第十一話 戦勝記念式典(前編)
五月初頭の気候の良い日曜日の今日。
ザルツの闘技場には多くの帝国民が詰めかけている。
彼らの目的は本日、ここで行われる戦勝記念式典のために来たのである。
ラフレスタやクリステで発生した内乱を鎮めた英雄達。
その英雄達を一目見ようと集まって来たのだ。
ここ帝立ザルツ闘技場はエストリア帝国で最大の広さを誇る闘技場であり、約十万人規模の観衆が収容可能な超大型の施設だが、それでも入りきらない盛況ぶりだ。
中へ入れない人々は外からでもこの雰囲気を味わおうと周囲も含めてごった返し状態であり、喧騒に満ち溢れていた。
そんなお祭り騒ぎの様相であるが、これほどまでに娯楽化させていたのも帝皇デュランの狙いである。
ラフレスタやクリステの乱は多くの人が死傷する凄惨な事件であった。
特にクリステは激戦であり、こうした惨状から帝国民の意識を『英雄』へと向けさせる事で、負のマインドをできるだけ減らそうとする政治的な狙いもあったりする。
その企ては今のところ成功している。
特に帝都ザルツ近くのラフレスタ領。
ここで活躍した英雄達は今や帝都ザルツで絶大な人気を得ていた。
少数の英雄が巨大な悪の組織を次々と倒すそのでき過ぎた話から、市井の人々が熱狂してしまうのも無理はなかった。
そんな熱狂する観客の一角に溶け込むようにして、ハル達数名の関係者が一般観覧席に座っていた。
当初、ハルはこの式典に参加するつもりは無かった。
しかし、アクトの晴れ姿だけは見ておこうと思い直し、部外者の立場で式典の成り行きを見守る事にしたのだ。
そして、ハルの隣には同じような境遇のエリーと、ロイの妻であるシエクタ、その娘であるライラが座っている。
エリー、シエクタ、ライラには関係者専用の観覧席も用意されていたのだが、ハルが一般観覧席を利用する事を聞き一緒に観覧する事にしたのだ。
孤独なハルに対する気遣いもあったが、彼女達がハルと仲良くしているのも大きな理由である。
そんな女子四人は式典が始まる前のソワソワとしたその他大勢の観衆達の雰囲気を肌で感じている。
「凄いねー。おとーさん達! 本当に英雄になっちゃったよ」
ライラは初めて見る帝都ザルツの闘技場の広さと、ここに詰めかけた人の多さ、そして、その熱気・・・完全にその熱気に飲まれて興奮気味である。
これに対し、母のシエクタは落ち着いていた。
「本当にそうね。でも、ロイは昔から英雄だったわ」
とある感慨に浸るシエクタ。
シエクタの脳裏には、かつての故郷―――ランガス村で起きたとある事件を思い出していた。
それはロイの活躍によってランガス村が救われて、彼が『英雄』と呼ばれるに至った事件である。
それと同時に、自分の両親も関与していた悪事が公となり、一家離散の発端となった事件でもあった。
自ら進んで行った訳ではなかったが、違法薬物の取引に手を出したシエクタの両親がここで捕まり、収監される事態へと至った事件。
そして、両親は収監先の牢獄で疫病にかかり亡くなってしまう。
悲しい出来事だが、これにより孤独な身となってしまったシエクタがロイと結婚せざる得ない状況に陥ってしまった。
しかし、シエクタに後悔はない。
ロイと強引に結婚した彼女だが、その後にラフレスタへ移り住み、愛しいライラが生まれて、そして、現在のシエクタはとても幸せなのである。
自分もそうだがライラの事もロイはとても大切に愛してくれている。
あのラフレスタの乱が起こったときも、自分や娘はおろか、自分達の住む西地区に被害が及ばないよう最大限の警備隊で守りをつけてくれたし、ロイ自身も戦いの矢面に立って、敵を倒してくれた。
これを真の英雄と言わずして何と言おうか。
改めて自分の夫に惚れ直すシエクタだ。
ロイの頑張りにどんな報酬を与えようか。
今夜はどうしてくよう。
ライラの妹か弟を作るべきかと真剣に悩むシエクタだった・・・
そんな静かな興奮するシエクタの心を魔法で覗き観してしまうハル。
少々下世話かと思ったハルは、努めてシエクタの心内に気付かないフリを続ける。
ハルがそんな事を思っていると、そろそろ式典が始まりそうな雰囲気になってきた。
ここで、音楽隊による壮大なファンファーレが鳴り、突如、闘技場の中心に光が集中して、ひとりの男性の姿が現れた。
この男性とは帝国の宮廷魔術師長を務めるジルジオ・レイクランド。
転移魔法を使って現れたのだ。
激しい光と音は通常の転移魔法よりも派手な登場であるが、これは彼の部下である宮廷魔術師達が光と風の魔法で駆使して演出しているのだろうとハルは思う。
こうして、闘技場中の観衆達の注目を一点に集める事に成功したジルジオ・レイクランドは式典の開始を宣言する。
「栄えあるエストリア帝国の臣民達よ。これより帝国の危機を救った英雄達を称えるため、戦勝記念式典を開始する」
「ウォーーーー!」
ジルジオの簡潔な言葉が合図となり、観衆達は大きな声援を挙げる。
既に盛り上がっている観衆達にジルジオは満足して言葉を続けた。
「それでは、凄惨な内乱となってしまったクリステの乱とラフレスタの乱。このふたつの乱を平定させた英雄達を呼ぼうではないか!」
「「「おう!」」」
観衆達は再び大きな声援で返す。
そして、音楽隊のテンポよい演奏が始まり、これからは表彰される英雄達がひとりずつ闘技場の中へと入場してくる。
まず、最初に入場してきたのはアドラント・スクレイパー、ロイ、フィーロを初めとするラフレスタ警備隊達である。
彼らは白を基調とした上質な儀礼用の制服を身に纏い、凛々しい姿で闘技場に登場した。
集まる観衆達に顔を見せるように闘技場内の外周部に設けられた通路をゆっくりと行進する。
ここで、ラフレスタの乱で特段の活躍を見せたロイ達三人にはひとりひとりに白い古風な衣装を纏う美女が随伴しており、彼女達の掲げる大きなプラカードには各々の名前が書きこまれている。
それを見た観衆達は、「あれが英雄ロイか。英雄フィーロ・アラガテか」と名前と顔を一致させるような声が響き、男性からも女性からも大声援が投げかけられた。
そんな大声援が鳴り響く中で、ライラやシエクタも負けていない。
「キャーー! パパー! カッコいい!」
「アナタぁ~素敵よ!」
闘技場の主催場から遠く離れた一般席よりそんな声を掛けても、普通ならば絶対に気付くことはないが、それでもロイはふたりの姿に気付いて、手を振り返してきた。
「わーーー、お父さんが手を振ってくれたよ!」
ライラは大喜び。
実はこれ、ハルがこっそりと魔法を使ってロイに自分達の存在を伝えたのだ。
その所作に気付いたシエクタがハルに軽く頭を垂れて感謝の意を伝えるが、それは些細な事。
ハルはどうぞお構いなくと、優しく微笑み返すだけであった。
そんな警備隊達の活躍がジルジオより伝えられる。
「ラフレスタ領の勇敢な警備隊達を紹介しよう。アドラント・スクレイパー警備隊総隊長、第二警備隊隊長ロイ、副隊長フィーロ・アラガテを初めとした彼らラフレスタの警備隊達は、最後までラフレスタ市民を守り、巨悪と化した獅子の尾傭兵団の暴挙に立ち向かった。そして、彼らの働きにより、ラフレスタの治安は回復できたのだ!!」
「わーーーっっっ!!」
観衆からも大きな歓声が返ってきた。
ここでロイは観衆達の声援に応えるため、高々と雄叫びを挙げる。
「うぉーーーー!」
その声は熊の雄叫びのように力強く、姿は何処か誇らしげである。
それでもこのときのロイの瞳の奥は落ち着きを示し、街の平和を土台から守る警備隊に相応しい威厳と安定感をこの場に居合せた全員に印象付けていた。
そんな彼の井出達を見せられた観客達は気持ちが昂ぶり、声援も更に大きなものへと変化して、人々の興奮は高まっていく。
そんな興奮の高まる現場であったが、次への展開に進んで、別の人物が呼ばれる。
「次は、ラフレスタ最強の魔女グリーナ学長に率いられたアストロ魔法女学院の関係者。壮年の勇者クロイッツ・ゲンプ校長が統べるラフレスタ高等騎士学校の関係者。そして、ラフレスタ神学校。ラフレスタ魔術師協会。義賊団『月光の狼』達だ!」
そんなジルジオの紹介で姿を現したのはラフレスタの解放同盟の面々である。
グリーナとゲンプが先導し、その後ろに各組織の人間が織り交ざる男女混合状態の大集団が入ってきた。
その中には各校の生徒達も大勢混ざっていたが、その集団の中にローリアン達はいない。
ここで紹介されるのはその他大勢であったからだ。
ハルがそんな事を考えていると、その集団の中でエリザベスの取り巻きだったアストロの卒業生達の顔もチラホラと見えた。
「あれはチェスカとキャミ、それにナタリーも居るわね」
「そうなんですよー、ハルお姉様。あの人達ってたいした事やってないのにぃ、ちゃっかりとこの式典に呼ばれているんですよねぇ」
エリーは現金な先輩達を見て多少にプンプンしている。
そんなエリーにハルはこう答えた。
「まぁいいじゃない。誰も損しないわ」
「むぅーー、ハルお姉様、心が広過ぎますよぅ」
エリーは呆れてそんな抗議をするが、ハルとしては彼女達の事を今更どうもこうも思っていない。
それはハルの心にアクトという確かな存在が得られたため、ゆとりがあるからだ。
それに自分の行った功績を自慢する事もしない。
目立つことも避けたいハルであったし、彼女から見てもチェスカ達は小物だ。
この先の人生で、もう会う事もないのだろうと思っていたりする。
しかし、当の本人達を見てみると、それはそれは大はしゃぎだった。
彼女達は貴族令嬢でもあるので、もう少し淑女に徹して貰いたいものだと思ってしまうハルだが、そんなチェスカ達にも贈られる声援が意外に大きかったりする。
「うぉーー、チェスカ! 一族の誇りだぞ!!」
(あそこで大声を挙げる男性は彼女の父親だろうか?・・・まあ、親としてはどんな事であれ、誇らしいものかも知れないわね)
そんな事を考えるハル。
そんなこんなで解放同盟の大所帯の行進が過ぎ、やがて式典前半のハイライトとなる。
「さあここで、ラフレスタ解放で大活躍した真の英雄達を呼ぼうではないか」
ジルジオのその言葉に闘技場内の声援が一旦止む。
次の何かに期待する静けさだ。
「先ずは、ラフレスタ高等騎士学校のセリウス・アイデント、そして、アストロ魔法女学院のクラリス」
いつものジルジオからは想像できないような軽快な口調で紹介された両名が闘技場内に姿を現す。
セリウスは薄い布を上半身に纏う衣装で、筋肉隆々の自身の身体を誇示していた。
そして、クラリスは華奢な身体に貼りつくような動きやすい半袖半ズボンの衣装で、アストロ時代の彼女のローブ姿からはかけ離れている。
彼女がそんな動きやすい服装をしていた理由はこのあとの行動で明らかになる。
それは突然、空中から一本の大木が出現した。
転移の魔法で飛ばされて来たのだ。
それがセリウスの頭上めがけて落下してくるが、ここでセリウスは慌てない。
彼は落ち着き左腰から重厚な両刃剣を引き抜くと、その大木めがけて力強く打ち付ける。
大木はドカッと鈍い音を立てて、空中であっと言う間に両断された。
普通ならば剣などで両断できない筈の大木は、ここで見事に真っ二つとなり、その片方がクラリスの方に飛ばされる。
クラリスはここで意思を集中し、自分を目掛けて飛来する大木の片割れに掌を突き出した。
ドカーーーン!
ここで淀みない彼女の魔力の奔流が発動し、その直後に波動の魔法が流れ込んだ大木は木っ端微塵に砕け散った。
それこそが彼女の持つ格闘魔術の技である。
「すっ、すげぇーーーー!!」
そんな珍しい魔法技を目にした観衆達は度肝を抜かれる。
勿論、これは多少に仕組まれた演出であったが、それでもこれを見て、この英雄達が只者ではないと観客達に印象付けるには十分であった。
この効果に満足したジルジオはここで予定どおりふたりの活躍を称える言葉を贈る。
「この戦士セリウスと格闘魔術師クラリスは、その類稀な才能と正義心を以って悪の化身と化した獅子の尾傭兵団の死霊軍団と戦い、見事に勝った。彼らの勇気と正義の心を大いに称えようではないか!」
「うおーーーー!! カッコいいぞ、セリウス!」
「クラリスさんもカッコいいわ。あの凛々しくて力強いところが素敵よ!」
このふたりによるパフォーマンスを目にした観客達は大喜びである。
ふたりが形だけの英雄ではなく、実力も申し分ないと思った。
そんな声援をセリウスとクラリスも快く受け止めて、ふたりで手を取り合いながら観客達の声援に手を振って応えてみせた。
その仲睦ましい姿に、ハルの心も愉快になる。
「あのふたりにとっても、この声援が後押しになるわよね」
ハルのそんな呟きは貴族と平民の身分差の間で彼らの結婚を成立させるために、この戦勝記念式典の実績は大いにプラス方向へ働くと思ったからだ。
ふたりが仲睦ましく振舞う事で、それが民衆公認という形で既成事実が積み重ねられる。
本当にそれを意図した行動なのかどうかは、本当のところは解らないが、その後のセリウスとクラリスは互いに手をつないだままで闘技場内の観客からの声援に応え続けていた。
その幸せのオーラが観衆達にも伝わり、大喜びである。
そして、ふたりがメイン会場を去った後、次の英雄がジルジオより紹介された。
「次に、アストロ魔法女学院のユヨー・ラフレスタとラフレスタ高等騎士学校のカント・ペデリックスのふたりの魔術師だ」
「オーーー!」
観衆達は先刻のセリウスとクラリスが行ったパフォーマンスより熱が冷めてない状態であり、興奮気味である。
そんな興奮の中で紹介を受けたユヨーとカントが入場して来た。
ユヨーはアストロの制服である灰色ローブを身に着け、そして、同じく騎士学校の制服を着たカントは車椅子に乗り、ユヨーに押される形で入ってくる。
小柄ながらも凛々しい表情で堂々とするユヨーと、いつも変わらない少しおっとりした様子のカント。
そんな姿はこのふたりの最近の通常運転であり、観客達の声援に普通で応える。
派手さも無いが、その自然な振る舞いに観衆達は祝福を贈った。
「彼らは、解放同盟の最後の戦いで、敵の策謀によって狂わされたジョージオ・ラフレスタ卿らと戦った。敵同士になったとはいえ、諸君らは親兄弟と戦えるだろうか? 果たして正義を貫けるだろうか? しかし、彼女達はやったのだ。ユヨー・ラフレスタは己の正義を信じて、仲間と共にラフレスタを解放するために、父と、母と、ふたりの兄と、姉妹とも戦い、そして、勝った。その正義の心をここで称えようではないか!」
「ウォーーーーー!」
観客達は再びこの若いラフレスタ臨時領主の勇気を称えて、喝采を贈る。
本来の台本にはここにフィッシャー・クレスタの姿もあったのだが、彼は遂にこの戦勝記念式典に姿を現さなかった。
フィッシャーがフランチェスカからの要求を呑み、この戦勝記念式典よりも彼女達の事を選んだからである。
その事に対して、フィッシャーの実家であるクレスタ家からは最大限の謝罪を帝皇デュランに示したらしいが、デュランは「そんな事情があるのならば、仕方ないな。ハハハ」と軽く笑い、クレスタ家を赦したとされている。
こうして、表面上では何事も無く式典は進むが、これを当初予定よりも演出を大幅変更した官僚達がこの静かなシーンを見せられて、気が気でない者も居たりしたとか・・・
そんな舞台裏であったが、登場人物は次に移る。
「次は魔法戦士であるラフレスタ高等騎士学校のインディ・ソウルと、アストロ魔法女学院で筆頭魔女のローリアン・トリスタだ。彼らは悪の手先によって攫われて洗脳されていた自分の学友を助ける為に尽力した英雄である」
ジルジオの紹介で入ってきたのは、互いに高等学校の制服を着たインディとローリアンである。
彼らとしても既に卒業を果たした高等学校の制服を着るのは少しだけ気恥ずかしさもあったが、これも演出であると割り切るしかなかった。
そして、魔術師のローリアンは白くて長い腕をローブから晒し、それを空中へ高々と掲げる。
一体何が始まるのだろう?と思う観衆。
そして、彼女の魔法が発動した。
それまで晴天だった闘技場の空が一瞬にして暗雲に包まる。
今にも嵐が来そうなドス黒い暗雲が立ち込めて、その隙間から一筋の光が・・・
ここで観衆達は度肝を抜かれる。
そこに七色に光る龍が現れたからだ。
巨大にうねる爬虫類の身体は強靭であり、矮小な人間など一捻りで潰されてしまうような最強の生物。
それが龍という存在・・・
そんな恐怖を感じるのに十分な姿が現れた。
勿論、これはローリアンの施した幻術である。
しかし、ここまで大規模で精巧な幻術など一般人は殆ど目にする機会などない。
家族で観覧していた子供なんかは泣き出す始末であり、彼らの注目はすべてがその空に向いていた。
そんな折りにラフレスタ解放で最後の英雄が紹介される。
「そして、ラフレスタ解放の最大の功労者、ラフレスタ高等騎士学校の筆頭生徒の剣術士アクト・ブレッタ!」
突然のジルジオの紹介に観客はハッとなって闘技場の入口に注目した。
そうするとそこには白い制服に身を包んだアクト・ブレッタが凛々しく立つ。
アクトは静かにその腰に備え付けられた魔剣エクリプスを抜いた。
魔剣エクリプスの黒い刀身とその中心に走る赤い一線は力強い何かを感じさせる存在感を放っていた。
アクトはそのエクリプスを幻影の龍に向かって力一杯投擲する。
アクトより放たれた魔剣エクリプスは途中で加速した、矢のような速度で龍へと突き刺さった。
クガガガガーーー!!
ノイズ混じりの擬音が龍から発せられた直後、その龍は黒い霞に包まれ、そして、砕け散った。
ドカーーーーン!!
「うぉーーー、すげぇ~、何だこれは!!!」
ここで観客からは様々な驚きの声が発せられる。
そんな声に呼応するかのように、空中を一回転して戻ってきた魔剣エクリプスをアクトが右手で受け取り、そして、爽やかな笑顔で観衆に応えた。
そんな屈託のない笑顔に帝都の女性達は夢中になる。
「キャーー!!」
「アクト様は本当の英雄だわーー! 結婚してぇ~!」
数多い黄色い女性の声が溢れ聞こえるが、ここで彼を称えるのがジルジオの役目である。
「このアクト・ブレッタは類稀な魔力抵抗体質の力を持ち、それを最大限に生かせる魔剣エクリプスの力を得て、ラフレスタの蔓延っていた巨悪と戦った。彼の戦果は悪漢ギエフ、悪の参謀マクスウェル、狂気の魔術師フェルメニカ、支配の悪女カーサ、そして、悪魔の首魁ヴィシュミネ。敵幹部のほとんどをこの世から抹殺して、ラフレスタに平和と勝利をもたらしたのだ。彼こそ真のエストリアの英雄の英雄として敬意を贈ろうではないかぁっっ!!!」
そんな最大級の賛辞を贈るジルジオ。
予め用意された原稿を読んだだけではなく、心からそう思っていた。
因みに、実際にはマクスウェルを仕留めたのはアクトではなく、白魔女エミラルダが捕えて、その後に謎の魔道具で殺されたのであったが、それはそれである。
そんな英雄アクトを称える言葉に、観衆達も黙っている筈が無い。
「ウォー――、ずげえぞ! アクト・ブレッタ。貴方こそ真の英雄だぁ」
「キャーーーー、アクト様ぁー 結婚してぇ」
「カッコいい。僕もあんな英雄に成りたいよぉぉ」
老若男女関係なくアクトを称えるこの姿は真の英雄に相応しい報酬である。
そんなアクトの姿を見られてハルも誇らしげである。
そして、自分だけが知るアクト。
希代の英雄を独占している自分と言う存在に、少しだけ優越感を感じていたりする。
ハルはそんな気持ち良くなったところで、ここで初めてアクトの脇にいるエスコートの女性の存在に気付く。
「え? あの彼女って??」
ハルが注目した彼女に他の観客も気付き始めた。
今回の式典では重要な英雄ひとりひとりには顔と名前が一致するよう大きなプラカードを持つエスコート役の人間が付いてくる。
女性の英雄には男性のエスコートが、そして、男性の英雄には女性のエスコートが付くのだが、この式典は帝国の威信もかかっているため、エスコート役全員は見た目も麗しい美男美女で固められていたのだ。
そして、この英雄アクトにだけは『別格』と言わざるも得ないような美女がその役を果たしている。
銀色長い髪、白い肌、均整の取れた顔立ちにエメラルドグリーンの瞳、そして、白い古風な薄い布を巻き付けた身体は彼女の抜群のプロポーションを惜しげもなく見せびらかせている。
まるで女神が降臨したような美女の存在に・・・人々はこう思っただろう。
これは・・・白魔女?
そう。
もし、彼女がこれで白い仮面を付けていれば、紛れもなく白魔女だと思わしき美女である。
「おい、あれって・・・」
「ああ。多分、女優のシーラさんじゃないか? 最近、劇場ですごく人気のある女優さんだと聞いていたけど・・・」
「凄い美人だぁ・・・もしかして、シーラさんが白魔女の正体なんじゃないか?」
そんな声が漏れるのを聞きハルは合点した。
先日アクトが偶々入った劇場で白魔女そっくりの女優がいた話を思い出したからだ。
その彼女の名前は確か『シーラ』でアクトはそこで白仮面(芝居用の小道具だが)を彼女からプレゼントされたのだと言う。
そして、その彼女が突然帝都大学の構内に現れて、アクトを男優として勧誘してきた事もあったとか・・・
(もし、この先にちょっかいが増えてくるのだったら、釘を指す必要がありそうね・・・)
シーラに対して沸々と微妙な敵対心が芽生えるハルだが、ここで観客の別の声も耳に入ってきた。
「お、おい、アレってアークじゃないか?」
「そうだよな。俺も見間違えてないか、自分の目を疑っていたところだ」
驚愕の表情でそんな会話をしているのは帝都大学の研究補助員達。
それが偶然にもハルと少し離れた席からこの一部始終を観望している姿があった。
彼らの顔はハルが新人歓迎会の時に見た事もある。
ハルがよく見てみると、その周囲には別の研究補助員達も居た。
意外にも近くに座っていたようだが、あまりの人の多さで、今の今まで解らなかったのだ。
その中にはハルが良く知る顔もいる。
興奮している仲間達を他所に、ひとりフフフと不敵な笑みを浮かべるフランツ。
そして、その脇には右手の親指を噛み、眉間にシワを寄せた怒り表情のミール。
何故にそのように険しい表情をしているのか、ハルにはまったく理解できなかったが、それでもこれでアクトは『アーク』としてもう帝都大に通えない事を意味していた。
(顔がバレてしまった以上もう偽名を使ってもダメね。明日からは私ひとりで作業を進めなきゃ)
アクトと一緒に作業できない事を少しだけ残念に思うハルであったが、デュランから依頼のあった仮面はもう完成間近である。
あと二、三日ならばひとりで作業しても何ら問題はないだろう。
それ以上に明日からは大学関係者からは質問攻めに会う事が大いに予想できたが、これは既に想定していた事である。
アクトの事を聞かれた場合の上手い言い訳を準備するハルであった。