第十話 賞罰
ここは帝皇の居城。
荘厳な威厳を放つ謁見の間・・・ではなく、帝皇デュランがごく私的な生活をしている一室。
現在、この場に招かれているのはライオネル・エリオスとロッテル・アクライト、そして、前宮廷魔術師リリアリアと現役宮廷魔術師であるジルジオ・レイクランドの四名である。
平服するライオネルに「この場で敬意は必要ない。楽にして良い」と声を掛けるのはデュラン本人からの言葉。
それでも簡単にはリラックスできないのが帝国国民である。
そんなライオネルを尻目に帝皇デュランから話が初められる。
「まずはクリステの平定、見事であった。貴殿の仕事ぶりはとくと拝見させて貰った」
帝皇デュランはそう言うとリリアリアに指示を出す。
彼女は水晶玉に魔力を込め、そして、光の魔法による映像が映し出される。
そこにはクリステでの最後の決戦が投影されていた。
これはリリアリアがかつての自分の部下だった魔術師に持たせた水晶玉で記録した映像であり、決戦の一部始終が映し出されている。
クリステの乱で最大の障害になっていたのはかつての領主ルバイア・デン・クリステだ。
彼は元々に類稀な剣の実力を持つ豪胆な戦士でもあった。
そして、弟のシュバイア・デン・クリステの魔法戦士としての能力も侮り難い。
これに『美女の流血』と呼ばれる魔法薬の影響でふたりの実力は増幅されていた。
集団戦で勝利しつつある解放同盟のライオネル達であったが、敵側の最後の足掻きで起死回生の襲撃を許してしまう。
個々の戦いにおいて、ルバイア達は鬼気迫る実力を誇っており、思わぬ苦境に陥る解放同盟達。
ここで万感の活躍を見せたのは策謀の魔法戦士ロッテル・アクライト、神速の姫剣士エレイナ・セレステア、天才剣術士ウィル・ブレッタ、智将の魔術師ライオネル・エリオスの四人と、騎士隊数名の精鋭達で構成された突撃部隊である。
彼らの働きにより激闘の大将決戦を制し、そして、見事にルバイアを討ち取った。
それがドラマチックな展開で映像が上手くまとめられていた。
これに嘘偽りや誇張は無く、全て実録である。
それを間近で見せられていたクリステの民は大いに感動したものである。
この帝都ザルツではそれほどでもないが、クリステで彼らは真の英雄として多大な尊敬を集める存在なのだ。
だから、帝皇デュランも仕事がし易い。
「約束どおり、貴殿に国をくれてやろう。クリステ一帯を新生国家『エクセリア』として建国するが良い。そして、その初代国王に貴殿が就くのだ」
「ハッ!」
ライオネルは短くそう応えた。
そんなタイミングを見計らったように帝皇デュランの脇に控えていた宮廷魔術師長ジルジオ・レイクランドより書状をひとつ手渡される。
その書状にはクリステ一帯の領土を割領する許可、そして、新たな国を樹立してよい許可と、その国家の盟主にライオネル・エリオスが就く事、独自の政治思想・法律・税制体制を認める覚書が書かれていた。
書類には既に帝皇デュランのサインが書かれている。
手渡されたライオネルがゆっくりと自分のサインを書き入れて、これで正式な書類として締結へと至る。
書類上でエクセリア国が誕生した瞬間でもあった。
「帝国民への大々的な発表は明日の戦勝記念式典で行う事とする。ライオネルよ。良い演説を期待しておるぞ」
帝皇デュランはフフと不敵に笑うと、この件はこれでお仕舞となる。
そして、次の話題は先延ばしにされていたロッテル・アクライトへの処分についてである。
彼は第三皇子ジュリオの護衛主任に就き、遂にその責務を果たせなかった責任があった。
結果的にジュリオはまんまと敵側の罠に嵌り、ラフレスタの乱を引き起こす一端を担ってしまったのだ。
そんな状況を許してしまったロッテルには極刑もありうるほどの罪だ。
「ロッテルへの処分を言い渡そう・・・貴様を『国外追放』の刑に処す」
「ハッ!」
ロッテルはここで言い訳や不平を述べる事なく、帝皇からの裁きにただ頭を垂れるだけ。
元々、自分を含めた家族三頭身に至る極刑を言い渡されてもおかしくない罪なだけに、これは異例の軽い処分であった。
それにロッテルは婚姻をしておらず、独り身なので、身軽でもある。
残されたアクライト家の両親や親戚は帝国内で多少に肩身の狭い思いをするかもしれない・・・そんな申し訳ない気持ちを少しだけ持つロッテル。
「エクセリアにでも移住し、そこで余生を過ごすがよい」
そう帝皇デュランから言い渡される。
それには暗に「エクセリアにてライオネル・エリオスの動きを監視せよ」という命令も含まれていたが、それは言葉に出さずとも理解できるのがこのロッテル・アクライトなる人物だ。
「仰せのとおりに・・・」
深く一礼するロッテル・アクライト。
その姿に自分の意図が正しく伝わったと目を細める帝皇デュランであった。
「これでエクセリア国は我が帝国と隣国になる。軍事的な同盟も結ぼうではないか。ボルトロールの動きも気になる・・・もし、不測の事態が起こったのならば、義勇兵を遣わせてやろう。そのときの窓口としてロッテルが最適となろう」
帝皇のそんな言葉にロッテルとライオネルは思わず顔を見合わせる。
「フフ。まあ、そんな顔をするな。これはあくまで不測の事態が起った場合だ。平時ならば何ら影響はない。心配いらん」
帝皇の言葉の裏にはエクセリアの平和が長く続かない事をこの場に居合せていたすべての者に予感させていた。
そんな雰囲気の中でロッテルは帝皇にひとつの願いを乞う。
「解りました・・・そして、陛下・・・ひとつだけ私の願いがあります」
「何じゃ?」
「最後に・・・最後に・・・殿下と一目会わせて下さい」
ロッテルがこの場で殿下と呼ぶ人間などひとりしかいない。
帝国の第三皇子ジュリオ・ファデリン・エストリアだ。
そんなロッテルからの最後の願いに、帝皇デュランは顔を顰めるしかなかった。
場面は移り、ここは帝都の魔術師協会本部。
この帝都ザルツにある魔術師協会はエストリア帝国の中心であり、帝国内の魔術師協会を統べる本部として機能している。
中央の魔術師協会は威信や見栄もあり、受付嬢さえも見た目の麗しい美女で揃えられていた。
そんな美女受付嬢達の昼休みの短い休憩時間の話題としては色恋話に事尽きないのはどこの世界でも一緒だったりする。
彼女達は自分達が持つ優れた容姿を最大限に活用して女性としての人生を謳歌しようとするのは特権でもあろう。
「・・・だから、レヴィッタのそこがいけないのよ!」
現在、先輩の受付嬢からそんな駄目出しを受けているのはレヴィッタ・ロイズ。
彼女はここで働いてもう四年目となるが、それでも受付嬢としてのキャリアは下から数えた方が早い。
これは単純に魔術師協会の受付業務としての業務経験だけではなく、恋の経験値としても低い事を示していた。
その事で同僚や先輩から揶揄される事も多かったりするのが彼女のキャラクターでもある。
「先輩~。私だって別れたくなかったんですよ。それでも彼から突然「幻滅した」って言われて・・・」
「それはあなたが油断するからいけないのよ。レヴィッタはすぐ調子に乗るから・・・」
先輩受付嬢からの指摘は尤もである、と、この場に居合せる他の同僚からも頷きが見える。
「そうそう。レヴィッタって見た目だけは良いから、初めの付き合いは成功するのだけど、その後の相手からの評価は下がる一方なのよね~」
「うーーー」
結構酷い事を言われているが、実はこの同僚女性の指摘は非常に的を得ていた。
確かにレヴィッタは良い男を見つけて、相手を誘い、デートへ繰り出すまでは現在の受付嬢の中でも成功率が一番高い。
しかし、その後がなかなか続かない。
相手の男性と二、三回デートをすると、それでフラれてしまう。
それは、レヴィッタが猫かぶりの状態で会話すると、あまりにも続かず、相手が飽きてしまう事による。
もしくはレヴィッタが油断して自分の素を見せると、相手が引いてしまう。
そのどちらか、もしくは、両方であった。
「レヴィッタは酒癖も悪いし、興奮してくると方言が出るからねぇ」
先輩受付嬢が指摘するように、このレヴィッタの最大の弱点はそこにあった。
お酒が入るととても陽気になるのだ。
勿論、それは彼女の個性であり、そこが良いという男性もいるのだろうが、レヴィッタ達―――帝都ザルツで魔術師協会の受付嬢と言う高嶺の花―――がお付き合いする相手とは、帝都に住む高位な貴族の嫡男であり、容姿も優れたお金持ちの上流階級の男達だ。
彼らが相手女性に求めるものは『清楚』であり、『優雅』であり、そして、夜には自分だけに奉仕してくれる美しくて優しい(男目線からの)理想の女性なのである。
特に帝都の貴族達は見栄もあり、他人よりも優れた女性を自分のモノにする事が一種のステータス。
そんな尺度で評価されてしまうと『レヴィッタ・ロイズ』という女性は見た目が華やかな分、その後の残念な所が強調されて見えてしまうようで、それを垣間見た相手男性が引いてしまうのは仕方がない事なのだろう。
しかし、素が陽気で飲むと楽しいこのレヴィッタという女性は、同性として接するならば人気のある存在でもあった。
そんなことから、現在進行形で先輩や同僚達からは別れた彼氏ネタで弄られているのである。
そんなある種の女子会と化して盛り上がっている魔術師協会の控室の扉が突然開けられた。
遠慮なくこの控室に入って来るのは老練な魔術師のひとり。
実力者を示す黒いローブを着た魔術師協会の重鎮男性幹部である。
「おい、女子共よ。休憩時間は終わりじゃ。さっさと持ち場に就け!」
男はニィッと笑い、自分の手近に居たレヴィッタの尻を鷲掴みにする。
「ひゃっ!」
堪らず声を挙げてしまうレヴィッタだが、この男・・・クリバリーの狼藉はいつもの事である。
レヴィッタは少しだけクレバリーを睨むも、それぐらいの抗議しかできない。
この重鎮は権力もあるため、逆らう事が難しいのだ。
過去にはそんな事も気にせず激しく口撃する受付嬢もいたらしいが、そんな彼女は人知れず左遷されて、片田舎街の魔術師協会の受付嬢へ異動されてしまったのは有名な話である。
他の受付嬢達もクリバリーの狼藉は毎度の事なので、しょうがないと諦めていた。
そんなセクシャルハラスメントまかり通る帝都の魔術師協会の建物内で、更に慌てる職員の声が廊下から聞こえてくる。
「お、お待ちください。現在は休憩時間中ですので勝手に中へ入られては困ります」
声を挙げて制止しようとする職員を尻目に、その相手は全く言う事を聞かず、自慢の黒いローブをなびかせて颯爽と魔術師協会の建物内の廊下を我が物顔で進む。
そして、その人物が受付嬢の控室の前で足を止め、開いた戸口から目的の人物の姿を見つけると、ニィーっと笑いを浮かべた。
「おお、居たようだなぁ~っ」
意地悪そうなその女性の声を聞いた瞬間、レヴィッタは条件反射的に飛び上がってしまう。
「げっ! 氷の女王!!」
レヴィッタの挙げるその声に驚いたのは詰めていた受付嬢全員と重鎮クリバリーである。
彼らの驚いた様子を目にしても、当の本人であるセイシルはニィッと口角を上げた姿勢を崩さない。
自分の顔と名前がまだ現役世代に『畏怖』として通じている事実に満足したからである。
それほどまでに彼女の存在はある意味で有名人だ。
そんなセイシルは今でこそ大人しくリリアリアに従事して、影から支える存在となっているが、過去の彼女は他人の言う事など全く聞かない問題ありの魔術師であったからだ。
当時の彼女は氷魔術師として天才的な腕前を持ち、自分の気に入らない相手を手当たり次第氷結させる恐怖の魔女としても有名であった。
そして、いつの間にかついた仇名が『氷の女王』。
現在、この『氷の女王』はたいへん上機嫌である。
それは自分に与えられた面倒臭い仕事が早く終わる事が解ったからだ。
「まぁ、そう怖がるな。今日は私の可愛い教え子に、いい話を持ってきてやったのだ」
「い゛!」
セイシルの邪悪な笑顔(レヴィッタ目線)に、全くいい予感がしないレヴィッタ。
変な声を挙げてしまう。
「なに、明日の戦勝記念式典で欠員がひとり出たらしく、綺麗どころをひとり動員するようにと帝皇様から言われてなぁ。リリアリア様が其方を推薦したのだ」
「す、推薦って!」
レヴィッタはセイシルの言葉に慄く。
それは『推薦』と言う名の強制を示していたからである。
「まあそんな顔をするな。貴様の好きな英雄揃いの式典だ。もしかしたらイケ面と知り合いになれるかも知らんじゃないか」
邪悪にヒヒヒと笑うセイシルの姿に、レヴィッタはそんな上手い話なんて絶対にある訳無いと思う。
レヴィッタは本能的にセイシルから逃げ出そうと後退るが、ここでもセイシルの方が一枚上手であった。
セイシルが素早く動いて、ガシッとレヴィッタの細腕を捕まえる事に成功する。
これがアストロ時代から続いている彼女達の行動パターンである。
「ぎゃっ!」
レヴィッタは悲鳴を挙げるが、セイシルは容赦しない。
セイシルも学院時代に散々とレヴィッタを捕まえていたので、その勘はまだ鈍っていない。
こうして標的を簡単に虜囚とする事に成功したセイシルはとても上機嫌。
「ハハハ。さあ捕まえたぞ。ん? そこに居るのはクリバリー爺じゃないか」
セイシルはここで初めて、同じ部屋に自分の知るクリバリーという老魔術師の存在に気付く。
セイシルはかつて自分の故郷である氷の街ケニアスでブイブイと言わせていた頃、同郷出身の魔術師がこのクリバリーであり、過去によく彼からふざけて自分の尻を触られていた事を思い出した。
いつもの彼女ならばクリバリーの顔を見れば、過去からの恨みツラミで氷の魔法を放っていただろうが、今日の彼女は非常に気分が良い。
だから、彼女にしては珍しくこんな事を言ってしまう。
「フフン。今日の私はとても気分が良い。ホレ! どうだ。少しばかりならば尻を触らしてやってもいいぞ!」
そう言って彼女は自分のお尻を突き出してフリフリし、クリバリーを挑発する。
そんな挑発を見られたクリバリーの顔は真赤になる。
それは興奮しているのではなく、その逆。
「このクソ婆ぁめ! 儂は嫌がる娘の尻を触るのが好きなんじゃ! 用事が済んだらさっさと去れーぃ!」
唾を飛ばしてそう叫ぶクリバリーに、セイシルは「なんだ、つまらんのう」と呟き、レヴィッタを引張り魔術師協会から出て行く。
「い、嫌やぁーーーーーーーーー! 殺されるわぁ!! ホンマ勘弁!!!」
レヴィッタのユレイニ方言による悲鳴が廊下に盛大に木霊する中、彼女の同僚も含めて魔術師協会の人間の誰もがこのセイシルの狼藉を見なかった事にしようと強く心に刻む。
それはこのセイシルやリリアリアに関わると碌な事にならない・・・それがこの帝都(特に魔術師協会)で有名な話だからである。
同僚の受付嬢達はレヴィッタを生贄として差出す事に少しだけ自分達の良心が痛むが、逆にそれだけで済むならば最小限の被害であると割り切った。
こうしてレヴィッタの冥福を祈りつつ、しばらくの受付業務はレヴィッタ抜きとなるだろうと思う受付嬢達であった。