的な力。帝国秩序の根幹を揺るがす力だと言っても良い。それをお前達三人が持つと言う意味。一代限りの力ではあるが、他人が他人を力で屈服させる事もできる。そして、その逆も・・・その意味を考えて使い熟せ」


 帝皇デュランの意味深な言葉に息を呑む三人。

 皇族にとって大きな力を持つという事は特別な意味がある。

 いろいろな意味で最も力を持つ存在が、次のエストリア帝国を導くリーダーとなって然るべきだと思っている。

 その『力』には政治力、人望、状況判断能力、統率力など様々な要素があるが、暴力を初めとする軍事力は大きなファクターである事に違いはない。

 その論理からすると、人外の力を発揮することのできる『仮面』を持つという意味は、三人の息子たちが各々に高い軍事力を持つ意味につながる。

 次の帝皇の座に誰が相応しいのか。

 公には第一皇子アリオンが時期帝皇候補として指名されていたが、それは絶対ではない。

 そんな解釈にもつながる。

 いろいろな意味で思わず息を呑む三人の息子達だったが、実はこれこそが帝皇デュランの狙いである。

 互いに無視できない力を持つ事こそ、互いが互いをけん制する力にとなるため、個々人で思い切った判断ができなくなるものだ。

 抑止力と言っても良い。


(今は互いに仲良しだが、皇族に群がる魑魅魍魎共により、それが裂かれる事もある。運命は時として冷酷になるのだから・・・)


 帝皇デュランの心の呟きは、彼の半生の経験から、そして、先刻のジュリオの一件から来るものであった。

 同じ失敗を繰り返さないためにも、三人の息子達には互いに拮抗する力を持たせて、互いが互いを意識する事で、良い意味の緊張感を持たせようと思ったのである。

 それが既定どおり第一皇子アリオンに次代帝皇を就かせて、帝国の永き安寧につながると思った。

 少なくとも帝皇デュランはそんな思いで仮面をハルに作られせたのである。

 そして、各々にひとつひとつの仮面を選ばせる。

 三人がこの仮面つけた自分の力を試すため、エストリア帝国あちこちで出没し、いろいろな世直しが行われたのは、これからしばらくして話となる・・・

 

 

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