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第四話 新居での団らん

 フィーロとローリアンの新居は帝都ザルツの北西部、フィーロが働く警備隊事務所の近くにある。

 それは彼らの実家がある貴族街よりほどよく離れた位置に立地していて、最近区画整理のされた住宅地であり、清潔で洗練されており、治安も良く、帝都で人気の住宅街のひとつでもある。

 敷地面積はそれほど広くないが、庭付きの綺麗な住宅であり、下手に威張らないのがフィーロらしいと思わせる住まい。

 そんな住居の夕時。

 ダイニングにはフィーロとローリアンに加えてロイ一家とアクトが招かれていた。

 

「わぁー、お母さん、美味しそう~」


 上機嫌なのはライラ。

 彼女の目の前には、今、暖かいシチューが置かれおり、その料理が早くて食べて欲しいと主張していた。

 鼻腔をくすぐる香りが、このシチューは濃厚で美味しい事を予感させており、実際もそうなのだろうと彼女の五感が現在進行形で訴えている。

 

「本当に美味しいわよ。ローリアン様の料理の腕前は英雄の名にも恥じませんからね」


 ライラの母であるシエクタはまだ食べもいないのにローリアンの作った料理を褒めた。

 それは、単なるおべっか(・・・・)ではなく、シエクタにもその確信があったからだ。

 何故ならば、彼女もローリアンの調理を手伝っていたため、その調理工程をしっかりと自分の目で確認している事による。

 

「ありがとうございます、シエクタさん。それと、この場で私の事はローリアンと呼び捨てで構いませんわ。だって、シエクタさんはロイ隊長の奥様でありますから」


 そんな上機嫌のローリアンはシエクタに返してくる。

 実はローリアンの料理の経験(レパートリィ)はそれほど多くない。

 貴族ならば、調理などの家事は自分の家に仕える召使にでもやらせておけば良い事で、貴族令嬢であっても調理経験が低いのは普通。

 ローリアンも例にもれず、自身でそれほど調理をした経験は無かったが、今回は結婚相手がフィーロである。

 彼の本質は貴族嫌いであり、自分の事は自分でするスタイルで生きてきた。

 結婚する際、家事のことは召使を雇っても良いとフィーロより言われていたが、それでも身の周りの事はできるだけ自分でやろうとローリアンは決めている。

 なぜならば、それが夫より深い愛情を受けられる物語のヒロインのようだと思ったからだ。

 そして、ローリアンの健気な花嫁修業の成果がここに現れた瞬間でもある。

 実家の給仕に調理を教えて貰い、それでなんとか作れるようになった料理のひとつがこのシチューだった。


「それでは。早速食べよう。ロイ隊長、シエクタさん、ライラさん、アクトも食べてくれ」


 フィーロは野暮な言葉は抜きにして食事を勧めた。

 

「それでは頂きましょう・・・うん、美味しいですね」


 アクトは暖かいシチューを賞味し、そして、旨い事実を素早く伝える。

 気遣いなしのアクトの本音である。

 

「アクト様。お褒め頂き嬉しいですわ。お口に合ったようで嬉しいです」

「これは嘘偽りない僕の感想です。フィーロさんは幸せ者ですよ。こんなに美味しいローリアンさんの料理を独り占めできるのですから」

「アクト、そこまで言うと嫌味だぞ。お前こそハルさんの手料理を毎日食べられるのだからな」

「ハハハ。そうでした」


 アクトは否定しない。

 確かにハルの料理は美味しいからだ。

 

「ハルさんは料理も天才ですからね・・・今度教えて貰おうかしら?」

 

 ローリアンもあっさりと自分の負けを認める。

 いつもは勝気な彼女だが、ハルの料理の腕前については高く評価しており、敵わないと思っている。

 

「ローリアンさん、次に来るときはハルも呼びますよ。料理の事となると彼女も食いしん坊なので、実は魔道具以上に研究熱心ですからね」

「是非にそうしてください。ハルさんならば、私ごときでも作れる料理をいろいろ知っていると思いますし」

「えーー、ずるい。私も~」

 

 ローリアンの言葉にライラが続く。

 ライラもハルの料理の腕前を認めており、是非に弟子入りしたいと思っていたからだ。

 

「おいこら、ライラ! お前はまったく」


 ここで不躾な我が娘を叱るロイ。


「ハハハ」

 

 そんなやり取りのお陰で周囲に笑いが漏れて、和やかなひと時になる。

 

「本当に残念ですわ。本日、ハルさんが来られないなんて」

「ローリアンさん、本当に申し訳ありません。折角お招き頂いたのに、ハルは現在造っている魔道具の仕上げが佳境に入っていて、どうしても今日は来られなくなってしまい・・・」

「いや、いいんだ、アクト。今日のコレは昨日の結婚パーティでの立ち話で急に決まった事だから。それに今のハルさんは魔道具の仕上げを優先させた方がよいだろう」


 フィーロは構わないとアクトに言う。

 それはハルが帝皇デュランより製作依頼のあった秘密の魔道具の存在を知っているからだ。

 この場でそのすべてを知らないのはシエクタとライラだけである。

 いくら身内であっても帝皇の秘密に関わる事など軽く言える筈もない。

 そして、その魔道具の製作は自分達の私事よりも優先すべき事項である事は百も承知の彼ら。

 

「次に来るときは・・・と言いたいのですが、僕たちは旅に出る予定もありますし・・・」

「アクト、気にしなくていいさ。ハルさんの事情を優先すればいい・・・ただし、旅に出る前には一度顔を見ておきたい」

「フィーロの言うとおりですわ。私もハルさんには大学の研究室を見せて貰う約束をしていますからね」

「アハハハ・・・そうでしたね」


 頭を掻くアクト。

 確かにハルとローリアンはそんな約束をしていたと思い出すアクト。

 心の中でどうする?と念じれば・・・ハルから答えが返ってきた。

 

(そうか・・・昼間は難しいか・・・解った)


 心の共有を果たすアクトにとって、どんなに距離が離れていたとしても、強く念じればハルと意識を共有できる。

 所謂、心の念話ができるのだ。

 それによると、昼間の帝都大学は先日の戦勝記念式典の一件で大騒ぎになっているようだった。

 アークの顔は大学内――特に研究補助員の仲間達――からは良く知られており、アークの正体が『アクト・ブレッタ』であるという事実がどうやらバレてしまったようだ。

 (アーク)は何処に行った? 何故、来ない? と問い合わせが殺到しているらしい。

 それは予想できた事であり、アクトは戦勝記念式典に出席して以来帝都大学には通っていない。

 それほどまでに注目されており、ハル自身も自分の研究室へ逃げ隠れている状態なのだとか。

 苦労掛けて本当に申し訳ないと思うアクトだが、フィーロ達にも事情を話しておく事にする。

 

「僕の正体がバレた事で、昼間の帝都大学は大騒ぎになっているようです。しかし、夜ならば・・・こっそりと来れば大丈夫かも知れません」

「やはりそうか。流石に戦勝記念式典で素顔を晒せば、誰がアクト・ブレッタかが解ってしまうからな」

「まったく、面倒な話ですね・・・」


 アクトは嘆息をつく。

 今日だってここに来るまで大変だった。

 乗合馬車に乗っても、歩いていても、どこにいても、見知らぬ人々から話し掛けられたり、モノを貰ったり、女性から迫られたりと・・・

 尤も、程度の差こそあれ、同じような悩みはラフレスタの英雄であるフィーロやローリアン、ロイ達にもあったが・・・

 

「これはしようがないですわ。こればかりは時間が経って民衆の熱気が冷めるのを待つしかありませんわ・・・しかし、ハルさんの研究室には必ず行きますわよ。私の親友の頭の中には美味しい料理のレシピが数多く詰まっているのですから」

「あら、それならば、私達も行かないといけないわよね、ロイ」

「おいおい。大人数で詰めかけたら、それは迷惑だろ!」

「えーー! 私も行きたい。ハルさんに会いたいよぅ」

「ライラまでそんな事を。夜は子供の寝る時間だ」

「お父さん、私は子供じゃないよぅーーだ。昨日の夜だってお父さんとお母さんが・・・うぐぐっ!」


 その先に続くライラの言葉は隣のシエクタによって素早く口が防がれた。


「うぐぐぐ・・・やめてよ、お母さん・・・言っちゃうよぉ・・・ライラを連れて行かないと、お父さんとお母さんの夜の秘密を言っちゃうよぉ~」

「ライラちゃん、アナタってぇ~」


 シエクタの顔は笑っていたが、眉間はヒクヒクとさせていたし、ロイも変な汗をかいている。

 フィーロはロイ夫妻が昨日、宿場の一室で何をしていたか大概予感できたが、ロイの威厳もあって、ここは敢えて話題を逸らす事にした。

 

「そ、それにしてもハルさんは魔道具製作と研究三昧なのはラフレスタの頃から変わらないようだな」

「ええ。それが彼女の生き方(スタイル)ですからね」

「そんなドライに言っては駄目だぞ、アクト。女と言う生き物は愛を注いでやらないと途端に不機嫌になるからな・・・グッ!」


 フィーロの最後の擬音はローリアンから肘鉄を食らった事による。

 しかし、フィーロはそれに敢えて構わないようにして言葉を続ける。

 

「とりあえず、ほら。アクト」


 フィーロは胸ポケットから一枚の紙を出してアクトに手渡す。

 そこにはひとつの住所が書かれていた。


「これは?」


 アクトが怪訝に思っていると、フィーロはまったく解っていないとアクトに溜息を吐く。

 

「それは帝都ザルツで有名な装飾商の住所だ。俺の紹介だと言えば何でも売ってくれる」


 その言葉でアクトはフィーロが言わんとしている事をようやく察した。

 ハルの為に装飾品を何か買ってやれと言っているのだ。

 

「フィーロさん。この商会でハルの為のプレゼントを買えと言っているのですね」

「ああそうだ。女と言う奴は時として解り易い愛のカタチを相手に求めるものだ。戦勝記念式典で報奨金も一杯貰っているのだから、お前だってお金には困っていないだろう?」

「ええ、そうですが・・・しかし、ハルが何と言うか? ハルはああ見えて物質的な欲があまり無いですし・・・」


 アクトの言うとおり、ハルは付き合っている相手からプレゼントを貰っても、あまり喜ぶ性格ではない。

 それにアクトが貰った報奨金はすべてハルに渡している。

 彼としても魔剣エクリプスを製作した時に、多大な資金提供を彼女から受けている身分だ。

 ハルとしては、別にいい、と言っていたが、それでもアクトは払っておきたかった。

 それは将来の為に、という事にしてハルが預かる形で決着している。

 

「それでもだ。男には時として強引さも必要だぞ。アクト」


 そこまで言ってくるフィーロに、アクトは一応、心の中でハルに聞く。

 要らないと彼女は返してきたが・・・彼女の心の中で少しだけキュンとしているのがアクトにはバレていた。

 彼は静かにフッと笑い、フィーロからの提案を受け入れることにした。

 

「・・・解りました。それでは行かせて貰いましょう。ありがとうございます、フィーロさん」

「うん。それがいい」


 フィーロはアクトが無事に承諾してくれたので、これでひと安心しているようだ。

 その後はかつての仲間同士の楽しい会話が遅くまで続き、こうして食事会はお開きとなった。

 帰ろうとするアクトにフィーロは先程のプレゼントの話を思い出させて、「件の商会は遅くまでやっているから、帰りに寄って帰れ」と命令するのであった。

 

 

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