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第十四話 戦いのあと ※


「アクトさん。今日のアナタの活躍は本当に素晴らしかったわ」


 そんな賛美の声の贈り主は銀髪に泣きボクロを持つ美女シーラからである。

 突然に始まった兄ウィルとの英雄対決。

 その御前試合でアクトは奇跡的な勝利を収めて、観衆達も大喜び。

 その後に帝皇デュランより報奨と最大級の褒め言葉を貰ったアクトであるが、今はそんな派手な式典も終わりを迎え、各々の控室へ戻っている。

 特に功績の高かった英雄達にはひとりひとりに個別の控室が与えられており、防音もバッチリであると大会関係者から事前に伝えられていた。

 そして、女性の英雄には男性エスコートが、男性の英雄には女性エスコートがひとりずつ付く。

 最後に男女が控室と言う名の密室へふたりが入れられて・・・つまり、そう言う事である。

 それは帝国公認の逢瀬であり、これは過去より続く英雄を称えるための帝国の風習であるらしく、『・・・あとはお好きに』と暗黙の了解らしいのだ。

 そして、現在の英雄アクトには美人女性のシーラが宛がわれて密室へ入れられている、そんな状況だ。

 そのシーラはアクトを称えるとともに、その白魚の様な白く細い指をアクトの身体は這わせていた。

 やる気満々のシーラの顔がアクトに迫るが、ここでアクトは上半身を仰け反らして彼女の愛撫を拒否する。

 

「あれれ? アクトさん、私って魅力的じゃなかったかしら?」


 そんな挑戦的な事を言うシーラはそれまでアクトに這わせていた白くて細い指を自分の口に取り、悩ましい舌でそれを舐めてみせた。

 正常な男を陥落させるのには十分な仕草であったが、アクトはそんな色仕掛けにも負ける訳にはいかない。


「シーラさん。貴女は十分に魅力的な女性です。しかし、僕にはもう心に決めた人がいますので・・・」

「また、そんなこと言っちゃってぇ~、アクトさん。いや、アークさんって言った方が最近はしっくりするのかしら? 君の言っている()って帝都大学にいる研究補助員の女の子でしょ。でも大丈夫。少しぐらいならバレないって」


 一方的にそんなことを言うシーラは自分の衣服に手を掛けた。

 彼女が纏う古風の白い布の衣装はあっという間に解かれて半裸を晒すが、アクトは後ろに振り返って、それを見ないようにする。

 シーラからの誘惑を拒絶する意思表示である。

 しかし、そんなシーラはアクトを逃さない。

 

「ねぇーー、愛して欲しいのー」


 悩ましい声と共にシーラはアクトの背中に抱き付いてきた。

 シーラからの悩ましい誘惑を背中に感じたアクトは自分が軽装鎧を外してしまった事をとても後悔した。

 そんな心境のアクトを自分に夢中にさせるため、次はどんなことをしてやろうかと考えるシーラ。

 しかし、ここで彼女は後ろから肩をトントンと叩かれ、その思惑を中断させられてしまう。

 反射的に振り返ったシーラ。

 

「え? ここって他の人は入ることができない筈のなに・・・って、ええっ??」


 シーラはここで驚く。

 彼女が振り返ったその先にいたのは、額に青筋を立てた白魔女『エミラルダ』が立っていたからだ。

 

「アナタって・・・まさか、本物??」

 

 怒りで漲る魔力の存在を感じたシーラはここで姿を現した白魔女が本物である事をすぐに理解してしまう。

 普通ならばその魔力に負けてひれ伏してしまうのだが・・・このシーラはある意味で特別だった。

 

「あらら、本物が登場してしまったみたいねぇ~。でも、私って男もイケるけど、女もイケちゃうのよぉ~」

 

 そんな事を言うとシーラは恍惚な表情で白魔女に微笑みを返してきた。


「えっ!?」


 てっきり自分に驚いて慌てるものと思っていた白魔女エミラルダはこの予想外のシーラの行動に焦る事となる。

 なんと、シーラは自分にも色目を使てくるではないか!

 彼女の積極的な行動に目を丸くする白魔女。

 どうしたものかとアクトとアイコンタクトして少々悩む白魔女であったが、結局、白魔女がシーラの額をトンとする事に。

 

「あン!」

 

 シーラはそれで意識を失ってしまう。

 白魔女エミラルダが、わりと本気の眠りと記憶喪失の魔法を使ったからである。

 力の抜けたシーラはヘナヘナヘナと地面へと倒れ込んでしまう。

 

「本当にこの女はぁ!」

 

 倒れ込んだシーラの姿に苛立つ白魔女のハル。

 しかし、こうして自分の相方に襲い掛かろうしていた女郎を排除する事は成功した。

 設えられたベッドにシーラだけを寝かせると、ふたりはこの控室から静かに脱出するのであった。

 

 

 

 

 

 

 場面は変わり、ここはウィル・ブレッタの控室。

 アクトと同じように美女同伴であったが、ここのふたりはそんな甘ったるい雰囲気など無い。

 

「ウィルさん。怪我を見てください」

「いや、いい!」

「そんなこと言わず。私はこう見えても治癒魔法が得意ですから」


 そう言って嫌がるウィルに半ば無理やり治癒魔法を施すレヴィッタ・ロイズ。

 優しい光が彼女の手より現れて、そして、額を切ったウィルに注がれる。

 しかし、ウィルは魔力抵抗体質者だ。

 黒い霞が現れて、レヴィッタの魔法を阻害してしまった。

 

「ええ!? そんなぁ~」


 自分の魔法が失敗してがっくりと項垂れるレヴィッタ。

 ウィルにはこうなる事が予想できていたので、魔法による治療を断っていたのだ。

 

「だから、いらないと言ったじゃないですか。お気持ちだけで充分ですよ。エスコートの人」


 そんな慰めにもならない言葉を掛けるウィル。

 レヴィッタも初めて見る魔力抵抗体質者にどう対処していいか解らなくなる。

 そんなとき、扉が開かれた。

 

「え?」


 ここでそんな驚きの声を挙げるレヴィッタだが、彼女がここでそのような声を発してしまったのは、ここに他人は絶対に来ないと言われていたのに、それでも人が来たからだ。

 そして、その入ってきた人物を目にして二回目の驚きがあった。

 その人物とは先程まで帝皇デュラン陛下の近くに立っていた皇女であったからだ。

 

「ああ愛しのウィル。怪我した貴方も素敵ね」

「まったく、シルヴィア様は・・・私を愚弄しに来たのですか」

 

 彼女の登場を目にして溜息をつき、不遜な事を平気で言うウィル。

 その相手女性とはこのエストリア帝国の第一皇女であるシルヴィア・ファデリン・エストリアその人であった。

 二十三歳の未だ婚姻していない女性皇族であり、本来ならば英雄と言えどもこのような一介の見習い騎士男性の居る部屋へ独りで来る事などありえない。

 しかし、シルヴィアは男勝りの豪胆な性格の持ち主で、そんな事は関係なかった。

 

「そんな事を言っていいの? 折角、アナタが腑抜けになった弟の根性を叩き直したいと言ったから私が協力してあげたじゃない。お父様にお願いして御前試合を組んであげたのに、感謝はないの?」

「それには感謝しているさ。しかし、報酬は払っただろう?」

「ああ、確かに素敵な耳飾りだったわね」


 思い出したようにそう言いい、シルヴィアは自分の耳に付けている高価な装飾品をこれ見よがしに見せつけた。

 

「でも、アナタ、負けちゃったじゃない。弟さんに」

「・・・ああ、そうだ。私は負けた。不意を突かれた形ではあったが・・・それでも負けは負けだ」


 ウィルは御前試合を終えた当初、アクトに負けた事が受け入れられず、不服な気持ちも少しあったが、それでも時間が経過した今は自分の負けを素直に認め始めていた。

 そんな様子を察したシルヴィアは、やはりこのウィルという男性は男としての器量も大きいと惚れ直す。


「ウフフ。まさか、天才のアナタを負かすとはねぇ。弟さんもスゴイじゃない」


 ここでシルヴィアも笑みを浮かべる。

 弟のアクトに興味を持ったらしい。

 それを見て解ったウィルが忠告をする。

 

「弟に手を出すのは止めておけよ」

「え、何? それって、もしかして嫉妬しているの?」


 決して自分になびかずであったウィルが、やっと自分に興味を持ってくれたと思い、シルヴィアは嬉々した表情になるが、ここでウィルは発したのは忠告以外の意味は無い。

 

「そんな事を言っているのではない。アクトには恐ろしいヤツが懐いている。下手に手を出せば、そいつに噛みつかれるぞ」

「何それ? もしかして、あのハルっていう()?」


 シルヴィアの持つ情報網で既にアクトの相方の女性は調査済みである。

 それもそのはずで、その『ハル』と言う女性はシルヴィアの可愛い弟のジュリオの人生を破滅に導いたひとりだったからだ。

 少なくともシルヴィアはそう思っていた。

 そして、ここでシルヴィアの口から出た『ハル』という名前にいち早く反応してしまったのはレヴィッタだったりする。

 

「え? ハルってまさか、ハルちゃん??」


 目を丸くした直後にハッと気付き自分の口を押えるレヴィッタ。

 図々しくも皇族の会話へ入ってしまい、その直後に仕舞ったと思ったからである。

 案の定、今更にそのレヴィッタの存在に気付いたシルヴィアから強く睨まれる。


「何よ?! この女。所詮、エスコート役の下端でしょう。今すぐ私達の前から居なくなりなさい」

「え?・・・でも、私はウィルさんの治療をしないと」


 レヴィッタがそう指摘するとおりにウィルの額からは今も血が滲んでいて、治療が必要だと言う彼女の主張は間違っていない。

 しかし、それさえシルヴィアは赦さない。


「煩いわね。アナタなんて所詮は端役なのよ。今すぐ私達の前から消えなさい。私の口からこれ以上の事を言わせないで!」

「あ・・・・は・・い・・・」


 シルヴィアの皇女としての迫力に、これ以上逆らえないと悟り、レヴィッタは諦めようとした。

 しかし、そこで『待った』が掛かる。


「その必要は無いわ」


 どこからかそんな声が聞こえたかと思えば、閉ざされた戸がゆっくりとひとりでに開き、そして、ひと組の男女が姿を現した。


「なっ!」


 驚きに口を開いたのはシルヴィアだったのか、それともレヴィッタだったのか、両方だったのか・・・それは重要ではない。

 圧倒的な存在感がその人物から放たれており、その後の彼女達は言葉はおろか息をするのものを忘れてしまったからだ。

 そして、ウィルだけはこの胆力に負けていなかった。


「アクト・・・そして、白魔女か」


 落ち着いたウィルの言葉どおり現れた男女はアクトと白魔女に変身したハルのふたりである。

 白魔女が本気になれば、隠ぺい魔法の効果で誰にも悟られずにこの部屋に来る事は簡単だ。

 

「その言葉ならば、私が何処の誰だかを正確に知っているようね。ウィルさん」


 白魔女は勝ち誇ったようにそう言う。

 いや、実際に勝ったのだ。

 先程の御前試合でアクトが自分の気持ちを乗せてウィルと対決し、そして、勝ってくれたのだから。

 そんな事を思うと、苦手意識を持つウィルに対しても勇気が出てくるから不思議である。

 そんな白魔女のハルであったが、ここでレヴィッタが再起動を果たしてアクトを指差した。

 

「アナタってアーク君じゃあ? お兄さんのウィルさんを見ていてアーク君と似ているなぁ~と思っていたのだけど・・・雰囲気が全然違うから・・・でも、アナタって絶対アーク君・・・だよね?」


 少し仏頂面のウィルと違い、物腰柔らかそうなアクトの姿を見て、以前リリアリアの屋敷で出会ったアークに間違いないと思うレヴィッタ。

 そのアクトの姿は先程の闘技場で散々見ていた筈だが、レヴィッタの緊張が視野を狭くしていたようである。

 そんな今更の指摘であったが、ここでアクトは律儀に頷いて、肯定した。

 

「ええそうですよ。それにレヴィッタさんも無理せずにユレイニ方言を使ってくれてもいいのです」

「やっぱり!」


 ニコッと笑みを浮かべてそう応えたアクトの姿に、レヴィッタはこの人物がアークに間違いないと確信した。

 自分がユレイニ方言を喋る事を知る数少ない男性(とレヴィッタだけが思っている・・・)が真実性を増していたし、それで油断をしてしまう。


「え゛ーーー やっぱ、本物やったんかぁ!」


 そんな方言全開のレヴィッタであったが、その直後に、アクトの隣にいた本物の白魔女の存在に今更気付いて、口をパクパクと・・・

 先にそっちを驚けよ、と思う周囲であったが・・・当の白魔女はそんなレヴィッタを見て友好的な笑みを浮かべた。


「レヴィッタ先輩、落ち着いてください。これにはいろいろと訳があってね」


 そう言い、白魔女はシルヴィア皇女に背を向けた状態でレヴィッタだけに見えるようにして白仮面を少しだけ外す。

 そうすると、その仮面の奥からは黒い瞳が見えて・・・それはレヴィッタの良く知る可愛い後輩の顔があった。

 

「へっ?! ハ、ハルちゃん!?」


 レヴィッタはあまりの驚きで頭が混乱して、口は余計にパクパクと、目をパチパチ・・・息をするのを忘れるぐらいに驚くとはこの事である。

 そんなレヴィッタを置き、白魔女の姿に戻ったハルはシルヴィアに向き直って少しだけ不敵に睨み返した。

 だが、白魔女にとっては少々でも一般人にとってそんな事はない。


「な、何よ!」


 シルヴィアは強がってそんな言葉を返すが、実はこのときのシルヴィアが白魔女に大きな恐れをなしていたのは他の誰にも良く解った。

 いつもは気の強い事で有名な彼女であっても、白魔女から威圧の籠った目を向けられて、その細い足をガクガクとさせていたからだ。

 威圧魔法の効果もあったが、本能的に生物としての脅威を白魔女より強く感じていたのだ。

 感受性の豊かなシルヴィアだから、こういうところで素直な反応をしてしまう。

 そんなシルヴィアに白魔女は冷たく言う。

 

「私はデュラン陛下から『不干渉』の約束をして貰ったわ。だから、私も基本的にはアナタ達が何をしようとも『不干渉』に徹する・・・しかし、それでもアナタが私やアクトにちょっかいを出してくるのならば、大いに抗うわよ!」


 白魔女のハルはそう言って手で首を切る動作をする。

 

「ひぃっ!」

 

 シルヴィアの目にはそれが恐ろしい魔女の姿に映り、思わず可愛いらしい悲鳴を挙げてしまう。

 もし、彼女にもう少し胆力が足らなければ、失禁してもおかしくない状況であり、護衛を付けてこなかった事を激しく後悔した。

 そんな弱気になってしまったシルヴィアにできることと言えば、生物の本能として『逃げる事』である。

 地面にへたり込んだ状態で後退るが、シルヴィアの背中が誰かの足とぶつかった。

 

「痛っ! 誰?」


 シルヴィアは自分の必死の撤退を遮る不遜な存在を確かめるべく振り返り、その人物を見て、別の意味で驚く。


「ええーっ!! お父様! それにお兄様達も!?」


 シルヴィアの言うとおり、そこには帝皇デュランと彼の息子であるアリオン第一皇子、ユリウス第二皇子の姿もあった。

 白魔女の存在感が余りに大きかったので、彼らが入ってきた事に今の今まで気付かなかったのだ。


「このお転婆め!」


 ここで『ゴン』とシルヴィアの脳天に拳骨を食らわせたのは、彼女の兄であるユリウス第二皇子だ。


「痛ったぁーーっ!」


 涙目になるシルヴィアであったが、これは兄弟間のいつものやりとりであり、子供の頃からの日常である。

 そんなシルヴィアはふたりの兄に抱えられて立たされる。

 そして、その兄のひとりか白魔女へ向く。


「貴女が白魔女ですね。妹がお世話を掛けました。きつ――く叱っておくので、怒りを収めて欲しいです」


 そんな落ち着いた物腰で謝罪の言葉を述べたのはアリオン第一皇子。

 物腰柔らかそうな人当たりだが、体躯が良く、威厳のあるその風貌は父であるデュランと似ていた。

 そんな彼を観て、白魔女はこの親子が姿形だけではなく心も似ていると感じる。

 その家族の長である帝皇デュランはここでワハハと豪快に笑い飛ばした。

 

「娘が迷惑を掛けたようだな。赦されよ」

「本当にちゃんと手綱を引いて貰わないと困るわよ!」

「すまんな。しかし、このシルヴィアは弟のジュリオの事を愛して止まんのだ。まだ若いと思い、赦してやってくれ」

「・・・」


 帝皇デュランのひと言で一気にしゅんとしてしまうシルヴィア。

 彼女には弟の人生を狂わせたハルに復讐をしてやろうという心もあった。

 しかし、それはこの場で諦める事にする。

 それは自分には無理だと思ったからだ。

 人間の・・・いや、生物としての格が違う・・・そんなことを直感的に感じたシルヴィア。

 自分がジュリオと同じ失敗をしない・・・してはならない。

 そのように切り替えられるほどシルヴィアは頭が良く、柔軟であったのだ。

 そして、彼女は直ぐに自分の負けを認めて、しゅんとした態度を示す。

 それはそれで可愛い姿に見えて、なんとなく白魔女のハルは彼女を赦してやる事にした。

 こうして、険呑な気配を収めた白魔女からプレッシャーは消えて、これでふたりの皇子達もふぅとひと息吐く。

 彼らも豪胆な胆力を持ち抗っていたが、それでも緊張はしていたらしい。

 それほどに白魔女のプレッシャーは強かったのだ。

 そんな姿を見て、帝皇デュランはここでハルに改めて約束をする。

 

「予は確かに其方には無干渉に徹すると約束しておる。それはこの子達にも守らせるぞ」

「はい」

「解っております」

「・・・ハイ」


 三人の子供達はここで帝皇の決定に従う。


「そして、其方も予に約束している案件がある。世の中は持ちつ持たれつじゃ。もうそろそろアレが完成すると聞いておるが、どうなっておる?」


 ここで帝皇デュランが敢えて主語を抜いて聞いてきたのは彼が所望している仮面の魔道具の事だ。

 白魔女のハルはこの場で言葉を間違えずに帝皇からの問いに答えた。

 

「そうねぇ・・・もうすぐ完成するわ。あと一週間と掛からずと言うところかしら?」


 その回答に帝皇デュランは満足する。


「うむ。楽しみにしておるぞ」


 そう締めくくり、白魔女との会話はこれで終える。

 不干渉とは仲良くし過ぎない事も含まれるからだ。

 そして、帝皇デュランがここに来た理由はウィルとアクトにある。

 

「それはそれとして、ウィル・ブレッタ、アクト・ブレッタよ、先程は見事な試合であった。改めて褒美の言葉をかけてやろう」

「「ハイ、ありがとうございます」」


 ここでウィルとアクトの声が見事に重なる。

 あまりにも見事に重なったので、思わず白魔女のハルは笑みを零してしまう。

 彼女自身、多少の苦手意識のあったウィルなのだが、その中身はアクトと同じなのだと思えてしまった。

 そう思うと、このウィルと言う人物に対しても興味が深くなってくるから不思議である。

 そんなハルの気持ちを他所に、帝皇デュランからは先の戦いでアクトが最後に放った技が気になったようだ。

 

「アクトよ、最後に使った其方の技は一体何なのだ? 自らに迫る剣を両手で捕まえるなど、予も今まで聞いた事がないぞ」


 そんな興味津々な帝皇にどう答えるか少し迷うアクトであったが、ここで躊躇していると、扉の向こう側から新たな声が聞こえてくる。


「それは私も聞きたいな。アクト」

「と、父様!」


 アクトの声で全員がそちら側に顔を向けると、そこにはレクトラを初めとしたブレッタ一家が勢揃いしていた。

 彼らも英雄の家族という特権を利用して、息子たちの健闘を称えようとここまでやって来たのだ。

 そして、レクトラはここで帝皇一族の姿を確認したため、恭しく片膝をついた。

 これに妻のユーミィと妹のティアラも追従しようとするが、ここで帝皇デュランは「よいよい」と許しを与える。


「この場は非公式なところ、そのような礼儀は不要だ、レクトラよ。現在の我らは完全なる私的な時間だと思え。遊びに来た近所のおじさんだとも思えばよいのだ」

「・・・デュラン様、相変わらずですな。しかも冗談のセンスも昔からあまりお変わりがありませんね」


 レクトラの言葉に多少の呆が混ざっていた。

 これに対して帝皇デュランは悪い顔をしていない。

 むしろ喜んでいるぐらいだ。

 このやりとりから解るように、実はレクトラとデュランは互いに面識があったようだ。

 それは若い頃のデュランに暗殺の危機が迫っていた時、彼を救ったのがこのレクトラであったからであ。

 しかし、今はその話はいいだろう。

 

「それよりもアクトよ。あの最後の技は何なのだ? ブレッタ流剣術にあのような技はないぞ」

「そ、そうだアクト。私もアレには驚いた。確か俺たちの技とか言っていたが・・・もしやハルさんに?」


 ウィルのその言葉に白魔女に扮していたハルへ全ての人間の注目が集まる。


「え、私? いや、困るわよ!」


 ハルは自分に集まる注目に狼狽して、顔が真っ赤になる。

 それはアクトがあの漫画のような技を大真面目にやったのが恥ずかしいと思ったからだ。

 しかし、アクトは大真面目の大真面目。

 聞かれた事にはちゃんと答える義理堅さが彼にはある。

 

「勿論そうだ。ハルの世界で武芸の達人のみが使える『真剣白刃取り』と『巴投げ』いう技さ。己に迫る刃の剣幅部分を左右より掌で押さえて、防御と共に相手の自由を奪う・・・」


ゴンっ!!


「って、痛てぇ!」


 真剣に説明するアクトに白魔女のハルが強引に話を中断させた。

 先程シルヴィアが折檻を受けたのと同じように脳天から拳骨を炸裂させたが、白魔女のハルならばその威力も大きく、アクトは反動で舌を噛みそうになる。

 

「何を得意気に言っているのよ! 巴投げはまだいいとしても真剣白刃取りなんて、あれは架空の物語の中の技よ。普通の人間ができる訳ないじゃない! もし、子供がアレを真似して怪我したらどうするの!」


 プンプンと怒るハルだが、そんな事は無いと言う存在が二名。

 

「いいや、ハルさん。あの技はもの凄い可能性を秘めている。私だってアクトとは今までの戦いで一度も敗れた事がなかった。剣術で決して負けていなかった。それでも、あの技はその実力差を覆したんだぞ」

「そうさ、ハルさん。この技は我々ブレッタ流剣術の新たなブレイクスルーになるかも知れない技だ。大いなる可能性を持つ!」


 剣術バカのウィルとレクトラはアクトの披露した新しい技に少々前のめりだった。

 彼らは貪欲な武術家であり、新しい技に彼らなりの価値を見出したのだろう。

 大きく頭を抱えるしかないハル。

 その後、アクトもその話に加わり、タイミングがどうのこうのとか、剣の太刀筋を見切る方法とか、どうやれば効率的に相手の剣を奪えるかだとか、専門的な剣術談議に花が咲く。

 デュランもその話に加わった。

 実は彼も武闘観戦好きなので、剣術には詳しいのだ。

 わいわいガヤガヤとしばらく剣術談議が続き、場の雰囲気は和やかになる。

 そうしているうちに帝皇デュランは何かを思い出し、レクトラに言葉を掛ける。

 

「おお、そうだ。レクトラよ。其方に少々頼みたい事があってな」

「一体何の話でしょうか? 私には、できる事と、できない事、やってはならない事がございますよ」

「勿論、ブレッタ家にはできる事で、レクトラにしかできぬ事じゃ」

「厄介な予感がしますね。それは別室でお話を伺った方が良さそうだ」


 そう言って帝皇デュランとレクトラはこの部屋から退出していった。

 それには帝皇の子供達三人も付いて行ったため、ユーミィとティアラがこの部屋に残る。

 ここで彼女達は部屋の隅で小さくなっているレヴィッタの存在に初めて気付き、人の良いユーミィはレヴィッタに話しかけた。

 

「アナタはウィルのエスコート役を担ってくれた方ですよね。息子の事を最後までどうもありがとうございました」

「あ、ハひッ!」


 レヴィッタはテンパって思わず変な大声で応えてしまうが、その事で全員の注目がまた彼女に集まってしまい、再び場違い感が膨らんで、しゅんとなってしまう。

 そんな姿にユーミィは友好的に笑いかけた。

 

「ウィルがアクトに負けた時、アナタはウィルの事を優しく抱えてくれたわ。お礼を言わせてね」


 そう言ってレヴィッタの手を握る。

 これによって少しだけ安心するレヴィッタ。

 そんな彼女に話を続けるユーミィ。

 

「そんな優しい貴女に言うのは辛いのですけども、ここで観たこと、聞いたことは口外しないようにお願いします」

 

 ユーミィからのそんなお願いにレヴィッタは激しく頭を上下させて同意する。

 

「わ、解っています。ここで見た事は誰にも言いませんよぉ~」


 いろいろな情報で頭がパンクしそうになるレヴィッタ。

 

(アーク君の正体がアクトさんで、ウィルさんの弟で、そんなウィルさんに自分はエスコート役になっていて、挙句の果てにはアーク君の彼女だったハルちゃんが白魔女で・・・そんでデュラン陛下が現れて・・・も~、頼むから勘弁してぇ~)

 

 これが今の彼女の正直な心の中の状態である。

 一刻も早くこの場から去りたい・・・そう思ってしまうのだが、それはハルが赦さなかった。

 

「ユーミィさん、大丈夫ですよ。このレヴィッタさんは信頼できます。私の先輩ですから」

「えーー ハルちゃん。勘弁してぇ!」


 思わずそんなことを本気で言うレヴィッタだが、ユーミィはその言葉にレヴィッタと言う女性がハルとは既に懇意な仲間であると認識した。


「なんだ。アナタはハルさんのお友達だったのね。それならば心配無用だわ」


 安心するユーミィと、その一言でこの場でレヴィッタと言う女性は一気に身内的な存在として扱われる事になってしまう。

 それほどまでに発言に影響力のある女性―――それがユーミィと言う存在なのだ。

 

「彼女の名前はレヴィッタ・ロイズさん。私と同じアストロ出身の先輩で、二十三歳の独身美人女性でーす」

「ハルちゃん、いきなり何を!」

「えへへ、この機会に先輩を売り込んでおこうかと」

「やっ、止めてよぉ・・・恥ずかしいからぁ」


 そんなじゃれ合う女ふたりに、ウィルが「二十三歳・・・私と同い年か」と小さく呟いたのは誰にも気付かれない。

 

「そのレヴィッタ先輩は治癒魔法が得意な魔術師で、現在は帝都ザルツの魔術師協会の受付をやっておりますよ」

「嫌ーーっ。ハルちゃん止めてぇ。私の事をこの特別な人達にアピールしないでぇー」


 嫌がるレヴィッタを可愛く思ったが、ユーミィは自分達が特別な存在と言われるのだけは否定しておいた。

 

「私達は特別ではなく、普通の家族よ。それに私だって元は平民だったし、トリア魔術師協会の受付嬢をやっていたから、今のレヴィッタさんと何ら変わらない人間だと思うわよ」

「えっ? 母様って魔術師協会の受付嬢だったの?」


 母から聞く初めての経歴話に、ウィルはユーミィとレヴィッタを交互に視線を移す。

 

「あれっ? 言ってなかったかしら? あの頃のレクトラったら、用事もないのに毎日魔術師協会に来て、本当にねぇ・・・うふふ」

 

 昔話を思い出して少しニヤけるユーミィ。

 昔の逢瀬話は今の彼女にとっても素敵な思い出である。

 

「お母様。お父様のどこを見て素敵だと思ったの?」

「ティアラには信じられないかも知れないけど、あの人、昔は長髪でねぇ。散髪もあまりしなかったのにサラサラと長い髪が素敵に映って・・・本当に騙されたわよ」

「ええ? お父様って、昔は長髪だった!?」


 いつも短髪のレクトラを見慣れているティアラは信じられないという顔になる。

 その事実にウィルやアクトも驚いていた。

 

「あらら、これも言っていなかったかしら? これ以上昔話を勝手にするとレクトラに怒られるかも知れないわ。ウフフフ」


 陽気に笑うユーミィ。

 そして、ウィルは「母様と同じ魔術師協会の職員か・・・」と小さく呟き、その視線は密かにレヴィッタへと向く。

 そんなウィルの密かな視線に気付いたのは母であるユーミィである。

 

「ウィルに素敵な女友達ができたようね。そのレヴィッタさんは魔術師協会勤めか。そうなると私の後輩になるわ」

「母様の後輩・・・」

「きっとモテるでしょう。美人だから」

「いやいや、私なんか一般人ですから・・・」


 レヴィッタはそんな事を言って、できるだけこの有名な人達とは関わらないようにしようとする。

 しかし、そのレヴィッタに視線を送るのはウィルであり、ここでようやくハルもウィルがレヴィッタという女性に興味を持ったのを理解する。

 ハルが何かを言おうとしたとき、ここでユーミィから白魔女のハルに誘いの言葉がかけられた。

 

「ところでハルさん。この後、お暇かしら? ふたりだけで食事に行きましょう。貴女とはいろいろとお話をしておきたいし」

「えっ!? あ、はい」


 ハルは何事かと少しだけ思ってしまうが、ユーミィの心の中を見て悪い話ではないと安心すると、アクトの母からの誘いを快く請けた。


「それじゃあ決まりね。女同士で少しだけ話をしたいし。アクトはティアラを宿所まで送って頂戴」

「はい、解りました」

「うん」


 アクトとティアラは母の言い付けに従う。

 

「それじゃ行きましょうか」


 こうしてユーミィはハルを引き連れてこの場から去ろうとする。

 そこで白魔女のハルは少しだけ待ったを掛けた。

 思い付いた事をするためだ。

 それは・・・

 

「ユーミィさん、少しだけ待ってください・・・・えっと、レヴィッタ先輩~ そこのウィルさんの治療をお願いします」

「えっ? ハルちゃん! 私には・・・無理よ。だってウィルさんには私の治癒魔法が全然効かないのぉ」


 彼女は焦り、無理な訳をそう述べた。

 それは先程試して、ウィルの魔力抵抗体質の厄介さが身を以って理解したからだ

 しかし、ハルはそんな魔力抵抗体質者の治療方法を心得ていた。

 

「それって魔力抵抗体質の力ですよね。それでも大丈夫。こうすれば魔法は効きますから」


 そう言うとハルはアクトを引き寄せて、擦り剥いた傷があった腕を自分の豊かな胸に押し当てる。

 アクトも当然と言わんばかりに白魔女ハルにされるがままで、気持ちよさそうにしていた。

 そうするとどうだろう。

 暖かい光がアクトの腕の患部を包み、治癒魔法が大幅減衰にされながらもゆっくりと彼の傷を癒していった。

 

「こうやって身体を密着させれば、多少減衰はされてしまいますけど、それでも魔法は相手に届きます」

「え!? そんな」


 そんな恥ずかしい行為を・・・とはレヴィッタの言葉が続かない。

 

「大丈夫。レヴィッタ先輩ならばきっとできる。先輩の治癒魔法は学校で一番の腕前だったじゃないですか!」


 白魔女ハルはそう太鼓判を推すと、今度こそユーミィと共にこの部屋から去っていく。

 その後はアクトもティアラを伴い部屋から去った。

 こうして、少し前までとても賑やかだったこの控室の空間は、初めの状態であるレヴィッタとウィルのふたりだけが残る事になる。

 

「・・・」

 

 なんだか気まずい沈黙が支配するこの空間。

 

(なんで・・・どうして私が・・・)

 

 そんな事を考えているレヴィッタ。

 

(ハルちゃんが白魔女で、アーク君が英雄アクト様で、そのお兄さんがウィルさんで、帝皇様と会って、第一皇女様に凄まれて・・・なんで私がぁこんな目にぃ~)

 

 いっぱい、いっぱいのレヴィッタはもう頭がパンク寸前。

 そんな彼女の希望は一刻も早くこの場から姿を眩ます事。

 学生時代に恐怖の魔女であったセイシルの折檻から逃れるのと同意義である。

 そのためには、この目の前の男性ウィルの治療をいかに早く済ますか・・・それができて、ここでの自分の責務は終わるのだ。

 やがて意を決したレヴィッタは・・・

 

「えーーい、なんとかやったるわ! ウ、ウィルさん。私、貴方(アンタ)を治療するからぁ!」


 ヤケクソ混じりのユレイニ弁で彼女がそう叫ぶと、ササッとウィルに近付く。

 そして、血の滲むウィルの頭部を両手に持つと、白魔女ほど豊かではない自分の胸の谷間に精一杯の力で押し当てる。

 

「わっ! エスコートの人! 突然何を!」


 突然に可愛らしく柔らかい存在を感じたウィルはここで彼らしくなく狼狽した。

 

「えーから、黙ってなはれぇ! これから治療すんねんから!!」


 必死のレヴィッタの迫力に負けて黙り込んでしまうウィル。


「・・・」

「・・・」


 その後にふたりは会話なく、顔も互いに真赤に染まっていたが、その状況はそれぞれで微量に異なっている。

 レヴィッタはヤケクソ・必死でこの治療が早く終わるよう自身の魔力を総動員した結果による高揚。

 ウィルはレヴィッタという女性の存在―――彼にとってこの至近距離で異性と接するのは初めての体験―――を身近に感じて、大いなる気恥ずかしさと小さな興奮を感じていた。

 

 こうして時間はゆっくりと流れる。

 そのゆっくりとした時間の中で微々たる進行であったが、それでも確実にレヴィッタの治癒魔法が効果を発揮してウィルの傷を癒していった。

 ゆっくりと塞がれる傷口。

 それを認識したレヴィッタは自分が釈放につながる事への安心感が得られて、対するウィルは自分に魔法が効く事実への驚きもあった。

 こうして接触距離ゼロによる治癒行為は徐々に進行していく。

 その間、沈黙に包まれたこの部屋では、ふたりの鼓動音だけが静かに聞こえていた・・・

 

 

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