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第十七話 フランチェスカの旅(其の一)※

 私はフランチェスカ・ラフレスタ。

 ラフレスタの由緒正しい領主貴族である私は、素敵な彼と婚約まで果たし、人生の春を謳歌していた。

 そんな幸せな世界に生きていたのは半年前までの話だ。

 今はラフレスタ城の地下にある光も入らない牢屋で妹と過ごしている。

 自由は著しく制限されて、親とも許可なしには会えない日々。

 そして、あれほど優しく私のために尽くしてくれた彼からは結婚破談の話。

 まるで罪人のような仕打ちだが、本当に私・・いや、私達は罪人になってしまった。

 ラフレスタの乱を起こして、帝国と帝皇に反旗を翻す。

 それが私達ラフレスタ家の罪だ。

 それは違う・・・私達は騙されていた・・・すべては獅子の尾傭兵団によって仕組また事・・・私達は被害者・・・『美女の流血』を強引に飲まされて心を支配されていただけ・・・

 そんな言い訳は誰からも認めて貰えない。

 帝皇に一時でも弓引いた事自体が罪なのだと言われた。

 そんな不合理とも思える理由で、私を始めとしたラフレスタ一家は失脚してしまった。

 本当に一瞬の出来事により千年続いた名家の権威は失われてしまったのだ。

 いや、少し違う。

 妹―――ユヨーだけは上手くやった。

 彼女だけが私達を裏切り、敵側の解放同盟と一緒に行動して、今ではラフレスタ解放の英雄として称えられている。

 本当に不平等だと思う。

 私達と中身はほとんど変わらない・・・いや、私達よりも明らかに能力のない妹の筈なのに・・・

 そんな確かな怒りが私の心に浮ぶが、それも一瞬のこと・・・その直後に、私の心からは怒りの炎さえも蒸発してしまった。

 怒りを維持するだけの心の強さは今の私には無かったのだから・・・

 現在の私には生きていく気力があまりに無い。

 やはり、結婚までして信じていた男性から裏切られた事が一番心に大きく利いているのだろう。

 そんな空虚な私に、纏わり付いてくる存在が現れたのは数箇月前からだ。

 ラフレスタ解放の英雄であるフィッシャー・クレスタ。

 何の興味を持ったのか、私と一番下の妹であるヘレーナを狙っている。

 本当に厭らしいハイエナな男だ。

 当然ながら私達は拒絶するが、なかなかに諦めてくれない。

 それならば、私なんかをさっさと押し倒して襲えばいいのに。

 昔、侍女より聞いたことがある。

 男性なんて、狙っている女性さえ手に入れてしまえば、それでその女性に対する興味が無くなってしまうのだとか・・・

 本当にどうだかは解らないが、それでも、それで済むならば早く済ませて欲しいと思う。

 それほどに投げやりな考えに至る私。

 しかし、私が肌を見せて早く済ませようと言っても、フィッシャー・クレスタは「違う」と言って私を襲おうとしなかった。

 本当に面倒臭いヤツだ。

 なんとか彼からのアプローチを断念させるために、私は彼に戦勝記念式典への不参加を条件に挙げた。


「もし、戦勝記念式典よりも私達を選ぶならば、付き合う事を考えてやってもよい・・・」


 付き合うことを確約する話ではなく、あくまで考えるだけ。

 そんな不遜な、一体何様かと思う相手からの約束。

 これならば諦めてくれるだろう。

 そう思っていたが、アイツはそれで納得し、帰っていった。


 そして、数日後、私達は父様と母様から呼び出しを受ける事になる。

 私達が家族と全く会えないかと言うと、そうでもない。

 ラフレスタ暫定領主と中央政府に申請を行い、それが通ると家族同士での面会も叶う。

 今回、どのような理由で私の両親が申請を出したのかは解らないが、それでも今回はそれが通った形で私とヘレーナは両親が投獄されている部屋へ通された。

 

「父様、母様!」

 

 武骨な鉄製の扉の向こう側には父様と母様がいた。

 そして、父様と母様ばかりか、ふたりの兄も・・・

 私と妹のヘレーナもいるので、奇しくもラフレスタの家族が再会した瞬間でもあった。

 私とヘレーナが入ると鉄製の扉は閉じられる。

 狭い牢獄だが、それでもこれはこれで一家団欒に違いはない。

 私は涙を堪えながらも永く会えなかった自分の家族に一礼する。

 それぐらいの矜持は・・・貴族としてのプライドは残っているつもりだ。

 

「久しいわねん。フラン、元気・・・ではないだろうけど、その顔を見られて少しは安心したわん」


 いつもながらに言葉遣いがおかしい我が父様であるが、それは私が生まれてから続く父の日常であり、変わらない姿を見られた事は私にとって嬉しい。

 しかし、それが私の顔の表面に出てくるまでには至っていない。

 それほどまでに心が深く疲れてしまっている。

 そのことは母様が良く解っていた。

 

「フラン・・・あなたって」


 母様のその先の言葉は続かない。

 それほどまでに私の顔から生気が失われていたのだろう。

 まるで死者を見る様な母の顔が、私には何故か客観的に感じられた。

 そんな私に父様からひとつの書類が手渡される。

 私はその書類を条件反射的に受け取り、そして、内容を確認して驚く。

 それは私の結婚許可を示す書類だったからだ。

 少しだけ驚いた私を見た父様は自分の娘にも人間らしい反応が残っていた事を初めて認めたのか、それで少しホッとしているようであった。

 

「そう。結婚許可証だわよん。フランとヘレーナのねん」

「私と・・・ヘレーナの・・・」

 

 そう。

 例のフィッシャー・クレスタと私達が婚姻を結ぶ事を許可する書類であった。

 結婚の条件がいろいろと書かれていたが、私達にはラフレスタの権威を継がせず、クレスタ家の籍に入る事が書かれていて、それを認める欄に父様ジョージオ・ラフレスタのサインと紋章印が捺された正式な書類である。

 という事は、あのフィッシャーと言う男性は、遂に強硬手段に出たようである。

 確かに私は「戦勝記念式典に行かないのであれば」とは言ったが、付き合って結婚すると確約した訳ではない。

 それなのに・・・

 そして、どんなうまい言葉で自分の両親を説得したのかは解らないが、それでも私は自分の一家を裏切るような行為はしたくはない。


「私は・・・私はラフレスタ家を裏切る事は・・・」


 その先の言葉は母様より遮られる。

 

「フラン、それはもういいの。あなたは・・・いえ、あなた達はこれでラフレスタ家の籍から抜けられる。私達と同じ罪を被る必要は無いわ。クレスタ家の元で自由に生きなさい。あなた達には未来があるし、私達はそれに託したいのよ」


 そんな母様は涙を浮かべていた。

 私にはこの決定が母親の本心ではない事ぐらい解る。

 父様や母様だって、私達を差出すような真似はしたくない筈だ。

 それを、あのフィッシャーの悪魔め!!

 自分の両親にどんな脅しを掛けたのだろうか。

 私は静かに怒るが、そうとは知らない父様から当の本人を褒める言葉が出た。

 

「件のフィッシャー・クレスタ君は、素晴らしい男性なのねん。こんな身に堕ちた私達の事を気遣ってくれて、娘達を助けるために婚姻を結ぶしかないと言って来た。フラン達は『戦勝記念式典に出ないのであれば』と約束したよねん。そして、彼は誠意をもってそれに応えたわん。帝皇の威厳のかかった式典よりもフラン達を選ぶなんて、なかなかできない事ではないのよん」

「・・・父様、あの男に騙されていますわ!」


 私は直ぐに否定した。

 しかし、その直後、母様からお叱りを受ける事になる。


「フラン、何を言っているの。彼は約束を果たしたわ。次はあなた達が約束を果たすときよ」

「そ、それは・・・」


 私は言葉に窮す。

 そんな・・・あの軽薄そうな男が私達との約束を守るなんて、完全に予想外だ。

 ど、どうすれば・・・

 私が答えに窮していると、お兄様達から言葉が掛けられた。

 

「フラン、もういいじゃないか。君はラフレスタ家の事を見捨てても構わないのだ。私達はもう諦めている。すべては妹のユヨーに託そう。ユヨーも莫迦じゃない。今の私達以上にうまくラフレスタ家を再興してくれる筈。それに君達はこれが自由になれる最後のチャンス。決して逃すんじゃない」


 優しくそう言う長兄ニルガリアの言葉に、妹は号泣していたようだが・・・

 私は涙を流さなかった。

 どうやら私達には見かけだけの自由を得られるようだが、その『自由』とは、あの悪魔のような男フィッシャー・クレスタにまんまと捕らえられてしまった事を示している。

 私は静かな怒りを隠して、まんまと彼の策に篭絡されてしまった両親に対してだけは申し訳なく思う。

 しかし、もう簡単に否定できないところまで追い込まれているのも事実。

 私は短く「解りました」と表面上は彼と婚姻する意思を示した。

 今の私にとって、誰と婚姻しようが別にどうでも良い事。

 少しだけ癪に触るのがフィッシャー・クレスタの策に屈してしまった事ぐらいである。

 しかし、怒りという感情が私に残っていたのも驚いた。

 もうすべてを・・・心の中にはもう何も残っていないと思っていたのに・・・

 そんな私に父様から最後の命令が発せられた。

 

「それでは、フランチェスカとヘレーナよ。ふたりはこれからフィッシャー・クレスタ君とスタムへ向かうのよねん。相手の親と会い、この承諾書にサインを貰えば、晴れてこの婚姻が有効となるわん。残りの人生は私達の分も謳歌して欲しいのねん。そして、早く孫を生んで欲しい・・・それこそがラフレスタ家再興のひとつよん。それが私達への最大の親孝行になるわん」


 父様からのそんな命令に、私は渋々でしか頷く事ができなかった・・・

 

 

これで第二章は終わりになります。登場人物を更新します。



2020年5月5日


 日本も含め世界では新型コロナウィルスが猛威をふるっており、大変なことになっております。皆様も日常が日常でなくなり、大変な日々を過ごしているのではないでしょうか? 筆者のリアルな生活も例外に漏れず、日々変わる状況に翻弄されております。

 この小説についてもなかなか思うように執筆が進まず、ストックは減り続けておりますが、あと数話分はありますので、とりあえずはこのままの定期更新を進めたいと思います。もしかしたら、状況によっては一週間で1話更新、もしくは、一旦中断して充電などもありうるかも知れません・・・何とかそうならないように努力はしておりますが、もし、そうなってしまった時は改めてご連絡いたします。


 私も含めて、すべての人が通常の生活を早く取り戻せるよう心より願っております。


 そんな状況ですが、これからもラフレスタの白魔女/第二部/白い魔女と漆黒の騎士をよろしくお願い致します。



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