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第一話 前夜 ※

 戦勝記念式典を終えたフィーロとローリアン。

 その後の彼らは急いで屋敷へ戻ってきた。

 それもその筈、現在の彼らは翌日に盛大な結婚式をあげるために、準備で大忙しなのだ。

 貴族である彼ら、細かいところは召使が準備を進めてくれるものの、衣装合わせなどどうしても本人が居ないと進まない事も多い。

 そして、貴族である彼らだからこそ周囲の目もあり見栄を張る必要もある。

 どうしても大がかりな結婚式になってしまうのは仕方ない話である。

 最終調整を行い、遠路遥々来た親戚達にも挨拶を済ませ、ようやく一息つけたのが夜半の今である。

 ふたりは結婚後、フィーロの働く帝都警備隊詰所近くに新居を構える事にしていたが、本日は本家であるアラガテ家屋敷の一室に泊まっている。

 それは明日行われる結婚式パーティの会場がアラガテ家の屋敷であったからだ。

 結婚式パーティを自らの屋敷の敷地内で行う事は、それだけでアラガテ家の権威を示せるものであり、力ある貴族では当たり前の光景。

 今回は新郎新婦両名ともラフレスタの英雄であるため、とても多くの人が招かれる事になっている。

 そのような大型パーティでも実施可能なアラガテ家であり、彼らがこの場所で結婚式をすること自体が政治的に大きな意味がある。

 そんな名門アラガテ家は巨大な屋敷であり、その中にはいくつものリビングがある。

 現在、フィーロとローリアンが過ごしているのは比較的小さなリビングで、アラガテ家本家が使う豪勢で派手なものでは無く、来客用の小さい部屋である。

 フィーロとローリアンは「ふたりだけの時間を過ごしたい」という理由を申し出て、ここを使わせて貰っている。

 そんな小さなリビングに併設されたキッチンで現在奮闘しているのはローリアンだ。

 彼女はお湯を沸かしてお茶を淹れるという簡単な調理――ローリアンにしては料理と同等の意味を持つ――を行っていた。

 

「上手くできたわ」

 

 ローリアンはそう言って、ティーポットから立ち昇る良質なお茶の香りに気を良くした。

 そして、ふたり分のカップとティーポットをお盆に乗せてフィーロが待つテーブルに持ってくる。

 これまでの彼女の人生において、調理したことなどほぼ無かったが、これはローリアンが自ら進んでやりたいと願った事のひとつである。


 それは愛する人とお茶を嗜む事。


 ローリアンがそんな光景を目にしたのはラフレスタでハルとアクトの研究室。

 テーブルに座るアクトにハルが無言でお茶を用意して、出されたお茶を当然のように呑むアクトが「旨い」と短く答えた事。

 それがローリアンの心にキュンと来たのだ。

 とても『羨ましい』と思ってしまった。

 自分も同じ事をしてみたい・・・フィーロに「旨い」と言わせたい。

 そう思った。

 お茶を淹れることなど、高度な調理に比べれば簡単にできるのかも知れないが、それでも彼女はプライドがあり、とびっきりの美味しいお茶を淹れる事ができるまではフィーロに飲んで貰うのをお預けにしていた。

 彼女なりの花嫁修行をして、自分の家の給仕よりいろいろと教えて貰い、そして、今日はそれが実現できた。

 ソファに座るフィーロに近付き、カップにお茶を注ぎ、それをフィーロに出す。

 

「ど、どうしか?」


 少々緊張気味のローリアンはフィーロに感想を促す。

 彼女の漲る圧力に気付かないフリをするフィーロはローリアンの淹れたお茶を飲む。

 そして、反応を注視してくるローリアンに素直な感想を述べた。

 

「うむ、旨い。これはお世辞抜きだ」

 

 本当に旨い事を伝えるとローリアンは喜ぶ・・・と言うよりも安心したようだ。

 気が抜けてフィーロに寄り掛かってきた。

 

「おっと危ない、ローリアン。お茶を溢しそうになったじゃないか」

 

 そう言って笑うフィーロ。

 甲斐甲斐しい姿のローリアンがとても可愛かった。

 そして、今の彼女はとてもラフな服を着ている。

 寝間着用のブラウス姿だが、胸の部分が苦しいのか、上部の釦を外していたので、前屈みになると彼女の胸の谷間が露わになる。

 その深い谷に思わず目を奪われるフィーロ。


「ああ、ローリアン。お前は本当に綺麗で美しい女だ」

「ええそうよ。私はフィーロの女よ。アナタに愛されたい女だわ。うふふ」


 悩ましい姿ですり寄ってくるローリアン。

 フィーロは愛しい彼女にキスをして、そしてその先の展開は・・・ぐっと堪える事にする。

 

「ええぇ?」


 突然に愛撫を止められたローリアンはフィーロに抗議しようとして・・・その困った顔を見て、赦してやった。


「そ・・・そうね。ここはアラガテ家本家の屋敷・・・私達はまだ結婚していなかった・・・わ」


 とても残念に答えるローリアンであったが、フィーロの心の中を解っていた。

 ここはフィーロの父の屋敷であり、自分達はまだ完全に結婚を完遂していない。

 つまり婚約はしているものの未婚の状態である。

 帝国社会の一般的な倫理感としては、夫婦としての契りを結ぶまで純潔であるべき・・・それが貴族の道徳なのである。

 厳粛な彼の父――ラディル・アラガテはそんなしきたりを破る新婦の存在を快く思わないだろう。

 現在もラディルの息のかかった侍女が陰から自分達の動静を監視しているに違いない。

 そして、自分達が事を急ぐのであれば、それはすぐにラディルの耳に届くようになっている。

 今すぐどうこう言ってくる事は無いと思うが、それをラディルなりに有益な交渉情報のひとつとして蓄積して、然るべきタイミングに活用してくる筈だ。

 フィーロより事前にそう知らされていたローリアンは本当に忌々しいと思った。

 それだから、フィーロ達の新居は本家と別の家にしたのだ。

 家族の反対も押し切る形であったらしいが・・・


「嗚呼、フィーロ・・・私達はあと一日我慢しなくちゃいけないのね」


 細い眉をハの字にするローリアンをフィーロは再び優しく抱く。

 

「済まないな。ローリアンの(みさお)を守るのも・・・これが何回目になるのだろうか」


 本当に申し訳なく謝るフィーロの姿にローリアンはふぅーと息をひとつ吐く。


「・・・ねぇ、フィーロ。私を女として見ていたのはいつから?」

「ふふ、言ってくれるじゃないか。そうだな・・・お前を意識したのは、あの夜・・・月光の夜からだ。覚えているかい?」


 フィーロの問いかけにローリアンは頷く。

 

「解るわよ。ニケのときよね」

「ああそうだ。あのとき、俺はお前の下着姿を偶然見て、不甲斐なく興奮してしまった。お前を欲しくなった」


 そう言うフィーロはアストロ主催の郊外授業の付添いで出かけた夜の事を思い出していた。

 夜半に寝られないローリアンと偶然に出会って、そして、自分の拾った愛猫ニケがローリアンを襲い、そのときに(はだ)けた彼女の下着姿・・・年齢の割に大人びた彼女の半裸を見てしまった。

 それまでは傲慢で嫌な女だと思っていたが、あの時はそんな女を自分の物にしたいとフィーロは一瞬でも思ってしまった。


「あの時は女子生徒に手を出しては大人が廃る・・・そう思い留まったが・・・今は少し後悔している・・・なんてな」

「ウフフ、ありがとうフィーロ。あのときのアナタってそんな目で私を見ていたのね。フィーロったら・・・」


 フフと笑うローリアンだったが、後悔しているのは彼女も一緒である。

 あの時にフィーロと深い関係になっていれば、こんなに回りくどい人生など・・・

 愛する人と自由に接する事もできない面倒な貴族のプライドなんて・・・

 そんな事を思うローリアン。

 そして、自分の心内を少しだけフィーロに晒す。

 

「私はね。ハルさんが羨ましいの」

「ハルさんが?」

「ええ。彼女はアクト様と『心の共有』という契りを結んでいるのは知っているわよね?」


 それはあまり公にされていない事実であったが、アクトとハルは既に深い仲となっていて、そのときに『心の共有』という魔法の契約を結んでいる事をフィーロとローリアンは本人達より聞かされていた。


「私は聞いたの。『心の契約』を結ぶハルさんがどんな気持ちなのかを・・・そうしたらこう答えてくれたわ・・・愛する人がずっと心の中にいる、ってね・・・」


 ローリアンはそう言うとフィーロに向き直る。

 

「私には解らない・・・それでも想像はできる・・・ずっと幸せな気持ちが続いているんでしょ? ・・・悔しい・・・悔しいよぉ、フィーロ・・・私達は想像できる。それでも、体験はしていない。私達の方が夫婦の関係に近い筈なのに・・・」

 

 そう言ってフィーロに甘えてくる。

 ローリアンは猫のようにフィーロに纏わり付き、その柔らかい彼女の身体をアピールしてくる。

 フィーロはここで再び理性を総動員する事になり、不本意ながらもローリアンからの愛の誘いに抗うしかない。


「ああ、ローリアン、頼むから落ち着いてくれ・・・あと一日、あと一日の辛抱だから。絶対に俺はお前を・・・ああ、本当に気が狂いそうだ」


 葛藤と疲弊を帯びたフィーロの言葉は、ローリアンの気持ちが鎮まるまでまだしばらく続くのであった・・・

 


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