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第六話 芋虫の躍動 ※

 アクトがフィーロから紹介された装飾店を訪れている頃、ハルは帝都大学の研究室にいた。

 帝皇デュランから依頼のあった仮面を仕上げるために、昨日から徹夜に近い作業していたのだが、現在はひと段落している。

 そして、今は彼女の盟友とも呼べる人物を客人として迎えていた。

 

「・・・それでは、確かに返してもらったわ」


 ハルは自分に返却された魔道具『消魔布』を確認し、問題なしと判断すると自分の魔法袋へ仕舞う。

 相手の男性はその様子を少しだけ名残惜しそうに見ていたが、これも予め約束されていた事と割り切り、諦める事にする。

 当然ハルもその視線は解っていた。

 

「そんな物欲しそうな目で見ないでください、国王様(・・・)


 彼女はここで敢えて可愛くそう戯けて言ってみたが、対する男性は嘆息するだけである。

 

「それほど、私はモノ欲しそうに『消魔布』を観ていたのかね・・・それに国王様(・・・)なんて呼び方は止めて欲しいものです。ハルさん」


 相手の男性とはライオネル・エリオス。

 ハルがここで使った『国王』の敬称も勿論、彼女なりの冗談である。

 

「謙遜しなくてもいいわ、ライオネルさん。アナタが国王なのは事実でしょう?」

「そうです。ライオネル様はもう少し堂々としても良いかと思います」


 ハルに続き多少に強めの語気で合意するのはライオネルの脇にいるエレイナ。

 言葉遣いは丁寧だが、ここで彼女のいつもの凛とした雰囲気はなく、リラックスしているのがよく解る。

 公私共に互いを伴侶として決めたふたりだが、それでもエレイナはまだ人前では自分の惚気た姿を晒す事はしない。

 公の場では冷静で凛としている事が自分の役目だと認識しているようである。

 しかし、今はライオネルとエレイナのふたり、そして、居合わせるのもハルと言う身内だ。

 彼女が気を抜くのも無理はない。

 いつも気を張るライオネルとエレイナの姿しか知らないハルだったので、これは貴重なものが見られたと思うハル。

 本当にこのふたりが騒乱を無事に生き残り、互いの伴侶となって良かったと思った。

 

「明日にはザルツを発つのね。もう少しゆっくりして行けばいいのに」

「その言葉、そのままお返ししますよ。ハルさんももうすぐ旅に出るとエレイナから聞いています。本当に落ち着かない人達だ。ハハハ」

「そう言われると、私も何も言えないわね・・・しかし、同胞を探す旅は私の願いでもあるの。それこそ、リリアリアお母さんに助けて貰ってから計画していた事。ようやくこの旅の準備ができたようなものだしね」

「ですよね・・・これもハルさんの人生だ。私達がとやかく言う事もできないか・・・しかし、私達は時が満ちれば結婚式を挙げます。そのときには是非ともエクセリアに来て貰いますからね」


 ライオネルがそう宣言すると、隣のエレイナが頭を傾けてライオネルの肩に乗せた。

 彼女なりの控え目な愛情表現だが、それを見たハルは参ったをする。

 どうしてもこのふたりの結婚式に参列しなくてはならないと約束させられた瞬間でもある。

 そして、ひとつの事を閃いた。


「解ったわ。それならば・・・」


 ハルはそう言うと棚からひとつの腕輪を取り出してエレイナに渡す。


「これは?」

「この腕輪はこうするのよ」


 エレイナの問いにハルは魔法で応える。

 ハルが魔力を流すと、エレイナに渡した腕輪が活性化し、そして、それに呼応してハルの持つハンズスマートXA88が光り、振動する。

 着信を示すサインだ。

 勘の良いエレイナはそれだけを見て理解した。

 

「なるほど。この腕輪はハルさんの持つXA88とつながるのですね」

「ええそうよ。遠隔の通信手段として使えないかのと思い、XA88の通信回路と魔法回路をつないでみたの。どこかで役に立つかと思っていたんだけど、意外なところで役に立ちそうね」

「素晴らしい。これならば、ハルさんといつでも連絡できます」


 エレイナはそう言って喜ぶ。

 ハルもエレイナならば腕輪を正しく使えるだろうと思った。

 

「私と連絡をとりたいときはこれを使えばいいわ。魔力の消費は大きいかも知れないけど、エレイナさんの腕ならば、私がゴルト大陸のどこにいてもつながるでしょう」

「ありがとうございます。私達の挙式が決まればすぐにでも連絡しますから、アクトさんとご一緒にエクセリアへ絶対来てくださいよ」

「本当にいいものを貰ったな。これで、もし、ボルトロールと戦争になっても白魔女様が駆けつけてくれるぞ」

「ライオネル、縁起でもない事を言わないで。それに私達は兵器じゃないわ」

「ハハハ、これはすまない。勿論、冗談だとも」


 ライオネルは笑っていたが、彼が半分は本気である事をハルも解っていた。

 勿論、ハルもライオネルとエレイナには恩義を感じているので、見捨てるという選択肢はない。

 ただし、戦争とは突然始まってしまうものでもある。

 それを知り、駆けつけても間に合わない可能性もあった。

 しかし、そんな心配ばかりしているとハルとアクトはエクセリアから一歩も動けなくなってしまうのも事実。

 だからと言い、憂いと絶つと言う意味でボルトロール王国に先制攻撃するのも国際情勢としては良くない事である。

 結局、己の身は己で守る。

 それがこの時代の常であり、ライオネルやエレイナもそれを受け入れている。

 そのため、ハルより使用期限を一年に延ばした魔女の首飾りなどの身体強化魔道具の供与を受けている。

 今回、その授受も兼ねての会合であった。

 

「さて、我々はもうそろそろ行かなくてはなりません」


 ライオネルは襟を正すと、ローブを深々と被る。

 ここでの彼の仮の姿は、あくまでハルに実験機材を卸しに来た商会のいち業者であるのだ。


「本当に忙しい身ね」

「我ながらもそう思いますよ。しかし、これも私の運命。現在のエクセリアを長く空ける事も不安なのでね」

「月並みの言葉だけど、気を付けてね。それと結婚式には絶対に呼ぶのよ」

「解りました。それではハルさんもお元気で」


 ライオネルはそれだけを言うとエレイナを伴ってハルの研究室を後にする。

 こうしてローブを深く被った商会の職員が帝都大学の裏口より静かに出て行く。

 その姿を陰から監視しているひとりの人間がいることも知らずに・・・

 

 

 

 

 

 

「ふむ。あれは偽装しているけど・・・ライオネル・エリオスと姫剣士エレイナ・セレステアだね」

 

 建物の物陰からそんな言葉を漏らしたのはフランツである。

 今の彼はいつもの人の良さそうな笑みの顔はなく、狡賢そうな薄笑いの表情。

 それもその筈で、現在のフランツの立場は帝都大学のしがない研究補助員のひとりではなく、砂漠の国の特殊部隊『蟲の衆』のひとり、通称名(コードネーム)『芋虫』である。

 

「エクセリア国の国王・王妃とお友達・・・そして、ラフレスタの英雄アクト・ブレットが彼氏・・・やはり、ハルさんは只者じゃ無さそうだ」


 フランツの勘では、既にハルという女性が普通の研究補助員ではないと確信している。

 だからこそ彼は嗜虐の笑みを溢した。


「なるほどね。そうならば、面白い・・・そんな女性を僕の虜にしてあげよう」


 そう言うとフランツはとある案を実行する事にした。

 

 

 

 

 

 

ドン、ドン、ドン


「ハルさん、開けてください。僕です。フランツです」

 

 夜半にフランツがハルの研究室の扉を叩く。

 ここはセキュリティの高い区間ではあるが、人が全く入れないかと言うと、そうでもない。

 特別な警備担当者や高位の大学関係者ならばこの区間まで入場できるパスを持っている。

 フランツが現在利用しているのは前者であり、大学警備の総監を務める人物に女性と言う名の賄賂を贈った手段で手に入れたパスを使っていた。

 そして、最後のドア・・・つまり、ハルの研究室だけは彼女の許可なしでは開けられないのをフランツは知っている。

 だから、彼は自分が普段から持ち合わせている人の良さそうな笑顔を総動員して、彼女に呼びかけているのだ。

 長い間、彼はハルの研究室のドアを叩き続けた。

 そうすると、相手のハルが諦めたのか、ドアが少しだけ開けられる。

 

「まったく、フランツさん。今は夜ですよ。何か御用ですか?」


 そのドアの隙間から不機嫌の顔を崩さないハルが、そんな苦情を言う。

 

「ハルさん、大変です。火災です!」


 フランツがそう言って廊下の方角を指差す。

 ハルがその指先を追ってみると、廊下の一部が燃えていたのだ。

 

「え!?」


 驚いたハルにフランツが言葉を続ける。

 

「ハルさん、ここを開けてください。一緒に避難しましょう」

「わ、解ったわ・・・」


 ハルは焦って半閉じドアのロックを解除して全面開放。

 早速逃げるか、と思っていたが、ここでフランツが予想外の行動に出た。

 ハルに向かって突進し、彼女のうつ伏せ状態に組み敷いたのだ。

 

「キャッ!? な、何をするの!」

「ハルさん。好きだぁ。ああ、君の事がずっと好きでした・・・だから・・・」


 フランツはそう言うと、ハルの両腕を組み敷いて押し倒す。

 

「嫌ぁ。止めてフランツさん。今はそんな事より火災でしょ!」

「大丈夫。あれは幻影さ・・・こうでもしないと、君はドアを開けてくれないし」


 フランツは悪戯のような魔法を軽く詫びると、器用にハルのローブに手を掛ける。

 彼が女を強引に手籠めにするなど日常茶飯事だったから、こんな事は得意技なのだ。


「本当に止めて! 私にはアークがいるのよ!」

「それは解っている・・・それでも僕が君を好きなのは誰も止められないんだぁーっ!!」


 フランツはそう叫ぶと、嫌がるハルの顔を押さえてその唇を貪る。


「嫌ーー! んぁぁ!?」


 ハルの唇を強引に奪い、蹂躙する。

 しかし、フランツはここで気付いた。

 嫌がっている筈のハルが、逆に彼を求めてくるのだ。

 キスを求める彼女。

 それが一気にフランツの興奮を高めてしまう。


(こ、この女・・・なんてやつだ! 相当な好きものだぜ)


 嫌がる素振を魅せながらも、ハルは既に恍惚な表情・・・

 

「ああ、ハルさん。なんていいオンナ・・・す、好きだぁ!」


 フランツは思う。

 抵抗とは裏腹にここまでの俺に求めて来るとは・・・彼女・・・ハルとは自分と同じ世界に住む同類の人間で、本当に異性が好きなのだと確信した。

 いつも澄ました顔の堅物女性だと思わせていたが、どうやらこれが彼女の真の姿だと結論付ける。

 そう考えると、今以上にこの女性を自分色に染めてやりたくなった。

 

「あぁぁ、ハルさん。好きだぁ~ だから・・・」


 彼は次なる展開へと進める。

 

 

 

 

 

「ハァ~ ハルさん、ああ素敵だよ。それ最高だ。今まで抱いたどんな女よりもイイ。本当に君は女神様だぁ~」


 恍惚な表情を浮かべて、そんな戯言を吐くのはフランツひとりだけ。

 そんな(フランツ)の姿をつまらなそうに眺めているのはハル。

 ハルの姿は数刻前より変化せず、彼女らしいブカブカの灰色のローブを身に纏ったままだ。

 唯一の違いと言えば、白仮面だけを装着していた。

 つまり、今、フランツはひとりだけで幻を相手に必死になっているのだ。

 そして、彼女はそんなフランツを実験動物でも見るよう冷徹に見下した。

 

「まったく・・・この男はようやく本性を現したようだけど、残念でした。私の方が上手ね」


 ハルは以前よりフランツの心の中を読んでおり、いつかは自分に襲いかかってくるだろうと予見していた。

 そんな準備をしていたからこそ、夜分ひとり身の時にフランツがやって来たのを見て、いよいよ来たかと思ってしまった。

 そして、準備万端のハルが白仮面を装着した状態で彼を迎えて、施したのはとびっきりの幻惑魔法。

 この幻惑魔法は、いつかのあの日、ジュリオ皇子に襲われたとき発揮した魔法と同じである。

 ハル特性の幻惑魔法は、幻の世界の中で相手に理想の体験を与えている。

 恋愛の上級者として自負するフランツでさえも、いや、フランツだからこそ効率良く効く魔法であり、彼の理想とする女が幻の中で相手をしているだろう。

 それは何処までも愛の奴隷のような女性・・・

 ハルにしてみれば下品極まりない女性の姿でもあったが、どうやらそんな女がフランツの好みらしい。

 

「今までいろいろな女を泣かしてきたようだけど・・・今日は逆に泣いて貰うわよ」


 そんな冷徹な裁決を下すハル。

 彼女としてもこの女性の敵であるフランツには、この機会に少々キツイお灸を与えてやるつもりでいた。

 

 

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