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第三話 研究補助員達の朝

 広大なエストリア帝国においても大学校は四つしか存在しない。

 エストリア帝国の中央に位置しているトリア大学、帝国東部のアルマダ大学、帝国南部のスタム大学、そして、帝国西部の首都ザルツにある帝都大学。

 これらの大学の中で帝都大学こそが、一応、エストリア帝国の最高峰だとされている。

 ここで『一応』と付くのは、こと魔法学に関してはそれを専門にする高等学校の方がレベルは高いとされており、過去に輩出した生徒の実績や功績がそれを物語っていた。

 それでも、それ以外の学問、例えば経済学や法律学などは帝都大学がエストリア帝国最高峰の知識人が在籍しているとされているため、帝国の最高学府としての地位を保つ事ができている。

 そんな帝都大学にはより多くの知識を求めて入学してくる大学生達と、それを指導する博士、教授陣、そして、学校運営を担う事務局と学長室で構成されている。

 大学生は帝国が認定した優秀な高等学校を卒業した勉学優秀な生徒が入学してくる事になっているが、入学するには年間二百万クロルの高価な授業料が必要であり、余程に裕福な家庭、もしくは、貴族でしか実質的に入学が許されていない。

 よって、一定レベルの高等学校を卒業できた大学入学を夢見る平民や下流貴族は別の手段を用いている。

 それが『研究補助員』という道である。

 この『研究補助員』とは文字どおり教授の研究を補助する職員の事を示し、十年間勤めてその功績が教授より認められれば、大学卒業と同じ『学士』称号取得を得る事ができる制度だ。

 給料はほぼ出ず、逆に年間十万クロルの供託金を払わなくてはならないが、貧しくとも学者を目指す若い研究者達がこの『研究補助員』になる事は珍しい話ではない。

 この帝都大学にも数多くの研究補助員が在籍しているが、現在、大学食堂の一角に集まる集団もこの研究補助員の仲間達であった。

 金銭的に余裕のない彼らが比較的安価な大学食堂で朝食を摂る事はごく自然な日常。


「フランツさん、おはようございます」

「ああ、おはよう」

 

 若い研究補助員から朝の挨拶を受ける相手はフランツという青年。

 挨拶を受けた彼も若い研究補助員とそう大きくは変わらない年齢なのだが、フランツは周囲の面倒見の良さからこのグループのリーダ的な存在となっている。

 フランツの周りには同じような年齢層の研究補助員が多く集まっており、朝食と共に朝の井戸端会議をするのはいつもの光景であった。

 

「ねえねえ、フランツ、知っている? 天候予測研究室のジョンが受付嬢のハンナと付き合っているのよ」

「へぇー。ジョンが付き合っているのか、しかもハンナさんとはお目が高いね」

「そうなのよ。ハンナって娘もどこかの教授と付き合っているって噂だったけど、嘘だったのかしら?」

「いや、その噂は本当らしい。政治学部の教授と付き合っていて、奥さんにもその事がバレたと聞く」

 

 女性の噂話にフランツの向かい側に座る別の男性がそう答えた。

 

「あの娘、見た目は可愛いのに火遊びが好きなようね。フランツは何か知らないの?」

「さあね、どうだろ。僕はハンナさんとは少しぐらいしか話した事が無いからなぁ~」

 

 フランツは皆の手前ではそう答えたものの、実は件のハンナとは二回ほどベッドを共にしている。

 彼女は淫で気移りの激しい女性である、というのがフランツの評価であった。


「そうかぁ~、フランツならば交友が広いから、何か知っているんじゃないかなと思ったんだけどなぁ~」


 女性の研究補助員は非常に残念がる。

 フランツもこの目の前にいる彼女のただの娯楽の為に自分の持つ有益な情報を提供する気にはなれなかった。

 ちなみに、この女性研究補助員とは月いちペースでベッドを共にしている。

 フランツの中では尻軽女の評価だが、本日のこの会話から『意外に勘の鋭い女』という新たな情報も追加された。


「そう言えば。最近、フィスチャー教授のところに来たふたりの研究補助員もいたわよね」

「ああ、あの魔法応用研究学科長のところに来た新入だよね」

「ええそうよ。かっこいい男と愛想の無い女のふたり組よ・・・あのふたり、絶対できていると思うんだ、私」

 

 彼女の興味の対象は常に他人の恋沙汰である。

 勘が鋭いだけに、人の事を良く観察しているのだろうとフランツは思う。


「そうかもね。どのみち、もうしばらくしたら挨拶をしてみようかと思っていたんだ」

 

 フランツは新人を見ると積極的に声を掛けてきた。

 噂になっているこのふたりとも、どこかで親交の環を深めようと思っていたところだ。

 そんなことを思うフランツだが、視界の隅に自分の同僚の姿が入ってきた。

 その人物とは、眠そうな目を擦り食堂に入ってきた小柄な女性だ。


「おーい、ミール。こっちだ!」

 

 フランツの声にボーっとした女性が反応する。


「おはよー、フランツ」


 このミールと呼ばれる女性はそう応えて、人目もはばからず、大きく欠伸をした。

 小柄であり、何処かに幼さが抜けきれない女性であったが、それでもフランツとは同期の研究補助員である。


「また、夜間の受付のバイトをしていたのか?」

「ふぇぇ」

 

 フゥとエエを合わせて言ったらしい。

 彼女なりの合成語で、溜息と肯定の二重の言葉の意味である。


「まったく・・・と言いたいところだけど、最近、君の研究室は資金が火の車だからなぁ~」

 

 フランツはミールに少しだけ同情する。

 予算の厳しい研究室は研究費が自腹になる事もあるらしい。

 不祥事が続いたり、成果が出せなかったりといろいろな理由はあるが、研究と言う行為は予算を減らされれば、成果が出せないものである。

 ミールの所属している研究室も最近はいい噂が聞こえてこず、台所事情も厳しいのだろう。


故郷(・・)からの仕送りじゃ足らないのか?」

「ぜんぜん足らなーい」

 

 ミールは何かを諦めたようにフランツからの問いかけにはそう答えるだけである。

 

「少しは融通してよー」

「うーーーん、こればっかりにも僕にも・・・なぁ」

 

 フランツは同期・同郷の縁で少しだけ考えるが、金が無いのは自分も同じなので、結局、どうすることもできない。

 

「昨日も、一昨日も、夜間受付のバイト・・・私、死んじゃうわよ、過労で!」

「解った。解った。故郷(・・)の方に少し相談してみる」

 

 フランツは自分達をここに送り込んだ『故郷の者』に、ミールの送金を少し増やしてもらうよう相談してやろうと思う。

 ただし、『あちら』もあまり台所事情が良くないのは重々承知しているため、良い回答が得られるとは思えないが・・・


「とりあえず、ここに座って朝飯を食べろ。飯が食えている間はそう簡単に死なないさ」


 フランツの慰めと捉えていいのかどうか解らない言葉に、ミールは不承不承で頷き、自分の食事を確保して席へと着く。


「ミールには可哀想だけど・・・アナタのところの研究室は本当に評判良くないわよ」


 フランツと話していた女性がそう批評しているのをミール自身も認めた。


「うん。先週はレイアが辞めちゃったし、今いるパンデラだって、辞める、辞めるって言っているよ・・・」

「あそこのゼーリック教授・・・もう終わっているわよね」

「はぁーーー。フランツ~。私もどこか違う研究室へ転籍できなかなぁ~」

「ミール・・・解っていると思うけど、僕らは故郷の上役の命令でここに来ているんだ。自分達の意思でそう簡単に研究テーマを変えられないんだ」


 申し訳なさそうにそう答えるフランツ。


「はぁーーー」

 

 そう答えるのは解っていたが、聞きたくなかった。

 ミールは机の上に突っ伏してしまう。

 

「ミール・・・・・・とりあえず頑張れ! 骨は拾ってやるから」

 

 フランツの励みにもならない声に、ミールはもう反応しなかった。


「俺ら研究補助員は金の無いところに配属されるからなぁ~」

「全くよね」


 フランツのつぶやきに隣の女性研究補助員も同意する。

 資金が豊富な研究室は、研究補助員などを雇わず、自前の大学生や博士をスカウトできるのだ。

 逆に資金的に余裕のない研究室は高い研究成果が望めないので、当然、人は集まらない。

 だから、研究補助員でその人員を固めるようになる。

 大学内での評価も、その研究室がどれだけ研究補助員を使っていないかでランク付けがされているほどだ。


「でも、あそこの研究室は違っていたよ」


 死に体のミールはそう言って異議を唱える。


「昨日もそうだったけど、真夜中なのに次々と商人が入って来たし、帰るのは朝方・・・どれだけ取引が多いのよ!」


 ミールが愚痴交じりにそう言っているのは最近噂になっているとある研究室。


「フィスチャー教授の研究室よね。やっぱり噂は本当だったようね。この前も設備を全て新しくしたって話だし。私のところの研究室にもその金を分けて欲しいものだわ」

「魔法応用研究学科長の研究室だろ。まったく、研究テーマも『秘密』だとかで教えて貰えないようだし」


 フランツもあるところには金があるものだと思う。


「おっと、その例の研究室のおふたりが珍しく顔を見せたな」


 会話の途中だったが、フランツは食堂の購買部にふたりの男女が入ってくるのを見つけた。

 それは今噂をしていた研究室の研究者。

 驚く事に彼らふたりだけで研究を進めているのだ。

 しかも、ふたりとも自分達と同じ研究補助員と言う身分である。


「妬んでいてもしょうがないさ。どうせ、歓迎会も考えていたんだ。情報収集も兼ねて、ちょっと挨拶に行ってくるさ」


 フランツはそう言うと軽快に席を立ち、新人の補助研究員の元へと駆け寄る。

 

 

 




 アークとハルは研究室で秘密の会合(民主主義の勉強会)を終えて、一旦、家に帰る事にした。

 その秘密の会合は夜通し続けられていたので時間はもう早朝である。

 いつもはあまり利用しない学内の食堂でふたり分のパンを購入したところで声を掛けられた。

 

「君達、フィスチャー教授のところの研究補助員のふたりだよね」

 

 屈託のない爽やかな笑顔で挨拶してきたのは白髪の青年フランツである。


「ええ、そうです」


 アークが代表して応える。


「僕はフランツ。同じ魔法応用研究学科に所属している研究補助員さ。おはよう」

「おはようございます。僕はアーク。こっちはハルです」

「帝都大学へようこそ、と言っても、君達が来てからもう数箇月が経過しているけどね」

「・・・すみません。我々も先輩には挨拶できていなくて」

「構わないさ」

 

 アークは謙虚にそんな謝罪をするが、フランツは全く気にしない。


「僕はシェイド教授のところの魔法薬学研究室に所属していて、ここらの研究補助員のまとめ役もしているのさ。自称だけどね」

「そうでしたか」

「君達は魔法応用研究学科長直属の研究室だから、あまりつながりが無かったけれども、一応、新しい研究補助員が入ってくると歓迎会をやる習わしがあるんだよ」

「なるほど。それで僕たちに声を掛けられたのですね」

「そうそう。君達を・・・」

 

 ここでフランツの会話を遮る者が突然現れる。

 

「コラーーーーッ! ミィーーール、ここにいたかーーーーっ!」

 

 突然、食堂に怒鳴り込んできた男に全員の注目が集まる。

 その男は自分に集まるそんな視線など全く気にすること無く、目的の人物を見つけると、矢継ぎ早に文句を言い始める。

 

「あれほど魔法陣を組み立てておけと言ったにも関わらず、ぜんぜん終わっとらんじゃないか!」

「ひゃい!」

 

 ミールと思わしき、小柄の女性が机に突っ伏していた姿から飛び起きて、声の方を振り返り、「ゲッ!」と言った。


「あの~・・・ゼーリック教授・・・私、今日は非番の予定なので・・・」

「うるさい! やる事やってから休め。この役立たずめ!」


 怒鳴り込んできたゼーリック教授なる人物はやる気をまったく見せないミールに憤慨し、彼女の腕を掴むと、さっさと自分の研究室へ拉致していった。


「あぁぁーー、フランツぅーーー。私、死ぬーーーーーっ」


 去り際にミールの断末魔が食堂に響くが、フランツは努めて聞こえないふりをした。

 こうして騒動は嵐のように去っていたが、アークとハルは突然の凶行に目を丸くしている。

 しかし、この食堂にいる面々は、またか・・・と、あまりいつもとは変わらない様子であった。


「あれは?」


 アークが思わずそう口にするが、フランツは少しだけ頭を抱えて答えてくれた。


「よくあること・・・ではないけど、偶にある事さ。同じ魔法応用研究学科でもあのゼーリック・バーメイド教授の研究室はいつもあんな調子だよ。覚えておいた方がいい、新人さん」

「そ、そうなのですか・・・」

「そう。我々、研究補助員は立場が弱いからなぁ~」


 そう言うフランツだが、今度は彼にも迎えが来た。

 食堂の入口には三十代ぐらいの女性研究者が姿を見せ、フランツと目が合うとクイっと顔をしゃくる。

 来い、という意味だ。

 ふぅー、と溜息を吐くとフランツも観念する。


「という訳で、僕もお暇するけど。今度、アーク君達の歓迎会をやるから、楽しみにしておいて」


 それだけと言うとフランツはアークの前より姿を消す。

 足取りが重そうに見えたのは彼にもいろいろと苦労が多いのだろう。

 女性受けしそうな端整な顔の持ち主だから・・・

 そう思ってしまうアークだが、ここで初めてハルが口を開く。

 彼女は怪訝そうな視線をアークに送り、不機嫌な様子も隠さずアークにこう告げる。


「アーク、帰りましょう。今すぐにでも」

 

 

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