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第十二話 戦勝記念式典(後編)

 ラフレスタ解放で最大級の貢献をした希代の英雄アクト・ブレッタの登場で、戦勝記念式典の観衆達の熱気は最高潮に達したが、この式典はまだ終わってない。


「引き続き、英雄達を紹介する。次はクリステの解放に尽力した英雄達だ」


 ジルジオの叫びにも近い大きな言葉を聞いた観衆達はここで一旦歓声を鎮める。

 英雄達の登場を妨げてはならない。

 そう思ったからだ。

 アクトの登場により必要以上に高まってしまった声援だが、それが徐々に静かとなり、やがてタイミングを見計らってクリステ解放で活躍した英雄達が入場をして来た。

 

「まずはクリステ解放に尽力した帝国中央の第二騎士隊達だぁーっ!」


 ジルジオのその言葉を合図に、整然と並ぶ騎士達が行進を始める。


ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ


 彼らは同じ意匠の白銀の鎧を装着し、一糸乱れぬ動きで闘技場内を行進した。

 晴天の中、陽光を白銀の美しい鎧に反射させて行進してくるその姿は、帝国の威信の現れであり、観衆達は彼らを誇り高き存在だと思えてしまう。

 第二騎士隊は猛者揃いであったが、その実、はみ出し者も多く、この統率感の取れた行進に関してはロッテルの努力が実った結果でもある。

 秩序正しく行進する姿を見せられた観衆達はこの騎士達がいつも問題ばかりを起こしている人間の集まりだとは誰も信じないだろう。

 その事実を知るジルジオが密かに胸を撫で下ろしていたのはここだけの話である。

 

「彼らは混乱に沸くクリステの地で、日夜、敵との攻防を繰り返して、最後にはクリステから敵を排除することに成功した。そんな彼らの働きに敬意を贈ろうではないか!」


 ジルジオの言葉に観衆も大きな歓声で応える。

 

「おおーっ! 格好いいぞ、お前達ーっ!」

 

 ここで、盛大な歓声を受けた騎士隊のうちの何名が行進を乱したが、それを見なかったことにするジルジオ。

 観衆達がそこに気付く前にジルジオは次の英雄を紹介することにした。

 

「次は『解放同盟』だぁ! 彼らはラフレスタを解放した後、クリステに駆け付けてくれた英雄達である。ふたつの領を解放する偉業を成し遂げた彼らに帝国からは最大級の賛辞を贈ろうではないか!!」


 ジルジオに紹介されて入って来た人物は装備も服装もバラバラの集団。

 月光の狼やその統領であるライオネルに協力を申し出た他の活動家、商人、そして、クリステ在住の傭兵達、実力ある冒険者個人など、その立場や職業はバラバラ。

 しかし、彼らの戦場での思いはひとつ。

 悪の手に落ちたクリステを解放する事であり、それを成すためにライオネルと協力した人々である。

 解放運動を縁の下で支えた人達と言っても過言ではない。

 英雄として称えられるグループとして最も構成人数の多い集団の登場であったが、彼らのひとりひとりの働きが評価されて今回の式典に呼ばれている。

 

「ほら見て、うちの父ちゃんがいるじゃないか」

「わーーー、パパぁーー」


 ハルの近くに座る恰幅の良い女性が子供と共に手を振る。

 その女性の膝元に座る子供も嬉しいのか、キャッキャと歓声を挙げていた。

 そんな姿を見せられたハルはこの親子が解放同盟に加わった男性の家族なのだろうと予測する。

 そして、ハルはこの家族が無事に再会できて良かったと思う。

 それほどまでにクリステは激戦だったと聞く。

 戦死者も多かったらしい。

 しかし、このように幸運にも生き残れた家族は他にも沢山いるのだ。

 今は平和な雰囲気に包まる会場である。

 その雰囲気を敏感に感じ取ったジルジオはここで目玉の英雄の存在を呼ぶことにした。

 

「そして、その解放同盟をまとめた存在であるライオネル・エリオス。そのライオネルを慕う副官の姫剣士エレイナ・セレステアだぁーーー!」

 

 ジルジオの紹介により、解放同盟の集団の中に埋もれていた一組の男女が前へと進み出た。

 そこだけが目立つよう光の魔法が照らされて、まるでふたりだけが光り輝くように演出される。

 勿論、これは魔法による演出なのだが、観衆からしてみれば、まるで集団の中から神により選ばれた男女が降臨したような錯覚に陥る。

 そんな神々しいふたりは仲慎ましく手をつなぎ、そして、ここでライオネルがエレイナを抱き寄せてキスをした。

 これは台本にない演出であり、式典進行を裏で指揮していた官僚達を慌てさせる事になる。

 しかし、当の本人達はそんな事に構っていないようで、幸せなオーラを遠慮なく放っている。

 顔を真っ赤にするエレイナが本当に可愛かった。

 真実の愛の姿がここにあったりする。


「うぉーーーーーー!」


 そんなハプニングの一部始終を目の当たりにした観衆達は興奮の湯壺(るつぼ)へ。

 式典のハイライトで行われたふたりの愛の現場を目にして、興奮しない訳にはいかない。

 しかし、ここは公の場。

 ジルジオは少しだけ咳払いして、鋼鉄の精神を以って司会進行の職務を続けた。


「ラフレスタとクリステの解放を果たしたこのふたりは互いに永遠の愛を誓い、そして、互いに独身と別れを告げたようだ。エストリア帝国民から全ての祝福をここにあれ!」

「うおーーー、ヒュウ、ヒュウ~」


 ジルジオも台本とは少し違う口上を放ち、観衆達も乗ってくる。

 この英雄ふたりが婚姻を決めた事に祝福を与えていた。

 そんな祝福を受けているライオネルとエレイナは集まってくれた全員に向かって手を振って応える。

 この場に居合せた全ての人達に祝福を祝福で返しているのだ。

 それはとても微笑ましい光景であり、観衆達は大満足となった。

 そんなライオネルとエレイナを含めた解放同盟達は闘技場内の外周部の通路をゆっくりと歩き、そして、次はいよいよ最後の英雄グループが入ってくる。

 

「ここで、クリステ解放で格段の働きをした英雄達を紹介しようではないか」

 

 ジルジオの言葉を聞き、観衆達は再び静かになる。

 ラフレスタの英雄の時と同じように、次の何かを期待する彼ら。

 

「まずは帝国中央の第二騎士団に所属するアーガス・プロト。ロック・ゴーゴン。マゾール・ジャーマン。マーガレット・メシアの四人だぁー!」


 ジルジオのその呼び掛けに応じて登場したのは騎士隊に所属する精鋭四人である。

 巨漢の戦士ロックが大きな岩を担ぎ登場して、その岩の上には三人の騎士団の人間が座っていた。

 とても重そうな大岩を軽々担ぐロックの怪力にびっくり仰天の観衆達であったが、そのロックは涼しい顔でズンズンと闘技場内を歩く。

 そして、メイン会場の中程まで進んだ時、岩の上に座っていたマゾールが突然魔力を漲らせた。

 彼は発奮してその掌を自分の座る大岩へ叩き付ける。


バリ、バリ、バリーーッ!


 莫大な魔力の奔流による大音響が聴こえた直後に、大岩は粉々に砕け散った。

 大岩が完全に砕け散る前に、その上に座っていた三人は宙に飛び退いたため、無様に地面へ落ちる事も無い。

 それを遠目で観察したハルはこのマゾールの事を正確に分析する。

 

「あれは格闘魔術師ね・・・クラリス以外では初めて見たわ」

 

 存在すること自体が珍しい格闘魔術師。

 格闘魔術師とは魔力を活性発動させた状態で相手へ叩き込んで物体の内部から破壊する技を駆使する体育会系の魔術師である。

 このマゾールはその格闘魔術師としての技が洗練されていて、かなりの使い手であると見た。

 以前、ジュリオ皇子から格闘魔術師の達人の話をしていたのを思い出したハルはこの人がそうなのかと思う。

 そのマゾールによって粉々にされた岩塊は重力に引かれて地面に落ちようとするが、それは許されない。

 

「エイヤーーーッ!」

 

 ここで、そんな発奮する声を発して長剣を抜いたのはアーガス。

 彼は長剣を巧みに操り、降り注いだ全ての岩塊を宙へと打ち返した。

 

ガン、ガン、ガン!

 

 目にも止まらない速さで打ち上げられていく無数の岩塊。

 彼の剣先の速度は人の目で追い駆けられる限界を超えており、この技に観客は度肝を抜かれる。

 そんな岩塊の全てはもうひとりの人間、紅一点であるマーガレットに向かって降り注いだが、彼女は慌てず、ここでひとつの魔法を行使する。

 

「~~岩の塊よ、我の意を叶えよ!」

 

 こうして滞りなく短く詠唱した彼女より、ひとつの魔法が発せられた。

 そうなると、彼女に迫る岩塊は空中で全てが停止する。

 その直後、岩塊は魔法に包まれて一箇所へと集まって行く。

 

ガ、ガ、ガ、ガン!

 

 岩がひとつに集まり、それが人型となる。

 そして、最後に目に相当する部分が輝き雄叫びを挙げた。

 

「グガーーーッ!!」

 

 力強い声で雄叫びを挙げたのは石造りのゴーレムだった。

 マーガレットの魔法により偽りの生命が与えられた岩の巨人が誕生したのだ。

 ロックが元々担いでいた岩石よりも大きなゴーレムになっているのは、マーガレットの魔法が優れているからだ。

 彼女の魔力により岩が複雑に絡んで大きく立派になっている。

 そんな岩のゴーレムはここで筋肉質(マッシブ)なポージングを決めて、自分の力強さを大きくアピールしていた。

 この岩のゴーレムの屈強さを感じ取った観衆達はこのゴーレムの圧倒的破壊力が想像でき、それを作ったマーガレットを優れた魔術師と認識する。

 彼女もまんざらではなく、その細い眉をキリっとさせてクールに魅せていた。

 そんな彼らをジルジオが褒める。

 

「クリステ解放の最後の戦いにおいて、敵から予想外の反撃を受けて窮地に立った解放同盟達。ここで起死回生の突撃部隊が結成されて、敵の中枢に侵入を果たした彼ら。そして、見事に敵の首魁ルバイアを討ち取ったのだ。この四人ともうひとりは、このときの戦いで格段に良い働きをした者達である!」

 

 ジルジオから彼らを称える言葉が発せられて、観衆達も彼らを深く称えた。


「ウォーー! カッコいいぞ!! お前達~」

「帝国騎士の鏡だぁーーっ」

「ヒュウヒュウ~」


 喝采を贈る声にアーガス達は笑顔で応える。

 観衆達に手を振り、笑顔を振りまく彼らであったが、その心内は穏やかではなかったりする。

 彼らの上司であるロッテル・アクライトがこの場所に呼ばれないのが彼らとしても不満であったりする。

 ロッテルこそが身を粉にして全部隊を指揮して、最後の戦いでも突撃部隊の総指揮者として大きな働きをしていたのを間近で見ている彼ら。

 彼らからしてみれば、ロッテルこそが称えられるべきであると考えていたが、実際にロッテルがこの式典に呼ばれる事は無い。

 それはロッテルがジュリオ第三皇子の警護に失敗したからであり、罰を受けることが初めから決まっていた。

 しかし、その事を素直に納得のできないのも彼らである。

 それほどまでに部下より信頼を得ているロッテル。

 そんな彼らの気持ちとは別に、舞台はクライマックスへと向かう。

 

「グガ、ゴーーーー!!」

 

 これまで従順だった岩のゴーレムが突然暴れ出した。

 近くにいた四人は危険を感じて離脱した。

 その一瞬後、彼らの居た場所に岩のゴーレムが飛びかかり、大音響が響く。


ドーーーン!!


 ゴーレムの攻撃を間一髪で避けた英雄達だが、突然暴走したゴーレムの姿に驚く観衆達。

 

「なっ、なんだ!!」

 

 勿論、これは演出である。

 ここで、突然暴れ出したゴーレムに成敗するために最後の英雄が呼び出される。

 彼は駆け足で闘技場内に入って来た。

 そして、金色短髪の青年は白銀に輝く軽装の鎧を身に纏い、軽快な速度でゴーレムに迫ると片手持ちの剣を抜き、それを大きく振りかぶった。

 

「覇ぁーーーっ!」

 

 彼は気合の漲る大きな声を張り上げると、凄まじい速さで剣を上から下に振り切る。

 

キン!


 甲高い金属的な音をひとつ鳴り響かせると、その青年の剣はあっと言う間にゴーレムの身体を通過して、しばらく待つと・・・岩のゴーレムに縦の一閃が走り、その身体が左右に割れた。

 綺麗な形で両断されてしまったゴーレムだが、コイツは只で終わる敵ではない。

 ゴーレムは最期の反撃とばかりに、バラバラに分解しつつある自分の身体の一部であった岩塊を魔法で浮かせてその青年に向かって叩き込む反撃をしてきた。

 バラバラとなった岩塊は全てが魔法的な加速を得て、その青年に目掛けて多くの塊を飛来させるが、ここでも青年の方が格上であった。

 

パン、パン、パン、パン!

 

 無数に迫る岩塊を素早い剣裁きで撃ち落として全くダメージはない。

 そして、最後に青年の顔面へと迫る一際大きな岩石。

 この岩石は魔法の青白い色を纏っていたから、ゴーレムの中心核(コア)である事は明白である。

 ひときわ強い魔力を纏った岩石であり、何らかの魔法的効果がある存在なのだが、それでもこの青年には脅威に成り得ない。

 

パシーーーーン!

 

 自分に迫る中心核(コア)を、剣の持つ逆手の左掌で受け止めて、それを強く握る。

 

シューーーーーーーッ

 

 まるでそんな音を立てるかの如く、青白い魔力は黒い煙をあげて、やがて朧な霞となり、魔力が全て霧散されて無効化されてしまう。

 それが魔力抵抗体質の力である。

 こうして暴走したゴーレムを見事に成敗した彼であるが、ここでジルジオから彼が紹介される。

 

「彼こそが、ウィル・ブレッタ! 魔力抵抗体質を持った帝国古来より続く勇者の末裔であり、今回もその類稀な魔力抵抗体質の力と卓越したブレッタ流剣術を用いて、敵の首魁を見事討ち取った。彼の戦績は敵将ルバイア、副将シュバイア、そして、敵軍の幹部達。ここに真の勇者、いや、真の英雄として称えようではないか!!」


「ウオーーーー」

「キャーー、カッコいいわぁ。ウィル様~、結婚してぇ!!」


 パフォーマンスの影響もあって観客達は再び興奮の湯壺(るつぼ)へと入り、この時ばかりは男も女も、平民も貴族も、大人も子供も、等しくウィルに大きな声援を贈る。

 その声援の大きさは先程のアクトの時と変わらず、その兄であるウィルの活躍も大きく称えていた。

 

「お母さーん。あのウィルさんて、アクトさんのお兄さんだよね。かっこいい人!」

 

 ハルの近くでそんな羨望の眼差しを送っているのはロイの娘であるライラだ。

 顔を朱色に染めて興奮しているのが良く解る。

 

(年頃の娘からすると。ウィルさんは憧れの存在であり、一種のアイドルのようなモノに見えるのかしらねぇ・・・)

 

 そんな事を思ってしまうハル。

 ハルも、もし、ウィルと面識が無く、初見で今日の様な姿を見せられたら、もしかしたらカッコいいと思ってしまうのかも知れない。

 しかし、先日の当の本人より「アクトと別れろ」宣言を受けているので、ハルからするとこのウィルという人物は苦手意識のある人物である・・・

 そんな事を考えていると、ハルはここでもとある人物の存在に気付いた。

 

「んっ! あれって???」

 

 ハルの視線はウィルではなく、その脇に立ち、彼の名前の書かれたプレートを大々的に掲げている女性に向く。


「あれれ?? レヴィッタ先輩?! 何であんなところに?」


 他の英雄達と同じように名前を掲げるエスコート役の職務を行っているレヴィッタなのだが、何故にレヴィッタがここでウィルのエスコート役をやっているのか、訳の解らないハル。

 レヴィッタの容姿は整っており、こんな場でも他の参列者に負けない華やかさがあるのは認めるが、それでも彼女がここに立つ事に違和感はあった。

 

「もしかして、お母さん達が式典人員にひとり欠員が出て、代わりを探さないといけないとか言っていたけど、それなのかな?」


 ハルは先日にリリアリアからそんな話を聞いて、セイシルに何らかの指示を飛ばしていたのを思い出す。


「きっと、お母さんがレヴィッタ先輩を選んだのね・・・そして、そのレヴィッタ先輩の拉致を実行したのはセイシルさんかな」


 セイシルが魔術師協会の本部に突撃して、レヴィッタを強制的に拉致する姿を想像してしまうハル。

 セイシルの事を割と嫌がっているレヴィッタだが、セイシルはああ見えてレヴィッタのことを気に入っているようだった。


「そして、無理やりエスコート役を()らされているのね・・・」


 レヴィッタの引き攣った笑顔と、少しだけ挙動不審に陥っているのが見られて、ハルは彼女の心内を予想できた。

 

(おそらく、何で私が? どうして私が? と思っているに違いないわね)

 

 レヴィッタの心を想像して、ちょっとだけ愉快な気持ちになるハル。

 そんなレヴィッタを尻目に観衆達の注目はやはりウィル・ブレッタへ注がれている。

 観衆の大半の興味は英雄ウィルに集まっているので、レヴィッタの存在など忘れてしまうのだろう・・・


 こうして役者は全員揃った。

 いよいよ帝皇一族が入場して来る。

 

「これよりエストリア帝国帝皇デュラン様とその一族が入場される。皆の者、平身低頭し、忠義を尽くされよ」


 ジルジオの宣言により、この会場の全員―――観衆は元より招集を受けた英雄達も全て―――が身を屈めて帝室を敬う姿勢となる。

 会場中を見渡して、その準備が整った事を確認したジルジオはここで帝皇一族入場の合図を送る。

 音楽隊による演奏が荘厳な曲に切替わり、それを合図に優しい光が闘技場内の一段高い演台へと降り注いだ。

 これは高度な転移魔法なのだが、それもジルジオの部下である宮廷魔術師達による魔法効果だ。

 優しい光に包まれて、帝皇一族がひとり、また、ひとりと静かにこの会場へ転移してくる。

 それは神々しい姿をしていたが、勿論、宮廷魔術師達の演出の成果である。

 帝皇を帝皇たる姿で支えるのも彼らの役割なのである。

 そして、この場に召喚されたのは帝皇デュラン、皇妃のふたりの女性、そして、世継ぎであるふたりの皇子とひとり皇女であった。

 

「帝皇デュラン様達がご入場された。臣民達よ、姿勢を元の状態に戻されよ」

 

 ジルジオの言葉に従い、楽な姿勢に戻したのはこの観衆の中でも少数派。

 多くはこの平身低頭の姿勢から崩していない。

 これは所謂形式美という奴で、帝皇への忠誠の深さを示す行為であり、帝王の家臣より楽にして良いと言われても自らの意思で敬う姿勢を続ける事が過去から続く儀礼なのだ。

 その事を当たり前のように知る帝皇デュランは臣民達にこう告げる。

 

「本日は非常に縁起の良い日だ。本当に楽にしても良いぞ。予も早く英雄達の顔を見たいからな」


 それは力強い声であり、帝皇の機嫌がとても良い事がよく伺えた。

 そんな帝皇の声に、集まった英雄と観衆達はようやく面を上げる。

 そして、帝皇一族の姿を目にする彼ら。

 帝皇とふたりの皇妃、三人の世継ぎの姿は帝皇一族の名に恥じぬ豪華な装いと気品に溢れていた。

 そんな姿を魅せられたエストリア帝国の観衆達は感動のあまり目に涙を浮かべる者もチラホラと。

 それほどまでに帝国民から敬まれる存在、それがエストリア帝国の帝皇一族なのである。

 そして、対する帝皇デュランも英雄達の顔を見て笑顔を返す。

 

「うむ。其方達が救国の英雄達であるな。ラフレスタの乱とクリステの乱を見事に平定した。褒めて遣わそう」

 

 帝皇からのこの褒美の言葉に、集まった英雄達の多くは大きな感動を受けていた。

 帝皇デュランから直接褒美の言葉を掛けられるのは大変栄誉な事であり、それだけでも彼らが一生自慢できるほどの吉事なのだから。

 しかし、今回は格別の褒美が待っていた。

 それはこの解放運動に参加した全ての関係者に帝皇自ら記念のメダルを首に掛けられるという栄華が与えられたからだ。

 ここで、それを事前に知らされていなかった参加者達は驚きと緊張が走る。

 それは帝皇デュランの密かな悪戯だったので事前告知していなかった。

 そんな悪戯が成功した帝皇デュランは密かにニマリとし、してやったりと思っていたのは最近の彼の趣味であろう。

 こうして、英雄達は個々の心の準備が整うよりも前に次々と名前が呼ばれて一段高い演台へ登り、ここで帝皇デュラン自らの褒美の言葉と記念品のメダルを首に掛けられる。

 ここには英雄として三百名近い表彰者が出席していたが、この行事はスムーズに粛々と進められたため、その表彰は一時間ほどで完了する。

 そして、残り数名となったところでライオネルが呼ばれる。


「解放同盟代表ライオネル・エリオスよ、壇上に上がられよ」

「ハッ!」


 短い言葉と共に壇上へと登るライオネル・エリオス。

 彼は堂々と貫禄を魅せていた。

 何かをやり遂げた晴れやかな顔・・・男の顔がそこにあった。

 そんなライオネルに帝皇デュランから言葉が掛けられる。

 

「ライオネル・エリオスよ。其方は悪魔に身を落とした敵からラフレスタとクリステを見事に奪還した。その格段の働きを称えてやろうではないか」

「勿体なきお言葉です」

「謙遜する事は無い。予は其方の働きを大いに評価しておる。帝国の威厳、臣民の命と自由、そして、帝国の尊厳を守ったのだからな」


 帝皇デュランからそのような最大級の賛辞を貰ってライオネルの働きは褒め称えたられた。

 彼の功績は事実であり、この場の誰もがその言葉に異を唱える者など居ない。

 それほどにまで完璧な働きをした彼には格別な報奨が与えられる・・・

 それは半ば噂になっていた。

 それが一体何なのかは、公には秘密とされていたため、観衆達はここでどんな報奨が与えられるのか、次に出てくる帝皇の言葉を、固唾を飲んで見守る。

 そこで一拍間置き、ここで帝皇デュランから報奨の言葉が伝えられた。

 

「格段の働きをした其方には、新たな国を作る権利をやろう。クリステ一帯を独立国家とし、領土と領民を分け与えようではないか」

「「「!!!」」」

 

 そんなの帝皇からの途方もない報奨に、観衆達は我が耳を疑った。

 帝国の領土を分割する!? そんな話、過去から聞いた事が無い。

 しかし、これは事実のようで、帝皇デュランの脇にはいつの間にか宰相が立っていて、ひとつの書類を盆の上に乗せていた。

 その書類には帝国の領土を分割し、領土と領民を分け与える書類であり、サインの欄には既に帝皇デュランの名前が入っている。

 それがいろいろな人にも解るように光の魔法で大きく映像投影されていた。

 

「せ、正式な書類だぁ!」


 会場の誰かがそう言い、観衆達はここで初めて帝皇デュランの言葉が本気である事を理解する。

 これを事前に伝えられていたライオネルはここで迷うことなくペンを取り、その書類に自分の名前を滞りなくサインした。

 勿論、これは式典用(レプリカ)であり、本当に正式な書類については昨日のうちに互いがサインを済ましている。

 一般民衆に言えないような秘密の約款事項もあったためそのようにしたが、それでもこうして解り易いで書類にサインするのは民衆へのアピールのためである。

 こうして、あっと言う間に帝国史上初の領土分割が成されてしまった。

 これに一番満足するのは帝皇デュランであったりするが、彼は言葉を続ける。

 

「これで彼の土地は其方ものだ。これ以降、予とライオネルは同格。互いの国家元首としての立場となろう。また、この帝国から彼の治める領地へ移りたい者がいれば移動の制約は課さない。彼の思想に同調するならばこのエストリア帝国から移住しても構わん。その逆も然り。彼の国からこのエストリア帝国に戻ってきたいのであれば、それも制約なく受け入れる事も約束しようぞ」

「・・・」


 呆気に捉われる観衆達。

 何も聞かされていなかったので当然だ。

 しかし、解放同盟の一部の人間は既にこうなる事を知らされていたので、それほど慌てていない。

 そんな状況の中で注目はライオネルに集まる。

 次に彼が何を言うか・・・それに期待が集まっていたのだ。

 そんな状況下でライオネルは落ち着いて演説を始める。

 この演説が、後の帝国史、いや、ゴルト大陸の歴史のいちページとして残ることになろうとは、この時の誰もが思っていなかったが・・・

 

 

 

「皆様、私がライオネル・エリオスです。今回は不幸にもラフレスタとクリステで前例のない内乱が発生してしまいましたが、我々は幸運にも優秀な仲間に恵まれて、この内乱を無事に鎮める事ができました。現在は私も含めて帝皇陛下に高評価をされていますが、我々の仲間には道半ばで戦いの犠牲になってしまった者や、怪我を負って動けない者もいます。まずはここに来る事のできなかった彼らに多大な敬意を贈ろうではありませんか」


 ライオネルのそんな言葉に、同じ志で戦った仲間達は静かになる。

 程度の差こそあれ、彼ら各々はそのよう境遇の人間の存在を知っている、もしくは、自分の大切な存在を失っていたのだから。

 それほどまでに今回の戦い・・・特にクリステでは犠牲者が多かった。

 そんな感傷に浸る彼らの様子を見た観衆達もラフレスタよりクリステの方が凄惨な現場であった事を肌で理解した。

 そのような雰囲気下でライオネルの言葉は続く。

 

「そして、残された我々に課せられた使命とは、ただ偶然に得られたこの栄華に満足して、得られた報奨を当てにして贅沢な暮らしを続ける事は赦されないと思っています。我々は犠牲となってしまった人達の命を背負い、次へとつなげて行かなくてはならない・・・」


 ここでライオネルは一旦言葉を切り、周囲を見回す。

 先程までの熱気は既に冷め、全てが静かになり、現在は演説している自分に全員からの注目が集まっているのを解った。

 良い事だ。

 別に悲しみを増長させたかった訳ではないが、これからする話は浮かれて晴れやかな気分でするような話でもない。

 ライオネルとしては至極真面目な話を聞かせようとしていたのだから。

 

「ここで私は宣言します。今回の報奨でエストリア帝国帝皇デュラン陛下よりクリステ一帯を分けて頂きました。そこに私は新たな国を造ろうと思います。その国の名は『エクセリア』。古代ゴルト語で『自由』を意味する国です」


 ライオネルの演説にざわつきが起こる。

 一般の人達からは新しい国を造る話など今初めて聞いた人達がほとんどだったからだ。

 帝皇から分けて貰った領地に別の国などを造ってしまって本当に良いのだろうか・・・そんな事をしていいのだろうか?・・・そんな不安が巻き起こる。

 しかし、そんな事など気にせず、ライオネルは自分のペースで演説を続けた。

 

「今回の争い・・・それは本当に悪魔だけの仕業だったのでしょうか?」


 ライオネルの問いかけにシーンと周囲は静まる。

 その問いを誰もが自問し、そして、その答えが解らず、ライオネルにそれ求める。

 ライオネルはそれに応じて、ゆっくりと自分なりの考えを口から出すことにした。


「私は、違う、と思います」


 この発言に小さいざわつきが起きたが、ライオネルの言葉は更に続けられる。


「悪魔の甘言に乗せられて、魔法薬で心を操られ、抗う自由を奪われた同胞達・・・彼らが帝国に反旗を挙げました。しかし、その彼らを後ろで操っていた悪魔達・・・そんな悪魔な彼らでさえも元は人間でした・・・私は悪魔に憑かれたとされている獅子の尾傭兵団の団長ヴィシュミネも実際に見てきました。同じく、ルバイア・デン・クリステ、シュバイア・デン・クリステもです。彼らが帝国の秩序を崩壊しようと、多くの同胞達に『美女の流血』と呼ばれる支配薬をばら撒いたのも真実です。しかし、彼らが善良な人々を誑かしたのは魔法によるところだけではありません。彼らは人間の本来持つ『自由になりたい、支配を受けたくない』という欲を巧みに利用したのです。これは普段から抑圧された人間がこの帝国内に居るという事もがありました。実は私もそのひとり・・・自由と平等が欲しくて堪らない。その事で足掻いていたひとりの商人でした」


 ライオネルの言葉はそのとおりであり、その想いによって彼が『月光の狼』という義賊団を立ち上げることにつながっていた。

 既得権益に群がる権力者に反抗していたのだ。

 

「私は今、偶々にしてこの場に立てる名誉を得ていますが、もし、過去の私に悪魔から『自由を与える』と誘いの言葉を受けていたならば、私もあちら側に立っていた自覚があります」

 

 ライオネルの瞳は帝皇を越えて・・・そして、その後方にあるラフレスタ領の方角へと向かう。

 結局、彼が戦っていたのは正体の見えない敵であった。

 人の欲・・・自分の欲と戦っていたのかも知れない。


「そんな私に課せられた責任は、残りの人生のすべてを使い、本当の自由と平等を成せる国を造らなければならいと思っています・・・あ、別にこの帝国の国造りを完全に否定している訳ではありませんがね。ハハハ」


 そう言い、帝皇デュランに笑いかけた。

 その笑みに帝皇デュランの方も笑いで返す。

 多くの観衆はそんなやりとりを見せられて、敵対的な雰囲気ではないと感じ安堵したが、少数の人間はこの笑いの中にも互いに不敵なモノが含まれていると静かに理解していたりする。

 

「真の自由と平等・・・それを探求した国がどうなるか。それを帝国の皆さんにも見て頂きたい。そして、可能ならば、そんな国造りに参画して欲しい。私は広く門戸を開き、そんな同志を歓迎したいと思っています。エストリア帝国とは違う可能性を新しい国家『エクセリア』で見出して欲しいのです」


 ライオネルはここで両手を大きく広げる。

 それは自分を大きく見せるということではなく、多くを受け入れるという意味だ。


「この国での最大の主役は国民です。国民が全てを決めて、国民がその責任を負います。『民主主義』という法律の下に万人が平等に扱われます。そんなエクセリアで私は初代国王として就きますが、それは永遠ではありません。然るべき時期になれば・・・概ね三年ぐらいでしょうかね?・・・その時期が来れば、私は一旦退任しようかと思います。そして、その次の国の代表は『選挙』と呼ばれる多数決にて国民の中より選ばれます。この国には貴族制度を導入しません。すべての国民が・・・私も含めて平等ないち国民として同じ法律の下に扱われます。それが新生国家『エクセリア』の国是となります」


 ここでライオネルは一礼をして、自分の演説を終えた。

 観衆達はどうしていいのか解らず、呆気に捉われて静まり返ったままだ。

 しかし、ここで一人の男が拍手を送った。

 

パチ、パチ、パチ・・・

 

 それは帝皇デュラン。

 帝皇はライオネルが演説中、彼から視線を逸らさず、黙ってそれを聞いていた。

 そして、今は黙ったままで拍手を贈り、ライオネルを静かに称えていた。

 帝皇はここで言葉を発す。

 

「見事な演説であった、ライオネル・エリオスよ。予は汝の宣言を支持する。重ねて言うが、我が帝国とエクセリアは友好国家とする。帝国から彼の国に転属したい者は特別に許可しよう。転属と財産を移動する事を認めようではないか。その逆に、エクセリアから我が帝国に転属することも認める。思想の合う、合わぬは、あるからな・・・フハハハ」


 そのように愉快に笑う帝皇デュランの姿を見せられて、帝国民の観衆達も安心した。

 帝皇の機嫌は悪ないと思えたからだ。

 ライオネルの演説は捉えようによってはエストリア帝国の全否定。

 もしかしたら帝皇が怒るのではないか?

 そんな不安が多少なりとも(よぎ))った・・・

 しかし、帝皇は赦した。

 その後にこの帝皇デュランの拍手に続いたのが彼の一族である皇子、皇女達。

 次に解放同盟達。

 そして、最後に観衆達。

 こうして大きな拍手に包まれていく闘技場。

 この時の居合わせた観衆達にあまり実感は無かったが、後に、これが新たな歴史のいちページとなる。

 この演説に行われた『民主主義』の価値を彼らが実感できるは、もうしばらくしてからとなるが、大概にして歴史的に価値ある演説などそんなものである。

 こうして戦勝記念式典としては微妙な雰囲気になってしまったが、それはこの式典の主催者である帝皇デュランにとって計算済である。

 彼はここで場の雰囲気を一新させるアイデアを既に持っており、それを実行する事にした。

 

「ライオネルの演説は素晴らしいものであったが。帝国の臣民達よ。この式典の主役を忘れていないだろうな?」


 帝皇デュランの声で観衆達はまだ栄華を与えられていないふたりの英雄の存在を思い出した。

 そして、それを帝皇デュランも直ぐに肯定する。


「そうだ。この反乱を鎮めた最大の功労者・・・ウィル・ブレッタとアクト・ブレッタだ! ふたりの兄弟は予の前に来られよ」

「ハッ!」

「ハイ!」


 帝皇に呼ばれたふたりの兄弟は凛々しい顔で心地よい返事を返す。

 そして、帝皇の前に参上して、頭を垂れた。

 ここで誰もがこのふたりに帝皇から格段の褒美の言葉を述べられると思っていたが・・・実際に帝皇デュランから述べられた言葉は微妙に違っていた。

 

「お前達ふたりは本当によくやってくれたな。ふたりとも最強の剣術士の名に恥じぬ・・・恥じぬとは思うが・・・果たして、お前達ふたりのどちらの方が強いのだろうか?」


 その言葉にアクトは思わず困惑して顔を上げてしまう。

 そして、帝皇デュランと視線が合う。

 そこには不敵な瞳があって、そして、その直後に地面が揺れた。

 

ゴゴゴゴ

 

 会場の一部がせり上がり、円形の石の壇上が姿を現したのだ。

 これは大規模な土属性の魔法によるものであり、宮廷魔術師達の仕業である。

 

「これは一体!?」


 訳の解らない顔になるアクトに対して、ウィルの方は落ち着いていた。


「これから、私とお前で御前試合をする」

「!?」

「これは私から帝皇デュラン様に提案した事だ」

「な、何故??」


 ウィルの言葉に困惑するアクト。

 このときのウィルの言葉を聞いて不敵な表情になる者が一名。

 一段高い壇上に立つ第一皇女がその美しい顔の口角を上げた。

 気の強そうな勝気のある笑みがアクトの視界の一部に入る。

 そこで、このウィルが第一皇女経由で帝皇デュランにこのような催し物を提案したのだと察した。

 

「アクト・・・お前はまだあの(ハル)とは別れていないらしいな。(ティアラ)から聞いたぞ!」

「それは・・・俺は・・・」


 何らかの反論をしようとするアクトだが、それはウィルによって遮られる。

 訓練用の刃を潰した剣を投げられたからだ。

 それを反射的に受け取ってしまったアクトにウィルからは強い言葉がかけられる。

 

「アクトよ。お前のその腐ってしまった剣術士の心を私が叩き直してやろう! お前にもブレッタ家の血が流れているのを思い出させてやる!」


 その気概の籠った言葉に一番気を良くしたのは帝皇デュラン。

 これで帝皇は自分の思惑通りに場面が進むことを満足して、ここで準備していた宣言が発せられた。

 

「さぁ、集まった帝国民の観衆達とお前達ふたりに格段の褒美をやろうではないか。希代の名剣術士達よ、ここで帝国最強の剣術を披露するが良い!!」

 


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