第二話 結婚パーティ ※
戦勝記念式典の翌日。
五月のよく晴れた今日、フィーロとローリアンの結婚式がアラガテ家で行われた。
近年のエストリア帝国の結婚式とはパーティ形式が一般的であり、大勢の来席者の前で夫婦となる新郎新婦が契りを交わす様式である。
儀式的な意味合いも大きいが、このパーティ形式の結婚式を終えて、ようやく周囲から夫婦として認識されるのである。
今回のフィーロとローリアンの結婚パーティは昼から始まり、それは貴族らしく華やかで豪勢な立食形式のパーティである。
そして、この結婚パーティには沢山の人が招かれている。
大きくて実力のある貴族ほど派手な結婚パーティとなる傾向にあるが、このアラガテ家も帝国貴族社会ではかなりの上位貴族であり、その名に恥じぬ優雅なパーティ内容となっている。
そして、その主役であるフィーロとローリアンが『ラフレスタの英雄』という有名人である事も加味されて、多くの参列者が招待されていたが、その中にはローリアンのかつての学友達も当然のように含まれる。
そんな女性集団は今一箇所に集まり、彼女達なりの会話を楽しんでいた。
「キャミ。今日はとてもめかし込んで来ちゃってぇ。綺麗というよりも派手ねぇ」
「チェスカこそ、気合入りまくりじゃない。まさかここでいい男を探す気なのかしらぁ?」
「さぁてねぇ~。ご想像にお任せするわ。ふふふ」
帝国貴族令嬢の正装とも言えるど派手なドレスを身に纏い、少しだけ下世話な会話をする彼女達。
アストロ魔法女学院の卒業生で、ローリアンと同じ魔法貴族派に所属しているキャミとチェスカ。
彼女達は女学生時代から続く悪癖で、周囲に男性がいないとすぐに本音が出てしまうのだ。
現在も彼女達の周囲には女子しかいないため、そんな油断した会話をしている。
彼女達はローリアンと同じ学友という理由だけでここに集まったのではない。
これから『魔法貴族派』として頭角を表すと予測されるローリアンとフィーロに自分達の覚えをよくするために来たというのが最大の理由である。
残りの半分は『良い男と出会いたい』と言う下心もあった。
そんな彼女達は女の魅力を十二分に発揮できる衣装を身に纏っている。
帝国の伝統あるドレスとは、女性の身体的特徴をとても強調する意匠をしていた。
女性の最大の武器である乳房を強く張り出した派手な造りの衣装と、仕立てるのにいったいどれほど時間がかかったのか解らない派手な髪形。
キャミやチェスカ達のそれは傍から見ても気合入り過ぎであり、ここまで来るともう淑女と言うよりもケバケバしい女性のような気もするが、彼女達は自分が美しい女である事を信じて疑わない。
そんな派手なドレス姿の女性が多いのも帝国貴族社会のパーティの特徴とも言えるだろう。
貴族社会とは見栄を張る世界―――そう信じて疑わない者も多い。
そんな、ある意味で帝国貴族の見本たる彼女達。
貴族令嬢の彼女達がこのパーティ会場を見渡しても、錚々たる人達がこのパーティには集まっていた。
あちらを見ればグリーナ学長を初めとしたラフレスタ教育界の重鎮達がいる。
今のグリーナ学長はクロイッツ・ゲンプ校長が連れて来た夫人との会話を楽しんでいて、何やら共通の知人の話題で盛り上がっている様子だ。
向こうを見れば、ラフレスタ高等騎士学校の卒業生と思わしき人物がいた。
ローリアンが選抜生徒としてひと箇月半の期間、高等騎士学校に籍を置いていた事のつながりだろう。
ラフレスタ高等式学校は英雄アクト・ブレッタを始めとした選抜生徒が有名だが、それ以外にもこの高等騎士学校には有望株の男子生徒が多い。
そして、向こう側には凛々しい姿をした警備隊の男性の姿や高位貴族の御曹司も見えた。
これは新郎フィーロの友人であろうとキャミ達は値踏む。
まるで帝国を代表する有望株がここに一同会しているような光景であり、婿探し中の彼女達にとって正に選びたい放題の現場だと思えてしまう。
そんな華やかなパーティ会場で突然歓声が挙がる。
「おぉーー!!」
一体何事かと思い、その方角に視線を移したキャミ達。
彼女達はここで信じられないものを見る。
「ええ? あれって?!」
「もしかして、あのメガネザルの女~ぁ?」
驚きと蔑みの表情のキャミ達。
彼女達が憤慨してしまうのはパーティ会場に入ってきたアクト・ブレッタの連れてきた女性の姿が目に入ったからだ。
その女性はかつてアストロ魔法女学院で自分達と同級生だった『ハル』と言う名の女性。
彼女は学生時代、目立たない存在の眼鏡を掛けた根暗な女性で、自分達魔法貴族派にとっても不遜な態度を平気でとる気に入らない女というのがキャミ達の認識である。
当然、キャミ達はハルを仲間だと思っていない。
卒業間近に同じ選抜生徒のよしみでローリアンとは多少の友誼があったようだが、キャミ達は同じ仲間として全く認めていない女性であった。
そんな気に入らない、そして、冴えない女性が・・・今では別人である。
学生時代はセンスのかけらも感じさせないブカブカのローブを着ていた彼女だったが、今は空よりも蒼い帝国式のドレスを身に纏っている。
それは彼女達から見ても見事としか言いようのない美しいプロポーションを持つ彼女に合わせた衣装であり、決して借り物ではなく、彼女用に仕立てられた逸品のドレスであることも貴族令嬢であるキャミ達が一目見て理解させられた。
そのオーダーメイドされたドレスには高級な素材が惜しげもなく使われており、一体いくらしたのか解らないほどである。
そんな高級な衣装と派手さにも彼女は負けておらず、大きな乳房と細く括れた腰、そして、程よい大きさの臀部が彼女の女性美を惜しげ無く全員にアピールしている。
そして、現在の彼女は眼鏡を掛けていない。
彼女が元々に持つキリッとした切れ長の目にはとても力が籠っており、相手を惹きつける顔立ち・・・つまり、美人なのだ。
そして、本日は青の混ざる長い黒髪を綺麗に結っており、品の良い髪飾りでひとつにまとめられていて、そこから覗く白い細首と両肩が悩ましい。
始めは敵意の籠る目で見ていたキャミ達であったが、それでも自分達が気付かないうちに彼女の姿に惹き込まれていくのであった・・・
「ア、アクト。滅茶苦茶恥ずかしいんだけどぉぉぉ・・・」
顔を真赤にしてそんな事を言うハル。
ローリアンとフィーロの結婚パーティという今日、ハル自身が普段絶対に着ないような派手なドレスに身を包んでいた。
それは彼女の意思ではなく、リリアリアの指示によるものだ。
当初のハルはいつも着る灰色のローブで参加しようと考えていた。
魔術師としてローブ姿は正装でもあるため、それでもあながち間違いではない。
しかし、今回は結婚パーティと言うその人にとって一生に一回あるかないかという重要な場面。
それも有力貴族の集まる豪華絢爛な現場であった。
「莫迦者!! パーティとは女の戦場じゃて!」
とは、リリアリアの弁である。
リリアリアは自分の娘を人前で恥ずかしくない格好にさせよと命じ、その命令に張り切って遂行したのはセイシル。
数日前より準備をしていたセイシルによって、気合の入りまくった仕立てを受けるハル。
そして、支度を終えたハルの姿を見たリリアリアは・・・
「うむ。これで帝国の莫迦貴族共をギャフンと言わせて来い」
リリアリアもそんな納得で太鼓判を捺したものである。
こんな姿にさせられてしまった自分を人前で晒す事など大いに遠慮したいハルであったが、それでもローリアンと約束していた手前、土壇場で欠席する訳にもいかない。
派手な格好の羞恥心に耐えながらもアクトを伴いリリアリアの屋敷から馬車に乗り込むのであった。
そして、パーティ会場であるアラガテ家に到着し、馬車を降りたところで受けた大歓声。
パーティ参加者から――特に男性貴族から――の視線を一手に集めてしまう惨事となる。
「アクト・ブレッタ様。そして、同伴のハル様。ようこそフィーロ様とローリアン様の結婚式においで下さいました。特にハル様はとても綺麗な女性ですね。私も永くこの家に仕えていますが、貴女ほどの美しい女性は今まで見た事がございません」
そのように丁寧にハルの姿を褒めるのは本日の結婚パーティの案内人として勤めているアラガテ家の老執事である。
美辞麗句が多少に含まれていると思ったハルはとりあえず軽く頷いておく。
しかし、ハルを連れていたアクトは自慢高々にこう応えた。
「ええ。ハルは僕の自慢の女性です。彼女が褒められて僕も嬉しいです」
「や、やめてよ~」
ハルは恥ずかしくなり、アクトをドンと突く。
「おっとっと」
ハルは希代の英雄をよろめかせてしまったが、それは不味いと思い、一度突き飛ばしたアクトの手を再び引くハル。
その姿が仲慎ましく映り、それが尚更にパーティ会場から注目を集める事となる。
「あれが英雄アクト・ブレッタか・・・」
「一緒に居る女性は一体何者だ。黒髪の女性とは珍しい・・・」
「美しい・・・あの彼女とお近付きになりたいが、相手があのアクト・ブレッタでは・・・」
パーティ会場の男性貴族達からは妙な声も聞こえたが、ハルは気にしないことにする。
それよりも今は自分の恰好がとても恥ずかしいのだ。
必要以上に身体へフィットする蒼いドレスは窮屈であり、恐ろしいほど腰の部分が締め付けられている。
もしかしたら、ろっ骨が折れるんじゃないか?と思うほどだ。
これが正式な帝国式のドレスだと言うが、絶対に頭がおかしいと思うハル。
それは腹部を限界以上に締め付けている事だけじゃない。
露出が異常なほどに高いのだ。
特に乳房の上半分を晒すような意匠。
まるで、異性に自慢のコレを観てくれと言わんばかりである。
歩く度にタプン、タプンと揺れてしまう自分の豊かな乳房。
人前でこんな姿を晒すのは、とても恥ずかしい限りであり、現在進行形で居合せる男性達の視線がそこへ注がれているのも解る。
特に若い男性の鼻の下が伸びているのも解った。
そんなハルの羞恥がアクトにも伝わった。
「ハル、心配しないでいい。君は美しいんだ。見せびらかせてやればいいよ。堂々としていれば、それでいいさ」
「そ、そんな事をこの場で言わないでよ~」
ハルは再びアクトを突き飛ばし、今度は助けなかった。
オットットッとなりながらも、何とか転ばなかったアクト。
そんな彼らに本日のパーティの主人公達が近寄ってきた。
「アクトとハルさん。ようこそ。それにしても今日のハルさんは見違えるほど綺麗だな」
「本当にそうねぇ。もしかして私よりも目立っていないかしら? 嫉妬しちゃうわよね。ウフフフ」
順に新郎フィーロと新婦ローリアンの言葉である。
ふたりも帝国式の正装をしており、しかも新郎と新婦である事を示す純白の衣装。
そのふたりの批評にキヒヒと笑うのはクラリスである。
「そうだよね。本当にそのエロい身体を晒しちゃってさぁ。セリウスも下向いて黙っちまうしぃ~」
「こ、こら! なんてこと言うんだ、クラリス。ハルさんに失礼だぞ」
真っ赤な顔でそう述べるセリウスであったが、明らかに大人なハルの身体を見て、目のやり場に困っていた。
それほどまでこの時のハルのドレス姿が彼女の女性の部分を強くアピールしていたからだ。
選抜生徒達はなんとなくハルがプロポーションの良い女性である事を認識していたが、それでも普段からのハルの恰好はブカブカのローブ姿が定番であり、今日の姿とはギャップが激しい。
それがいろいろな意味で新鮮に映り、話題が盛り上がる。
「カーッ、カカカー! 今日のハル女史はいつも以上に美しいじゃないか。これではアクトが益々腑抜けになってしまうなぁ」
ここでそんな特徴的な笑い声をさせて話の輪に入ってきたのがゲンプ校長である。
そして、ラフレスタの教育陣達も一緒。
ゲンプの脇には自分の妻と思わしき女性とグリーナ学長の姿があった。
そのグリーナ学長はハルの姿を見てゲンプ夫人に何かを話す。
そうすると、その夫人が驚いて声を挙げた。
「まあ、そうなのですか! この娘が師匠様の娘だなんて」
その驚きの反応に満足したグリーナ学長は、いつもの彼女らしくなく、多少に不躾な冗談を言った。
「そうでしょう。姿形はあのリリアリアとは全然違うのだけど。魔術の、いや、魔道具に関する探求心はリリアリアと同じか、それ以上に真面目よ。本当にハルさんは常識外れの娘なの。過去にも私が念入りに準備していた戦闘の授業だって、ハルさんの閃きで一瞬のうちに破綻させられてしまったし・・・そう言う意味ではアクトさんと同じ世界に住む人間なのかも知れないわね。ウフフフ」
本日のグリーナは上機嫌だ。
多少お酒が入っている事もあったが、それでも今日は教え子達が結婚するめでたい日であり、機嫌は良い。
そんなグリーナはハルにもゲンプ夫人を紹介した。
「こちらはゲンプ校長の夫人で、元はリリアリアの弟子のひとりよ」
「私は・・・」
そこからの先の夫人との会話はハルがあまりにも会話に集中できなかったため、彼女の記憶は曖昧である。
それは自分が現在着ている破廉恥な(ハル主観)衣装のせいであり、彼女の中では羞恥心との戦いの真っ最中だったからだ。
そんな中で、なんとかハルの記憶に残っているのは、このゲンプ夫人は何やら聞くところによるとリリアリアの若い頃の弟子に当たる存在であり、そう言う意味はハルの姉弟子に当たる。
ハルはセイシルに習ったように帝国令嬢に相応しい挨拶を真似てみたが、動きがぎこちない。
それは締め過ぎた衣装による物理的な要因と、羞恥心と戦闘最中で余裕のない精神的な要因もあったが、対する夫人はそれに悪い気はせず、笑っていた。
「ハルさんはリリアリア師匠様の正当な娘に当たりますから、私の方こそ貴女には敬意を払わないといけませんわね。オホホ」
気品よく笑うゲンプ夫人の姿は嫌味を他人に感じさせず、人生の先輩として余裕を持ち振舞っていた。
その後のゲンプ夫人との会話は「師匠はお元気?」とか、「また、お酒を飲み過ぎていない?」とかのリリアリアの近況に関する話題が続く。
ハルからは先日に『魔女殺し』と呼ばれるお酒を飲んだ話をすると、ゲンプ夫人とグリーナ学長が大いに笑う。
昔のリリアリアは同名の酒が原因で数多くの失敗をした事をふたりが知っていたからだ。
リリアリアの過去話で大盛り上がりするふたり。
その細かい内容についてはリリアリアの尊厳を大きく傷つけるものが含まれていたため、多少にはぐらかされていたが、彼女達の心が読めるハルはその秘密を知ってしまい、爆笑を我慢するのが大変だったのは余談である。
そんな平和な話をしていると、そこに新たな人達が挨拶にやって来た。
「ワハハハ。これは、これは、ラフレスタの英雄の方々。遠路遥々、我が息子の結婚パーティに来て貰って本当にありがとう」
丁寧な言葉で挨拶をしてきたのは、今回の結婚パーティの主催者であるラディル・アラガテ。
フィーロの実父であり、魔法貴族派の重鎮として君臨している男であった。
いつもは威厳と威圧に満ちた姿を崩さないラディルであったが、今日だけは特別らしく、朗らかな様子で対応している。
それもその筈。
自分の息子が結婚する事を嬉しく思う親の気持ちは本物である。
それに加えて、この婚姻が彼にとっての政治的に大きなアドバンテージとなった事も含まれている。
今回のフィーロとローリアンの婚姻はラフレスタの英雄どおしの婚姻という事もあり、帝国中から注目を集めていたからだ。
その存在感は彼らの親であるラディルの権威を高める事へもつながる。
自らの権威を高める事こそ最大の価値であると信じる貴族にとって、これは最高の機会でもあるからだ。
そんな幸運を得られて気分上々となるのはフィーロの実父であるラディル・アラガテだけではなく、ローリアンの実父であるフレイズ・トリスタも同じ気持ちである。
彼もラディルに同行して挨拶をしてきた。
「君達はラフレスタの英雄として有名人であるが、それ以上にローリアンとは良き友であると聞いているよ。今後も良き関係を続けて貰いたいものですな。ははは」
フレイズも気分揚々であった。
ふたりともアクトを初めとした主役級の英雄達を招待できた事で鼻高々なのだ。
そんな気を良くする新郎・新婦の両親に対して、代表で祝辞を返すのはアクトの役目である。
「私達もフィーロさんとローリアンさんの結婚を祝福いたします。同じ仲間がこうして結ばれるのは嬉しい限りです。この度は本当におめでとうございます」
自分達が注目されている事は解っていても、それを嫌味なく受け止めて、正しく返す事ができるのもアクトの人徳である。
アクトからの嘘偽りなき喜びの言葉はラディルとフレイズにも素直に届き、この先も損得勘定なしにこの若者達とは付き合って行きたいと思わせた。
「本当にありがとう。大英雄のアクト・ブレッタ君から直接に祝辞を貰えたことは、我が家で家宝となるだろう。ワハハハ」
「そうですな。これで我々魔法貴族派も鼻高々です。将来は安泰になりますぞ。ハハハ」
新郎・新婦の父ふたりの笑いに釣られて周囲の有力貴族達も気を良くして笑顔が漏れた。
『自分達にはラフレスタの英雄が付いている』
『英雄達は自分達“魔法貴族派”の味方である』
・・・そんな認識が周囲に広まったからだ。
それまでは有名人として近寄り難い雰囲気を出していたラフレスタの英雄達であったが、このときのラディルとフレイズとのやり取りを経て、彼らの物腰柔らかい雰囲気が全員に伝わる。
これを機に次々と英雄グループへ挨拶を始める事へとつながる。
あくまでも今回の結婚パーティはフィーロとローリアンが主役の筈だが、彼らにしてみればそれ以上にラフレスタの大英雄であるアクト達に興味を持っていたからだ。
その英雄達の輪の中にフィーロとローリアンも含まれているので、大きな失礼には当たらないと判断した有力貴族達。
その後は貴族らしい長々とした言葉で美辞麗句を述べる挨拶が続く。
そんな相手とのやりとりが苦手なハル。
挨拶は同じ貴族であるアクトに任せて、ハルは会話の輪からゆっくりと離脱する。
その作戦を見事に成功させたハル。
今は給仕に簡単な飲物を貰い、リラックスしようと努める。
現在それに付き合っているのはクラリスだ。
「まったく、このドレスは・・・私を絞め殺そうとしているのよ。絶対にセイシルさんの陰謀よ」
「まったく、ハルは変わんねぇなぁ・・・しかし、これは帝国の正式なドレスだぜ。しかも最高級じゃねぇか」
クラリスは呆れ顔になってハルの愚痴で返す。
自分も同じような意匠のドレスを着ているので、ハルの愚痴は我儘に聞こえたからだ。
「クラリスはよくこんなキツイのを着て大丈夫よねぇ」
「そりゃ、オレは・・・いや、私はハルと違って鍛え方が違うわ」
クラリスは普段使わない女言葉をワザと使い、自分の腰をくねらせてみせた。
元々、華奢で線の細いであったが、今は帝国式の正式なドレスによって更に細く絞られており、ハルのそれよりもウエストは細い。
それで自分が揶揄われていることを知り、ハルは少し膨れる。
そんなハルの珍しい姿を見たクラリスはハハハと笑い返してきた。
「まぁ、そんな膨れた顔をすんなって。これでもオレは幼少期から着せられているからな。こいつは経験の差だぜ」
クラリスは平民であるため、貴族ほどの頻度ではなかったが、それでも彼女が言うとおりで、帝国式の衣装を着るのに『慣れ』は重要である。
「コツはあまり息を吸わないようにする事だ。あと、飲み食いも控えておいた方がいい」
「忠告ありがとう・・・まったく、帝国の女性はこんなにも苦労されられるなんて・・・腰だけじゃなく胸の部分も超苦しいし」
ハルはそう言って自分の胸部を指差す。
それは両脇からキツく締められた上に、上部へと無理やりに肉を寄せられているからであった。
いつも以上に強調されたハルのソレは歩く度にプルプルと揺れるのだ。
もはや別の生物がそこにあるのでないかとハル自身が思うほどである。
それを改めて目にしたクラリスは同じ女としても戦慄を覚えずにはいられない。
「まったく、ハルは贅沢な悩みをしやがって・・・オレなんか盛り上がりが足らないから、内側に布を詰めて誤魔化していると言うのに・・・くっそ!」
華奢な身体つきであるクラリスの悩みはそこである。
女性の身体を異性へアピールする帝国正式ドレスはクラリスの身体にとって得意分野ではないのだ。
しかし、そんな華奢な身体が好みの男性だっている。
現在付き合っているセリウスもそんな男性のひとりなので、自分としては納得しているつもりなのだが、それでもハルのようなメリハリが異常に利く女性が隣にいれば、どうしても自分の体形に劣等感を覚えずにはいられない。
それが女性というものであり、どうしても他人と自分を比べてしまうのだ。
ちなみに、ウエストの絞りはクラリスの方が実測としては細いのだが、ハルの方が胸部と臀部が豊かな分、目の錯覚でどうしても細いと見えてしまうらしい。
そんなハルの見事な身体はこのパーティに招かれた男性からもチラリチラリと視線を誘っている。
これはハルに心を読む力が無かったとしても、女性であるならばその洞察力で十分に感じてしまう事でもある。
「まったく、私は見世物じゃないわよ・・・」
「そりゃそうだな。そのハルの身体はアクト様のモノだろ?」
「クラリス、こんなところで何を言っているのよ!」
「同じ森の中でいい事やった仲じゃねーか。それに今は誰も聞いこえちゃいねーって」
クラリスがそう指摘するのはアストロ魔法女学院と騎士学校との合同授業で、泊まり込みの郊外活動した際の森の夜の事を言っているのだとハルは思う。
ラフレスタから馬車で一日ほど離れた森の中で、夜半にハルとアクトはセリウスとクラリスの逢瀬の現場に偶然遭遇してしまった事があった。
クラリスはハルとアクトが自分と同時期に付き合い始めたと勘違いしており、それで親近感を感じているらしい。
ハルもあの時の煮え切らない自分の事を思い出してしまい、ここで少し恥ずかしくなる。
「まったく、クラリスは・・・妙な事を思い出させないでよ」
ハルは顔を真赤にして、それを誤魔化すために給仕から新たな飲物を奪うのであった。