第九話 同窓会
帝都ザルツには数多くの宿が存在する。
一泊千クロル以下の安宿から、それこそ、一泊五十万クロル以上する高級宿まで千差万別。
ここの宿は後者であり、貴族ですら一泊するのに躊躇してしまうほどの高額な利用料金であったが、現在の宿泊客達はそんな事などまったく気にしていない。
何故ならば、その費用はすべて国費で賄われるからだ。
それはここに宿泊する人達がある意味超有名人になっているため、現在の帝都ではこのようにセキュリティの高い宿泊所でないと落ち着いて生活することができないからである。
そんな『彼ら』とはラフレスタの乱で活躍した『英雄達』であった。
彼らは、明日、この帝都ザルツで開催される『戦勝記念式典』に出席するため、ここへと集められた。
そのような理由でこの高級宿にほぼ軟禁状態で暮らす事となっている宿泊客達は、現在、宿に併設されたレストランに集まっている。
ここで食事をしながら明日行われる式典に先立ち打合せ(と言う名の歓談会)を行っていた。
明日の式典はラフレスタの乱とクリステの乱で活躍した両英雄合同で報奨が与えられる事になっているが、この宿に宿泊しているのはラフレスタの乱の関係者のみである。
それでも式典の参加者は百名以上となるが、ここは広いレストランであり、特に窮屈になる事もない。
集まった彼ら・・・それは、アストロ魔法女学院、ラフレスタ高等騎士学校、ラフレスタ警備隊、ラフレスタの政府関係者、解放同盟の代表者、そして、戦闘で中心的な役割を担った月光の狼達である。
久しぶりの再会で思い出話に花が咲き、賑やかな様相に満ちていた。
そんな喧騒の中、新たな来場者に気付く。
「おお!ラフレスタの真の英雄がお出ましだぞ」
「ああ、アクトさん・・・それにハルさんもいる」
「フィーロ副隊長も来た」
「ローリアンさんも・・・なんて幸せそうな顔をしているのでしょうか!」
彼らから歓迎を受けたのはアクト・ブレッタ、ハル、フィーロ・アラガテ、そして、もうすぐフィーロ・アラガテの夫人になる事が周知されているローリアン・トリスタの四名である。
彼らも明日の戦勝記念式典参加に先立ち、旧友達と顔を合わすため、ここへと招かれたのだ。
ちなみにハルは明日の式典自体には参加しない方針である。
それは彼女からの希望であり、公式な記録でハルはラフレスタの乱の間、活躍せずにずっと逃げ回っていた事となっている。
尚、ハルはジュリオ皇子に暴力を働いた事も記録に残っているが、これもジュリオ自体が既に美女の流血で心を乗っ取られていた後であり、無罪放免の判決とされていた。
一部の人間(特にアストロ魔法女学院でハルと仲の良くなかった同級生達)は、帝皇のその裁決に甘すぎるのではないかと嫌疑の眼差しを向ける者もいたが、ハルの正体を知る者からするとそれは逆であり、彼女ほどラフレスタ解放に尽力した者はいない。
それはこのハルが白魔女の正体であり、ラフレスタの乱を鎮めた真の英雄である事実を知っていたからに他ならない。
ハルの無欲さに感服してしまう気持ちを持つ者すらいたりするのだ。
そんなハルはかつての選抜生徒達の座るテーブルへ招かれた。
「ハルさん、お久しぶりです。お元気そうで、しかもお幸せそうで何よりです」
始めにそうハキハキと挨拶したのは、現在のラフレスタの暫定領主に就任しているユヨー・ラフレスタ。
そこには以前までのユヨーが持っていた弱々しい印象は完全に鳴りを潜め、現在は生き生きと光輝く女性になっていたのが、ハルにも驚きであった。
「ええ。そんなユヨー様も私以上に幸せそうね」
ハルからの指摘に「ええーっ、解ります? キャー」として顔を赤らめるユヨーの反応は、以前の彼女からは想像できない女子である。
未だに公にはなっていないが、ユヨーもカントを婿に貰う事が内々で進められており、その事は元選抜生徒達の仲間の間では既に情報共有が成されていたのである。
相手であるカントの方はと言うと、ユヨーの脇に車椅子で座りながら多少の照れで頭を掻いていた。
このカントはあの頃から大きく印象が変わった様子もなく、ある意味で通常運転を続けている。
そんな姿にこの人物の大物ぶりを垣間見えてしまう一同でもあった。
そんなこんなでアクト、ハル、フィーロ、ローリアンはレストランの片隅に設けられたテーブルに着いた。
隅っこの目立たない席で、真の英雄に対して不似合な対応かも知れないが、そんな小さな事を気にする当人達ではない。
彼らが席に着くのとほぼ同時に、同じテーブルに座るグリーナから遮音結界が展開された。
公の場でこのような秘密保持の行動を公然とする彼らであったが、このテーブルに居合わせる者はラフレスタの乱では真の英雄達として活躍した面々であり、彼らが共有する秘密は国家機密レベルだと周囲の人間も思っていたため、ここで他者から文句が出る事も無かった。
そのような最高機密のテーブルにはかつての仲間達が一同に会している。
選抜生徒であったユヨー・ラフレスタとカント・ベテリックス、セリウス・アイデントとクラリス、そして、インディ・ソウルの五名。
アストロ魔法女学院からはグリーナ学長、ヘレラ・パリスモント教頭、ナローブ教官、ノムン教官の四名の教師陣と、この場にエリーが居たのは意外であった。
ラフレスタ高等騎士学校からはクロイッツ・ゲンプ校長がひとり。
そして、ラフレスタ警備隊組織からはアドラント・スクレイパー警備隊総隊長、第二部隊のロイ隊長、若手のディヨントの三名。
それにアクト達の四名を加えて、合計十八名が着ける大きなテーブルだ。
ノムンとナローブによる風の魔法がスムーズに行使されて、大きなテーブルであるにもかかわらず、普通どおりの声量で互いの声が聞き取れるようになる。
魔法の効かないアクトには隣に座るハルが強く手を握る事で彼に魔法を作用させている。
無詠唱で常時発動できる彼女の膨大な魔力のお陰であった。
傍から見ると逢瀬を楽しむ恋人達のように見えたが、実は半分そのとおり。
しかし、ここで茶々を入れる存在は既にこの場にはいない。
余計な心配は無用であった。
「これで全員が揃いましたね。あれからそれほど時間が経っている訳ではありませんが、皆さんが健在なようで安心しました」
この場を代表してそんな挨拶をするのはアストロ学長であるグリーナだ。
ラフレスタの乱で活躍した彼らの中で年長者と認識されていたのはゲンプとグリーナの両名であったが、今回はグリーナが全員の代表をする事に誰からも異論は出なかった。
それほどまでにグリーナからの挨拶は自然だった。
「特にアクトさんとハルさん。アナタ達とまた会えて全員が嬉しく思っている事でしょう」
グリーナの言葉に全員が頷く。
なんだかこそばゆくなるアクトとハルであったが、あのラフレスタの乱で活路を切り開いたのは紛れもなくこのふたりの働きがあった事をこの場の全員が忘れる筈も無い。
「ライオネルさんとエレイナさんは居ないのですね」
そんなハルからの質問に答えたのはゲンプだった。
「ライオネル氏は、現在、帝皇陛下のところに赴いておる。それにエレイナ女史はクリステ側の宿泊所に顔を出すと聞く。彼女もああ見えて『剣舞の姫』との異名が囁かれるぐらいに活躍をした英雄であるし、今回はクリステの同志達を労っているのだろう」
ハルは納得する。
ライオネルやエレイナは既に公人としての役割もあるのだから、しかたがない。
久しぶりにライオネルの姿も観たかったが、それは明日の楽しみに取っておこう。
そう心に決めるハルであった。
こうして旧友達との会話に花が咲く。
遮音結界をしているので遠慮ない会話をする彼ら。
ラフレスタでの回想話に始まり、各人の近況、そして、フィーロとローリアンの結婚話へと話題が進む。
「・・・そうです。予定どおり戦勝記念式典の翌日に披露宴を行います。皆さんは着飾っておいで下さいませ」
そうお淑やかに応えるローリアン。
本当に幸せそうだった。
彼女の学生時代をよく知るユヨーやクラリスからすると、本当に同一人物かと疑いたくなるほどの変貌ぶりだが、その事を指摘すると、自分達だって同じ顔をしているとローリアンから逆に指摘を受けて狼狽してしまうのは笑い話だ。
それほどまでに、ユヨーも、クラリスも幸せ一杯の顔であったからだ。
ユヨーもそうだが、クラリスもセリウスを相手に着々と結婚の準備が進んでいるらしい。
彼らは貴族と平民の身分差はあったが、帝国法で結婚できない訳ではない。
ただし、手続きや審査が厳粛になり、時として財産や家名の存続に制約がかかったりするものだが、今回は彼らが得た『ラフレスタの英雄』というタイトルが大いにプラス方向へと働いた。
普通では貴族に嫁ぐ平民に対して、嫁ぎ先の貴族の親族側から忌み嫌われたりするものだが、英雄であるクラリスの活躍は多くの人々に知られている事もあり、両家で歓迎しての婚姻となるようだ。
こうして、選抜生徒達は運命的に結ばれて行くが、そうなると、この場に来なかったフィッシャーの事が話題となる。
「・・・なるほど、フィッシャーはそんな事を・・・」
ユヨーから聞いた話をアクトがそう評す。
「そうなのです。フィッシャーさんはあの戦いで自分が傷付けてしまったフランチェスカ姉様と妹のヘレーナの事を甚く心配しております。特に女性の命でもある顔に傷を与えた姉様の事と、片腕を切り落とす結果となった妹の事を、自分のせいだと感じておられるようで、自分が責任を持ってその後の面倒をみる、と言っておられました。姉と妹は、現在、心を閉ざし、私でもその扉を開ける事はできておりません。でも、フィッシャーさんならば・・・もしかして・・・」
「ユヨーさんが言いたい事は解った・・・それにしてもフィッシャーらしいな。『もし、式典に行かなければ自分達と付き合う事を考えてやってもいい』と言った彼女達の要求をこうも簡単のむなんてね」
アクトはそう言ってフフと笑いを溢してしまう。
自分の欲望に忠実・・・と言ってしまえば軽くなるが、この『戦勝記念式典』と彼女達を天秤にかけても、フィッシャーの事だから、おそらくあまり悩まなかったに違いない。
彼にとって目の前の美姫を救う方が戦勝記念式典よりも重かったのだろう。
そう思うと、アクトは愉快な気持ちになる。
(この先どうなっていくかは解らないが、それでもフィッシャーはこれで相手に誠意を見せた形になる。次はフランチェスカ・ラフレスタとヘレーナ・ラフレスタがどうするかだ・・・)
アクトはフィッシャーの誠意が伝わる事を密かに願う。
そして、そんなフィッシャーの話題が終わると、次はインディ・ソウルに話題が移る。
「・・・そうか。サラは元気になったか」
「ああ。俺達は正式に付き合う事になった。だから・・・」
インディはその先の言葉を呑み込む。
その先の言葉は親友であるアクトに正しく伝わっていたので、敢えて言葉にしなかった。
それは「しばらく、アクトはサラに前に来ないで欲しい」という要求であったりする。
インディの願いを静かに理解するアクト。
サラとしても今更に自分の心をかき乱す存在として現れて欲しくないのだろう。
そう理解し、残念だが自分はしばらくサラには近付かない事を決意するアクト。
「解った。それでは、ふたりが結婚したら、会いに行くよ」
アクトがそう言うと、インディは、ただ「すまん・・・そして、ありがとう」そう応え、静かにアクトへ頭を垂れる。
少ししんみりしてしまうアクトだが、あちらを見るとハルとエリーが魔道具の話題で賑やかだった。
「えーー、お姉さま、そこをなんとか教えてくださいよー」
「ダメよ。エリーに教えたら、あの帝皇様に筒抜けじゃない! 私だって機密を保持する権利はあるわよ」
「お姉さま。そこを何とか~。そこを何とか! 叔父様には言わないですから・・・私もあんな仮面を作りたいー!」
「うるさい。黙れ、黙れ! エリーがあんなのを作ったら最後、管理なんてできないわよ。怖い人たちが押し寄せて来て、寄越せ、寄越せーって事になっちゃうわ」
「だ、大丈夫ですよ。その時は私が仮面の魔女に変身してバッタバッタと悪い奴らを成敗してくれよう、です」
「駄目よ。エリーは精密魔法陣だって満足に造れないじゃない・・・」
「・・・フ、フ、フ。お姉さま、その言葉を待っていました。実は私、できちゃったんですよ。ほら、これを見てください」
エリーはポケットにしまっていた魔法陣が書かれていた紙片を取り出し、そこに描かれていた精密魔法陣をハルに差出す。
「う、うそ! これ、エリーが造ったの?」
「えっへん。私、ハルお姉さまが残していった懐中時計の魔法陣の製造装置・・・あれを解析して、できちゃったんです」
そう自慢するとおり、確かに懐中時計に使われている精密魔法陣を模写したものだった。
秒針に模した針が正確に回転していた。
あれは簡単に真似できる代物では無かったのに・・・こ奴は末恐ろしい魔道具師だとハルは思ってしまう。
しかし・・・ハルが魔力を流して魔法陣をより活性化させると、すぐに綻びが出た。
回転していた秒針が早くなったり遅くなったりして不安定になったのだ。
それを見たハルは少し安心して、フフンと鼻息を吐く。
「エリー、まだまだ甘いようね」
「えーー!? それまでは正常に動いていたんですよ。まさか、ハルお姉さまが私のことを妬んでぇ莫迦ほど魔力を与えて壊したぁ!?」
「私がそんなことする訳がないでしょ!」
ハルは再びギャイギャイと言い、そして、エリーもギャイギャイと反論する。
実に賑やかな現場であったが、そんなやり取りを観ていたアクトは思わず笑いを零してしまう。
それに釣られても他の人も笑う。
平和が実感できる一幕であった。